第17話 勇大の絶望の記憶

今の.....今この瞬間が幸せすぎている。

思い出したくない過去も全部、真っ白に消せると思っていた。

それは単純に紙を破り捨てる様に、だ。

だけど.....それは出来なかった。

過去は過去の様で.....消すことが出来ない様だ。


それは簡単に言えば記憶が焼いた刻印で脳に焼き付いていたものが叩き起こされた様な.....違うか。

まるで.....眠っていた大型古代兵器が呼び起こされて心の中を壊されている様な.....そんな感じだ。


俺は.....両目から涙が止まらなくなった。

ボロボロみっともなく泣き七瀬が俺を抱き締めるぐらいだ。

幸せになったらいけないのか?俺は。


今思い出す必要が有るだろう.....か。

ついでだから語っていこうと思うんだ。

俺のそれなりに凄惨な昔の記憶を。


それは.....裏切りと騙され、ボコボコにされた俺の.....弱い情けない姿だ。

引き篭もった俺の姿、だ。

全てだ。



俺の名前は長谷部勇大という。

勇大ってのは常に勇ましくあれ、周りを支えろという意味の名だ。

それで付けられたのだ。


その通り俺は.....周りに気を配り、周りとは常に仲良くやっていた。

幼稚園の頃から.....元気いっぱいの.....優しい人間で。

顔が良く無いけど優しいという事で.....周りの女子からも好かれる程だった。


とある近所の小学校に入学した俺は.....新しいクラスメイトに迎え入れられ。

そして充実な日々を過ごしていた。

毎日、笑顔が絶えなかったのだ。

本当に幸せだった.....気がする。


そう、あの日までは。


ある日俺は.....同じく小学四年の湊智哉(ミナトトモヤ)という少年と仲良い友達になった。

茶髪でチャラいながらも彼はサッカー部でとても何もかもを大切にするイケメンで。


俺にとっても常に憧れの存在で。

ただひたすらに追い付こうと思っていたのだ。

俺に対しても優しくて.....本当に良い少年だったと思う。

周りにも配慮が出来る点で俺達は惹かれあって.....周りが嫉妬するぐらいに仲が良くなった。


だけど。


十年前の日曜日だったと思う。

俺と智哉がある日、川に遊びに行った際。

智哉が川の底で太腿に錆びた釘で傷を負った。

それは俺がふざけて背後から押したせいだ。

運が悪かったのかそのまま足から細菌が入り.....かなり重い感染症になった。


彼は.....当然、智哉は思いっきり嘆いた。

勿論、俺も友人として青ざめたあの日を生涯、忘れないだろう。

その足は充実した医療で治療したにも関わらず壊死した。


つまりそれは.....サッカーを続けられないという事。

選手生命が終わった瞬間だった。

足を切り落とさなくてはいけなくなったのだ。


俺はただただ青ざめる日々を送っていた。

だけど智哉だから.....許してはくれなくても.....また友達になれる。

そう願って.....接していたのだが甘過ぎた。

馬鹿な俺だったと思う。


ある日、半年近く退院して教室に戻って来た智哉は最初に俺を突き放した。

お前が全て悪い、と。

睨みを効かせ、俺を見つめた。


今で言う、何かを落としただけなのに、的な感じだろうか。

一つのミスが俺は.....智哉の人生を奪ったのだ。

俺が悪ふざけをしなければ.....そんな事にはならなかったのだ。


勿論、智也にも非は有ると思う。

だけど俺が押さなければそんな事にはならなかったのだ。

つまり九割がた俺が悪い。

俺は.....一人、茫然と立ち尽くした。


当然の事だが、この事件はクラス中に知れ渡り。

俺を見る目が変わって.....何よりも教員の俺を見る目も変わった。

これまでの恨みを晴らすかの様に、だ。

蔑視の目で俺を見る様になったのだ。


特にダメージがデカかったのは教員に関して、だ。

何故、鈍臭いお前じゃ無くて将来の有望なスター選手の足が今、切り落とされなくちゃいけない。


そんな感じの激昂の目を向けられたのだ。

直接は言ってなかったけど、絶対にそう思っている様な顔だった。

痛かった、本当に。

そして絶望で.....あった。

仲が良い教員すらも.....結局は成績重視だったのだ。


確かに言えていた。

俺はどん臭かったのだ。

何故かと言われたら.....成績だって真面目にやっても下だったし。


そして体育も低い跳び箱でぶつかる程どん臭かった。

つまりは.....必要の無い人間だったのだ。

智哉と違って、だ。


簡単に言えば天地の差と言える程に。

俺が葉っぱなら.....智哉は花だ。

それぐらい.....差が有った。


智哉の隣に俺が居る事自体がおかしかったのだ。

俺は智哉の両親にも土下座して謝った。


だけど.....その様な謝罪を虱潰しにやっても何もかもの状況が.....天秤の様に傾き.....悪くなっていった。

まるで雨が降り頻る六月が無限に続く様な.....そんな、だ。

何が起こったかって?

