第4話 可愛いあの子が嫁にきた4
俺はトボトボ歩く冬白川を家まで案内し、玄関を開ける。
奥のリビングから母親がお菓子を食べながら顔を出した。
「勇児おかえ……り」
ポロっと口に咥えていたお菓子が床に落ちる。
「…………」
「…………」
俺たちの間で無言が続き、冬白川は俺と母親の顔を交互に見てオロオロしている。
「お土産は頼んだけどさ……ちょっと豪華すぎない?」
「お土産じゃない。人間だ」
「……あ、夢で見た子だ」
「え、夢……?」
母親と俺が見た美少女の夢。
その美少女は俺の嫁になっていた。
俺たちが同時に見た夢は正夢となり、その確率は100%。
母親は察したようだ。
こりゃまた正夢になるなと。
俺もそりゃ期待はするが、嫁なんてありえないだろ。なんて思案する。
「ああ、いやいや、こっちの話。それで美少女ちゃん、お名前は?」
「この子は冬白川琴菜さん。俺の同級生だよ」
「琴菜ちゃん……琴ちゃん! ほれほれ、そんなとこいないでこっち入んなよぉ」
母親がムカつくぐらい嬉しそうな顔で手招きしている。
困った顔をしている冬白川に俺は中に入るように促す。
「大丈夫だよ。アホな人だけど危害は加えないはずだから」
「…………」
リビングに上がり、母親の前の席につく冬白川。
緊張でガチガチになっている。
俺も冬白川の隣に席につくと、ちょうど妹が部屋からリビングに出てきた。
「お兄ちゃんお帰……」
持っていた本を床に落とし、石のように固まってしまう妹。
それ、お前の嫌がってるかあちゃんと同じ反応だからな。
「どうしたんだ、桜」
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「いくらかかったの?」
「レンタル彼女じゃねえ! 俺の同級生だ」
「何か弱みでも握ったの?」
「お前はなにか? 俺をドラマかなんかでよく出てくるゲス野郎とでも思っているのか?」
「そうじゃなきゃお兄ちゃんが人を家に呼ぶなんてありえない」
妹はそう言い冬白川に視線を向け、
「お兄ちゃんには友達がいません」
「やめろ。俺がぼっちなのを胸を張って暴露するんじゃない」
「あなたがここに来たと言うことは、脅されているんでしょ? そんなことをする兄とは思っていませんでしたが、まさか犯罪に走ってしまうとは……」
「おい。もう少しお兄ちゃんを信じろ。俺は拉致なんてしてないから。かあちゃんと一緒にするな」
「そんな大昔の話持ち出さないでよっ。ちょっとシメるために拉致っただけじゃん」
「やったことあんのかよ! こっちは冗談のつもりだったのに」
「あのっ!」
冬白川は勢いよく立ち上がり、青い顔をして少し震えている。
「あの……」
「ん? どしたの?」
「わ、私……ああいうこと初めてで……」
「初めて? 何の話?」
「あの、その……そう、責任を……」
「責任……?」
母親は思考し、何かの答えを得たようで固まってしまった。
目をまんまるにして冬白川の顔を見つめたまま。
というか、さっき警察に注意された時の話をしているのか?
おいおいおいおい。
そうだったとしたら、誤解しか招かない言葉を選んでしまってるぞ、冬白川。
なんだよ初めてって。警察のお世話になったことか?
それに責任って。
そんなのアレしか連想できないだろ。
「お、おい冬白川。もう少し言い方ってものがあるだろ。今の感じじゃ誰が聞いても――」
「勇児っ!!」
母はバンッと机を叩き、顔を真っ赤にして席を立った。
そのまま俺の真横にまで移動してきて、俺を見下ろす。
ダメだ。完全に勘違いしている。
なんとか事情を説明しないと。
「お、落ち着けかあちゃん! 誤解だから! 話せばわかるから」
「勇児ぃ……お前……」
母は手を高く振り上げた。
聞く耳を持っちゃいない。
話ぐらい聞いてくれよ。
俺は殴られるのを覚悟し、ギュッと目をとじた。
そして母の振り下ろされた手は――
俺の両肩に置かれた。
「よくやった、勇児!」
「はっ?」
「いやー私あんたのこと、ビビりのヘタレ野郎だとばかり思っていたけど、やる時はやる男だったんだな。うんうん。責任はちゃーんと取ってやりなよぉ。逆に遊びだったら私が許さない。ってかこんなレベルの女の子、これから先現れるわけもないだろうし、ちゃんと捕まえときなさいよ」
「あ、いや。あんた全力全開で勘違いしてますから」
「ん? この子に手を出したんじゃないの?」
「だから違うって」
俺は母親に今日あったことを話をした。
すると母親は露骨にガッカリしている。
なんでだよ。
「すみませんでした……私のせいで秋山くんが前科者に……」
「琴ちゃん大丈夫だって。前科の一つや二つついたところって、ちゃんと生きていけるから」
