第7話 磁石のプラスとマイナスは

 休みの日に、敬子はランジェリーショップに行って、後ろがひもになっているパンツを一枚と、薄紫色の透けるネグリジェを一着買った。ひとりでそれを着けて、部屋の鏡で見てみると、どことなくユーモラスだった。

 その夜、それを着て正志に見せたが、彼は「ふうん」と言って、お尻の割れ目のひもをパチンと引っぱっただけだった。

 敬子はその後で、挑みかかるように正志の体を求めた。とりあえず出すものさえ出していれば、他に行くことはないだろうと思った。正志が放出したコンドームをはずし、中の液体の量を見て、いつも通りたっぷりあるのに満足した。口で固くして、もう一度放出させ、さらにもう一回しようとすると、正志は「おーい」とうっとうしそうに言い、敬子の体を押しのけた。

「おい……どうしたんだよ?」

「え?どうもしないよ」敬子は作り笑いをした。

「そんなに目の色変えて、急にどうしたんだよ?」

「え?」敬子はおどけて、正志のモノを突ついた。「まだできるかな、と思ってさ」

 正志は乗ってこなかった。

「何かあるのか?」

「何かって……何?」

「じゃあなんで、ヒモパンなんか買ったんだよ?」

 敬子は急に恥ずかしくなった。「いいじゃない、別に……だって、いつも同じじゃ、飽きちゃうでしょう?」

 正志は苦々しい表情になり、その顔を敬子からそむけた。

 敬子はまんじりともしないで答えを待った。

 ……それとも、もう飽きちゃったの?

 女ができた……と直感した。それも、行きずりの女でなく、特定の女ができたんだろう。

 それから一週間かけて、正志の携帯も、ヘルメットの内張りも、バイクのシートの隙間もチェックしたが、それらしい証拠はなかった。正志のキーホルダーから職場のロッカーの鍵を抜き取り、スペアキーを用意して、彼の勤めるクラブに忍び込んだ。だが、ロッカーの中には店用の革靴と、バイク用の油まみれのぼろ切れがあっただけだった。ハンガーにかかった貸与のスーツのポケットには、仕事で使う店のコースターがまとめて入っていただけだった。



「私の他に、誰かいる?」敬子は努めて軽く言った。

 正志は両足を広げ、喫茶店の椅子にだらしなく座り、正面の大きな窓越しに、通りを行く女の子をチラチラと見ていた。

「いきなり何だよ?」

「ね、私の他に誰かいるの?」

「どうして急にそんなこと言い出すんだ?」

 正志はあきれたように言った。だが、演技臭かった。

 敬子がわざとゆっくりクリームソーダを飲んでから顔を上げると、案の定、正志は敬子を見たまま答えを待っていた。敬子の中に優越感が湧く。

「だって、正志のまわり、女の子多いもん」

 彼は敬子から目を逸らし、片方の親指で自分の手の平を熱心にこすりはじめた。考える時間を稼いでいる。ふと作業を止めると、気がついたように言った。「仕事だからしょうがないだろう。それに、あんな女ども、ろくでもないのばっかりだって、お前も知ってるだろ」

「ろくでもなくても、体がいい娘もいるよ。そういうのって、かえって、そそるんじゃないの?」

「ばーか」と言った正志は、その後も何か考えていた。

「ね、他にいるの? いるなら言ってもいいよ」

「何でさっきから、いるって決めてんだよ?」

「じゃあいないの? そっちこそ、どうして素直に答えないのよ? いないなら、いない、って言えば済むことじゃない」

「言っただけで信じるのか、え? どうせ信じないだろう? 俺ってそんなに信用できない奴か?」

 ピンクチラシとテレクラの会員証が、まだ二人の間に挟まっている。正志は、会員証で嘘をついたことを悔やんでいる。

「信用……しなくはないよ」

 なくはない、などとまどろっこしい言い方しかできない自分が嫌だった。

「じゃあ……他のことは信じなくてもいいから」と正志。「これだけは信じてくれよ。俺は、敬子を、ほんっとーっにっ、愛している」

 敬子の顔がほころびそうになった。それをあわてて引き締めた。言葉だけで簡単にふやけてしまうと思われたくない。

「じゃあ、証拠を見せてよ」

「証拠?」

「指輪がいいな」ふいに、口をついて出て来た。指輪など欲しくなかったが、なぜかそう言ってしまっていた。

「指輪……くらい何個でも買ってやるよ」

「そんな安もんじゃなくて、高いやつよ」

「いくらくらいの?」正志は警戒した。

 それを見た敬子の中に、快感が走った。

「んーっ、五十万っくらい」わざと軽く言った。

 正志の顔が暗くなった。

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