第2話 英雄オズウィン・カーティス


母上や父上と同じように死んだと思った。目の前に血飛沫が見えボルドとホレスが驚愕の表情を浮かべている。来るであろう痛みに瞼をぎゅっと瞑るが、想像していた痛みはいつまで待っても来ず、おずおずと瞼を開く。



「っ・・・アーサー様、お待たせして申し訳ありません」


騎士団の英雄オズウィン・カーティスが左片腕から血を流し目の前に立っていた。左片腕はかろうじて皮一枚でつながっているが明らかにこの先機能しないことは明白だった。驚きで止まったはずの涙腺からまた涙が流れ落ちる。


「オズウィン・・・おまえ・・・」




「王も王妃も・・・貴様か・・・生きては、生きては返さん」


オズウィンの纏う空気が変わり、痛いほどの殺気に包まれる。ゲンはオズウィンの殺気に一瞬動きを止めるが再度包丁を持ち直し、オズウィンに向かい獲物を振り下ろした。オズウィンは左腕から血を流しながら右手で大剣を構えゲンに向かって振り下ろす。


「ボルド!ホレス!アーサー様を死んでも守れ!」


いつの間にか側で守りを固めていたボルドとホレスは鋭く返事をし安全な場所へと私を移動させ始めた。ゲンの血走った眼が私を睨む。しかしオズウィンの激しい攻撃に成すすべもない様だ。ボルドとホレスに守られ食堂の入り口までたどり着いた時、激しい攻防の音が止み何かが床に崩れ落ちた音がした。



「うっ・・・殺さなくては・・・あの世界に帰れない」


ゲンは泣いているようだった。声にならない苦しさが胸の中をのたうつ様なそんな声でひたすら何かを話している。


「・・・あの世界・・・?貴様、落ち人か・・・なぜ、王達を殺した!!」


オズウィンの大声に自然と肩が跳ねる。何故父上や母上、騎士達が殺されたのか・・・自然と外に向かう足が止まりゲンとオズウィンへ振り返る。オズウィンは大剣をゲンの首にあて忌々しいとばかりに睨みつけていた。




「っ・・・・私はあきらめない・・・必ず成し遂げる」


ゲンは泣きながらオズウィン、ボルドとホレス、私の順番に睨み付け唇を強く嚙んでいる。オズウィンは大剣を振り上げ勢いよく振り下ろした。


「テレポート」


ゲンがつぶやいた瞬間、ゲンの姿が掻き消えオズウィンの大剣は床を切り裂き突き刺さった。オズウィンが忌々し気に舌打ちをする。



「やはり落ち人。・・・・、・・・アーサー様お怪我は!?」


オズウィンがハッとしたように私を見る。しかし一歩足を踏み出した瞬間にオズウィンの体はぐらりと傾きドスンと倒れ込んだ。左腕からは止めどなく血液が流れだしており、顔色も悪く命にかかわる大怪我なのは明白だった。


「「「オズウィン!(師匠!)」」


私とボルド、ホレスの声が揃う。その声を聞きつけたのか廊下からガシャガシャという鎧の音が響き、騎士団員が数十名食堂につながる廊下へ流れ込んできた。


「アーサー様!」

「こっ、これは!!」

「衛生兵!急ぎオズウィン様を医務室まで!急げ!命に係わる!」

「うっ・・・何があったんだ・・・」


ガシャガシャという鎧の音と死体をみて顔を驚愕に染める騎士、青白いオズウィンの顔、悔し気に顔を歪めるボルドと心配そうにこちらを見るホレス・・・。


(なぜ父上や母上は殺されなければならなかったのか。姉が信頼していた側近、裏切り者のゲンは・・・帝国・・・女神ノアトス・・・落ち人・・・なぜ、なぜ、なぜ・・・・)



ぐらりと視界が暗転し、ホレスが急いで私を抱きとめる。

騎士達やボルド、ホレスの慌てる声を聞きながら、私は現実を受け止められずそのまま気を失った。






「オズウィン様は一命をとりとめたそうだ」

「しかし、フィリア様は・・・・」


「静かにおしよ。王子様がお休みになられてるんだよ」


ボルド、ホレスの声が聞こえうっすら目を開ける。消毒薬の香りを鼻孔が感じ、そのなんとも言えない臭いに眉を顰める。ボルドとホレスは私が目を覚ましたことに気が付いたようでベッドに寄ってきた。


「目がさめましたかアーサー様」

「痛いところは?」


「大丈夫だボルド、ホレス・・・姉上がどうかしたのか・・・?」


その瞬間双子の表情が悔しそうな、涙をこらえた表情に変わった。わかってしまった。もう10年の付き合い。ボルドとホレスは私より姉上との付き合いの方が長い。ボルドがぽつりと苦し気に話し始める。


「っ・・・フィリア様は・・・フィリア様は・・・自室で服毒にて殺害され。眠るように亡くなっていたと」


(・・・あぁ、やはり・・・私の家族は皆、私を残して死んでしまったのか)


ストンとその事実だけが胸に落ち、もう王族は私しか、自分しかいないのだと。これからこの国を齢10歳の王が纏めていかねばならないのだと。王族として父上、母上から、そして姉上から教わったこと。いつ、いかなる時もこの国の民のため力を尽くし泰平の世を気づくようにと。


(王族はもう、私しかいないのだ・・・・)


横たえていた身体を起こし、ベッドから降りる。ボルドとホレスそして医師が慌てて私をベッドへ戻そうとする。私は首を横に振り、ゆっくりと立ち上がる。

ホレスが掛物を気づかわし気にかけてくれた。




「・・・姉上の寝室へ。そこに安置されているのだろう?」


「ぁ、あぁ・・・」

「アーサー・・・」


「別れをな、してこなくては。弟として。

それに宰相や貴族達、騎士達にも通知をしなくては。ゲンは放置できない。

父上たちの葬送の義も執り行わなくてはならない」


「・・・アーサー、宰相に手配しておくからお前休めよ」

「そうだ、お前が倒れるわけにはいかない」


ボルドもホレスも険しい顔で私を見てくる。心配で心配でたまらないという顔だ。でもこれだけは、これだけは譲れない。私はしっかりと前を向き歩き始める。


「私は倒れないよ。・・・悲しみで歩みを止めるわけにはいかないんだ・・・。

私がこの国の王になったのだから」


ボルドもホレスもそれ以上は何も言わず、ただただ姉の寝室へ歩く私の後ろについて歩いた。双子の眼はこれからの中立国スレイニアの、アーサー王の行く先を案じていた。


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