第11話 愛する女とつき合って

 次の日から、敬子は、新入りの女の子たちの様子を注意深く観察した。だが、電話があってから三日目になってもしっぽはつかめなかった。

 終電がなくなる時間、帰る客を送り出して敬子が戻って来た時、木村がすれちがいざまに肩を叩いて呼び止めた。

「今日、店ハネたあと、何かあります?」

「ないよ」

「じゃ、角のコンビニで待ってます」

 彼の後ろ姿を目で追っていると、別の視線を感じた。隅にある女の子の溜まりからだった。敬子がそちらを見た時は、視線の主は女の子の中に紛れてわからなくなっていた。

 店がハネた後、敬子は二、三人の女の子と一緒にエレベーターに乗り、一階で手を振って別れて、コンビニへ向かった。二度、後ろを振り返ってみたが、つけられてはいなかった。

 コンビニで会った木村は、変にぎこちない感じで、「どっか開いている店にでも行きません?」と言った。

 こいつ……ひょっとして私を口説こうとでもしてる?

 近くにあるショットバーに入ると、カウンターに並んだ席に案内された。

 飲み物を注文すると、彼はすぐに片肘をカウンターに乗せ、体を敬子の方に向けた。

「そっちに、変な電話行きませんでした?」

 やっぱりそうか、と敬子は思った。木村は関係があるのだ。「変な電話……来たよ」

「何て言ってました?」

「なんて、っていうか……店の女の子からだと思うよ」

「それ、オレが今つきあってる奴なんスよ。すみません」木村は顔をわずかに伏せて謝った。

 敬子は、なぜ彼が謝っているのか分からず、彼の濃い眉毛をぼんやり眺めた。

「それで……そいつがなんで私に電話してくんのよ」

「すみません。あいつが勝手に勘違いして」

「勘違い? 何をどう勘違いしたっていうのよ?」

「オレと茜さんが、その……つき合ってんじゃないかって」

 敬子は、ぽかんと口を開けた。やがて、半分笑いながら、目をパチクリさせた。

 確かにここ最近、暇な時はよく木村と話をしている。その彼女は、それを見ていたのだ。それにしても、そのことだけでつき合っていると決めつけるのも、たいしたもんだ。

「誰? 新しい娘?」

「めぐみさんですよ。本名は佳世っていうんですけど」

 敬子の頭に、おぼろげに顔が浮んだ。色白で顔が小さい、こずるそうな娘だった。

「え、いつから?」

「このあいだつき合い始めたばっかなんスよ」

 こいつ、意外に手が早い。

「それで私に嫉妬してるわけ?」敬子はからかうように、目玉をぐるぐる回した。

「ほんとにすンマセン。何か、失礼なこと、言ったと思うんですよね」

「本人、何て言ってんの?」

「それが、はっきり言わないんですよ。電話したとこまでは白状したんだけど、何て言ったかまでは……。勝手にブチ切れて、失礼なこと言ったんじゃないですか?」

 敬子は、木村の形のいい顔をまじまじと見た。その娘の気持も分からないではない。好きな男のためなら、女は何でもする。

「いいって、いいって、もう忘れるから。気にしないでいいよ」

「じゃあ、やっぱり」

「それだけ木村君が思われてるってことじゃん」

 彼は苦々しく笑い、

「実はあやまらせようと思って、近くに待たせてあるんです」

 敬子は反射的に店内を見回した。

「いや、外ですけど」

「いいよいいよ、そんなことしないでも」

「そうもいかないっしょ……やっぱ、同じ場所で働いてるわけっスから。一応はっきりさせとかないと」

 彼はスツールを降り、店の外へ出た。戻って来た時には小柄な女の子を後ろに従えていた。二人は敬子のいるカウンターまで来ると、座らずに彼女の前に立った。

「こいつがめぐみです」

 その娘は、確かに、さっきまで店に一緒にいたひとりだった。口の一方から八重歯がのぞき、そちら側の唇だけ意地悪そうにネジ曲がっている。彼女は伏せていた顔を上げ、敬子と目が合うと、おびえたように視線を落とした。

 だが、その一瞬のうちに、彼女の目がレーダーのように敬子の表情を観察したのが分かった。

「ほら、あやまれよ、ちゃんと」

「えっと……、変な電話かけて済みませんでした」めぐみは用意して来たせりふを言った。「でも……」

「でも、じゃないだろう」

「でも、本当に彼とは何もないんですか?」めぐみは顔を上げ、挑戦するように敬子を見た。

 敬子は可笑しくなった。この娘は何も見えていない。自分の男のこと以外、目に入っていない。

 敬子はクスクスと笑った。「木村君……かっこいいはかっこいいけど、私には……かわいく見えちゃうのよね。それに、私は愛するダーリンがいるから」めぐみはまだじっと見ていたので、敬子は言葉を続けた。「わたし、どっちかっていうと強いタイプが好きだしね。木村君、ごめんね、弱いってわけじゃないけど、見た目がね、華奢でしょ」喋りながら、頭の中で別のことを考えていた。そういえばこの娘、電話で、正志のことを何か言っていた。浮気しているようなことを言ってたっけ。

「いいっスよ、どうせオレ、痩せてますから」と木村。

 めぐみは、二人を探るように見ていた。

 敬子は、自分にもこういう時期があった気がした。

「だいじょうぶだよ、安心しなって」

 敬子は手を伸ばして、めぐみの肩に触れた。彼女は、敬子と床を交互に見つめたあと、「はい、わかりました」とうなずいた。

「だいじょうぶだって」

 めぐみはもう一度うなずいた。

「すいません、どうも」と木村。

「ううん、あやまることないよ。それだけ好かれてるってことじゃん。ねぇ」敬子はめぐみに言った。

 彼女は下を向いたままはにかんだ。

 敬子は、二人がさっきから立ったままなのに気がつき、

「もう少し飲んでく?」

「いや、今日のところはこれで……」と木村。

「そう?」

「すんません」木村は財布を出し、千円札を二枚カウンターに置いた。「じゃ、お先に。お疲れさま」

 二人は背中を向け、出口に向かった。ふいに彼女だけが振り返り、敬子の所に戻った。

「あの、茜さんの彼のこと……」

 敬子の口から、返事は自然に出た。「ああ……それ……聞かせてよ」

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