第12話 愛する女とつき合って男としての

 木村は、元通り敬子の隣に座り、その向こうにめぐみが座った。めぐみの話を聞くと、正志は新宿のあちこちのキャバクラで、女の子を口説いてまわっているという。

「なんでそれが正志だってわかるの?」と敬子。

「どこでも同じ話してるからです。ドカ……ドカティとかいうバイクの話と、彼女の……茜さんのことと」

「私の?」敬子は複雑な気持になった。

「そうです」

「私のどんなことを?」

「茜さんのことは悪く言ってませんでしたよ。一緒に暮らしてるんだ、って、自慢そうでしたよ。ずっと、どんな人かなと思ってたけど、今の店に本人がいたから、ちょっとビックリしました」

「へえ、それで、あなた、どうやって口説かれたのよ」敬子は冷たく言った。

「口説かれたっていうか、私の場合は……」

 そう言っためぐみの顔に、優越感が表れた。

「……店が終わったら、バイクで海に行かないかって、誘われただけですけど」

 敬子の顔が熱くなった。……あのやろう、あのバイクは一人乗りだなんて言っておきながら。

「ふーん、で、行ったの?」と敬子。

「そんなぁ、行きませんよ」

 めぐみは勢い良く片手を顔の前で振った。まるで、正志など歯牙にもかけない、といったふうに見えた。敬子はそれにも腹が立った。

「さっきさぁ、正志があっちこっちで誘ってるって、言ったよねぇ」と敬子。

「人から聞いただけですけど」

「ついて行った娘って、いるの?」

「えーっ、そこまではちょっとわかんないなあ。でも……」めぐみは言いよどんで、手もとのコースターをもて遊び、ふっ、といやな笑いを浮かべた。「なかには、そういうタイプの男が好きっていう子も、いるじゃないですか」

「そういうタイプって、どういうタイプ?」

「どういう、って……フリーの男にはキョーミなくて、決まった相手がいる男だけを好きになっちゃう、みたいな」

 言っていることはよく分かる。敬子自身にも、そういう時期があった。男がどちらを選ぶかで、その女と勝負してみたいのだ。だが、勝負される方はいい迷惑だ。こっちには生活がかかっている。人生がかかっている。ゲーム感覚で男にちょっかい出して来るような女に、その重大さはわからない。正志は、そんな羽虫のような女と遊んでいるのか?

「ねえ、本当に誰も知らないの? 実際に、正志についていった子がいるかどうかは?」

「うん」めぐみは上目遣いで木村を見た。

 彼は無表情のままだった。

「そっか、でも、そういうことか」敬子はけりをつけるように言い、タバコを一本取り出して火をつけた。仕方ない、認めよう、と思った。正志も、普通の男と一緒なのだ。店に来る客と一緒。ウエイターとして働いていて、そういう客の馬鹿さ加減を知っているはずなのに、なぜ?……と思うが、理由が分かったところではじまらない。キャバクラだけじゃなく、テレクラや、何とかマッサージだって、復活している可能性は大きい。それにしても……疑問が浮んだ……お金はどうしているのか?

 敬子は、タバコの煙を盛大に吐き出し、

「ねえ、それ、いつ頃の話?」

「それ、って……?」

「あっちこっちに顔出してるっていうの。最近?」

「うん、けっこう最近みたいです」

「けっこうって、どのくらいよ? 三か月くらい前?」もしそうなら、指輪を買わせた頃だ。金などあるはずない。

「ううん、この一、二か月くらい、かな」

「ふうん」

 指輪のローンはまだ残っているはず。正志は、ペラペラの財布で、どうやってクラブに入り浸っているのか?

 敬子の顔がこわばった。まさか……共同の生活費を持ち出しているのでは?

「茜さん、大丈夫ですよ」と木村。「決まった相手がいないんだったら、最後には茜さんとこに、戻って来ますよ」

 敬子は彼を睨みつけた。……それまでは、女遊びを許せということ?

 木村は、自分が言ったことの失礼さに気づかず、同情のこもった目で敬子を見ていた。

「ありがと」敬子は言った。

「オレにできることがあれば、何でもやりますよ」と木村。

 めぐみが、厳しい目で木村を見た。

「ありがとう。うれしい」敬子は言った。

 その後、木村とめぐみを先に帰し、敬子はひとりで飲んだ。帰っても、家には正志がいるだけだった。今は、正志の顔も見たくなかった。正志のお金の出所ばかりが、ずっと気になった。

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