第9話【ナイタメザメタ】

 走り抜いて行き着いた先は、街外れの薄暗い公園。


 キノコでできた遊具の上で泣いて、泣いて、泣き疲れて、やがて夜が来て、そしていつの間にか眠りについていた。


 手助けするべき勇者に何度もボクは助けられ、仲間になるはずだった人たちに同情され、鍛えてきたはずの体力も失った。


 ボクは、なんと無力なのだろうか。今のボクに、何が残されているというのだろうか。


 夢の中で、かつての自分が今の自分を嘲笑う。けれど、ボクがいくら叫ぼうとに声は届かない。


 この夢は、いつ終わるのだろうか。

 





――――――――





 目を覚ます。ふと、頭にやわらかな、あたたかな感触。


 居心地の悪いキノコの遊具の上で寝ていたはずなのに、頭の痛みは一切無い。


 それもそのはず、ボクは頭の下で、誰かのふとももを下敷きにしていた。上を見ると、ほがらかな笑みをした、指の細い女の子がボクを見つめていた。


「……だ、れ……?」

「おはよう。ツクヨ。泣いてたみたいだけどよ、大丈夫?」

「……うん、大丈夫……? ……キミは、誰?」


 見覚えのない顔だった。ブロンズのおさげに、ピンクのポンチョを纏った少女。身長はボクよりも高いけれど、胸は平均的なサイズだった。


「あ、私? 私は……【ラトム】。ナネさんの、知り合いなんだけど……お、お嬢さんとは、初対面かしら?」

「あ、はい。はじめまして……。えっと、どうして、こんなところに? それに、膝枕なんて……」

「うふふ、んーと、心配になるのは、私の勝手だから。気にしないで? たまたま通りかかった場所に女の子が1人で寝てる。それも、涙を流したり、時おり叫び声をあげてたりしていたから……お邪魔だったかしら?」


 彼女は首を傾け、頬に指を添える。動作には妖艶さと少女らしさの混ざった、かわいらしいものだった。


「あ、いえ、邪魔なんてことは……それよりも、あたたかくて、心地いいです。……もう少しこのままでも、いいですか?」

「ええ、もちろん。それと、私の膝でよかったら、いくらでもつかっていいわ。……思う存分、言いたいことを言っても、いい……。1人で溜め込んで、壊れちゃう前に……泣いていきましょう」


 ラトムの一言。それで抑えていた何かが溢れ出た。


「あ……ぅあ……! ボク、は……ボクは……どうして、こんなに、何にもできない! ボクのやりたかったこと、やろうとしてたのに頑張ってきたこと、何もかも……台無しだよ……どうして、どうしてこんな呪いがボクに……あ、うぅ……ッッッッ――――!」


 ラトムのやわらかな、細い指が、ボクの頭上をなぞる。どこか懐かしさを覚えるその指に、ボクは抱えていた思い全てを吐き出した。


 彼女は、何もかもを受け止めてくれた。


 そして、話して、泣いて、叫び続けて、ボクが泣き止むまで、ずいぶん時間が過ぎたような気がしたけれど、まだ朝日が昇ったばかりだった。


「……う……ラトムさん。すみません、こんな、こんな嘘みたいな話、聞いてもらって……」

「いいのよ。あなたは、抱えていただけだから、一旦、全部出して、それから進めばいいんだから。……落ち着いたかしら?」

「……はい、もう、ボクは、大丈夫……」


 零れそうな涙を拭い、顔を上げて、笑顔を見せる。彼女も、微笑み返してくれた。


「……本当に? もしかして、まだ、考えていることがあると思うのだけれど……」

「あ、えっと……そう、ですね。これから、どうすれば……って、そう思うんです」


 最初は、勇者パーティに入ることで共に冒険をしたかった。けれどそれは、名誉心や報酬目的もあった。だけど今、ボクの命を助けてくれた恩人に、勇者アクタの助けをしたい。そう、本気で思っている。しかし、今のボクの身では、勇者に同行してしまえば、体力的にも、呪いのことを考えても、足手まといになることは確定だ。


「だけど、このまま何もしないのも、嫌だから」

「……今のあなたは、ダンジョンの中に入れない事と、他の女性がいる場所で、勇者に会っちゃいけない事が、問題点。だったら、あなたにしか出来ないこと、ちゃんとあるわ」

「ボクにしか……それは、いったい?」


 ラトムの目は、嘘をついている目ではない。けれど、ボクの問いかけに応えるつもりもないみたいだ。


「いいえ。それは、あなたが見つけなきゃ。あなた自身のやるべきことなんだから。……だけど、絶望的と思える今の状態でも……いえ、今の状態だからこそ、あなたにしか出来ないことが、しっかりある。……そのことは、忘れないで」


 彼女は立ち上がり、くるりとターンする。


「さ、私はそろそろ行かなきゃね。考え事してるとき、あなたは1人じゃないと答えがでないタイプでしょ? 私、そういうの見るの得意だから! あ、また泣きたくなったら、私の膝、貸してやるから……うん。じゃあ、またね」


 横顔に笑顔が映える彼女は、片手の指を全て開いて小さく振ったまま、見えなくなるまでずっと手を振ったまま、街の方に歩いていった。


 それから、ボクは1人で考え込んだ。そして、やがて答えを見つけた。


 あの時なくて、今のボクに在るもの。それを、思い出したのだ。


「……あぁ、そっか、今まで忌々しいとしか思ってこなかったけど、今のボクには『コレ』があったじゃないか……」


 できることは見つかった。だから、それを果たすべく、ボクは街に戻る。


 ボクにしか出来ないことを、きっと、やって見せるからと、自身の胸に手を当てながら、この心を燃やしていた。





――――――――





 アルプリエトの看板を潜り、ナネさんの元まで歩く。


「おかえりツクヨ。いい目をしてルじゃナイ。ダンジョンは……」

「ナネさん。頼みがあります」

「ン……ナンだい?」


 一瞬目を閉じたナネさんは、再び目を開き、ニマっと笑みをこぼした。


「ボクに、お店を経営させてください」


 待っていたと言わんばかりに、彼女は目を輝かせる。


「売上の1割くらい、あたしにクレたら、かまわないぜ、ツクヨ。やってきな、あんたのやりたいことをするのが、1番だからネ」

「ありがとうございます。けれど、今のボクに、ツクヨと呼ばないで下さい……今のボクは」


 外で活動するなら、名前が必要だ。だけど、かつての名前は名乗れない。


「ナナシと、そう呼んでください」


 勇者がくれた名前。全ての可能性は、何もないところから生まれる。


 新しい名前と共に、何も持たないボクだからこそ、旅立つための可能性の象徴。


 【ナナシ】として、ボクは生きていくと、決意したのだから。

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