第3話 可愛いあの子が嫁にきた3

「大丈夫だから、もう安心して」


 俺は簡潔に冬白川にそう言った。


「はあ? 何がもう安心なんだよ、陰キャ!」


 彼女は泣いている。

 怖くて泣いているんだ。


 穏便に済まそうと考えていたが、こうなっては一刻も早く解放してあげないと。

 女を泣かすような男は許さない。


「陰キャ陰キャうるさいんだよ。俺だって気にしてるんだ」

「ああ?」

「お前に陰キャと言われる人間の気持ちが分かるか!? そんなレッテルを張られただけで、みんなから相手にされなくなったんだぞ!」

「は、はぁ? 何言ってんだお前?」

「こんなことなら陽キャで通せばよかった。そうすれば今頃……」

「こいつ頭おかしいんじゃね?」

「みたいだな。とりあえず、ま、死んどけ」


 一番手前にいた男が右の拳を大きく振りかぶる。

 そんな大振りパンチ、当たるわけないだろ。


 俺は上半身を少しずらし、ひょいっと軽く避ける。


「え?」


 男はもう一度、俺を殴ろうと右拳を引く。

 今度は相手の拳に当たってやり、衝撃をいなす・・・ように首を捻る。


「う……嘘だろ」


 相手から見たら攻撃が決まったはずなのに、全くダメージを与えられていない。

 これは相手の心を揺さぶる心理戦でもあり、先に手を出させ正当防衛を成立させるための段取りでもある。

 これで相手を殴っても正当防衛が適応されるはずだ。多分。

 悪いのは先に手を出した相手。

 なので制裁開始。


「陰キャを舐めんな!」


 相手が戸惑っている隙に顎に掌底を叩き込んでやると、ガクンと膝から崩れ落ち、地べたでピクピク痙攣を起こしだした。


「え、おい! どうしたんだ!?」


 仲間が膝をつき、倒れた男の体を揺さぶっている。

 その男の顔面に右の回し蹴りをお見舞いしてやると、これもまた気絶をして起き上がってこなくなった。


「…………」


 最後の一人、冬白川の腕を掴んでいる男は、顔を青くしてガタガタ震えている。

 あまりの俺の強さに恐怖してしまったようだ。

 まさか陰キャとバカにしていた奴が強いなんて、夢にも思わなかったのだろう。


 俺は小さい頃、父親から喧嘩を仕込まれていた。

 今考えれば小さい子供に何仕込んでんだって話だけど。

 当時は父親がミットやサンドバックを買ってきて、俺も本気で取り組んでさ。

 母親もノリノリで喧嘩殺法を伝授してくれたものだ。

 今日初めて喧嘩習っててよかったと思う。

 いや、喧嘩なんてよくはないけどさ。


 それに、人を殴るのって気持ちよくない。

 気分が悪い。

 やっぱり平和的に、穏やかに、穏便に済ますに限るな。

 

「その子から手を放せ」

「あ、はい……」


 震えながら手を放し、直立不動で硬直している男。


 冬白川は安堵の表情を浮かべ、俺の下へと駆けよってくる。


「あ、ありがとう。秋山……くん……」

「怪我はない?」

「うん平気。秋山くんも殴られてたけど、大丈夫なの?」

「全然痛くなかったし、問題ないよ」


 近くで見る冬白川は、遠くで眺めているより綺麗だった。

 心拍数もいつもより高くなり、世界がキラキラ輝いて見える。

 なんて破壊力だ、冬白川琴菜。

 いるだけで恋に落ちそうだ。

 というか、以前から落ちてるんだけどね。


 しかし冬白川が俺の名前を知っててくれてたなんて……

 なんだか感激だな。


「俺の名前、知ってたんだ」

「え! あ、あの……うん」


 俯きモジモジする冬白川。

 なんだこれ。

 可愛すぎやしないか。

 会話して30秒で心をあっさり掴まれてしまった。

 恐るべし、冬白川琴菜。


「あれ? ミサンガがない……」


 冬白川は急に自分の左手に視線を落としそう呟く。

 だがその手には、青いミサンガが巻かれたままだった。


「え、ミサンガついてるよね?」

「あ、あの、もう一つつけてあったんだけど……」


 と、冬白川がキョロキョロしている間に警察が登場した。

 警察を見た途端、赤かった冬白川の顔が青くなる。


「あ、秋山くん……私のせいで前科がついちゃうんじゃ……」


 また綺麗な瞳に涙を溜め、俺の腕を掴んで見上てくる冬白川。

 だからなんだよその可愛さは。

 その殺人的可愛さで俺を殺して前科者にでもなるつもりですか?


「い、いや、大丈夫。ちゃんと話せば分かってくれるよ。先に手を出したのはむこうだし」

「でも……」


 なんかすげー心配性なんだな、この子。

 必要以上に怯えているような気がする。

 別に大怪我させたわけじゃないし、問題ないと思うけどなぁ。


 俺の予想通り警察との話し合いの結果、厳重注意で解散となった。


 警察から解放された後、冬白川は何度も頭を下げて俺に謝る。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「だから大丈夫だって」

「で、でも……」


 いつまでも納得しない様子の冬白川。

 このままじゃいつまで経っても話がつかないような気がする。

 もう適当に話を切り上げるしかないな。


「そ、それより家はどこ? なんだったら送って行くよ」

「え?」

「あ、心配しなくても送り狼になんてならないから。そんな根性ありませんから」


 狼どころか、度胸はチワワぐらい小さいから無理難題。

 俺にそんなことはできません。


「あの……」

「別に冬白川の家が知りたいってわけじゃなくて、あ、知りたいって言えば知りたいんだけどさ」

「…………」


 何か答えにくそうに、冬白川は目を泳がせている。

 何?

 陰キャに送ってもらいたくないってのは勘弁してね。

 簡単に傷つきますから。


「あの、その……」

「な、何?」

「私……あの……家出……」

「家出?」


 コクリと首を縦に振る冬白川。


「家出してきたから、家には帰れなくて……」

「…………」


 家出て。

 そんなことするようなタイプに見えないんだけどなぁ。

 でも、彼女がそう言っているのだから事実なんだろうけど。


「あー……これからどうするつもり?」

「……何も考えずに飛び出して来ちゃったから……」


 俯く冬白川に視線を向けながら俺は思案し、安直な提案をしてみた。


「じゃあ俺の家に来る?」

「え?」


 顔を上げ、キョトンと俺の顔を見る冬白川。

 

「あー、うちには母親と妹がいるから危険はないと思うし……その、行く当てが無いなら来てみれば? 晩御飯ぐらい作るしさ」

「そんな……秋山くんに悪いよ」

「いや、悪いどころか嬉しいんだけど……」

「え?」


 ヤベッ。

 本音がちょっと出てしまった。


「や、俺、料理が好きだからさ、友達に料理を振る舞うのが趣味なんだ。食べてくれる人がいたらそれだけで嬉しいんだよ」


 俺は3回ほど嘘をつきました。

 振舞うような友達はいない。

 振舞ったこともないので趣味でもない。

 後、冬白川と一緒にいれることが嬉しいという部分を嘘で誤魔化しました。


「……私、秋山くんのお母さんにも謝らないといけないし……お邪魔してもいいですか?」

「な、何を謝るつもりなの?」

「警察に捕まって」

「捕まってないから。厳重注意で済みましたから」


 この子はまだ引きずるつもりか。


「じゃあ謝る必要も無いけど、うちに来なよ」

「……はい」

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