ラルガレナ旅行記

遠井 九

第1話 スレイニア王族惨殺事件

その日のよく晴れた空を覚えている。

目の前に広がる紅を。光の宿らないすりガラスの様な瞳を向ける母上の顔も。父上の悲痛な呻き声も。そして姉上の眠るように死んだ姿も。



そして、あの裏切り者の顔も。




あの日はアーサー・フィン・スレイニア、私の10歳の誕生祭の前日だった。

ここスレイニアでは18歳で成人だが、昔は食料危機や疫病等で子供がよく死んでいた。それは貴族、王族も例外ではなく10歳まで生きることが出来れば死ぬことも少なかったため10歳まで生きられたことを祝う会を行う。成人へと一歩近づくことに胸の高鳴りを抑えられずそわそわしていた。



「王子も無事に誕生祭を迎えられるとはおめでたいことです」

「我々も自分のことのようにうれしゅうございます」


「今は3人しかいない、いつもの口調でかまわない」


朝食のため食堂に移動をしていると側に控えていた親衛隊の双子、ボルドとホレスが後ろから声を掛けられる。この双子は生まれた時からずっと一緒で姉上と4人で兄弟姉妹のように育った。ボルドとホレスは親衛隊長の息子で幼いころから親衛隊になることを定められていた。私の家族以外で一番信頼のおける者たちだ。


「最後の衣装合わせは朝食の後だったな」


「あぁ、朝食後に侍女が明日の衣装を持ってくる」

「王妃様がとても楽しみにしてたぞ」


ボルドは親衛隊でありながら私のスケジュール管理もしてくれる。ホレスはスケジュール管理こそしないが、私の顔色や様子で体調不良を一早く見抜いてくれ健康管理を担ってくれている。それに加えボルドもホレスも一流の騎士でボルドは火魔法と剣術では右に出るものはいないといわれている。方やホレスは氷魔法の使い手で槍術の使い手だ。父上も親衛隊長もゆくゆくは二人を親衛隊長にするつもりらしい。


「今日の朝食には騎士団のオズウィン様も来るってさ」


オズウィンは騎士団の英雄で大将。昔、帝国と大戦があった時1人で5千もの兵と戦い生還したとか。化け物じみた逸話が残っている人物で父上とも旧友の中らしい。今は主に騎士団の育成を担っている。私もボルドもホレスも彼から武術を習っている。


「それは楽しみだな。オズウィンとは最近多忙で時間がとれなかったからな…」



徐々に食堂の扉が見えはじめると私の鼻が異臭をとらえた。いつもこの時間は食欲を誘う香りが漂っている通路が金属が錆びたような臭いに包まれている。ボルドとホレスも異常に気付いたのかボルドが素早く前に位置取り、ホレスは後ろを警戒し始める。


「アーサー、離れるな」

「ホレス後ろは任せたぞ」


「おいボルド、ホレス、一体何が・・・・」



その時食堂から父上のうめき声が聞こえた。私は早鐘のように鳴る心臓を感じていた。ボルドとホレスに前後を警護され食堂の扉をそっと開ける。






そこは地獄だった。





いつも給仕をしてくれている執事や侍女の胸から夥しい血液が流れだしている。そして何かを守るようにして騎士たちが重なるように倒れ込んでいる。騎士たちには腕がないもの、顔が判別できないものもいた。騎士たちの隙間から母上が好んで来ているショールが見えている。そしてその近くには父上が血を吐き倒れ込んでいた。


「父上!!母上!!」


「「おい、アーサー待て!」」


思わず名前を呼びながら血を流す騎士を押しのけ父上と母上の容態を確認する。ボルドもホレスも後ろからついてきて父上と母上の脈を測り顔をゆがめた。その時父上がゴホッと血の塊を吐き出し、うっすら目をあける。


「おぉ・・・無事かアーサー・・・・」

「父上!」


息も絶え絶えの父は話し出す。その目には目の前の私は映っておらず別の遠いだれかを見ているようだった。うわごとのように「・・・あの者を恨んではいけない・・・、帝国にそそのかされたのだ・・・」と話し、私の目をのぞき込む。


「アーサー・フィン・スレイニア・・・この国を頼む。ボルド、ホレス・・・息子を・・・頼む・・・」


父上の目から光が遠く消え、力なく身体が弛緩する。止めどなく流れる涙が父上の顔の血を浚い地面に落ちていく。ボルドとホレスは泣き続ける私の黙って側に立っていたがしばらくした後重く口を開いた。


「ここは危険だ、敵がどこに潜んでいるか・・・」

「フィリア様もいないみたいだしな」


この地獄の中に姉フィリアは見当たらない。その時キーッと食堂のドアが開く音がして静寂が破られた。ボルドとホレスはすぐに戦闘態勢をとる。そこにいたのは姉フィリアの側近であるゲンであった。ゲンは血まみれの包丁を持ち虚ろな目をしてこちらを見ていた。



「・・・・ゲン・・・?なぜ・・・・・」


「・・・これで帰れるはずだ。王族を、スレイニアの王族を根絶やしにすれば女神ノアトスが私を元の世界に戻してくれる・・・あの世界に・・・」


普段の穏やかなゲンとは真逆でまるで周囲の空気が荒々しく眼も血走っている。持っている包丁がカタカタと震えている。ぶつぶつと何事か呟いているようだった。

ボルドとホレスが目でコンタクトをとった瞬間、ホレスは氷の障壁で私を守り、ボルドが炎を纏った剣でゲンを切りつける。


「ゲン!何故だ」


「王族は皆殺しにしなければ・・・皆・・・」


ボルドの炎に顔や腕の皮膚を焼かれるも、ゲンは真っすぐ私の元へ突っ込んできた。ボルドもホレスも見えていない様子で。武術を知らない文官だと思っていたがゲンの動作は親衛隊長や騎士団のオズウィンにも引けを取らない動きだった。ただの包丁が風を纏って炎の剣を切り、氷の障壁を切り裂いた。ホレスが私の前にでて槍を構えるがゲンが包丁でいなすと爆風が吹きホレスは壁際まで吹き飛ばされた。




「こんなことしたくない・・・でも、でも・・・王族に・・・死を!!!」


風を纏った包丁が目の前まで迫り、死を覚悟した。その瞬間肉を切り裂く音がして目の前が血に染まった。

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