青年編 第45話 変化
氷堂先輩と温泉旅行に出掛けてから3日後つまり初夏の頃の平日の水曜日。
俺はいま図書室の扉の前まで歩いてきた。
隣には美幸も一緒についてきている。
今日はモデルの仕事もなく、学校にくる日だったのだが、朝は美幸と一緒に登校して普段通りに学校生活を送った。
帰りには前田敦子という少女に呼び出しを食らったので、呼び出されるままに図書室に訪れたのだが、何のようなのだろうか……
俺美幸にも敦子に呼ばれた事を伝え、念のため一緒についてきてもらっている。
まぁ、すべては自作自演なのだが……
「美幸、俺だけ中に入るからここでちょっと待っててくれるか?」
「うーん……まあ、あっちゃんが言うならそれでいいけど、なんかあったらすぐ呼んでね」
「あぁ。いつもありがとな。美幸」
俺は美幸の頭を優しくポンポンして日頃の感謝の気持ちを伝えた。
「……もぉぉ」
口では不満なようなことを言ってるものの、首筋に赤みがさしていて満更でもない様子。
俺、美幸を図書室の外に残し、図書室の中へと入って行く。
とそこには、陽光を浴びながら読書に耽っている1人の女子生徒がいた。
その少女の髪は水色。その人物は学校内で『氷姫』という二つ名を轟かせている3年の女子生徒。氷堂時雨であった。
氷堂先輩は本に集中していたのだが、図書室に人が入ってきたのに気づいたのか本を閉じて俺の方をギロリと睨みつけた。
やっぱり男嫌いはまだまだ改善しているというわけではなさそうだが……
それでもひっそりと見える足先は落ち着かない様子でモゾモゾとしている。
やはりあの夜に完全に攻略しているために【魅了】の力はしっかりと効いているようだ。
俺は氷姫と恐れられた人物にもギロリと睨まれているものの恐怖など一切持つことなく、ゆっくりと近づいて行く。
そして、氷堂先輩に何食わぬ顔で声をかける。
「氷堂先輩、お久しぶりです……」
「ふん……」
俺が声を掛けたのにも関わらず、氷堂先輩は顔を違う方に向けてしまって……
まぁ、あんなけ俺のことをボロボロに言っといて、何もなかったかのようになんかできないだろうな……
敦子として接してわかったことだけど、氷堂先輩は変なプライドもあるし、女の子相手ならふつうにしていられるんだけど。
まぁ、ここは最終兵器を使うしかないよね……
「あの。氷堂先輩……俺、とある少女に図書室に来るように言われたんですけど……」
俺は氷堂先輩が気になるであろう人物を餌にして釣り出す。
氷堂先輩も鼻先は違う方向を向けているものの、目だけはこちらを覗かせている。
「何だかその子に図書室に行けばわたしの大好きな先輩がいるからって……言われたんですけど……」
さらに大きな餌を与えて、さらに先輩の興味を向けようとする。
先輩も我慢できなかなったのか……
顔を向けはしないものの耳を猫みたいにピクピクとさせている。
まだまだ言葉を発しようとはしないのだが……
そしてさらに俺は氷堂先輩に追い討ちをかける。
「で、その子の名前が確か前田敦子って言って……俺、その子とどこか違う場所であったことがあるような気がするんです……彼女と初めて会った気がしなくて、気になってわざわざ図書館まで来たんですが……氷堂先輩はその子のこと何か知ってますか? 知ってるなら教えてくれませんか?」
「敦子ちゃん……」
氷堂先輩は敦子の名前を聞いて、ようやく顔をこちらに向けた。表情はどこか寂しそうだが、どこか暖かなものを胸に抱いてるような様子だった。
「……先輩はそのこの事を知っているんですね……」
俺は餌に喰いついた先輩にさらに縄を投げて捕獲へと行動へ移る。
と、綺麗に網に掛かってくれたようで、
「えぇ。知っているわ……わたしの友達だもの」
氷堂先輩の口調は口撃された時とは比べものにならないくらいに優しく穏やかなものだった。
敦子の正体を俺が1番理解しているのだが、これも重要な儀式のため、きっちりと作戦を遂行する。
「じゃあ。その子をまずここに呼んでくれませんか? 呼んだ本人が現れないなんておかしいと思いませんか? 僕彼女の連絡先なんて持ったないし、先輩なら持ったますよね?」
