第19話 陰る時

この世。

つまりは俺がこの世界で生きて二足歩行で歩く限り。

会いたく無い人とも出会う事は有ると思うのだ。


日本は狭いから、だ。

だがそれでも湊には出会う事は無いと思っていた。

仮にも日本は大きさ的に.....1.5億人が収まっているのだから、と考えていたのだ。

しかしながら.....出会ってしまった。


確率論で言えば確率は相当な底確率の筈だったのだが。

今、湊に会う必要が有るのだろうか。

俺は.....額に手を添えて悩んでいた。

キッチンでお茶を入れてくれている七瀬が俺を心配そうな目で見つめる。


「.....大丈夫?ゆーちゃん.....」


「.....すまないな。七瀬。.....お前も.....楽しんでいた筈なのに.....」


「ううん。私は良いんだよ。ゆーちゃん次第だから、ね。.....体調が悪い.....と言うかあの状況なら仕方が無いと思うから」


あの男は私も気に入らないから.....ね。

と顔を顰めて怒りを持つ様に声を震わせる、七瀬。

俺は.....そんな七瀬を見ながら再び、額に手を添える。


何と言うか.....マジに因縁の相手だと思う。

湊、という人間は、だ。

俺の最後の.....しこりの人間だ。

だけど.....な。


「.....七瀬.....良いか。お前が.....根に持つ事は無いんだ。全部.....俺の問題だからな」


「.....いや。根に持つよ。だって私が大好きなゆーちゃんが悩んでいるんだから。頭に来ているよかなり」


「.....それでお前が精神を病んだら.....意味無いんだが.....」


俺は心配げに七瀬を見る。

それから額に手を添えたまま俺は歯を食いしばる。

すると後ろからゆっくりと暖かい手に抱き締められた。

七瀬の温もりを感じる。

俺の頭に頭を乗せてきた。


「.....ゆーちゃんはやっぱり優しいね。だから好きなんだよ」


「.....有難うな。七瀬。お前がそう言ってくれるだけで本当に全てが変わっているよ」


「.....うん。.....でも.....これからどうしようか」


「.....」


七瀬は困惑しながら俺を見る。


これからどうしよう。


そう言われても答えが出ない。

全く出ないな。

でも.....その中でも.....一つだけ言えるのは。

二度と湊に会いたく無い、という事だ。


もう.....永遠に、だ。

その事を胸に手を.....胸に当てる。

それから.....口角を必死に上げて七瀬を見る。


「.....七瀬。明るくいこう。もう大丈夫だ。.....湊。.....アイツとは二度と会わないと思うから.....」


「.....そうゆーちゃんが言うなら.....うん」


「.....ああ」


悩んでも過去は戻せないのだ。

どうしようも無いのだ。

とにかく.....戻らない。


砂が落ちた砂時計を逆さまにする事は出来ない。

過去は過去だから.....だからと思う。

絶望だろうが希望だろうが.....戻せない。


時計の針は元に戻らないだが自らの手で進める事が出来る。


と某アニメの司令官のセリフが有ったりする。

それは本当によく分かる気がする.....例えが良い。

ロンギヌスの槍を飛ばす訳じゃ無いけど。


俺は静かに目を閉じ静かに呼吸して息を整えつつ。

母さんと父さんが帰って来たら.....明るくしよう。

じゃ無いと心配されるから.....だ。


察されたら全てが終わってしまう。

その様に考え、息を整え。

七瀬に向いた。


「.....そう言えば.....学校は慣れたか?七瀬」


「.....私は慣れたよ。だってゆーちゃんが居るんだもの。楽しいよ本当に」


「だったら良いんだが.....良い学校だろ、あそこ」


「だね。本当に良い学校で.....良い部活だよ」


微笑みながら俺に向いてくる、七瀬。

この笑顔を.....何時迄も守りたい気がする。

それは恋愛感情じゃ無い。

ただ単に.....絆、として、仲間として、だ。


あの絶望的な過去の様な事が起こらない事を.....祈りながら。

俺はバシッと膝を叩いて立ち上がる。

そしてお茶をグイッと飲んだ。

それから七瀬を見つめる。


「近所にカフェが出来たよな?.....ついでだしあそこ行かないか」


「あ、良いね。.....ゆーちゃんに任せるよ」


「じゃあ行くか。今から」


うん、ゆーちゃん。

ゆーちゃんとなら、とお互いに頷いて.....動き出した。

それから.....玄関を開けて近所の小洒落たカフェに歩く。

お茶でもして気を晴らそう。

その様に.....思ったのだ。



