壱11

「本当に良かったがか、真紅郎」


 真紅郎に龍馬や弥太郎たちは、収二郎と武知を道場に残してこの郭中から離れていた。

 これ以上の面倒はごめんだと思っているのはこの場にいる誰もがそうだったのでそそくさと郭中と西側の上町との境まで歩いてきた。

 そしてようやく郭中から離れたことに全員がホッとしたところで龍馬が真紅郎に話しかけた。


「弥太郎さんには悪いけど俺は面倒な上士に囲まれながら剣を極めたいとまでは思わないよ。

それに龍馬だって似たようなものだろう。

俺は別に武士としての嗜みなんてものも必要ないわけだから剣を学ぶのだとしても別に護身用くらいでも構わない」


 実際のところは、真紅郎はほとんど我流ではあっても十分に使える程度の剣の腕はあるのだ。

 それも主に人ならざる妖魔を相手にした時のための剣術であって人を斬るためのものではないが真紅郎は別に人を相手にしても困らない程度の剣の腕はある。

 だとしてもわざわざそのことをみんなに教えることもないだろうとも思っているのだが。


「それにしても真紅郎があそこまで強かったがは知らんかったぜよ。

実はわしよりも強いのではないがかと思ったぜよ」

「そうじゃ、さっきの道場前での真紅郎はまっこと強かったぜよ。

剣術というか体術なんじゃろうけんどおまんのところの宮司様はそんなことまで教えてくれるがか」


 弥太郎のその言葉に真紅郎はうやむやになったはずの道場の前での最初の件について自分が追及されていることに気が付いた真紅郎は苦笑しながらもまたもうやむやにしようかとも思ったが、弥太郎を含めて龍馬たちのそれは追及というよりかは強い人物に対する憧れのようなもので実に断りずらかった。


「あ、あれは……。

まあ、俺は普通の人よりも力が強いからな。

そのおかげであって別に宮司にもほかの道場でもそんな体術を学んでいるというわけではないって」


 真紅郎は実際に宮司からも誰からも剣術も体術も学んだことはない。

 ただ、真紅郎自身が我流で妖魔であって人であっても倒せるほどの技を身に付けただけなのだ。

 とはいえとはいえ、真紅郎のそれは極められた技による強さというわけではなく真紅郎自身の異様な怪力と膨大な怪力あってのものではあるが。


「まあ、そういいうことだ。っと、そう言えば今日は宮司が早く帰って来いと言ってたのを忘れていた。というわけで、またな」

「あっ、おい、真紅郎」


 これ以上追及されても面白くないと思った真紅郎は苦しい言い訳をただひたすらに言って龍馬たちに追及の暇を与えることなくそそくさと彼らのもとから離れた。




 真紅郎は龍馬たちとは離れて上町でも北東の方へと向かって歩いていた。

 龍馬は上町の中心部でそのほかの者たちの多くが上町からさらに西だったり北だったりといった郊外の方に家を構えているものが多かったために真紅郎もとりあえずは彼らについて上町の方に向かっていたのだが、もともと真紅郎が住んでいる潮江天満宮はまさに郭中の真南の方にある。

 それでも真紅郎がこうして上町の方にまで向かっていたのは理由があった。


 もう一、二刻の後に日が沈んでしまうという時間帯、真紅郎は上町でも南側の通町の辺りからまだ人々の活気にあふれている上町のメインストリートである上町本町の街並みを横切って、さらに北の北奉公人町の方へと向かって歩いていた。


(今日の小規模の瘴気溜まりは別段珍しいことではない。

ないんだけど昨日の夜に宮司が言っていた上町南側の築屋敷の辺りでも小規模の瘴気溜まりが生じたと言っていたのが少し気になる)


 真紅郎は上町の街並みを何とはなしに眺めながらも心の中では焦燥に駆られていた。


 今回の道場における瘴気溜まりの件ならば江戸や京のそれほどに修羅場をくぐっていない土佐の妖祓いであっても日常的に解決しているようなその程度のことなのだ。

 だから、他の妖祓いであれば多少の時間をかけて瘴気溜まりを消滅させる必要のある今回のような瘴気溜まりであっても真紅郎の膨大な霊力に任せて軽く解決できてしまったのだ。

 でも、種崎周辺に現れた大蛇の妖魔の件や今回の件、さらに昨日生じたという瘴気溜まりの件を聞いた真紅郎は何か土佐で悪いことでも起こっているのではないかと考えざるを得なかった。


