第27話 フェンリルの咆哮
エルフの村に着いた翌朝、アーネスたちの出立が怪しくなった。
夜が開ける前からエルフの村に既にググランデの先陣が到着していた。兵も武装しているため、エルフたちと対峙し膠着状態に陥った。
エルフたちの主張は精霊の森から出て行けと言っている。エルフたちは聖霊の森の番人だ。この先には、魔物も多く荒らせば精霊たちの怒りを買うという。森の外に魔物が出てしまう。
ググランデ勢は、アイネイアス姫の姿を見させろと言うがエルフたちは「いない」と拒否していた。精霊の森を進むために、エルフたちの意思を無視する気だった。
そうこうしているうちに、ジワリとググランデ勢の本隊が到着した。
アーネスたちはクリクと、エルフたちとググランデの陣が向かい合っている様子が伺える岩棚の上にいた。身を低くして、ググランデ勢に見つからない様に隠れている。
「俺たちがまだここにいるってのが分かってると言うことか? アーネスを見せろって言うのは、俺がマドリアス王子に化けてるってバレてると言うことか? 」
「……別にお兄さまが持ち帰らなくても構わない。勢力戦だから」
一方、ググランデは迷っていた。マドリアス王子が本人ではない事をバラしたところで、逆に自分の王位継承権の資格有無について話を言及されかねない……アイネイアスを人質にして黙らせるのが良いのだが……刺客による暗殺は全て失敗、エルフの村を脅かす事で無言のアイネイアス捕獲を考えていた。
自分が人質になればエルフの村に被害が及ばないと分かると、アーネスは諦める様な言葉を発した。
「私のミスだ。サイ、お前は隠れて逃げられるか? 」
「今更何言ってんだよ。なんなら、正面からぶつかってみるか? 」
サイがそう言うと、クリクも応えた。
「オレたちはどの道ググランデ達が森の奥に進むのを拒否すると言ってるんだし、関係ないよ」
アーネスがためらっている様子にサイが立ち上がりマドリアスの姿になると、岩棚の先端へと進んだ。
「サイ! 」
アーネスとクリクは思わず声を上げた。
ゆっくりとアーネスとクリクを見下ろしたマドリアスは、サイでもマドリアスでもなかった。
クリクが耳をヒクヒクさせて、大きな目をさらに見開いた。
「サイホース!! 」
マドリアスの中にその気配を知ったクリクが無邪気にマドリアスの脚に抱きついた。サイホースと呼ばれた男はクリクの頭を撫でた。そしてアーネスはそれが誰なのか察した。
「あぁ、久しぶりだなクリク……アイネイアス、魔星の谷には俺が連れて行ってやろう」
キザで偉そうな態度の男だった。
「……お前、何で出てきた? 」
「ここは精霊の森だぞ。サイよりも精霊の加護のある俺の意識の方が上だ」
そう言ってマドリアスは、悩む顔のアーネスの手を引いて横に立たせた。
やがて、岩棚の高みにマドリアスたちの姿をググランデ勢が発見すると、ググランデは叫んだ。
「兄上!! 」
「……ググランデ、あぁ、マールクもか。よく来た。だが、精霊の森に分け入るには礼儀に欠けているな」
高い岩棚からマドリアスの声は
ググランデはその威厳に満ちたマドリアスの出現に焦り、策を忘れた。
「おのれ、兄上の姿を借りるバケモノめ! 人々を惑わした罪は重いぞ! ヤツは敵だ! 矢を放て!! 」
ググランデの兵たちは、一瞬たじろいだが命を受け次々と矢を放った。放たれた矢が、マドリアスの前に来るとバチバチと火花を起こして落ちていく。
ググランデが動揺した。マドリアスに化けている者の帯びている魔力が人間とは思えない。人相見の男がそれだと言うのか?
「あれは、何者だ!? 」
魔力がない者ですら、ただならぬ気配を感じた。
「この森を進むには兵も武力も何の役には立たん……私の魔星の森に行く方法を教えてやろう」
マドリアスは笑みを浮かべて、片腕を横に伸ばし手のひらを天に向けて光を放った。
その光に呼応して、巨大な身体から発せられる
「フェンリルだ!! 」
銀白色の豊かな毛並みを全身に纏う一体のフェンリルが現れた。狼に似たその聖獣は、精霊の森の頂点にある。
エルフたちですら驚愕すると、ググランデの陣営は腰を抜かす者も現れた。ググランデは馬から落ち、下にいたガーグルが受け止めなければ頭から落ちるところだった。「兄上! 」と、マールクは震えるググランデの肩に手を置いて支えた。
フェンリルがマドリアスの指先に鼻先を付けると、再び岩棚の下に向け咆哮した。その息が、エルフの村に吹き抜けた。
「私たちは、フェンリルに導かれ魔星の谷を目指す。お前たちは遅れて来るがよい。もし、エルフの村に事を荒立てるのであれば、その報いは必ずあると思え! 」
そうマドリアスが言い放つと、アーネスとクリクをフェンリルの背に乗せ、岩棚から両陣を飛び越えて森の奥へと消え去った。
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