青年編 第46話 仕事依頼
とある撮影スタジオにて、カメラマンそしてファションデザイナーたちの中でもエリートと呼ばれるような人々がその現場にたくさん居合わせている。
その中にはファション雑誌の編集者と思われる冴えない男性が1人、そしてその男性たちとは対照的にその場の空気を掌握しているかのような威圧的なオーラを解き放つ1人の女性。
高身長でスタイルも良く、凛とした面持ちで男性顔負けの気迫をその身から感じられる。
カメラマン、それにファションデザイナーはその女性の迫力に呑まれているのか、彼女に常に気を使っているようにも見える。
みんなの注目の的である彼女から突如一声が放たれる。
「カメラマンさんに、デザイナーさんたち今日も一日よろしくね!」
彼女のオーラは重厚で猛しいものを感じるのであるが、発せられた声は外見からは想像できないほど若い声で、カメラマンたちの緊張を和らげる。
このオーラの暴風を撒き散らす少女の正体はというと、小さい頃は子役として大ブレイクを果たし、徐々に大人になっていくも大人になるにつれ女性としての魅力を持つようになった人物。子役としては彼女と対となる人物、佐藤篤樹と大人気ドラマ『マリモの決まり』で共演した相田真奈である。
彼女もまた昔の姿からは打って変わって、昔のような可愛さは霞んでしまったものの、大和撫子とも呼べる美人へと成長していった。
歳はまだ18歳と若いのではあるが、芸歴の長さから醸し出される雰囲気が無意識にも漏れ出してしまっている。
そして、先程発した一声はカメラマンたちをさらに緊張させるものではなく、彼女なりの配慮であった。
口調もやさしくオーラとは似つかない可愛い声がスタジオを覆い、張り詰めていた空気を一気に弛緩させる。
これもまた芸歴の長い彼女だからこそできることなのだろう。
「真奈さん撮影まで少しばかりお待ち下さい!」
「えぇ。わかった。今日は楽しみにしてるからよろしくね!」
カメラマンらしき人がスタジオ入りした相田真奈に待機するように指示を出す。
待機を指示された相田真奈は別に不満を漏らすなんて幼稚なことはせずに、大人の対応ですんなりとその指示に従った。
近くに用意された椅子にストンと座り、あの威圧的なオーラとは打って変わって、可愛らしく足をパタパタとさせていた。
そんな様子に相田真奈の専属マネージャーはというと、
「真奈さん。嬉しいのはわかりますけど、少しは落ち着いたらどうですか?」
「ぅぅぅぅ! そんなこと言ったって落ち着けるわけがないじゃない!」
「ふふ。そんなに強く言わなくたっていいじゃないですか。ふふふ」
「もぉぉ! そんなに私をからかわないでよ! 言っておくけどあなたは私のマネージャーなんだからね!」
「はいはい。わかったますよ! 私はあなたの奴隷のようなマネージャーですよ!」
「えぇ。そうなんだから。わかってるならいいよ」
そんな風に権力に嵩を着るような言葉を発するものの2人の間の空気は穏やかなもので、
「それにしても真奈さん、あの人遅いですね〜」
「そうだね……」
ある人物の登場を待ってるのに、その人物が来ないことに不安を感じた人気モデルは先程までプラプラさせていた足の単振動をやめてしまっていて、
「おそいよ……おそい」
先程まで、歳不相応な落ち着きと余裕を持参していた彼女はカメレオンのように変化して、今は歳相応の恋する乙女のような精神状態で怒ってはないものの少しばかりの苛立ちを感じているのであった。
そんな心境に心をやきもきさせている彼女のもとにようやく待ち人がスタジオに到来した。
同じく『マリモの決まり』で子役を演じ、今もなお人気の暴風を撒き散らす国民的スターの佐藤篤樹。
187cmの高身長に、切れ長の瞳。それに艶のある黒髪。
ようやく登場した彼はというと礼を関係者にしながらも華麗な足取りで入ってくる。
瞳には自信が宿ってるのか鋭い眼光で、それでも表情は誰もが微笑みを催してしまうような優しげなもの。
女性の関係者は彼の登場に興奮している様子で、男性の関係者はある人は畏敬の念を感じるもの。ある人は羨望の眼差しを向けるもの。様々であった。
