第14話 愛する女とつき合って男としての自信がつくと他の女で
次の日には帰るだろうとタカをくくっていたが、正志は帰ってこなかった。携帯に電話してみようと思ったが、彼が電話に出ても、何を話していいかわからなかった。敬子は悪くないのだから、「帰って来てくれ」と、こちらから頼むものでもない気がした。店に電話してみると、店には出勤しているようだった。
正志とうまくいっていないことを、めぐみに悟られたくなかったので、敬子は店で、いつも以上に明るくふるまった。木村に相談したかったが、めぐみの目があるので話せなかった。
それから四日後の深夜、仕事が終わって帰ると、玄関に正志のブーツがあった。奥の部屋は明るく、テレビの音が聞こえていた。
「正志?」
靴を脱いで廊下を入る敬子の胸が、ジンとしびれた。四日も会っていなかったのだ、四日も。
正志はスウェット姿で、低いテーブルの前に、いつものように片膝を立てて座り、ビールの缶を片手にテレビを見ていた。
「おかえり」と敬子。気持とはうらはらに、平坦な声が出た。
「ああ」正志は敬子を見上げると、すぐにテレビに目を戻した。
敬子は、バッグをカラーボックスの上に置き、正志に背を向けて上着のボタンを外した。テレビが切れた。振り向くと、あぐらをかいた正志が、うつむいて、体を前後にゆらゆらさせていた。
どこに行ってたの? と、喉まで出かかった。
「敬子」彼の声は堅かった。
敬子は手を止めた。
「……ごめん」正志は言った。
敬子は耳を疑った。一瞬の間をおいて、涙が出そうになった。だが、次の言葉で、気持ちが凍りついた。
「……やっぱりオレたち、うまくいかないな」
敬子は、どうしてそうなるのか分からなかった。
「そこ、座れよ。話があるんだ」
正志は、正座した商売服の敬子をまぶしそうに見た。
「おれ、考えたんだけどよぉ、おれたち、一緒に暮らさないほうがよかったんじゃないか?」
「どうして? ……一緒に暮らしたいって言ったのは正志じゃない」
「だから、それをあやまってんだよ」
「何であやまる必要があるの?」
「やっぱり、一緒には暮らせないって、分かったからだよ」
敬子は、自分の周りが真空になった気がした。
「ひどい」
「本当は一緒に暮らしたいさ……そりゃ」
「じゃあ暮らせばいいじゃない」
「でも、ダメだって、おまえも分かってるだろ。いつだってこんなふうになっちゃうじゃないか」
「正志がそうなるようなこと、するからじゃない」
彼の目に怒りが閃き、すぐに消えた。「ああ、分かったよ、俺が悪いんだよ。全部俺のせいだよ。こんなふうになってんのは、俺だけのせいなんだろ」
「じゃあ私のせいだって言うの?」
「ああ、俺のせいだよ。他には何にもありません」彼はからかうように言った。
敬子は眉をひそめた。「私だって一緒に暮らして行きたいわよ。だけど、正志が裏切るようなことばっかりするんじゃない」
「……やっぱりそういうの、いやなのか?」
敬子は目を見開いた。この男の常識を疑い、溜め息をついた。「私、シャワー入ってくる」
正志は何とも言わなかった。
敬子は立ち上がってクローゼットの扉を開け、服を脱ぎ、下着になった。正志の視線を感じたが、無視して風呂場へ行った。
シャワーから出ると、彼は、自分の布団だけ敷いて寝ていた。敬子は髪を乾かし、自分の布団を敷いてもぐり込んだ。正志は背を向けて横になったまま、まんじりともしなかった。眠っていないのはわかっていた。
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