第30話 精霊に導かれて

 ガーグルは、精霊の森を奥へ奥へと向かっていた。第二王子ググランデと第三王子マールクを護衛しながらも、ググランデの側近、従者と兵士が次々と減って僅かとなっている。


 エルフの村からしばらくして最初に出くわした魔物は、フィンネル程の巨体ではなくとも森の中で陣を張れない兵士達が倒せるような相手では無かった。ただ息を潜め魔物が通り過ぎるのを待つ以外の手立てはなかった。小さい魔物をあなどり敵意を見せた者は、精霊の息吹でむくろと化した。


 とても人間が踏み入れられる森ではなかった。ガーグルは何故か焦りを感じなかった……精霊たちに導かれるかのような錯覚に足の歩みを止められなかった。


 途中で脱落した者、夜中に脱走を図った者もいた。独りで精霊の森の出口まで戻れる者は居ない。戻る事を諦めた者だけが先に進むといった有様になった。


 そのガーグルがサイホーンに会ったのはエルフの村から出て5日目の夜だった。


 他の者が皆眠りにつき夜の番をするガーグルの前に、焚き火の明かりに照らされて現れた。


 剣術学校でアーネスといつも一緒にいたサイと良く似ている。サイが一回り年を取って、ガーグルの少し年上ぐらいの精悍な男だ。


 ——サイホーン、数百年前に実在したという魔導師。魔剣を創り出し精霊の森に消えた伝説の男。今は、霊体となって精霊の森彷徨っていると言い伝えられていた。


「あなたは、サイホーンか」


「覚えがある顔だな」


 サイホーンは懐かしがるように応えた。


「……やっぱり、あの時のアーネスの中に居たはサイホーン、あなたか。是非、あなたともう一戦といきたいところだか、……もう限界にきている」


 ガーグルはそう言ってサイホーンに向けて笑顔を見せるとため息をついた。このままでは、精霊の森の中で我を失っていきそうだった。あと何日意識を保って居られるのか、身体はとても軽いぐらいなのに不安どころか諦め始めていた。


「なかなかいい太刀筋だったからな。ついついってやつだ。ここまで人間の身体で辿り着いた事に免じて、魔星の谷に連れて行ってやろう」


「——助かるな」


 ガーグルは苦笑いをすると、ゆっくりとまぶたが重くなり上体が横に倒れると、そのまま意識を失った。


 ガーグルが次に眼が覚めると、そこは美しい湖の前だった。そこには、精霊の森に分け入った全員が揃っていた。骸となったはずの者までが生きていた姿に戻って再会した。


「ここは人間の住む世界じゃないな……」


 ゆらゆらと精霊が舞っては散る。霊気の濃度が濃い。


 湖畔に向けて進むと、アーネスとマドリアスの姿のサイとクリクが立って待ち構えていた。


 ググランデが彼らを捕らえるように命令すると、ガーグルはそれを制した。


「ググランデ様、ここは私たちが通用する地ではありません。どうか、休戦を願うべきかと」


 口惜しさを顔に浮かべるググランデだったが、最後の数人になった時ですら任務を遂行したガーグルの助言を無視出来なかった。


 休戦調和が成立すると、クリクがググランデ達全員に泉で身を清め、一日身体を休めるようにと話した。夕刻を待って魔星の谷への出発が決まった。

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