第7話【ウメテニギッテ】

 目の前に立ち、屈託の無い笑顔を見せる勇者、アクタ・ケンダイ。


 彼の質問にボクはどう答えるべきか悩んでいた。


 本当の名前を答えてしまえば、ボクの名を知っているであろう勇者はボクの招待に気付いてしまうかもしれない。しかし、偽名を使うにも、咄嗟のことで思い付かない。


「……えっと、ボクの名前、は……」


 勇者は、ウンウンと頷きながら楽しそうな様相でボクの返答を待っている。


「……えっと」


 どうすべきかと思考を重ねていると、勇者はハッと何かに気づいたような表情を見せる。


「……あ、言いたくないなら大丈夫! ダンジョンの中だと、モンスターだけじゃなくて、盗賊の類が冒険者を襲ったりしてるんだろ? 俺、見てくれは怪しいしさ?」

「……あ、あはは。いえ、そういうわけでは、無いけど……たしかに、その髪飾り、ちょっと女の子っぽいもん」

「あ、ウンウン、これはアルプリエトで買ったけど、これがないと俺は異世界で生きてけなさそうだからな。デザインは似合わなくても、文句は言わないさ。……こういう転移、普通だと、言語は共通してると思ってたんだけどな……」


 1人言を呟く勇者。別の世界からやってきたらしいけど、本来違うはずの言語が通じていたのはナネさんの店で交換した髪飾りのおかげだったみたいだ。


「っ! 勇者、後ろ!」

「……へ? なになに?」


 のんきに話している場合ではなかった。ダンジョンに生息するモンスター【ウィルオウィスプ】が、勇者の真後ろに浮かんだまま大口を開けていた。


 ウィルオウィスプは、全長1メートルほどの火玉。口を有し、あらゆる生物を喰らおうとし、喰らった生物もウィルオウィスプに成り代わってしまう。


水理サファ……っ!?」

「あらま……、消えたみたいだな」


 ウィルオウィスプが勇者に喰らいつこうとする直前、軽く手を振る動作をすると、ウィルオウィスプは消滅した。

魔法を唱えた様子も無い。


「え、な、何を、いったい……?」

「あ、これか? カミサマから授かった、力だよ。【空間接続】つってな。場所と場所を繋ぐ力場を出して、一瞬で遠くまで移動させる。あの火の玉は、地面に移動させたら消滅したみたいだな」

「……そ、それ……それって……」


 とてつもないことじゃないかと思った。きっと、彼がやろうと思えば出会うモンスター全てを先ほどのように地面に埋めることも可能だろうし、ボク達はこの場所から外へ一瞬で出られるだろう。


「もちろん、人も移動できるから面倒な通学路も一瞬だぜ。けど、移る場所の座標を間違えれば、さっきのモンスターみたいに地面に埋まっちまうかもしれないから、気を付けないといけない。……どこでもドアみたいに便利だったらよかったんだけどな! 異世界に来た日にちょっとだけ使ってみたら、間違えて片腕を失った。その場所の構造を知らない間は、やめといたほうがいいだろうな」


 出来ることが強大すぎるが故の代償か、失敗した時のリスクは多大だ。


「……すごいね、勇者は」

「アクタでいいぜ! 俺なんか、ちゃんと勉強してきた人たちに比べたらなんでもないさ。この力だって、授かったもんだし」

「えっと、力の事じゃなくて、急に見知らぬ場所に来て、片腕を失くして、それでもそんな風に笑ってるのが、すごいって思ったんだよ。ボクには、そんなこと、できそうにないから」

「……ケケ、君は、優しい人だな。初対面の俺のことを、そんな風に見てるだなんて、助けた甲斐があったぜ」

「助けた……?」


 ぶつかった覚えはあるが、助けられた覚えは無い。アクタはけらけら笑えど、どういうことか返事をしない。


「さ、名無しの巨乳の女の子。……『の』が多いな。【ナナシ】って呼ぶぜ? ナナシ、君もダンジョンを探索するんだろ? ついてきてくれよ。帰るときは一瞬で帰してやるからさ?」

「え……!? い、いや、ごめんだけど、ちょっと事情があって、1人で行かなきゃなんだ……」


 気を落ち込ませながら言う。せっかくだから、勇者の力というものを間近で見てみたかったけれど、今回は1人だけの力でやらなきゃいけない。


「けど大丈夫か? さっきみたいに、転んでこんなところにぶつからないか?」


 そう言うとアクタは横に数歩ずれる。アクタの居たはずの場所の背後にあった、突起した鋭利な岩をアクタは指指す。


 ボクがあのまま勢いのまま転び続けていたら、ボクは岩に突き刺さっていたことだろう。


 アクタの言う「助けた」とは、きっと、ボクが転がってくる音が聞こえたから、あの場所まで移動して来たと言うことだ。おそらく、彼だけがだきる【空間接続】とやらを使って。


「……すごいね、アクタは」

「すごくなんかはないさ。けど、本当に1人で……いいのか?」

「……」


 恩を返すという意味でも、いつかついていく仲間のことを知りたいという意味でも、この状態の1人はやっぱり不安という意味でも、前言を撤回しようと思った。


「あ、いえ、やっぱり、ついていくよ! 魔法のことならまっかせて! アクタ!」


 空元気よく声を出して、自己を奮わすようにポーズを取ると、連動してボクの胸はたゆむように左右に振動した。


「ああ、よろしくなナナシ!」


 彼は握手を求めて手を差し出す。


 どうして彼にはボクの呪いの効果を受けていないのか疑問に思いながらも、純粋な笑みをした彼に下心があるとは思えなかった。


 できるだけ彼の笑みに応えられるように、ボクも精一杯の笑顔で、握手を返した。

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