壱14

「――天災級だと?

そもそも天災級の妖魔はその存在自体一生に一度見られるかどうかと言うほどの大物だぞ。

何を根拠にそんなことを言うのじゃ」


「何となく、だな。

弥生から今回の高知での瘴気溜まりの件を聞いてふとそう思ったんだ。

何の根拠もないさ。

強いて言えば、俺の勘が根拠ということになるのかな」


 そのお前の勘こそが厄介なのだがなと呆れた風な豊信。

 確かに真紅郎のことをよく知っている豊信ならば真紅郎に自分の勘だと言われたら下手な理屈を並べられるよりも余程信じられるというものだ。


「天災級か……。

本当にお主の言うとおりそのようなことが起こりうるというのなら今回の一件わしが考えていた以上の大事となるは必至か……」

「ああ。

いつものように俺の勘が正しいのならば今高知で起きている以上の最悪の事態が生じるのは間違いないと思う」


 天災級というのは真紅郎にとってもただの思いつきで言っただけの最悪の事態における予想に過ぎない。

 しかし、これ以上の最悪の事態が起こるだろうということは間違いなく真紅郎自身がそう感じていることであって、昨日の道場での一件がある以上真紅郎にとっても今回の自分の勘に関しては未来を先読みしたことによる自分の能力の一端なのだろうということを感じていた。


 そして、そんないつもとは違う真紅郎の様子を見抜けない友人豊信ではないわけで、豊信は真紅郎のいつもと違う様子に尋ねた。


「何だ?

随分と今回は言い切るものだな。

こうして会ったときから感じていたことだが、何かあったのか?」


 豊信はこうして真紅郎がこの屋敷に来ると言うことを知ったときから少し不自然に思っていたのだ。


 いくら二人が友人同士といっても身分の異なる二人が一緒に会ったりするということに関してはそう好きに出来ないのである。

 そのため、こうしてこの屋敷で会うことは何度もあると言ってもそう簡単に会うことはないのだ。

 例えば何かしらの緊急時のようなときにはもちろんそんなことは気にせずに会いに来ることもあるのだ。

 そして今回に関しても高知に今までにないほどの災厄が起こりつつあるらしいということを豊信も宿毛屋というよりも山内家と縁のある朝山家の妖祓いから手に入れていたので、真紅郎がこの屋敷に急にやって来るというのも今回の件だろうと豊信は考えていたのだ。


 しかし、緊急と言っても高知がそのような状態にあるのは宿毛屋から情報を手に入れればいいわけで真紅郎がわざわざ豊信の元までやって来るほど切羽詰まっているわけではない。

 そしてもし真紅郎が悪い予感がするとやけに当たる彼の勘を真紅郎がが豊信に言うとしてもただの勘程度ではそんな報告を急にする必要などないのだ。


 そして、そんな疑問を抱く中で真紅郎にあったその時にはっきりとは言えないが、まるで目の前にいる真紅郎が脱皮をして姿形が変わってしまったようなそこまでいかずともいつもの真紅郎ではないということには感付いていた。


 そんな中で出てきた言葉がまさに現在の真紅郎の核心を突くかのようなそんな質問だったのである。


 真紅郎もまた目の前の友人に対して別に隠すほどのものではないと考えて話し出す。


「そうだな。

まあ、俺の勘というのがただの感覚によるものではないらしいということが分かったというところかな」

「……何?

それは一体どういうことじゃ」


 真紅郎はまさか豊信が一瞬でも呆けてしまうとは思わずに、そんな豊信をおかしく思って口元に笑みを浮かべながら昨日のことを話していく。


 麻田勘七という土佐一の剣豪の道場へと下士の友人たちと一緒に赴いたこと。

 道場の門人である上士の者と一悶着あったこと。

 そして、その後に収二郎が斬り殺されるビジョンを見たこと。

 そのビジョンとまったく同じような事態となって、すんでの所で真紅郎が動いたことで大事には至らなかったことと。

 そこまでのことを話した。


 途中でビジョンとは何だと言われたり、それを説明するために映像に関しても説明を要しはしたものの、最終的に真紅郎が何を見たのかということに気付いたとき、豊信はしょうがないこととはいえ真紅郎に対して畏怖の念を抱かずにはいられなかった。


「それはつまり……、お主は先のことをその眼で見ることが出来ると言うことなのか」

「そうだな。

四郎の言うとおりだがそれだけではないな。

俺が思うに今までのやけに当たった俺の勘というのは未来の一端を知っていたからこそなんだと思う。

そこに旨い菓子があることを知ったから何となくその場所に行きたくなった。

そこで大事が起こっていることを知っていたから誰かを助けるために何となくその場所に行こうと思った。

つまり、俺の勘は不確定であっても未来のことを確実に示していることになると言うことなんだろうな」


 それが一晩を通して真紅郎が考え出した自分の未来を見る能力の一端だった。


 神社に帰るまでは未来を知っているということの恐ろしさからかそのことに関して現実逃避をしてしまっているところがあった。

 でも、帰ってきて改めて考えてから自分は限定的であっても未来を見ているということを認識した。

 それはもう真紅郎自身もこの力を恐れた。

 なんと言っても収二郎が死んでいた未来を変えてしまったのもこの力なのだ。


「それは……。

半妖というのはそんなにも強大な力を持っているというのか?