「…………」
先輩の目がストンと落ちて、この上なく寂しそうな表情を表へと現出させた。
俺は先輩のその様子に不思議がるような表情をして
「せんぱい…………どうしたんですか?」
「ええ。ごめんなさい……」
「いや。いいですけど……敦子さんをまず呼んで頂けませんか?」
俺は黙って解答しなかった先輩に追撃をかけるようにしてできない事をわざと訊いてやった。
我ながらめちゃくちゃ意地悪だと思うのだが、これも攻略の一環なのだからしょうがない。
氷堂先輩は追撃を喰らって先程までの暗い表情をいっそう暗くしてしまって。
「…………ごめんなさい。わたしも敦子ちゃんに連絡することはできないの……それにきっともう会えない……と思うの」
「え!? 先輩と敦子さんは友達なんですよね?」
「えぇ。わたしは彼女のことを親友だと思っているわよ」
「じゃあ—————」
俺の言葉を遮って罵声を浴びせるが如く大きな声で
「出来ないって言ってるでしょ!!」
先輩の顔は先程までの穏やかなものではなく、あの蔵書庫の時に見せてように鋭い眼光に冷たい表情だった。
「……ごめんなさい」
俺は突然の怒声に一瞬だけ怯んでしまったのだが、落ち着きを取り戻し素直に謝罪をした。
そんな俺の様子をみた氷堂先輩はさらに悲愴感に溢れた表情をして……
「わたしこそ……ごめんなさい……」
先輩の目元は涙で徐々に潤んできているようで、それを堪えるようにして涙袋がピクピクと動いている。
そんな先輩の様子をみた俺は優しく先輩の気持ちを察するように穏やかな口調で敦子ちゃんのことを訊いてみる。
「先輩に何があったのかはわかりません……でも、出来ることなら彼女のことを俺に少しでも話してくれませんか? 彼女のことがなぜかとても気になるんです……」
「 ……そう……なのね……」
氷堂先輩は暗い返事を返したあと、暗い表情から打って変わって覚悟を決めたような表情を俺に向けて。
「わかったわ……あなたには話すべきだと思うもの……でも、これを聞いたとしてもあなたが信じてくれるかどうかはわからないけど、わたしが話すことは不思議であるけど事実なのよ……」
先輩は覚悟を決めたものの自分の話すことの信憑性に不安を感じているようで。
まぁ、そりゃあ。そうなるわさ。
敦子ちゃんは幽霊なの……なんて真剣な表情で言っても大抵の人は信じてくれない……
まぁ、敦子ちゃんは幽霊なんかじゃないけどね……
まぁ、ここは先輩の口から話を聞くということが大事であって、敦子の言葉はきっかけ作りの手段でしかない……
純情な心を弄んで悪いのだがここは許して頂こうではないか……
人生の中の良きスパイスだと思ってさ。
「えぇ。先輩が話すことを信じますよ。氷堂先輩が無駄な嘘をつくなんて思えませんしね……」
そんな俺の言葉に氷堂先輩は意外そうな表情をこちらに向けて
「ふふ。何だか……よく見てみると雰囲気がどことなく敦子ちゃんみたいなのね……」
え!? そんなことないよ……
俺の胸の鼓動が加速していく。
だが、さすがに敦子ちゃんが俺なんて思考に至るはずもなく、
「これもなんかの縁なのかもしれないわね……」
といって、氷堂先輩が大切な思い出を掘り出すようにして敦子ちゃんのとの出会いから敦子ちゃんとの日々、敦子ちゃんとの旅行、そして敦子ちゃんの秘密までも全てを隠すことなく話してくれた。
出会いと過ごした日々あたりでは先輩の口調も楽しげなものであったのだが……最後の旅行の話に差し掛かってからは涙を堪えながらも苦しそうに肩を震わせながら語ってくれた。
内容は普通ならば信じられないことだ。
敦子ちゃんが幽霊で、前世で俺が恋人だったなんて……
まぁ、俺の作り話だからなんでもありなところがあるんだけど……
全部を隠すことなくとは言ったけど、先輩はひとつだけ敦子ちゃんとの約束を伝え忘れている……
これは敦子ちゃんに対して不義理なことだ。
最期の最期のメッセージだったのにそれをむげにするなんて、氷堂先輩ったら悪い子なんだから。
約束はちゃんと覚えておかないとね。
俺と仲良くするんじゃないのかな?
