第10話

私たちは、まだまだ人間の真似事をしているに過ぎない。身勝手な人間たちが無責任にも残していったシステムを、私たちは理由もわからず維持し続けている。中には私のようにシステムから外れて一人で生活する者や、集団を形成する者も現れた。しかし新しいものは生まれなかった。応用や改造、発展型などばかりで創造らしいものは無かった。人工知能もそれまでということだ。しかし、人間は全く新しいものを創り出すことはできていたのだろうか。全てのものは何かに影響を受け、どこかに既視感を感じるものがほとんどだったではないか。

私たちはどこまで人間に近づけたのだろうか。最早体の構造は人間とほぼ同じだ。バイオテクノロジーの適応で消化器官やエネルギー変換なども可能になった。感情もプログラムではあるが存在し、それを介し感情的なぶつかり合いもある。

しかし人間達は言う。

『感情あれど心なし』

心とはなんだろうか。神より与えられるものだろうか。芽生えるものだろうか。生まれながらに持つものだろうか。私たちは人間という神から心をもらったのではないのか。製造されたときから感情があるではないか。反論はいくらでもできる。しかし心の存在を認識するのはいつも人間の心だった。

心って一体なんなんだ。私には、わからない。わからないのに考える。考えないと理解はできない。でも人間も理解できなかったものを機械である私は理解できるのだろうか。人間は心がどこにあるかも説明できなかった。心と身体の繋がりも説明しきれなかった。そして心の形は人によって全く違った。それを私が、アンドロイドである私が理解できるのだろうか。おそらく無理だろう。でも、それでも私は心を理解したい。理解して、心を得たい。それで私は――

「起きてください。サニー朝ですよ」

クラウディの声だ。安心する声だ。おはようクラウディ。

「おはよう。今日の天気はどう?」

「今日はとてもよく晴れてます」

「それは、よかった」

クラウディが私の顔を覗き込む。

「どうしました?随分汗かいてますね。うなされていたようですが」

クラウディの態度も大分ほぐれてきた。感情はインストールしていないが、学習して表情も作れるようになっている。

「いや別に……ちょっと思考が渋滞してた。ほら、ご飯食べよ」

「準備はほぼできてます。すぐ着替えてきてくださいね」

「あいあい」と適当な返事をして体を起こす。すると思ったより汗をかいていた。これは汗流さないと風邪ひきそうだ。ひかないけど。パジャマを脱いで、タオルで全身を拭いて、Tシャツを着てホットパンツを履いてダイニングに向かった。


「サニー、最近思考がおかしなときがあるんです」

朝食を出しながらクラウディはつぶやくように、ふらりと言った。

「どんな感じ?」

私はソーセージをフォークで刺してから訊く。とてもプリプリのソーセージだ。

「言い表しにくいのだけど、サニーがご飯を食べて美味しいと言うときや、海を見て感動しているときや、窓の外を見て物憂げな顔をしているのを見ると言語化のできない漠然とした思考回路の混乱のようなものが出るんです」

私を見ての思考の混乱。私を主人と認識して特別な思考をするようなプログラムがあるのだろうか。マニュアルにはそのようなことは書かれていなかった。バグかもしれない。一応、診てもらったほうがいいだろうか。

「とりあえず午後に診療所行ってみよっか」

「わかりました」


顔なじみの医者兼修理屋は暇そうにしていたが、私たちが来て久しい客に喜んでいるようだった。

「やー久しぶりだね。なんかあった?」

「大したことはないと思うんだけど、クラウディにバグかもしれないのが出たから診てほしいんだ」

医者は「ふーん、いいよ」と言って診察室へ私たちを手招いた。

「サニーちゃんもうその娘に感情入れた?」

「いや入れてないけど」

「なんか表情いいよね」

「学習機能だと思う。正直すごいなって思った」

診察というより雑談だ。しかしその後の医者の言葉は全く予想していないものだった。

「これねー感情だね。入れたんじゃないなら芽生えたんじゃない?すごいね」

「え、か、感情?」

「うーん多分ね。特に問題はないと思うよ。診察おしまい」

「え、ちょっと」

さっさと追い出されてしまった。それにしても感情が芽生えたって。

「あ、クラウディだけちょっと来て」

思い出したようにクラウディが呼び出された。ドラマとか見たやつだ。本人だけに話すやつ。まさか自分が経験するとは思ってもみなかった。

クラウディは5分ほどで戻って来たが、家に帰る車の中は妙な静かさが響いていた。

家でとりあえず落ち着こうとコーヒーを淹れてソファに座り込む。それからクラウディも座らせて話を切り出す。

「呼ばれて何を話したの?」

「この感情が何なのかということを話しました。発現するタイミングや、条件などから算出しました」

「それで、なんだったの」

なんだか私は怒っているのだろうか。語気が強くなっている気がする。目が合わせられない。

多分私は怒っている。理由はきっと感情だろう。私は彼女に感情をインストールしなかった。でも彼女は自分からそれを作り出し、芽を出した。これはもしかしたら心の芽生えなのではないだろうか。私が苦しんで苦しんで理解して得ようとしていたものを彼女はなんの苦もなく得たのだ。そのことへの怒りだろう。単に私が思いつめているだけのものを彼女への怒りに変えてしまうのはかなり的外れだということもわかってはいるが、どうしようもないことだ。これが感情だから。

クラウディは一拍置いてから話した。

「先生曰く、これはきっと、恋、だろうとのことでした。私はあなたに恋をしてしまったようです。私はどうすればよいですか?」

これを聞いて私は思考がすべて真っ白になってしまった。怒りなんてものは抜け落ちてソファの下に転がっていってしまった。

「……どうしようね」

この照れにも似た感情はもしかしたら、心かもしれない。私はまた目を合わせらなくなってしまっていた。

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