それは、まさに神仏の力にも似たようなものじゃぞ」

「そうかもしれない。

でも、基本的には今までのようにこの力は普通の人よりも勘がいいと言うだけだ。

収二郎のようなことはそうそうないだろう。

実際に今まではそんなことはなかったわけだから」


 真紅郎は言わなかった。

 豊信と初めて会ったあの夜に一度似たようなことを経験していることを。

 あれがもしも真紅郎自身の力によって生じたものなのだとすると、ただの勘などを超えた力だ。

 いくら真紅郎であっても半妖がそれほどの力を持つはずがないと思っていた。


 そして、それを真紅郎は言わなかった。

 目の前の優しい友人を心配させないためにも。


「それに、この力のおかげで収二郎を助けることが出来たのは事実だ。

今までの俺が助けてきた人たちを救うことが出来たのも少なからずこの力のおかげだ」


 真紅郎はそう言って自分を納得させた。

 自分でもこの力が人には余るほどの大きすぎるものだからこそ少しだけでも人のためになるのならと受け入れた。


「――真紅郎は普通でないことは知っていたがまさかかようにも普通ではないとはな……。

しかし、普通の人ではないのはわしも同じじゃ。

まさか普通の人よりも勘が良すぎると言うだけでお主を避けておればわしを毛嫌いしておる周囲の者たちと同じになってしまうわ」


 真紅郎は自分を心配してそのように考えてくれた友人を頼もしく思った。

 しかし、豊信はそのにこやかな笑顔から一転、顔を顰めた。


「さて、真紅郎の勘というものがかように未来を見通せる力の一端であるというのならば儂らも最悪の事態として天災級の妖魔が現れることも考えておかねばならぬの」

「ああ、あの時は最悪の事態と言ったらということでふと天災級という言葉が出てきてしまったわけだがそう考えておいて損はない……。

いや、もし天災級が現れるとなったら損ばかりかもしれんな」


 もしも本当に天災級の妖魔が現れるとなったらそれこそ高知を地震や津波、大型の台風などといった大災害に匹敵する災いが降りかかるかもしれないのだ。

 正直笑ってごまかせるようなものではない。


「さて、そこでだが儂から頼みがある」

「何だ、いきなり……」


 そう言って真紅郎が豊信の方へと顔を向けるとそこでは居住まいを正し、高知に大事が襲うかもしれないという緊迫感のある話をしながらもさっきまでの友人同士の気楽な雰囲気から、南邸山内家当主の山内豊信としての顔をしている豊信に驚き、真紅郎も遅れて居住まいを正した。

 公式であれば上士と神主という身分のもと頭を伏していなければならないところを非公式であると言うことから二人とも正面に向き合ったままであり、そして豊信が話し出す。


「此度の高知城下における瘴気溜まりの件において、我が藩は特別に妖祓い鷹家真紅郎にその案件の解決のための諸々の協力を願う」

「諸々というのは一体どのようなことですか」


 豊信は藩主に土佐において妖魔に関する藩の決断を委ねている。

 土佐山内家としては必要と分かっていながらも普通の人の眼に見えない妖魔の案件に関してそれが見える分家当主である豊信は有用だったのだ。

 そのため、こうして藩主に伺いを立てるほどの猶予がないほどの事態にある現在、豊信は自分の意見を藩の意見として真紅郎に対して今回の瘴気溜まりの件などの諸々に関して土佐藩として協力してくれるように依頼したのだ。

 非公式といえども今はただの妖祓いと土佐山内家分家当主と言う身分。

 いつもと違って敬語を使ったりと多少は気にする真紅郎。


「主に今後起こるであろう瘴気溜まりや現れた妖魔の退治、更には天災級の妖魔への対処。

それらの件に関して前金としてまずは十両を渡す。

その他は成功報酬として仕事に見合った分だけを土佐藩が払う」


 豊信が天災級の妖魔に関しては退治ではなく対処だと言っているのは未だかつて人が天災級の妖魔を退治せしめた例がないからだろう。

 そして、どこの藩であっても大なり小なり借金があるような時勢において土佐藩が一人の妖祓いに前金だけで十両を払うというのは普通ではない。

 つまり、今回の件はそれだけの大事だと土佐藩の代理でもある豊信が認めたということになる。


 豊信は土佐における妖魔関連の藩主代理のような立場にある。

 そんな友人の覚悟に真紅郎も覚悟を示さないわけにはいかない。


「分かりました。

お受けしましょう」


 真紅郎は金のあるなしではなく少しでも友人の助けになりたいとの気持ちからそう答えた。


 もし天災級の妖魔が現れたとしても自分がきっと退治してやるという強い気持ちを持ちながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神獣と幕末の四賢侯 @azumaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