と、スタジオ入りした彼は関係者に遅れたことを謝罪しながらも挨拶をした後、とある人物の元へと歩いていった。
向かう先は先程までスターのようなオーラを撒き散らしていた人物。
今は体花みたいにしゅんと縮こまってしまっていて、指と指をくっつけたり離したりするので忙しい様子だ。
佐藤篤樹がしおらしくなった相田真奈のもとへと向かい、
「久しぶりですね真奈姉さん。元気にしたましたか?」
「うん。元気にしたたわよ。篤樹も今もあちこちから引っ張りだこにされて忙しそうね」
「まぁ、そうですね……でも、真奈姉さんも同じじゃないですか? まぁそれもそうですよね……どんどん綺麗になっていく真奈姉さんをテレビや雑誌が放っておくわけありませんからね」
「…………」
となんの気もなくそんなことをのたまう彼に対し、姉さんとも呼ばれている相田真奈は褒められていることを認識にしたのか顔を真っ赤にさせて俯いている。
と、そんな彼女の横に控えたマネージャーさんはというと、
「流石ですね! 今をときめく大スターは女性を手篭めにするのがうまいようですね!」
と、相手は国民的大スターであるのに強気な真奈の専属のマネージャーさん。
「ハハハ。そんなことないですよ! 俺は正直な気持ちを姉さんに伝えただけですから……」
「ふふ。それなら問題ないんですけど……よく聞きますよ……あなたが学校内や街中でいろんな女性を侍らせて遊んでいるという情報を」
と言った形で俺のことは結構リサーチしているらしい。彼女が言ってるのはおそらくナツとかフユのことを言っているのだろう……
だが、なぜ彼女がこんなことを言うのかというと……
「早くあなたもお認めになったらどうなんですか?」
「ハハハ。一体なんのことなのでしょうか……」
「いやいや、惚けないでくださいよ……あなたも真奈さんがお好きなのですよね? 早くお認めになって交際をしたらどうなんですか?」
この真奈のマネージャーはおそらく真奈が俺に惚れていることを知っており、さらに俺が真奈に気があることにも気付いている。
だがこのマネージャーの尺度は現代日本の常識という規範に則ったものなために、俺の考えとは相入れない。
俺は確かに国民的スターの相田真奈のことを愛しているかと聞かれると肯定せずにはいられないだろう……だがしかし、他の女性たちつまり今まで【魅了】してきた女性たちも愛していると言わずにはいられない……
それに対してマネージャーの主張というのは真奈1人だけを愛してると認めて、そろそろ交際してもいいのではということなのだ。
完全に俺の考えとは相反した意見を頑固な俺は受け入れるはずもなく……
「ハハハ。事務所的に恋愛はちょっと……」
と、マネージャーに見え透いた嘘をついて惚けてみる。
「そうやって、またお逃げになるのですね」
「まぁ……こういうのは2人の問題でもありますからね……」
と、俺と真奈のマネージャーが話しているのを黙って聞いて、時にショックを受け、時に嬉々とした表情をしていた真奈姉さんへと俺は優しく微笑んであげる。
と、彼女はそんな俺を見て胸がドキドキしているのがわかるくらいの鼓動をあげていて、そんな彼女の様子を見た専属マネージャーさんは……
「やれやれ……毎回毎回あなたにはしてやられますね」
「ハハハ。なんのことを言っているのかわかりませんね」
「早くくっつけばいいのに……」
とだけ最後に呟いて、それ以上にマネージャーが何かを言うということはなくなった。
まぁ、真奈のマネージャーが言う通り、芸能界では俺と真奈姉さんの熱愛報道が何度か報道されている。
それは全て誤報であると訂正されてはいるものの、俺と真奈姉さんがくっつくことを望んでいる人たちもかなりいるようだ。
まぁ、確かに幼い頃からの付き合いもあるし、お互い今をときめくスターともてはやされて理想のカップルなんて言われるほどだ。
今日のファッション雑誌もそのような世間の風潮の波に乗って、ファッションコーデというテーマで俺と真奈姉さんがモデルとして起用された。
仕事の依頼を俺のマネージャーが受けてしまったので、仕事は仕事としてこなすしかない。
