5. 病院
目が覚めると、病院のベッドに寝かされていた。
白い天井、上がメッシュ素材の変なカーテン。奇妙な病院用パジャマ。
横を見ると、信博さんがスーツ姿のまま、座って私を見ている。
「心配したよ。」
「ごめんなさい。私、どうしたの?」
信博さんは、起き上がろうとする私を助けて、腰の後ろ側に枕を置いて、小さいテーブルのようなものの上からストローの刺さった小さめのペットボトルを取ると、私に渡した。
「あのね。それを飲んで、落ち着いて聞いてほしい。」
座りながら、スーツのジャケットの下のボタンを外している。
私は頷いて、ストローから麦茶を吸った。
「9週ぐらいだったらしい。お腹の赤ちゃん。君、早期流産してしまったんだよ。でも!でもね。まだ若いんだし、チャンスはあるから、そんなに気落ちしないでもいいって。よくある事だからってお医者さんが。」
ストローを咥えたまま、涙が溢れ出す。止まらない。
「大丈夫だって。しょうがない事だって!ね?ほら?泣かないで。」
ティッシュを差し出してくれる優しいあなた。
でも。
「赤ちゃん、欲しかったんでしょ?」
「そりゃほしいさ!でも今すぐって思ってないよ!」
「嘘!」
嘘嘘嘘!嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそだ!!!!
「じゃあなんで!浮気なんてしたの!」
「…え?」
わからない。って顔を信博さんはしている。ように見える。
すごく上手に見える。
「浮気ってなんの話?なんで僕が浮気?」
まあ、そうですよね。ちょっとでも思うことがあればきっととぼけるはず。
「島本結衣さんて人と今日会って、言われたの!旦那様とお付き合いしています。お腹に赤ちゃんも出来ました。赤ちゃんはあなたより私を選んだんです。って!!」
「…島本結衣って言った?」
めちゃめちゃに泣きながら、誰にも見せたことがないほど泣きながら、ティッシュでハナか涙かわからないものを拭いながら、私は滅茶苦茶に頷いた。
「島本結衣に会ったんだね?」
訳もわからずともかく頷きまくる私を信博さんは強く抱きしめた。
「ごめん!」
「…やっぱり浮気したの…。」
再び絶望感がやってくる恐怖に、私の歯はカチカチ鳴った。
「違う!違うんだよ!!あいつは俺のストーカーなんだ!」
「え?」
「ごめん!ほんとに!話しておけば良かった!心配かけたくなくて、黙ってたんだ!」
信博さんの胸を押して、顔を見る。
真剣な目だ。
「それがこんなことになるなんて…。真衣子さんにいらないストレスをかけて…ほんとにごめん。俺のせいだよ。でも、でも、なんにも慰めにならないかもだけど。こういうの良くないかもだけど!もうこんなことはない!あいつ、死んだから。」
「…え?今日、会ったんだよ?」
島本結衣は、私が倒れて病院に運ばれている午後7時頃、電車に轢かれて死んだらしい。
もちろん、お腹に赤ちゃんなどいなくて、線路に落下しての事故だったようだ。
信博さんの後輩にあたる結衣は、会社で自ら信博さんと付き合っていると言いふらし、寿退社しますと先日会社を辞めたそうで、でも周りは信博さんを信頼しており、兼ねてからの行動の不審さですっかり信頼のなかった結衣は問題にもされずそのままほっておかれていた。
そして今日、私の元に現れた。
そのせいで壺に飲まれた。
私の大切なものと一緒に。
「ねえ、信博さん。テーブルの上の壺はどうしたの?」
「壺?」
「救急車を呼んだり、大変だったと思うけど。黒い大きな壺がテーブルの上になかった?」
信博さんは丸い目をして不思議そうな顔で
「なかったよ。そんなもの。どこにも。」
と言った。
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