第5話
私は古い車の扉をバタンと、音を立てて閉めた。
「ここは、海ですか」
クラウディは無表情で沈みかけの陽を見ている。
「そう、海。海はすごいんだよ。朝は白くなる。昼はきらめく空色。夕方は真っ赤になって、夜は深い深い紺色になる。今はちょうど赤から紺に変わろうとしてる。それで人は海に色んなものを見た。出会いに別れ、愛や成長。トラウマを感じる人もいれば希望を持つ人もいた。んで私は海に笑顔を見た。夏になればビーチは人で埋め尽くされてた。みんなみんな笑ってた。とても賑やかで私は好きだったな」
「サニー様のようですね」
クラウディは突然言った。
「サニー様はいつも笑っていらっしゃいます。朝も昼も夜も。いつもニコニコしていて、本を読んでいるときも悩ましい顔と笑顔を交互に繰り返しています。それは、楽しいからですか?」
クラウディは学習機能の性能が高いのだろうか。それとも前の所有者のときの記録蓄積だろうか。どっちにしろ今朝までのクラウディとは思えない質問だった。その質問に私は少し悩んでしまった。
「楽しいことは、楽しいよ。でも、元々私は笑顔とか明るい表情をするように作られてるし、私の感情はプログラムだから本当にこれが楽しいということなのかはわからないかな。感情が無い君から見て私が楽しそうにしてるならそれはきっと楽しんでるんだと思う」
「そうですか」
自分で聞いておいて淡白な反応だなと思った。
陽が沈みきってしまった。暗い海にぐにゃぐにゃに歪んだ月が反射していた。つい感傷的になってしまう。波の音がさっきより大きく聞こえる気がする。クラウディはじっと海を見ている。多分海に気を取られているのではなく、私の隣にいてくれているのだろう。
「クラウディ、感情のプログラムほしい?」
私は渚に溜まっている流木を眺めながら言った。
「私は感情が無いので、ほしいほしくないといったようなことは思いません。自分の主の指示に従うだけです。サニー様は私に感情があって欲しいのですか?」
質問を質問で返すなって誰かが言ってた気がする。誰だっけ。
「うーんどうなんだろう。よくわからない」
「私は、サニー様の指示があれば感情をインストール致します」
「そっか」
しばらく沈黙が続く。
「じゃあさ、あんまり堅い口調やめてよ。もっとフレンドリーな感じがいい。今のクラウディじゃ素っ気なさすぎるんだよね。わかった?」
感情のプログラムは、まだいいかな。
「わかりました。ではそろそろ帰りましょう、サニー」
「そうね、クラウディ」
私達はオンボロの車に乗り込んだ。
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