第8話

目が覚めたら外はもう日が傾いていた。

「あれ、寝ちゃってたんだ」

難しい本を読んでいるうちに私は寝ていたらしい。

もうクラウディも家事が終わっているだろうか。そういえばクラウディは家事が終わるとなにをしているのだろうか。常に掃除やらなにやらしているのを見るが、それほど仕事は多かったっけ。こういう時間に充電とかしてるのかな。なにはともあれ、私は本を置いて居間に向かった。

「いないじゃん」

私がクラウディを見るのは、そのほとんどが居間か、書斎だった。しかしいないので他の部屋だろうか。キッチンや寝室、風呂場も見たがクラウディはどこにもいなかった。ふと、昨日見た新聞の記事を思い出す。『オシドリアンドロイド破局!』ちょっとしたきっかけで破局した仲の良いアンドロイドたちの記事だ。もしかしてクラウディも私に愛想を尽かして出ていってしまったのかもしれない。私は何かしてしまったかもしれないと回顧した。が、

「探しに行かなきゃ」

私はささっと着替えて玄関のドアに手をかけた。しかしドアは私が開けるより先に開いた。

「サニー。家の前の掃除が終わりました。……お出かけですか?」

こんなタイミングよく現れることがあるだろうか。いや、現にあった。

「え、いや、そう。食材の買い出しに行こうかと思って、さ……」

私は目も合わせられずに小さく言った。クラウディの無表情からなぜか慈しみの視線を感じた。それはきっと気の所為。でも最近、クラウディの表情が柔らかくなった気がする。これも気の所為。

「でしたら私もご一緒します。よろしいですか?」

「うん、いいよ」

クラウディは「準備します」と言って部屋に入っていった。

冷静に考えれば彼女が出ていく理由が無いことくらいすぐわかる。しかしなぜ私があれほど必死になってしまったのかわからない。人がいなくなってもそれほど焦ることも無かったはずなのに、どうしてクラウディ一人がいないだけであんなにも。

「お待たせしました」

「あ、買った服」

「はい、買ったのであれば着るべきでしょう」

「じゃ、行こっか」

と言ってもこれを買おうというものはない。どう誤魔化したものか。運転しながら色々思索する。そういえば。

「ねえ、あれ、味覚プログラム入れない?」

「味覚センサーが付いています。料理の味をみるために必要なので数値で測れるようになってます」

「違うんだよ。味覚センサーは私も元から付いてるんだけど、それは測るためのもの。感情とかそういうのに繋げれなかったんだけど、味覚プログラムで味を測定から感覚に繋げられるようになったんだよ」

これは当時画期的だった。なぜなら、誰も必要ないと思っていたから。

「私に感情はないので必要ありません」

「そう言わずにさ、入れるだけ入れてみようよ」

私は知っている。彼女は断らない。

「わかりました。帰宅後インストールしてください」

「うん」

車の中にはエンジンの音がこもっていた。

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