「いやついてないから。きれいさっぱり真っ白なままですから」
冬白川は涙目のまま、俺を見つめていた。
しかし可愛い女というのは、どんな顔でも可愛いんだな。
普通角度とか表情によって可愛く見えたり見えなかったりするのに、この子の場合どこから見ても、どんな表情であろうと、隙なく全方位可愛いじゃないか。
アイドルでもこんな可愛い子いないぞ。
「とにかく琴ちゃん、あんたは全然気にする必要ないから」
「でも……私責任を取らなきゃ……」
さすがの母親も嘆息している。
ちょっと気にしすぎじゃないか。
と、そこで母親が何かアホなことを思いついたのか、とびっきりの笑顔を冬白川に向ける。
「じゃあさ、勇児のお嫁さんになってあげてよ」
「おいやめろ! それこそ脅迫まがいじゃないか。人の弱みに付け込んで嫁とか。ってか無理難題すぎんだろ、嫁って!」
「でもお兄ちゃんがお嫁さんを貰える機会は今しかないんじゃ」
「おーい! だからお前はもう少しお兄ちゃんを信じろ! 後一回ぐらいなら……20年以内には連れて来れると思う……多分」
なんて弱気なんだ俺。
せめて二回ぐらいって言えよ。
あ、でもそれはそれで希望的観測にも程があるか。
俺には無理だな。
「分かりました」
「は?」
「私、秋山くんのお嫁さんになります」
「おおっ!?」
「…………」
冬白川の突然の言葉に俺は仰天し、母は歓喜し、妹は興味なさそうだった。
俺はハッと我に返り、冬白川のバカな考えを正すよう口を開く。
「あのな、母親はバカでバカなことを言ってるけど、ただの冗談だからな」
「冗談じゃないよぉー。本当にお嫁さんに来てほしい~」
「かあちゃん面倒だから口を挟まないで。頼むから」
「私、本気だよ」
「だから本気にしなくていいから」
「もう本気でいいじゃん。これであんたに嫁ができるんだから」
「あのな。俺はまだ18だ。結婚はできるだろうが早過ぎだろ」
「私はあんたを14で生んだし別にいいんじゃない?」
「あんたの話は世間とズレ過ぎなんだよ! 18は早過ぎだし、14は異常だ」
冬白川は目を白黒させて、
「14で秋山くんを……お母さんおいくつなんですか?」
「秘密! 私は永遠の17歳だもん」
「32歳」
「桜ちゃんバラさないでぇ!」
「計算したら分かることでしょ」
「あ、そっか」
てへっ。なんて顔をして自分の頭に拳を当てている母親。
家族だけど、この人と話をしていたら頭がおかしくなってくる……
ダメだ。
このままじゃこの子をバカな提案に巻き込んでしまうことに……
「じゃあもうこのまま家に住んじゃう?」
「いいんですか!?」
「いいわけないでしょ!」
「何、勇児。あんたこの子がお嫁さんに来るの嫌なの?」
「嫌じゃない! むしろ歓迎する! でもそれとこれとは話は別だ!」
「琴ちゃんは勇児のこと好き?」
「…………」
冬白川は顔をトマトのよう赤く染め上げ、俺を見つめる。
だからそんな可愛い顔で見つめられるとときめいちゃうってば。
「好きです!」
「嘘だ!」
「う、嘘じゃないもん! 私、秋山くんのことずっと好きだったもん!」
「…………」
「きゃー」なんて騒ぎながら冬白川は自分の顔を両手で覆い、じたばた恥ずかしがっていた。
思考が停止する。
何も考えられない。
冬白川が俺のことを好き?
そんなバカなことがあるわけない。
あ、そっか。
これ夢だわ。
じゃあさっさと目を覚まそう。
俺は立ち上がり、テーブルに全力で頭を打ちつける。
「……勇児?」
何度も何度も打ちつけていると、激しい痛みと共に頭から血が吹き出してきた。
「痛ってー!! 夢じゃないっ!!」
「何バカなことしてんの? それであんたは琴ちゃんのこと嫌いなの?」
「嫌いなわけないだろ! 好きだよ! 大好きだよ! 世界で一番好きだよ!」
「だったら両想いで問題ないじゃん」
「あ、え……あいや、ええ……?」
冬白川は一瞬戸惑う表情をしたが、すぐに真剣な面持ちとなり口を開いた。
「あの、秋……勇児くん。こんな不束者の私ですが、今後ともよろしくお願いします!」
綺麗に90度お辞儀をする冬白川。
いやお前、それでいいのか?
こんなバカなことで一生の伴侶を決めていいのか?
俺としては嬉しいというか夢のような話というか、正直ありがたすぎる話だけど……
頭を上げてニッコリ笑う冬白川にもう一度ときめく俺。
本当にこれでいいのか?
もう混乱しすぎて意味が分からなくなってきた。
分からなくなってきたが、こうして冬白川琴菜は俺の嫁になることが決まった。
いやいや、本当にいいのか冬白川!?
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