第8話【オチコミハシル】
第1層には、3種のモンスターの生息が主だ。
【ゴブリン】は、全身が緑色、顔は醜く、常に集団で行動している。特徴として、男女問わず人間を食料、苗床にする。
【スライム】は、透ける青色をした粘着性の強い液体生物。不意に天井から人間の頭に落ちてきて窒息させた後にじわじわと死ぬまで人間の血を吸う。希少種として、ピンクのスライムが居るが、それは人間の快楽を餌にするらしく、捕まった人間は逃げ出せるまで快楽を与え続けられるらしい。
【バジリスク】は、巨大な鱗をもったトカゲのような生物。口内から岩を溶かすほどの炎を放つ。この際気を付けなければならないのは、炎そのものだけでなく、岩が焼けたことにより、上方から落ちてくる岩なだれにも気を付けなければならない。
「――――って感じかな、それが1層で気を付けること。ボクは前来たときだいたい見てきたから大丈夫だけど、勇者クンは初めてなんだから、気を付けるんだぞ!」
「はーい!」
伝説の勇者ことアクタ・ケンダイは、元気のいい返事をした。ボクは少し自慢気だ。
「あ、それと、先ほどのウィルオウィスプなどの発生は珍しい。まぁ珍しいと言っても、日に1匹が平均だから、どんなモンスターが出ても対応できるように、警戒を常に怠らないこと。いいね?」
「はい、わかった!」
「よろしい。それとアクタ・ケンダイ、ボクのことは、ナナシ先生と呼ぶように」
「うん、わかりましたナナシ先生!」
「よろしい。では、さっそく進んでいこう!」
「よし、ナナシ先生と一緒に、デュエッと攻略してやるぜ!」
かくして、何事もなく勇者にダンジョン1層の知識を教えながらを進み始めた。
――――――――
その数30を越えるゴブリンに襲われ、胸を強く掴まれながら叫び、悲鳴を聞いて駆けつけたアクタに助けられる。
身体のバランスを崩して転けていたところに、上方から落ちてきたピンク色のスライムに全身を濡らされ、理性を失い涎を垂らしながら自らの乳房を弄くり回していたところアクタに助けられる。
バジリスクに出会い、今度こそと思い魔法を行使しかけた寸前にバジリスクに吐き出された炎の余波で服を焼かれ、恥じらいのまま何もできず動揺していたところ、アクタに助けられる。
痴態を何度もアクタに見せるばかりか、助けられてばかりである。自分の無力をこれほど呪いたい日があっただろうか。
モンスターに襲われるだけでなく、ボクが狭い道を通れないせいで、目的地まで遠回りするはめになったり、激しく走ると胸が痛くなるためゆっくり歩いているといつの間にかアクタとの距離が遠ざかっていたりと、足を引っぱってばかりだ。
「ナナシ先生? 元気がなさそうだぜ? もうすぐ1層の出口だろ?」
「う、うん。その……なんだか、ごめんなさい。ボク、もっと、ちゃんとすべきだったのに……」
「……? 俺は、気にしてないぜ? 君は色々と教えてくれたからな。教えてくれていなかったら、俺だって不意を突かれてやられていたかもしれない」
アクタは前だけを向きながら、決意を示す目で進み続ける。すると、突き当たりで角度の急な階段が見えた。
「お、下に階段があるってことは、ここが終わりだな。よっしゃナナシ先生! 今日の冒険は終わり、帰るぞ! いいか?」
「う、うん! ボクは大丈夫!」
彼はボクの肩に少しだけ触れると、動作を1つとして行わずに空間接続を行ったようで、周囲を見渡すと、ダンジョンの入り口に居た。
一息つこうとすると、驚いた様子で3人の女性が一斉にこちら、というよりは、勇者の方を向く。
「な!? アクタ、やっぱりここにいたのね! べ、別に、見つけたからって嬉しくもなんともないけど!」
「あら、ようやく見つかりましたわ。あら、隣の女性は……?」
「……?」
「おう、悪いな! ダンジョンがどんな感じか、体験しときたかったんだ! それに……」
アクタに急いで駆けてきた3人の女性のうち2人は、勇者パーティの一員のようだ。そして、もう1人は、アルフローズの娘である【アルフォート】だ。他の2人と共に行動しているということは、もしかしてと思うと、その予感は的中していたようだ。