真奈姉さんも仕事と私情は割り切れるくらいのベテランではあるのでお互い撮影時にゴタゴタになることはないのだが、こういう空き時間はやはり気が抜けてしまうみたいで、辿々しい様子が真奈姉さんからうかがえる。
まぁ、辿々しいのは俺の【魅了】の力が効いていて異性として意識せざるを得なくなっているということが原因の一つにあると思われるのだが……
こういう時は俺は男として人肌脱がなければないならない……
周りから見ればたらしに見られるかもしれないが俺と真奈姉さんの付き合いなのだから特に気にする人もいないだろう。
俺は何気なく真奈姉さんの近くに座る。
「真奈姉さん。アレ今日も持ってきましたよ!」
と、俺は真奈姉さんだけに意図が伝わるように曖昧にぼやかしてそんなことを言った。
それを聞いた真奈姉さんは先程までのしおらしい態度を捨て去って、子供のような無邪気な目で俺を見つめて、
「あつき。ここではダメ。あ、後で私の楽屋に来なさい! これは命令よ」
と、剣呑な空気を演出して、真剣な表示でそんなことを言った。
俺の言うアレというのはもちろん、真奈姉さんの大好きなエッチな本。
大人になってもエッチな本が大好きなのは変わらずのようで、真奈姉さんは男×男ものもいけちゃう雑食系な腐女子であった。
最近俺は真奈姉さんならエッチな本を献上するのであらのだが、真奈姉さんは出版されているエッチな本は大体読破してしまっていて、献上するにもいちいち迷ってしまう。
そんなことを悩んでいた俺に突如閃きの神様が舞い降りた。
先輩が絶対に見たことのないようなエッチな本を渡すには、俺自身が創り出したエッチな本を渡せばいいと……
そう思って初めてエロ同人というものを描いてみて、真奈姉さんに渡したのだが、真奈姉さんは紙を射抜くような鋭い目で俺のエロ本を凝視していた。
感想はどうだろうと気になっていたところ、真奈姉さんはというと、
「あつき。よく聞いてね。わたしと共演するときの差し入れはかならずこれを持ってきなさい。お菓子なんて下らないものはいらないから、わたしにはあなたの描いたエロ本を持ってきて」
と、そんな風に国民的スターの女性に真剣な表情で言われたのである。
まぁ、俺も一度やってみて自分で作品を作ることに楽しさを見出したので、姉さんの願いもすんなりと受け入れたのであった。
そして、今日も姉さんとの約束通り例のブツをしっかりと持ってきた。
渡すのは彼女の楽屋での密会の際である。
俺は強く命令された後、力強く肯いた。
エロ本という話題を出して、俺と真奈姉さんとの間に不思議な調和が生まれた時に、ようやくカメラマンさんが呼ぶ声が聞こえた。
「それではあつきくんと真奈さんよろしくお願いします!」
「「はい!」」
と、2人揃って返事をしてカメラと反射板が置かれた場所へと向かっていく。
俺と真奈姉さんはカメラマンさんや編集者にお辞儀をして、
「じゃあ、よろしくお願いします!」
「お願いします!」
と、丁寧に挨拶をして撮影が始まった。
着る衣装は20着程度あって、何回も着替えながらの撮影となるのだが、別にこんなことはモデルをやっていれば当然であるので、ベテランの俺と真奈姉さんはいつも通りにスターとしての仕事をこなす。
「はい、いいよー!」
カシャリ。カシャリ。カシャリ。
「じゃあ、次は真奈ちゃんは篤樹くんの腕を組んでー」
と、真奈姉さんは別に恥ずかしがることなく、カメラマンさんが言われるがままに行動をする。
カシャリ。カシャリ。カシャリ。
「いいね。いいねー。じゃあ次は篤樹くんが真奈ちゃんの顎を持ち上げて、顔を近づけてくれる?」
俺もなんの躊躇いもなく顎をクイっと持ち上げて、真奈姉さんの瞳をぐっと覗き込む。
真奈姉さんは顔を赤くはしないものの、覗き込んだ瞳は小刻みに動いていた。
カシャリ。カシャリ。カシャリ。
と、どんどんカメラマンさんの要求はエスカレートとしていき、
「じゃあ、とりあえずハグをしてもらってもいい?」
まぁ、仕事の範疇だから断ることなんてできないので、俺は真奈姉さんの腰に手を当て、グイッと自分の方へと近づける。
そんな俺の行動に要求をしたカメラマンさんも大興奮のご様子。
「いいね! いいね! いいねぇー!」
カシャリ。カシャリ。カシャリ。カシャリ。
