薬莢(7)
少女とマーノーシュは、目の前で泣き崩れた高宮に近寄り、暫くのあいだ高宮を慰めた。顔を両手で覆いながら声を押し殺して泣き続けた高宮だったが、空の色が青くなる頃には、落ち着いて二人と話せるようになった。
高宮は、これまでの自分の境遇を話し始めた。
故郷が内紛で住めなくなり、家族と一緒に難民キャンプに辿り着いたあと、日本軍に保護され、自国に両親を残して一人で日本に来たこと。日本では、優しい養親の下で自由に生活していたこと。その養親が先月、突然死んでしまったこと。今日、養親の家を追い出されてしまうこと。行くあてが無いこと。頼れるものが無いこと。孤独であること。これから自殺しようとしていたこと。
高宮が自分の境遇を話し終えると、少女とマーノーシュも、自分たちが置かれている状況を話した。話の途中で高宮は涙を流し、二人を両腕で抱え込むように抱きしめた。
二人を守らなければならない、と高宮は感じた。同時に、日本に対する不信感が膨張する。小さな子供が搾取の対象になっている。日本は、その状況を率先して作り上げている。許されることではない。今すぐに糾弾したい。しかし、少女とマーノーシュの話を聞くと、糾弾した三人の存在が消されてしまう可能性があることが分かった。少女とマーノーシュが先ほど遭遇した火事は、偶然の出来事ではないかもしれない。二人の存在を消すために誰かが動いているかもしれない。
もしかして、今の私も同じ状況なのだろうか? 高宮が自問自答する。
「あたしたちって、もしかして殺されそう?」マーノーシュが高宮に質問した。
「そうかも」高宮が正直に答える。
「なら、あなたは今すぐ私たちから離れないと」少女が強い口調で話す。「イルハアムが巻き込まれて死んでしまうのは――」少女は途中で言葉を無くすと、表情を強張らせた。目から涙が一筋流れ落ちる。
「……心配ない。三人なら生きれる」高宮が笑顔で言った。
空の青が明るくなっていく。太陽は見えないが、夜が明けていく。
それからの三人は、お互いの意見を共有しながら、どのように行動すべきかを話し合った。
三人の存在を消そうとしている人間が本当にいるのか。目立たず生活するためには、どうすれば良いか。お金を手にいれる方法は。住む場所は。自分たちが置かれている状況を、いつ、誰に、どのような方法で伝えるのか。
結論が出ないことも多かったが、自分たちの目の前にどのような問題が山積しているのか整理できた。これから長い時間をかけて、様々な問題を解決しなければならない。
「日本で使う名前、決めないと」高宮が言った。「私の名前、日本人は発音できないから、イリカになった」
「あんた決めてよ。あたし日本語わかんないし」マーノーシュが少女に向かって言う。
「んー……」
少女は考えながら、平和を祈る女神を見上げる。
「……泉、清見、かな」
「イズミ、キヨミ……うん、日本人の名前だね」高宮が日本語で言った。「なんかラップっぽいけど。イズミー、キヨミー。おお、韻踏んでる」高宮が笑う。
「イズミキヨミが名前なの?」マーノーシュが質問した。
「イズミが家族を表す名前で、キヨミが私を表す名前だよ」少女が答える。
「じゃあ、私の名前は?」マーノーシュが少女を見つめながら言った。
「喜与奈」
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