第4話 新王アーサー
ノリッチの村でヒューが傷だらけの男を看病している頃、スレイニアの王宮はハチの巣を突いた様な大騒ぎになっていた。謁見の間には宰相や公爵、辺境伯、騎士団の代表数名がひしめき合い王族惨殺事件について知らされ、今後のスレイニアを憂いていた。
王も王妃も王女すら殺害され、残ったのは明日で10歳の誕生祭を迎える幼い王子のみ。また王子を守るため騎士団の大将でありこの国の英雄オズウィン・カーティスの死傷。この国の防衛を担う男が不在の今、この事実が知られれば敵国であるハザ帝国が攻めてくる可能性があり、また隣国の公国グラニクス、エムメルス王国からスレイニアが取り込まれかねない。
「アーサー様はどうされているのだ・・・」
「・・・軽傷のようだが、今後政治に立たれるかどうかは・・・」
「ふむ、王と王女の影武者をたててはどうか。幻影魔法の使い手を探せば・・・」
「各国の王には通じんさ。これはもう公表するしかない・・・」
「・・・10歳の王とは・・・」
公爵達がひそひそと話している内容を聞き、宰相のマルコット・ロメロは眉を顰めた。確かに公爵達の不安もわかるからだ。齢10歳の王子は先王に似て聡明だが、それまでだ。まだ王としての勉学も途中であるし、年齢相応の思考、精神しか持ちえない。王と王妃が亡くなり、自分も知人であった者に殺されかけるという体験をした今まともに生活できる精神状態かも怪しいものである。今後この国を引っ張っていくにはいささか不安がある。
(王子を思うと胸が痛むが、先王が守っていたこの国を私も守らねばならない・・・。)
宰相はこの場を見まわしそっと目を伏せた。
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貴族たちが謁見の間に集まり不安に駆られていたころ、アーサーは姉上の部屋にいた。姉上はまるで寝ているように安らかな顔で亡くなっていた。
「・・・姉上・・・」
「「フィリア様・・・」」
姉上の眠るベッドの側まで歩き、そっとベッドに腰をかける。ボルドとホレスは後ろに立ち尽くしている。姉上の頬へそっと手を伸ばし触れる。陽だまりのように温かかった姉上は今は氷のように冷たく、まるで私の手を拒むようだった。
「姉上、私は今日沢山の大切なものを失いました・・・守りたかった家族を。
父上は言いました。恨むなと・・・。しかし、恨めないとは言えません・・・」
涙が頬を滑り落ちぽつり、ぽつりと手に降る。ボルドとホレスはただただ私の言葉を聞いていた。
「罪は償わなければなりません。・・・私は必ずゲンを捕まえます」
その時の私の瞳にはきっと決意の強い色が現れていただろう。姉上と親しく、姉上が淡い恋心を抱いていた相手。そしてそんな彼を私も姉上を任せられる人物だと信頼していた。彼が捕まれば市中引き回しの上、公開処刑になるだろう・・・。これは仕方のないことだと自分にも言い聞かせるように言葉にする。
コンコン---。
その時姉上の寝室のドアが鳴り、ドアへ目をやると執事が入ってくる。双子は一瞬緊張した様子を見せ、武器にそっと手をやった。長年勤めている執事だが、あんな事件が起きた後だ、城内の誰も心の底から信用する気にはなれない。きっと双子もそうなのだろう。
「失礼いたします。アーサー様、謁見の間に宰相のマルコット・ロメロ様他貴族の方々揃いました」
「・・・そうか、ご苦労。ホレス、姉上の部屋の気温を下げてくれ、葬送の義まで姉上を綺麗な状態のままにしておきたい。そのあとの気温調整は宮廷魔術師に一任する。姉上つきの侍女にもその旨伝えてくれ」
ホレスが手を翳すと部屋がひんやりとし始める。気温が下がったことを確認し、謁見の間へ向け移動する。姉上の部屋のドアを閉める際、もう一度ベッドに横たわる姉上の姿を見る。
生まれてずっと一緒にいた、大好きな姉上。民の生活が少しでも良くなるようにと色々な国の文化を学び、父上に進言し、母上からは難色を示されてはいたが政治にも詳しく沢山のことを教えてくれた・・・。民を愛すことを教えてくれた姉上。
姉上との思い出を思い出し、じわりと目尻に涙が浮かぶ。それを強引にぬぐい、歩き始める。双子は何も言わずただただ後ろに控えて歩いた。
ーーー
謁見の間は国の行く末を案じる声が高まっていた。王子が姿を見せないことも一端を担っている。宰相マルコット・ロメロは目頭に手をやり、ずきずきとし始めた頭でこの先どうするかと考えていた。この先、この騎士や貴族達の不安はもっと大きなものになり民に伝播するだろう。民が不安になれば他国へも事態は伝わり、決していい結果にはつながらないだろう。思わず小さくため息をついた。
その時。
キィィィーーーー。
重い扉が開く音とともに双子の騎士を連れアーサー王子が謁見の間に入ってくる。王や王妃、王女の暗殺事件がある前の柔らかな雰囲気とは違い、真っすぐ前を見据えどことなく先王と似た雰囲気を纏って王座へ進む。後ろに控える双子の騎士も王子と同じで前だけを見据えている。王子が王座へ座ると皆口を噤み膝をついた。
「皆の者、突然のことに驚いたことと思う。通達にあったように王、王妃、王女は敵の手にかかり亡くなった。・・・皆がこの国の行く末を案じているのはよくわかっている」
王子の幼い声が謁見の間に響き渡る。この先この国がどうなるのか。王子がどういう指針をとるのか宰相も貴族も騎士も固唾をのんで聞いていた。
「王族は私一人になってしまった。・・・私はまだ未熟だ。でも進まなければならない。民の生活を守らなければならない。他の国からこのスレイニアを守らなければならないのだ・・・」
王子は言葉をきり膝をついている人々を見渡す。小さく「面を上げてほしい」という声が聞こえ、皆頭を上げ王子を見る。謁見の間に入ってきたときのまま硬い決意を瞳に宿している。
「私はこのスレイニアを守る。・・・皆、この国を、民を守るために私に力を貸してほしい。先王の守ったこのスレイニアを、王妃が慈しんだこのスレイニアを、そして王女が愛したスレイニアを守るために、力を貸してくれ」
王子の眼が、表情が決意をものがたり謁見の間に集まった貴族達は胸に熱いものが込み上げていた。アーサー王子は齢10歳と幼いながらにこの国を、民の未来を背負っていく決心をしたのだ。貴族や騎士の中には目に涙を浮かべている者もいた。
アーサー王子、否、アーサー王に先王の姿を見たのだ。
皆アーサー王を見ていた頭を一斉に下げる。この瞬間アーサー王子は、アーサー王となり、スレイニアの新たな時代が始まったのであった。
ラルガレナ旅行記 遠井 九 @sghlh08
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