カフェに入ってから.....カウンター席では無い、テーブル席に腰掛け、コーヒーを嗜みながら、俺は七瀬を見た。

七瀬はアールグレイの紅茶を飲んでいる。


因みにこの小洒落たカフェは三日前にオープンしたばっかりのカフェだ。

内装としては洋風な感じで.....趣が有る。

七瀬がニコニコしながら言う。


「美味しいね!ゆーちゃん!」


「このコーヒーも.....かなり美味しい。.....俺、カフェイン中毒かな。ハハッ」


「あはは、だね。そうかもよ」


七瀬はこれまでに無い満面の笑顔で.....俺を見てくる。

太陽の様な.....笑みだった。

まるでポカポカした陽気の木の下で.....寝ている様な.....感覚だ。


俺はその姿を和かに見つつ外を見る。

鮎川が歩いていた。

俺は驚愕して見開く。


「.....あ、鮎川?!」


「.....え?西ちゃん?!」


俺は立ち上がる。

直ぐにカランコロンと鈴の音が鳴る戸を開けて外に出る。

そして鮎川に駆け寄った。


どうやら俺の家に来た様だが.....それで帰っている様だった。

鮎川は俺に気が付いた様で、顔を真っ赤に染める。

そして目をパチクリした。


「.....な、え?」


「.....よお。鮎川。.....鮎川も一緒にブレイクタイムするか?」


鮎川に手を挙げながら言う。

俺がカフェから出て来たのを、なるほど、と鮎川は思った様だ。

ゆっくりと頷いた。

そして俺に笑みを見せる。


「.....えっと.....はーちゃんが言うなら.....」


「.....じゃあ決まりだな。行こうぜ」


「何だろう。.....家じゃ無くて此処に居たんだね。はーちゃん」


嬉しそうに俺を見る、鮎川。

俺は鮎川の手を引いてそのままカフェに入った。

そして手招きする七瀬に手を挙げながら鮎川は挨拶して椅子に腰掛ける。


店員さんがやって来て、コーヒー下さいと言う鮎川に対しておしぼりを置いていく。

それで手を拭く、鮎川。

周りを見渡して再び笑みを溢した。


「.....小洒落ているね。このカフェ」


「だろ。気に入ってんだ。七瀬も、だ」


「そうだね。ゆーちゃん」


七瀬は頷く。

鮎川は水をゆっくり飲みながら俺を、七瀬をニコニコしながら見る。

それから.....何かを思い出したかの様に言葉を発した。

俺を柔和に見ながら、だ。


「最近まではーちゃんにまた出会えるなんて思って無かったんだよね。私。はーちゃんに出会えて.....本当に良かったって思う」


「.....鮎川.....」


「だからまた.....一緒にずっと遊ぼうね。はーちゃん」


「.....」


その様に直球で言われると恥ずかしいんですけどね。

思いながらも.....俺は頬を掻きながら頷く。

鮎川は嬉しそうに俺を見る。

そうしていると鮎川は顎に手を添えた。


「.....そう言えば.....私がはーちゃんの家に行った時、誰か来てたよ?」


「.....え?誰だ?」


「.....そうだね.....杖を突いた人だったかな」


「.....え.....」


それは.....あまりに唐突な言葉だった。

パキンと空間が凍る様な感じが.....した気がする。

その.....杖を突いた人とはつまり.....湊だろう。


いやもう、湊しか居ないと思う。

俺は一気に青ざめる。

人目も気にせずにガタンと立ち上がる七瀬。

そして鮎川に慌てて聞く。


「西ちゃん!詳しく聞かせて!」


「え、え?.....あ、えっとね.....チッとか悪態吐いて去って行ったけど.....」


「.....」


いや、ちょっと待て.....?

なんで.....一体何故.....湊は俺の住所を知っている。

そんなにまで俺を馬鹿にしたいのかアイツ。


俺は.....頭に手を添える。

そんな馬鹿な.....!?

俺は顔を引き攣らせた。


「.....えっと.....えっと.....え?.....言わない方が良かったのかな.....」


「.....いや。別に良いけど.....西ちゃん。ソイツはね.....」


横で鮎川に怒りながら解説をする七瀬。

しかし俺には.....その説明が入って来ない。

というか.....聞こえない。


悪夢はまだ終わらないのか.....と思ってしまう。

絶望が.....俺を包んだ気がした。

今更.....何の用なんだ.....湊。

お前のせいで苦しいんだぞ俺は.....!!!!!

俺は.....いつまで苦しむ必要が有るんだ.....?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る