 そもそも、瘴気溜まりというのはこの土佐では小規模であっても一日二日程度で連続して生じるようなものではないのだ。

 この土佐の妖祓いが活動しているのは突発的に生じて人に悪影響のある下級からせいぜい中級程度の妖魔を退治するくらいのものである。

 完全に祓ってしまうのに多少の準備が必要な瘴気溜まりはただ単に妖魔を祓うのとは違うのだ。


(この三件以外にも何かしらの瘴気溜まりだったりが生じているかもしれない。

この高知で何が起こっているんだ……)


 真紅郎は、何となく今のこの高知の状況が何かの騒動の前触れであると感じていた。


 今までだったらこの普通の人よりも良すぎる勘に関して、真紅郎はそれでも単なる勘だろうとして少し不気味に思いつつも便利にすら思っていた。

 しかし、この勘がもしかしたら未来についてを知る自分の能力の一端なのだとしたら間違いのない事実へと繋がっている一つの能力のようなものかもしれないと思い始めていた。

 だからこそ真紅郎は高知に降りかかるであろう騒動を前にして焦っているのである。


「まずは情報だな。

そして、可能ならば……今回の騒動は俺が防ぐ」


 真紅郎はそう間もないうちに騒動が起こるであろうことを確信して、それでも自分がそれを防いでみせると心に決める。

 真紅郎は未来らしきものが分かるとしてもその未来というのは決定つけられた未来なのではないはずだと思っていた。

 もし、真紅郎が見た未来が決定つけられた未来であるのなら収二郎は死んでいたはずなのだ。


 そんな不安な気持ちと決意の気持ちを持ち合わせつつ真紅郎は上町北東でも江ノ口川沿いにある宿毛屋を目指す。




 宿毛屋はこの高知ではまあまあ知られた口入れ屋、つまり職業斡旋業者である。

 この高知は四国でも人の多い場所ではあるが、江戸ほどに食い詰めた浪人などがいるわけでもないので繁盛しているということもないのだが、真紅郎や宮司などの妖祓いの関係者にとっては変わってくる。


 この宿毛屋は妖魔や妖祓いに関してなどの情報屋であり、また各地で生じた妖魔の案件だったり瘴気溜まりの案件だったりを他の実力のある妖祓いに斡旋するまさに妖祓いにとっての口入れ屋のような店なのである。


 真紅郎は、そんな上町北東の江ノ口川沿いの目立つようで目立たないようなそんな場所にある宿毛屋に先の瘴気溜まりのようなことに関しての情報を得るためにやってきた。


「潮江天満宮の真紅郎だ」

「真紅郎様ですね、どうぞお通りください」


 普通の人たちに妖魔や妖祓いに関してを隠すためというよりも普通に副業として口入れ屋をしている宿毛屋の表の部分で番頭をしている顔見知りに対して声をかけるといつものように裏の方へと通される。

 この店は、入ってすぐの表の部分は普通の店のように広々とした畳の間があるが、その表の部分の右横の方に奥へと続くような京町屋で言うところの通り庭が店の中の方に向かって続いているのである。

 そして、その先へと進むと効率を考えて妖祓いたちを集めるために作られた表の畳の間よりも一回りほど狭い場所がある。


 真紅郎はこの間を見た瞬間に予想以上の多さの妖祓いたちがこの場所に集まっているのを見て少しばかり顔を顰めた。


(まさかこんなに人がいるとは……。

やっぱり他の人たちも情報でも集めに来たんだろうな)


 と、そんなことを考えているところで不意にそんな声が聞こえてきた。

 といっても真紅郎にとっては嫌なほどに聞き覚えのある声だったが。


「あら、真紅郎。

久しぶりですね」


 いつものこととばかりに普通に下駄を脱いで上がり込んでいる真紅郎に声をかけたのは真紅郎より少しだけ年上の女性だった。

 いつもより随分と人の多いこの間においていわゆる番頭の席に座って真紅郎の方をジッと見つめてくる。

 真紅郎はまさか自分の苦手な彼女がこの場所にいるとは思わずに口元を引きつらせながら問うた。


「ああ、弥生か。

珍しいなこの店に出てくるなんて」

「ええ、最近この高知が騒がしくって表に出てきちゃったのよ」


 そんなふうに面白おかしく答える彼女の態度に特に気にすることがなかった真紅郎だったが、その彼女の言葉の意味を悟って真剣な表情で彼女に話しかけた。


「最近、この高知で生じている瘴気溜まりに関して聞きたい」

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