「俺のパーティに同行する予定だった男子、早とちりしてダンジョンに来てたのかと思ったけど、居なかったからな。ま、いいぜ。俺には【ミコロ】と【スラート】そして、アルフォートが居るからな!」
勇者パーティは、元々4人で構成されていた。
第3区の格闘大会にて、齢9で優勝したことのある女戦士である、ミコロ。
研究者であり上流貴族の娘。ながらも、隠密、索敵、不意打ちにおいては右に出るものが居ないと言われる謎の多い女性、スラート。
マンドレイク大合唱事件を解決し、第3区最大の魔法学校を主席で卒業を果たした男、ツクヨ。
そして、神の意思によって異世界より遣わされた伝説の勇者、アクタ・ケンダイ。
しかし、魔法使いとして同行するはずだったボクが行方不明になったとされている。その代わりに、数多の伝説を残したアルフローズの愛娘だったアルフォートが再び選ばれたのだろう。それに、彼女も優秀な魔法使いだった。
「……」
ボクは悔しさを覚えた。あのとき、ああして身体が変わっていなければ、今、あのパーティの中に居たのだろうかと思うと、悲しくなったのだ。
悲しくてしょうがなかった。だから、また、ボクは、泣き出してしまった。
「あら、あら……彼女、大丈夫でしょうか?」
「……あ、あんた! 急に泣くんじゃないわよ! ほら、ハンカチ貸してあげるから!」
ミコロとスラートがボクに駆け寄ろうとすると、この後発される勇者の言葉で2人は足を止めることになる。
その時の勇者アクタの目は、明らかに錯乱していた。あの目は、どこかで見たことのある目だ。そう、今日の朝、真っ先にボクの胸に手を出してきたマルトと同じ、欲情した男の目だ。
「そりゃそうだよな、ナナシ先生も泣きたくなる。なぜなら、こんな最上級の貧乳娘達に囲まれちゃ、悔しくもなる!」
「は?」
ミコロ、スラート、アルフォートが、一斉に驚愕の声をあげる。
「ミコロは筋肉で引き締まっていて形も洗練されたとてもいい貧乳だ! スラートは毎日豊胸の運動を続けていても全く成長する見込みのない先天的な貧乳の奇才だ! アルフォートは……サラシだからノーコメント。それに比べ、ナナシはメロン1個、いや、メロン2個ほどのが片胸についている。胸だけで人格を決める気はないが、それにしても貧乳の方が圧倒的に俺の好みなのだ。だから……」
アクタが弁舌を続ける最中、勇者パーティの女性3人組は、「勇者がこんな人だったなんて信じられない」とでも言いたげな目でアクタを見ている。
しかし、これは恐らく、ボクの身に宿る呪いのせいだろう。しかしこれでハッキリしたことは、ダンジョン内部でボクと共に居てもアクタが何も仕掛けてこなかったのは、呪いが効いていなかったからではなかった。
アクタの性的嗜好は、生まれついて貧乳のみにしか向かなかったのだろう。だから、ボクに対してずっと冷静な態度を取れていたのだ。しかし、近くに貧乳の気配を感じると、すぐさま呪いの効果が顕著に出る。こうなれば、策は1つしかない。
「お、お取り込み中のようですから、ボク、帰りますね! 失礼しました!」
呪いの発生源であるボクが居なくなれば、きっと彼も正気を取り戻すだろうと思いその場から走り出す。
数秒後「誠に申し訳ございませんでしたー!!!!!!」というアクタの大声が、離れた場所まで響いていた。
呪いは、たとえ伝説をも醜く変える。たとえボクが勇者に同行したとしたら、勇者は自身の信頼を地の底に落とすような言動しかとれなくなってしまうのだろう。
たとえ胸を切り落としたとして、呪いは残る。ボクは、途方に暮れながら、もう一度泣いてしまっていた。
「ボク、いったいどうすれば……」
ぼやけた視界の中、空に浮かぶ夕焼けは、やけに明るく美しかった。
これからのことを考えても考えても、この頭のなかはぐちゃぐちゃのままなのに、本当に、綺麗な夕日を見る。
ボクが何をしたんだと、いくら思えども身体はこのままだ。ナネさんの元に帰ることもできず、半泣きでボクは走り続けた。向かう先など考えず、ただただ、走った。
走ると共に、たゆんたゆんと胸が揺れた。揺れ続けていた。
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