と、カメラマンさんの興奮が冷めるまで写真撮影が続いたのだが、それも永久に続くというわけでもなく、夕方の6時ごろにようやく雑誌に載せるの写真の撮影が終わった。
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様ー!」
俺と真奈姉さんは関係者たちに感謝の気持ちを込めて労いの言葉をかけ、スタジオを後にする、俺と真奈姉さんは楽屋でまた会うのだが、とりあえずスタジオのところで一旦別れることとなった。
先程の写真撮影のときまで平静を装っていた真奈姉さんはスタジオを一歩出た途端に、
「ふぁぁあわわわ! すごく恥ずかしかったぁぁあ!」
と、脳内が熱を堪えたせいか突沸してしまったようで、
「ふふ。よく耐えられましたね……あんなことやこんなことをしていたというのに」
マネージャーさんがそんな様子の真奈姉さんのことが面白くなったのか、わざと気にしていることを言ったのける。
「…………ぷひゃぁああ!」
と、あの国民的スターである相田真奈は個人的な感情で完全にのぼせ上がってしまった。
先程までのスターのオーラを撒き散らしていた人物は色恋に関してはまだまだ赤子のようだった。
「はぁ……真奈さんも真奈さんですよ……もうこっちが焦らされてる感じがするので早くお二人は交際を始めたらどうなんですか?」
と、茹蛸のようになっているスターを見て、専属のマネージャーさんは呆れ顔でそんなことをいう。
「ぅぅぅぅぅぅう!」
そんなことを専属マネージャーに言われても、国民的スターの真奈は犬みたいに唸ることしかできない……
まぁ、それもそうである。
確かに芸能界で恋愛というのは事務所の許可が必要だったり、交際を初めて報道されるとその色恋沙汰を餌にされて、相手自分共々に多大な迷惑がかかってしまう。
自分の私情を優先すれば、後で歪みが生じてくるのは目に見えている。
それに真奈自体も別に今の関係に不満を抱いているわけでもない。
だから、交際をして一段関係をあげるということは魅力的なのであるが、その先このような関係が壊れてしまうことを考えると一歩踏み出せずにいる。
とはいえ、側からみたら真奈と佐藤篤樹の関係性というのは世間の人々、芸能関係の人々が噂するように恋人のようなもので、共演の際は2人の間には2人だけの独特な空間が形成されるし、仕事終わりにもお互いの楽屋に入り浸る仲。
さらにその後も予定が無い場合は近くのお店などで一緒に食事しているところも度々目撃されている。
こんな風な関係を築いていたら、報道人が熱愛と報道してもおかしくはないのだが、事実上は真奈姉さんと俺は付き合ってはいない。
真奈姉さんが俺に惚れているのは確実なのではあるが、俺の目的上1人を選ぶということはあり得ないので、俺は真奈姉さんをいわばキープしている状態だ。
そんな状態でも真奈姉さんは不満を抱かずに俺の誘いには乗ってくれるし、いつも良くしてくれる。
いわば愛人のような位置づけとなるのだろうか。
俺は撮影の際にやったことを思い出し、茹蛸状態になっている真奈姉さんのことなんかはつゆ知らず、自分の楽屋へと戻っていく。
と、俺の隣にずっと黙って控えている人物がいる。
「花宮さん。今日はこれからの予定はありませんよね?」
「ええ。ございません」
俺の隣に静かに控え、俺の質問にきっちりと答えてくれる人物は花宮香織。
名前から発せられる華やかなオーラはすごいのだが、実物はというと顔は目が切れ長で鼻を整っていて、唇も薄い美人なのではあるが、性格は機械的で合理的、感情を表に出すことも少なく、他の人から見れば冷たい印象を持つような人物である。
俺のマネージャーは子役の時は母さんが仕事と兼用してやってくれていたのだが、どんどん売れていくうちにさすがの母さんもマネージャーを両立できるはずもなく、事務所からマネージャーを派遣してもらうという形になった。
俺のマネージャーは3回ほど交代があった。
最初の1人目のマネージャーさんは40歳くらいのおばさんで、容姿は凡庸だったものの、我が子のように俺を可愛がってくれて、とても好感が持てたのだが、さすがに体力的にも厳しくなって、心惜しかったのだが、おばさんはやめてしまった。