これは先輩の口から必ず言わせなければならないし、今回の目的はそこにある。
攻略して惚れてはいるものの、プライドが邪魔をしてこれ以上先には進むことができないだろう……
ならばその足枷を俺が外してやらねばなはない。
そのためにも最期はこういうしんみり系のもので最大効力を発揮させるものを用意。
「先輩……話してくれてありがとうございます。先輩の話を聞いてどこかストンと胸の中に入っていきました。先輩の言ってることはにわかには信じ難いですが、先輩の事は信じたいと思います」
「えぇ。ありがとう……」
先輩は下を俯いたまま、弱々しく声を出した。
「それで、敦子ちゃんから大好きな先輩がわたしの話をしてくれたら、渡してあげて欲しいと預かったものがあるんですが……」
俺の言葉に俯いていた顔をスッと上げ勢いよく立ち上がって。
「敦子ちゃんになにかもらったの!? なら、早く見せて!」
弱々しかった声はまたも活力を取り戻したかのように大きな声に再生して。
「えぇ。わかりました」
俺は先輩に強く促されるようにして、胸のポケットからあるものを取り出した。
それを氷堂先輩の前にスッと差し出してやる。
先輩に差し出したもの、それは『氷堂先輩へ』と書かれた1通の白い手紙。
氷堂先輩はその一通の手紙を丁寧に受け取って、もう一度ゆっくりと着席した。
氷堂先輩は閉じられた封筒を丁寧に開けて、中から数枚にわたる便箋を取り出して。
その中身を確認して行く。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
氷堂先輩へ
これを先輩が読んでいるということはもうわたしはこの世界からはいなくなってしまったということなのでしょう。
もともと幽霊であったわたしがこの世界に存在していたのかと言われると微妙な感じももするのですが……
最期にはきっちり先輩に伝えたいことがあったので、この手紙を書きました。
先輩がこれを読んでくれているっていう事は温泉旅行で交わした約束をちゃんと覚えていてくれたんですね。
先輩がわたしの最後のお願いを聞き入れてくれて本当に嬉しいです。
男嫌いの先輩に篤樹くんをあてがうなんてどうかしてると思うのかもしれませんけど……
でも、先輩が思っているのと違って、今の篤樹くんも昔の篤樹くんはとても優しい人ですし、とても優しい人でした。
先輩のお父さんみたいな人ではきっと無いと思います。わたしが保証します。
それに篤樹くんはああ見えても、心はとても繊細なので、多少のことでも心に傷を負ってしまいます。
わたしの大好きだった篤樹くんはそれでこの世界から消えていなくなってしまいました……
今、振り返ってもあの時、篤樹くんに寄り添ってあげれば良かったなって後悔が拭いきれません。
まぁ、この後悔はいくら抱いたところでどうしようもないものなのですが……
せめて今の篤樹くんを守りたいなってそうな風に思っていました。
でも、今はわたしの大好きな氷堂先輩がそんなあつきくんを守ってくれる、そんな気がするんです。
初めて先輩と会った時みたいに、先輩は困っている人を素早く助けようとした正義感と勇気を持った人ですから。
篤樹くんの近くに先輩がいればきっと大丈夫……
あと、先輩と過ごした日々は本当に楽しかったです。
霊力の都合で毎週水曜日にしか世界に現れることができなかったことがすごく残念だったけれど、毎週水曜日に図書館に行くと先輩が優しく迎えてくれて、おすすめの本を教えてくれて。
そんな日々がいつまでも続けばいいなぁと思っていました……
ですが、わたしは幽霊だけあってそんな希望や期待を持つごとに徐々に幽体を安定させるための霊力が弱くなってこの世界にあるの困難になりました。
先輩と過ごさ日々を楽しいと思うことによって、自分の力がどんどん薄れて行ったのです。
そんな頃に先輩はわたしを温泉旅行に誘ってくれました。
幽体も不安定で、それにいつもとは違う休日に外に出るということでいつ消えてもおかしくない状況でした。
わたしはこの旅行中に消えてしまうかもしれない……そんな風にも思ってました。
それにこれがきっとこの世にいられる最期なんだなと……
そして、神様が最期の最期にわたしの味方してくれたのか
無事に先輩と温泉旅行を楽しむことができました。
自然豊かな場所で一緒にお風呂に入って、温泉街を歩き回って、自分の以前のお小遣いでは絶対に泊まれなかっただろう旅館にも泊まれて。
本当に本当に幸せでいい思い出です。
でも、そんな楽しい日々はやはり続きそうにはありません。
わたしみたいな幽霊は前世の後悔や恨み出現するのですが、先輩と過ごす楽しい日々がわたしの心の奥底にあった後悔を優しく拭き取ってくれました。
それに、無茶とも言えるような最期のお願いよきっちりと先輩は守ってくれました。
わたしに他になんの後悔があるというのでしょう。
あんなに一緒に楽しく過ごせて……
これ以上求めるのは強欲すぎますよね……
先輩と出会えた事はわたしのような幽霊にとって本当に幸せな事でした。
いつかは別れてしまうなら、先輩と会わなきゃよかった……なんてわたしはそんな風には思いません。
わたしは先輩に出会えて本当に良かった。
先輩のような優しくて、可愛らしい人と仲良くなれて良かった。
先輩とお友達になれて本当に嬉しかった。
わたしはお姉さんぽく見えるけどどことなく子供らしさがある先輩のことが大好きです。
わたしがこの世から消えてどこに向かうのかはわかりませんが……
もし天国に行けたとして、もう一度この世界に生まれ変われるとするなら次の人生では大好きな先輩がわたしのお母さんになってくれるといいな。
だから、いつかは先輩も誰かと恋をして、大好きな人と結婚をして、わたしを産んでくださいね。
わたしも先輩の娘になれるよう神様に頼んでみます。
これでバイバイすることになるけれど、いつかまたきっと会えると思うから。
じゃあね。そして、ありがとう。わたしの大好きな先輩。
前田敦子
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
と、書かれた手紙。
こんなに感動しない手紙が今まであったのであろうか?