そうだな.....クラスメイトはどんどん俺から離れていき。

そして俺の居場所は.....無くなっていったのだ。


「お前のせいで智哉は.....足を失った」


「お前が悪い」


「お前が足を切り落とせば良かった」


そんな感じで.....毎日毎日、酷に言われ。

俺は居心地の悪い空間で.....毎日を過ごす羽目になっていた。

精神を病んでしまっていった。


でもそれでもきっと光は差す。

絶対にまだやれる、頑張れば希望が有ると考えていた。

だけどそれは.....ボロボロの崖を登っていくのと同じだったのだ。


ある日、俺は崩れ落ちたのだ。

決定的に転校する事態になったのは.....あの事件がきっかけだろう。


その智哉の件から何ヶ月か経ったある日、俺に告白して来た少女がいた。

少女はとても優しく傷付いた俺を支えてくれていて。

もう心に余裕が無かった俺は.....少女を依代としてしまっていた。


だけどその少女は.....面白がって告白しただけだったのだ。

周りに俺の無様な姿を晒す為に、だ。


そんな事にも気が付かなかった俺は.....馬鹿だったと思う。

俺はその少女に嫌がらせをしている奴を見掛け俺は激昂してそいつと喧嘩になったのだが、俺の方が優勢で髪の毛を掴んで馬乗りになっていると。

少女は周りにこのザマよ、と言いふらしながら俺に言って来た。

その言葉を、だ。


「アンタ.....本当にクズね.....ここまでとは思わなかった」


喧嘩は収束して.....俺は教員に説教を食らった。

その時に.....正義とは何なのだろうと。

俺は.....ここまで周りに追い詰めらていたのか、と。

ただただ.....本当に視線が痛かった。


俺は教員に呼び出され、お前はクズだ、駄目人間だ、とこっぴどく叱られて.....バキバキに心が折れた。

十枚の反省文を書けとも言われたのだ。


決定的な.....学校に行きたく無くなった瞬間だった。

俺は.....めまいを出しながら.....歩いた覚えが有る。

まるで砂漠地帯に放り出された人間の様に。


智哉も人間として俺を完全に見放し。

そして.....俺のクラスメイトや周りも俺を完全に見放してその日を皮切りにイジメが起こっていく。

バケツの水をぶっ掛けられたり、とか、だ。

人として扱われなかったのだ。


あまりのイジメに父親と母親は激昂した。

そして父親は学校に抗議文を出したが。

全く通用しなかったのも有るし、取り合ってもらえなかった。

第三者委員会もイジメは無かったと判断したのだ。

俺は自殺しようとも考えた。


その中で俺は周りから逃げる様に転校したが。

視線が気になって仕方が無く。

ついには引き篭もりになってしまった。


所謂.....ニートの様な.....そんな感じの、だ。

だけどそうしている二年経ったある日。

俺の部屋を足で蹴り破った.....人間が居て。

女性だったが.....強かったその女の人は.....俺に満面の笑顔を見せた。


「.....貴方が悪いんじゃ無いよ」


それから何をするかと思ったらその女性は足下に力無く有った散らかっている前の学校の反省文を拾って.....俺に突き出し。

慌てて反省文を取り返そうとした俺に女性はこう記した。

大きな字で.....黒で、だ。

殴り書きだった。


(お前らが悪いんだバーカ!!!!!)


「.....!?」


そうただ力強くマーカーで記した。

それから何をするかと思えば反省文をその場で破り捨ててその女の人は俺に手を差し伸べた。

光の道が出来た瞬間だったと思う。


多分その女性の事だろう、俺が勇ましいんだから、と幻聴で聞こえているのは。

今、思い出したな。

俺は.....懐かしい記憶だと思いながら目を閉じる。

その女性の名は今も分からないが.....間違い無く俺にとっては女神だった。


手を握ってくれた彼女は.....こう話した。

俺に対して.....力強く、だ。

迫力は有りながらも怖く無い、優しい顔で、だ。

笑みを浮かべた。


「さて、外に出ようね。勇大」


「.....?!.....はい.....」


その女性に対しては号泣するしか無く。

長い髪が背後に揺れたのを.....覚えている。

女性からは後輪が見えた気がした。


俺は.....救いが欲しかったんだと思う。

そして俺の心の壁を打ち破って欲しい人が欲しかったんだと思う。

俺は言われるがままに外に出た。


ボロボロになった体で、だ。

そしてボロボロの垢だらけの手で、だ。

両親が.....泣いていた。

その日は.....赤飯が出たりしたのを覚えている。

俺は自然と笑っていた。


そして.....岡山から転校したりして今に至っている。

今、俺は七瀬、鮎川、御白。

本当に複数の人達に出会った。

だから{俺}が成り立っていると思うのだ。



そして今日の今日まで.....その記憶を忘れていたのだが。

思い出してしまった。

七瀬はゆっくりと俺を抱き締める。

それから.....頭を撫でてくれた。


「大丈夫。ゆーちゃんに何かあったら.....私が、西ちゃんが居るよ。守ってあげるからね」


「.....七瀬.....ごめんな。本当にごめんな.....俺、男なのに.....」


「.....ゆーちゃん。男の子だって泣くんだよ。それが人間だからね。私も西ちゃんも居る。昔とは違うよ」


涙が止まらなかった。

ただ情け無く.....嗚咽を漏らしながら.....縋っていて。

自分が恥ずかしかったけど.....。

その言葉を受けて.....救われた気がした。


「.....ゆーちゃん。大丈夫だよ」


「.....ああ.....本当にな.....ごめんな.....」


一時間ぐらい.....泣きながら不安だったけど。

俺は.....取り敢えずは落ち着いた。

あくまで取り敢えずは、だが。


昔とは違う。


この言葉はあの女性も言っていた気がする。

口癖の様に、だ。

俺は.....幸せになっても良いのだろうか。

名も知らぬ.....女の人へ。

俺は.....幸せで良いのでしょうか.....?

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