おばさんは別れ際にはごめんね。といって、優しく頭を撫でてくれた。
その次のマネージャーさんは前の反省を活かしてか、20代の若い活気ある人物であった。顔も一般的に見れば可愛いと思われるもので、元気もあってきっと学生時代にはモテていたと推測できるような人物だった。
最初の方は俺もお姉さんみたいな感じで親しくしていたのだが、出来心で俺はそのマネージャーさんに自分の飲んだペットボトルを渡した。
となると、当然起こるのは【魅了】の効果の発現。
容姿端麗で人気なおれのマネージャーをする中で親愛度も十分に上がっていたので、簡単に攻略することになったのが……
そこで問題が発生することになった。
もともと陽気で活発な人物。
俺のスキルで魅了された彼女はというと、仕事がどうでも良くなるくらいに俺を溺愛するようになってしまった。
そのあとは仕事のミスが立て続き、結局上の方から解任の2文字が送られてきて、俺とそのマネージャーは別れることとなった。
最後の別れに彼女が発した言葉はというと
「あつきくん! わたしまだ諦めないから!」
といった感じだ。彼女も俺のマネージャーは解任されたものの同じ事務所で働いているのでたまに見かけることもある。
最近は見かけると今俺の隣にいる花宮さんに妬心を抱いて、射殺さんばかりの鋭い眼光を向けている。
そして、3人目はというと今マネージャーをしてくれている花宮香織さん。
彼女が俺にあてがわれたのは前の反省を生かした結果であろう。
1人目は体力的な問題が反省点に上がり、2人目はあまりに余った活力が問題点に上がりと、その結果、上が適任だと感じた花宮さんをおれのマネージャーにしたのであった。
初めて会った時の印象はまるでロボットみたいな人物。
生気は感じられず、無表情。言葉に熱が籠るなんてことはなく単調なもの。
そんな印象を初対面で抱き、不安を感じていたのだが、仕事に就いてもらうと不思議にもパズルがぴったりと合わさったようなそんな感じがした。
合理主義的な考えを持っているおかげなのか、仕事のスピードはかなり早い。
それに無感情なのか、おれの私情には一切口出しをしてこない。
気を遣わずにいつもの自分でいられるそんな居心地のよさを感じるのであった。
それからは何の問題も起こることなく、マネージャーは花宮さんが務めてくれている。
「じゃあ、今日は真奈姉さんの楽屋に行ったあとは食事に行くことになるだろうから、今日は帰っていいよ」
「そうですか。わかりました」
「うん。いつもありがとうね! また何かあったら連絡するよ」
「はい! なんなりと」
返答はやはり感情も何もこもっていない様子でどこか機械的。
まぁそんなことは長い付き合いであるので気にはならないので、マネージャーとは楽屋の前で別れる。
俺と花宮さんの関係性はクールなもので、真奈姉さんとあのマネージャーとの関係は親愛が満ち溢れていて、俺たちとは対照的だ。
俺は楽屋に入り、衣装を着替えた後、荷物を纏めて、真奈姉さんの楽屋の方へと向かう。
相田真奈様と張り紙がされた扉の前に立つと、仲から女性の話し声が聞こえてくる。
真奈姉さんとマネージャーさんが戯れているようだった。
俺は扉をトントンとノックをする。
と、その瞬間に中の話し声は聞こえなくなり、
「どうぞーーー!」
と、真奈姉さんの声が聞こえてくる。
俺は中に入ることを許可されたので、扉を開いて先は進む。
「じゃあ、真奈さん。わたしはこれで帰らせていただきますね! あとはごゆっくり〜」
「もぉお! 早く出てってぇえ!」
「はいはーい」
と、真奈姉さんのマネージャーさんは姉さんを軽く茶化したあと、俺の方をギロリと睨んだあと、楽屋の外へ出て行った。
真奈姉さんと楽屋という密室で2人きりになった俺は真奈姉さんの隣にすっと座る。
「じゃあ……さっそくだけど……いい?」
俺は楽屋で2人きりになった瞬間に言葉を切り出す。
真奈姉さんはいきなり俺が到着してすぐにも関わらず、嫌な顔なんてせずに頬を紅潮させていて、首を縦にこくりとする。
俺はそんな様子の真奈姉さんをみてから……
「じゃあ、いくよ……」
といって相田真奈をそっと後ろに押し倒す。