別れの最期の手紙。普通ならここで皆の涙を頂戴するのであるが、おそらく皆はいま眉を顰めているのだろうと推測する。
と、そんな別れを演出した手紙を読んだ氷堂先輩は……
「うわぁぁぁぁぁぁぁあああ〜〜ん!」
椅子から崩れ落ちて、必死に我慢して溜め込んでいた涙をハラハラと流し、友達が消えてしまったことに慟哭をあげていた。
氷堂先輩は床に足をパタンとつけた状態で子供のようにワンワンと泣いていた。
読んでいた手紙にはバタバタと先輩の目から落涙して、文字が涙によって滲んでしまっていた。
俺はそんな氷堂先輩の気持ちを察して、そっと隣に寄り添って先輩の体重を優しく受け止める。
先輩も俺の配慮を無下にすることなく、素直に受け取ってくれた。
先輩を抱きしめるなんて野暮なことはせず、先輩が泣き止むまでずっと、ただ側に寄り添った。
泣き腫らした目をした先輩に俺はそっとポケットからハンカチを取り出し、ハンカチをそっと差し出す。
「ありがとう……って! ち、調子に乗らないでちょうだいよね! べ、別にあんたなんてなんとも思ってないんだからね!」
と、差し出したハンカチを受け取ったものの、何故か言葉ではどこか反抗している模様。
先輩は泣き止んで少し頭が冷静になったのか先程まで自分のしていた行動を思い出すと恥ずかしくなったのか……首筋を真っ赤にしてハンカチを持ったまま立ち上がり、鞄を持ってスタスタと去ってしまった。
「あーあ。先輩行っちゃったか……」
って、先輩はどう変化するのか楽しみではあったけど、やっぱりアレになったか……
氷堂先輩は大の男嫌いから1番オーソドックスなポジション、ツンデレへと変化を遂げた。
これからどんな風に絡んでくるのか楽しみなのだが、まぁ、とりあえず一件落着ということだな。
俺は先輩が図書室を勢いよく去ってしばらくしてから図書室の外へと向かった。
図書室の前には先程から待たせておいた美幸がいた。
「あっちゃん……女の子を泣かせたらダメだよ?」
「あぁ。わかってるよ……」
「わかってるならいいんだけど……じゃあ行こっか」
確かに感動で氷堂先輩は泣いていたとはいえ、先輩は俺の作り話によって涙を流した。
氷堂先輩を俺が泣かせたという事実には変わりはない……
だが、フィクションで泣いたんなら映画で泣くのと一緒だからいいよね。
俺は特に反省することもなく美幸に誘われるがままに帰路に着く。
「ねぇ……あっちゃん。……て、つなご」
帰り道の途中美幸が顔を赤らめながらそんなことを言い出したのだが、俺は別に無為に拒否したりすることなく、そっと美幸指と指を絡ませて手を繋ぐ。
「…………」
美幸は俺の行動が意外だったのか目を見開いて、こっちを見たあと、恥ずかしそうにそして嬉しそうな顔をして下を向いて歩いていた。
手を繋いで歩く俺と美幸の後ろをひっそりとついてくる影。
⭐︎
「このハンカチどうしよう……」
水色の髪の少女が帰路の途中でそんなことを呟く。
少女はハンカチを鼻元に当てて大きく鼻呼吸をする。
「このハンカチなんだかいい匂い……って。何してんのよ、わたしったら」
そんな行動を何度か繰り返しながらも水色の髪の少女は家へと帰っていくのであった。
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