第3話 ヒュー少年と相棒ベレス
その村は中立国家スレイニアのはずれ、エルフの住む森の近くにある村で野菜を育て、酒造もわずかに行われているのどかな場所であった。ノリッチ村の中でもエルフの住む森の近くに住んでいたのはアリーという老婆で、少し前にあった流行り病で息子と嫁を亡くし、二人の忘れ形見である2人の孫とその孫が拾ってきた獣と暮らしていた。
1人は男の子でヒューといい。冒険者になるのが夢で農業の傍ら剣の修行をしていた。というのも彼が13歳の時に剣の素振りをしている所、たまたま僻地であるノリッチ村を訪れていたスレイニアの王都に住む有名な剣術の使い手の目にとまり、それからは定期的にその有名な剣術の使い手が剣を教えにくるのだ。
「998、999、1000!・・・っはぁー!終わったー、おいベレス!・・・ベレス?」
ヒューは1000回素振りを終えたところで、素振りを見飽きて大石の上で寝ていた相棒の獣ベレスに声を掛けた。ベレスはヒューが10歳の時、エルフの森をこっそり探検していたところお腹を空かせガリガリになったところを拾い、アリー婆ちゃんに拳骨を20回ほど貰って飼うことを許してもらって以来ずっと一緒の相棒だ。
ベレスはうっとおしそうにヒューを見ていたが、何かに気づき警戒したように体を起こし目を見開き鼻をスンスンならし耳を立てて周囲の様子をうかがっている。
「・・・ぷぅ!」
ついてこいと言わんばかりにヒューに向かって鳴き、大石から飛び降り森の端を短いもこもこの足で走り出す。ヒューは首を傾げてベレスの後ろを走りだした。ベレスはヒューにはお構いなしに短い脚からは考えられないようなスピードで走る。
「おーい、ベレスどうしたんだよいきなり」
「ぷぅ!ぷぅぷぅ!」
「・・・こっちになにかあるのか?」
猛スピードで走っていたベレスは森の中の小川近くで止まり、再度鼻をスンスン鳴らしている。いつも垂れている耳は依然ピンと立ったままだ。
方向を確認したのかベレスがゆっくり小川沿いを歩く。ヒューはまた首をかしげながらゆっくりついていった。
「・・・・うぅぅ・・・っ」
男性のうめき声が聞こえヒューは足を止める。小川沿いの木の幹に誰かが座り込んでいる。ふわりと血の臭いがしてヒューは思わず走り出した。
「おい、おいあんた大丈夫か!?どうした?」
「うっ・・・・殺す・・・帰る・・・」
男は異国の顔立ちで全身傷だらけだった。顔も腕も爛れ、首筋からも血を流し眼は血走って正気を失っているようだった。この辺で見たことのある顔ではない。
「(山賊か魔獣にやられたのか?それにしてもひどいな・・・)大丈夫か?」
ここまでヒューを連れてきたベレスは少し離れた場所で事の成り行きを見守っていたが、ゆっくり男に近づき男の額に右の前足で触れる。一瞬ふわりと風が舞い男の血走った眼が驚愕と恐れと悲しみが混じった複雑な色に変わる。
「あ・・・あぁぁぁあああああああああああ!私は、私はっ・・・」
一瞬の静寂の後、男が咆哮する。それから何度も何度も自分の拳を地面に叩きつけ、涙と血を流し泣き続ける。ヒューは突然の男の奇行に静止していたが、男の全身の怪我を思い出し男を抑えつける。
「やめろって!あんた死んじまうよ!」
「俺は、なんてことを!死んでもいい!死んだ方がいいんだ!!!」
「っ・・・・」
男は全身傷だらけでありながらすごい力でヒューを突き飛ばした。ベレスはやれやれといったように首を横に振り、ヒューを突き飛ばした男の腹を後ろ足で蹴り飛ばす。ドスッと鈍い音とともに男は短く呻き倒れ込んだ。
「ぷぅ!」
なにをやっているんだとばかりにベレスがあきれたような表情で突き飛ばされたヒューを見ている。ヒューは苦笑いしながらゆっくり起き上がった。
「助かったよベレス。・・・でもこの人どうしたんだろうな・・・まぁ家まで運ぼう。・・・傷ひどいし手当しないとな」
「・・・ぷぃ」
お人よしとばかりにベレスがため息をつく。ベレスはヒューと男を一瞥し元来た道をゆっくり歩き始めた。ヒューは倒れた男を肩に担ぎベレスの後を追った。
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「あんた!またなに拾ってきたんだい!次やったら拳骨じゃすまないって言ったろ!」
ヒューの祖母アリーが仕事から帰り見たものは傷だらけの異国の男を看病している孫2人の姿と、それを離れたところから眺める獣ベレスの姿だった。アリーつかつかとヒューに近づき、村の大人たちが恐れる自慢の拳骨を振るった。
ガツン!
「いってぇええええ!」
ヒューは涙目でアリーを見るが、アリーは第二弾の拳骨を落とそうと再度拳を振り上げた。ヒューは慌てた様子で「違うよ!婆ちゃん!ベレスが!ベレスが教えたんだ!」と左手で頭を押さえ、右手をぶんぶん振っている。ベレスはギクリと体をこわばらせた。
「ベーレース-!あんたかい!拾われた恩を忘れていい身分だねぇ!」
第二弾の拳骨の標的がベレスに向けられヒューはほっと息をついた。ベレスは体を壁ぎりぎりに寄せアリーの拳骨を回避しようとした。その時アリーのもう一人の孫、ヒューの妹モリーがアリーとベレスの間に滑り込んだ。
「もうお婆ちゃん静かに、この人起きちゃうわ!お婆ちゃんお願い、この人が動けるようになるまででいいの・・・。ベレスのことも許してあげて?お婆ちゃんの拳骨うけたらベレスぺっちゃんこになっちゃう!」
「はぁ、モリーあんたまで・・・」
ヒューの妹モリーは村一番の美人で性格もよく、手先も器用で仕事も早いので村からも下級貴族からも嫁にこないかと打診がある程だ。かくいうアリーもわんぱく悪戯好きのヒューもそうだが、流行り病にかかり死んでしまった特に仲が良かった嫁にそっくりなモリーを目に入れても痛くない程可愛がり育てていた。
そんなモリーのお願いにアリーはため息をつき「好きにしな」といい自分の部屋に入っていった。
ベレスはヒューの腹に後ろ足で蹴りをいれた後、命の恩人であるモリーにすりすりとすり寄った。モリーはくすぐったそうに「うふふ」と笑い声を漏らしている。
ヒューは拳骨の入った頭と蹴られたお腹をさすり涙目でベレスを見やり、そのあと傷だらけで寝ている男を見た。
「・・・うぅ・・・・」
「・・・大丈夫かな」
「大丈夫よお兄ちゃん。傷は深いけど、きっと治るわ」
「・・・そうだな」
2人の視線の先の男は苦しそうに眉を顰め、うなされているようだった。ヒューは男の寝ているベッドの側にある椅子に座り男をじっと見る。モリーは男が元気になるようにと女神に祈りをささげる。
ベレスは2人を横目で見やりため息をつき目を閉じる。自分の前足に顔を埋めながら自分が呼び寄せたこの小さな厄介ごとでこの先、一波乱起きそうだなと思案しながら眠りについた。
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