なんてことがあるわけもなく、俺は到着して真奈姉さんの隣に座ったあと、鞄の中からあるものを取り出す。
「はい。真奈姉さん。今日も持ってきたよ」
「うんうん。さすがはあつきね! わかっているわね」
俺が取り出したのは一冊のノート。
中身はもちろん、真奈姉さんの大好きなエロ本。
「今日のはかなり自信作ですよ。ストーリーも姉さんが好きな陵辱ものですし、絵もかなり決まったと思います!」
最近の姉さんは男×男を美味しくいただくものの、陵辱系にもハマっていてこちらもペロリと美味しそうに食してくれる。
俺が苦労するのは話を練ることくらいで、絵に関しては師匠の力によって、画力を上げている。
前の人生では絵を描くなんて大したことないなんて思っていたのだが、絵がうまく描けるとそんな価値観は一転して、絵を描くことが楽しくなって好きになった。
そんな気持ちが俺の自制心を緩ませ、今日書いた絵は師匠を使ってかなりレベルを上げたものにした。
ドラえ◯んで出来そうな暗記ペンを使っている感覚なのであるが、自分から生み出される美しい線を見ているのがたまらなくいい。
そんな経験のおかげで師匠なしでもかなり絵が描けるようになった。
俺は自信作を真奈姉さんに渡すと、姉さんは目をキラキラさせていて、
「うわぁあ! 今日も一段とすごいわね! さっそくみるわね!」
「はい! どうぞ!」
「うん!」
と真奈姉さんは本を読むのに集中するのであった。
異性の隣でエロ本を真剣な眼差しで読む国民的スター。
ドキドキ洩れる興奮した声。
ふふふ。
だったり、
ぬふふ。
だったり、
でへへへ。
だったり
グへへへ。
だったりと徐々に女の子が出してはいけない声になり、俺は俺の作品を真剣に見ている真奈姉さんをじっくりと見ていた。
真奈姉さんはときどき足をモジモジとさせながらもエロ本を読んでいた。
かなり満足して興奮している様子。
最後のページに差し掛かって読み終えた後、
「あつき! 面白かったわ。それに絵が急にうまくなったね! これなら篤樹はイラストレーターでも活躍できるんじゃない?」
「真奈姉さんが喜んでくれて、本当に嬉しいよ。でも、俺みたいな初心者はイラストレーターになんかはならないよ!」
「そんなことはないと思うぞ!」
「いやいや。そんなことありますって」
って、ぞ! なんて真奈姉さんが使う言葉だったっけ?
真奈姉さんは俺のことを見ているようで見ていないような、真奈姉さんは俺の後ろを見ているような……
「またあんたが来たの? それによりにもよって……」
「はっはー! 近くに来たからなぁ。ついでに寄ってみたのだが、なんといいとこに出くわしたみたいだな! はっはー!」
俺の後ろから聞こえてくる笑い声。
後らにいる人物を振り返ってみてみる。
と、俺の目に映ったのは、140センチくらいの低身長の幼女。身長が小さいせいか顔と目のバランスがどこから見ても幼児のような風貌。
俺は声と姿のギャップに一驚をくわされた。
俺はそんな幼女をじっくりと見ていると、
「おいおい! 女性のことをジロジロとみるんじゃないぞ! セクハラになるぞ!」
と、幼女が見た目とは似つかない渋い声でそんなことを言う。
「あっ。すみません。ついつい……」
「はっはー! まぁ仕方がないことだ! お前の絵に免じて許してやろう!」
「あっ。はい。ありがとうございます!」
「よいよい! もう気にしておらん!」
と、機嫌のよさそうな幼女。
そんな幼女とは相反して、真奈姉さんはというとその幼女に対して鋭い眼光を向けている。
「真奈姉さん。この方はいったい……」
「この方はね——————」
と、真奈姉さんが幼女の紹介をしようとしたところ、その言葉を幼女が遮って
「これはすまん! 紹介が遅れてしまって。私はこういうものでございます」
幼女は先程の調子づいた口調を改めて、丁寧な大人びた口調で一片の紙を取り出した。
手渡された紙に書かれていたのは
雷撃文庫ライトノベル編集長。
幼川 音菜(おさながわ おとな)
と書かれていた。
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