翻訳家をあきらめた理由
大学の授業が終了した後も、ビザが切れるまの二週間、韓国に滞在していました。
せっかくだから観光をしたかったのですが、コシウォンにこもって漫画の翻訳の練習ばかりしていました。
翻訳家になるために時間を割いたのにもかかわらず、あきらめてしまったのはどうしてなのかというと……
日本に帰ってきてから、社長からカカオで電話がかかってきました。
今後どうするのかと。
私は漫画の翻訳をやりながら、アルバイトをして生活しようかと思ったのですが、社長の話では漫画の翻訳の仕事はほとんどなく、ドラマやバラエティ番組の翻訳ならあるとのことでした。
そしてドラマの翻訳で、動画に直接日本語字幕をつけるのでなく、あらかじめ台本を渡されて日本語に翻訳するというプロジェクトがある。
それならば中級の私でもできるのではないか?
という提案をしてもらったのですが……
もしそのプロジェクトをやるのなら、インターネットで完全個人レッスンで月二万円の講座を受けてもらわなければならないと言われました!
いきなり二倍⁈
正直、これまでの講座で月一万円でも高いなと思っていたのに。
すると、
「うちは全部手の内を見せてるから」
と言い訳されたのですが、顧客からお金をもらって翻訳したものを、しかもすでに世の中に公開しているものを手の内っていうんでしょうか……?
言葉を失った私に、社長も気づいたのでしょう。
「生徒を集めるために求人を出してるでしょって言われたけど、それは違う。日本人の翻訳家が本当に不足してる」
求人で集めた日本人に言われたらしいのですが、そんなふうに思われるのは当然です。
私も同じことを考えていましたし。
一万円が二万円になると言われた時、この人は翻訳家を育てるためではなくて、翻訳家養成学校で金儲けをしたいだけなんだと思いました。
詐欺かな? とも思いました。
掲示板にはよく詐欺の求人が掲載されているので、気をつけてくださいというホームページからの注意もありましたので。
その社長のもとで実際に翻訳家をしている日本人女性に直接会ったことがあるので、まるっきりの詐欺ではないと思いますが。
私の漫画の翻訳が比較的よかったみたいで、ぜひ続けてほしいと言われましたが、キッパリ断りました。
説明会でも聞かされましたが、ドラマの翻訳は量が多くて、毎日徹夜しなければならない。
単価も安くて食べていけない。
せめてダブルワークができるくらい時間に余裕があれば、単価が安くても翻訳家になるという選択もあったかもしれません。
収入が少ない上に体まで壊して、月二万円のレッスンを受け続けなければならない。
そうまでしてやりたかった仕事ではなかったので、あきらめてしました。
もし漫画の仕事があったら連絡しようか? という提案も断ってしまいました。
たとえ翻訳家になれたとしても、この社長とは一緒に仕事をしたくなかったからです。
漫画の翻訳をしていて気がついたのですが、セリフ以外にも効果音がついていればそれも翻訳しなければならなく、それらは辞書をひいてもインターネットで調べても載っていません。
私が練習していた漫画には日本人向けのサイトもあったので、見比べながら勉強しました。
韓国の擬声語や擬態語などは日本語と発音が似ているものもあれば、想像できないくらいまったく違うものもあります。
たとえばドアが開く音『キィィ』は、『
切れた電話から聞こえる音『ツー』は、『
これらは似ていますが、
人が怒る様子『ムカッ』が、『
あぶらとり紙で顔を拭く様子を表す『ふきふき』は、『
マッサージする様子を表す『もみもみ』は、『
漫画なので絵があるから、どんな様子を表しているかはなんとなくわかりますが、あまりにもかけ離れているとどうやって訳していいのかが悩みどころです。
今まで何気なく読んでいた漫画に、こんなに効果音がついているものなんだなと、改めて気がつきました。
それらを一つ一つ訳したり、日本人向けサイトで日本語訳を見つけたり、ノートに書き出したりしていると、思いのほか時間がかかりました。
ドラマや映画や漫画には色々なジャンルがあります。
時代劇は昔の地名や役職名、昔の言葉遣いをも翻訳しなければなりません。
学園ものでも、国によって教育システムが違います。
法廷ものや病院もの、サスペンスものなど、専門用語の知識がないと翻訳できないコンテンツもあります。
その国の歴史や文化や世相も知らないと、翻訳家として一人立ちできません。
ちなみに翻訳家として一人立ちするまでは、日本人が翻訳したものを韓国人がチェックします。
逆に日本語のコンテンツを韓国人が翻訳したときは、日本人がチェックします。
そのため、顧客に受け渡しするまでに時間がかかってしまい、毎日徹夜をしないと間に合わなくなるのだと思います。
字幕をつける上での決まり事や、色々な字幕ソフトの使い方など、たくさん覚えなければならないことがあり、その国についてたくさん調べたり知らなければならないことがある。
そして、日本語の文章力も必要です。
その国の言葉ができるというだけでは翻訳家にはなれないのだということを知ることができたので、経験してみてよかったと思いました。
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