第12話【タベテヒライテ】
テーブルの上に胸を乗せると、今までの重さが嘘のようになくなった。肩の荷が下りた気分とはこの事だとボクは思った。
テーブルの温度が低いせいか、下の胸に冷気を感じる。やはり、自分の胸の動きにはまだ慣れない。
腕を伸ばして机に突っ伏してみると、胸の形状が次々に変わっていく。むにょんとなる動きにだんだん面白さを感じて激しく動いてみるも、すぐさま痛みが走った。
「んー、ボクは、こういうことを甘く見てたのかも……」
ため息をつくと、息の風が自分の谷間に生ぬるさを感じさせる。
自分の谷間を眺めていると、魔法学校時代に同学年だったアルフォートを思い出した。片目を隠した銀髪の彼女もまた、巨乳であった。
男子生徒からの人気はダントツで高かった彼女だが、運動系の授業で走る時いつもしかめ面をしていたのは、走る際に揺れる胸の痛みからだったのだろうか。
思案していると、ラトムちゃんがお皿を運んで来てくれた。上には湯気の立つコーヒーとパンが置かれている。
「ツクヨ、お皿置くから胸どけて!」
「あ、ラトムちゃん、わかった!」
机に乗せていた胸をゆっくりと持ち上がらせ、後ろに下がる。そして肩への重さが戻った。
この身体になって2日目だというのに、既にもう邪魔だと感じている。しかし、この胸があるから出来ることを、ボクはするのだと、ラトムちゃんを見つめながら思う。
「つ、ツクヨ……? そ、そんなに見つめてどうしたの?」
「んふふ、なんでもないよ」
頬を赤くしながらも卓上に皿を置いていくラトムちゃん。なお彼女は人形のような美貌を持ちつつ平均的な胸のサイズである。羨ましいと思った。
「そういえば、ツクヨはここで何するの?」
席に座り、パンを租借する姿を見る。
「言ってなかったね、ボクは、ここをお店にして、商売をするんだ」
「……呪いは、大丈夫なの? お客さん、ってことは、男の人も来るよ?」
「うん。まぁ、だから男子禁制のお店になっちゃうかな、たぶん」
「だったら、いいけど」
ややラトムちゃんの頬が膨らみ、必死に感情を抑えながら言う。
「……勇者の、手助けをするのよね?」
「うん。キミが教えてくれた。前線で戦うだけが冒険じゃない。……ダンジョンに潜るにも、食料、装備、モンスターの知識とか、他にも色々必要だから。勇者パーティーのみんなに、物とか、情報を渡す。それが、ボクの出来ることって、思ったから」
「……えへへ、ツクヨ、あなたは、あなたの道を進んで。……だけど、私にも、たまにはかまって、ほしいな……って……」
「ラトムちゃん……もちろん! もちろんだよ!」
腕を伸ばし彼女の頭を撫でると、彼女は、頭をボクに預け、愛しそうに擦り寄せている。
「……だけど、これじゃ、ボクはご飯を食べられないよ?」
「……撫でるの、止めないでよ」
「そっか、残念……せっかくラトムちゃんの作ったご飯を食べられると思ったのにな……」
そう言うと、ラトムちゃんは頬を膨らませながらボクに抗議した。ぷんすこと音が鳴りそうな怒り方をする彼女のことが、本当に可愛らしいと思った。
「だ、だったら! ……私が食べさせてあげるから!」
彼女は細い指でちぎったパンを持ち上げ、ゆっくりとボクの口に近付ける。ボクが口を開けると、瞳をギュッと閉じつ、手を震わせながら口内まで持ってきてくれた。
「おいしい! おいしいよ、ラトムちゃん!」
「そ、そうかな? えへへ、ツクヨがそう言ってくれるの、嬉しいわ……」
ラトムちゃんは笑顔になると、白くてしっかりした形状の歯を見せる。きっと彼女は、歯の管理をきちんとできる程には裕福な家に生まれたのだろうと思った。
そういえば、ボクの過去を彼女に話したけれど、彼女の過去をボクは知らない。
「ねぇ、ラトムちゃん……」
「なぁに、ツクヨ?」
「ラトムちゃんって、ボクに会うまで何をしてたの?」
「つ、ツクヨに? えっと……」
「あ、それとさ、ここで暮らすこと、両親とかさ、居たらちゃんと言っといて欲しいな!」
「えっとー……あはは」
やや困った顔を見せる。どうやら、触れたらいけない事だったのかもしれないと思い、それ以上、彼女の身の内のことは聞かなかった。いや、聞けなかった。
――――――――
ご飯を食べあげた後、本格的に開店準備を始めた。
棚や床、天井の掃除から売り物の準備。かといって、今のボクが準備出来る物はひとつしかない。
超高純度の魔力を有し、持ち運びも楽にできるソレを搾り取る作業は、さすがにラトムちゃんに見らたくない。彼女がトイレに行っている隙を見計らい瓶の中に詰めた。
時間が過ぎ、やがて準備が終わった頃には、太陽は頭上真ん中に上っていた。
「ラトムちゃん、商品の陳列、終わったよ!」
「こっちも、看板建てたよ! 店の名前【クイット・ノート】と、男子禁制って書いたやつ!」
小走りで店内に入ってボクに抱きつくラトムちゃん。その無邪気さにあてられ、ボクも明るい気分になる。
「それじゃあ、ラトムちゃん。……集客、お願いできるかな?」
「了解だよ! 他の人が居るときには、ちゃんとナナシって呼ぶから、安心してね」
「ありがとね、ラトムちゃん!」
これからのことを考えながら、彼女の手を繋ぐ。
「お、お邪魔し……ます……」
早速、お客さんが【クイット・ノート】にやって来てくれた。
「いらっしゃいませ! クイット・ノートの魔力ミルクはいかがで――」
「やってるミたいだネ、ナナシ」
店にはふたりの女性が入店してくれたみたいだった。ひとりは、ボクの恩師であるナネさんだ。そして、そのナネさんの後ろで、ローブを握りながらこちらを見ている少女は、勇者パーティーの一員であり、ボクの元同級生であるアルフォートだ。
「は、はじめ……まして……」
「かわいい玄孫と一緒に、来てやったよ。さ、売ってるもんを見せてくれ」
ボクとラトムちゃんは目を合わせ、お互い笑ってから、初めてのお客さんを迎えた。
ボクらの【冒険】は、ここから始まるのだ。
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