ラッキー・ガール・ストライク
あめのちあさひ
第1話
その日もクソザコ居酒屋で酩酊のうちに人生はツライ、ツライは人生、人生は諸法無我、ムガル帝国、運が向かない……などと泣き喚いていたら、
「ラッキーじゃないのにラッキー・ストライクを吸っていていいんですか?」
と話しかけながら肩を寄せてきたのが、地獄の幸運少女からのファースト・ストライクだった。
「あれ、
そうして夜風が吹き荒ぶ深夜2.5時の歌舞伎町に連れ立った我々は、人の持つ「運」について話し合っていた。
「わたしは、さっちゃん。あさひくんって言ったね。君は自分に運が向かないことを悩んでいたね。わたしはひとを幸運にするのが得意なんだよ。あ、さては信じてないね。試してみる?」
もとより飲み会に戻る気がなかった僕は「冗談に付き合ってやるよ」と言って朝方までさっちゃんとともに過ごした。その日のお昼ごろ、フツカヨイと寝不足のあたまを抱えながら、口うるさい上司のお小言を覚悟して出社してみたら、ふだんからなにかと自分を目の敵にしていたその上司が、出張先の某国で敵対企業への不正融資を企み、バレて会社資金の業務上横領のカドで捕縛されかかったのち消息を絶ったとの報が入っていた。てか、それ、実は主犯は僕で、証拠書類をこっそり上司のカバンに封入していただけなんだけど。僕のしわざはバレていないようだし、あれあれ、消えた上司のいた空いたポストに僕がついちゃっていいんですか?
「出世したんだ、おめでとうあさひくん。わたし、ホンモノでしょう。これからも仲よくしてね。開運、開運、ごろうじろ……」
さっちゃんとすごす一夜ごとに、運気はみるみる上昇していった。つるんでいた胡乱な連中はみんな、ヤクや酒や女にむしばまれて次々に死んでいって、気がつけば僕が付き合う人間は金回りのいい小金持ちばかりになっていった。恋人との冷え切っていた関係は、彼女の浮気相手の不審死をきっかけに、「悪い事実はすべて無かったことにしよう」という話がまとまって、すっかり元通りになった。いや、恋人に隠れてさっちゃんに会ってるので、元通りではない。元以上、である。小金を貯め込んでいた旧家の実家は落雷によって燃えて落ちて、幼少から僕を冷遇して勘当した親たちの遺産だけが転がりこんできた。開運、開運。人生が開けてきたじゃないか!
「ひとつだけ気をつけてね。幸運と幸福はイコールではないよ」なんてさっちゃんは言うけれど、同じようなものだろう。と、そのときは思っていた。
朝、家を出るときに左足から右足から踏み出すか、そんなどちらでもいいような選択の積み重ねが因果を結んでいく。積み重なった因果を後から振り返って運が良かった悪かったを判断するのが、人間の思考パターンだと思うのだ。運が悪いひとというのは、どうでもいいような選択の結果の積み重ねが悪い方へ悪い方へと流れていっている。運の良いひとは、その逆だ。あらゆる選択の結果が良き方向へ向かう。そしてさっちゃんは、人間が無意識的に行うどちらでもいいような選択を、常に良い結果になるように寄せていく神秘をまとっている。さっちゃんと交わることでその神秘の恩恵の一端にあずかれる。つまり、めちゃくちゃ端的で下品な表現をすると、さっちゃんは、最強のアゲマンの女なのだ。僕はさっちゃんのことをそのように分析し、結論していた。ちかごろほとんど毎日さっちゃんと過ごしている。これからどれだけ運気が向いてくることか、楽しみで楽しみで仕方がない。
どうもおかしくなってきた。敵はどんどん減り、資産はますます増え、生活は豊かで快適なっていく。しかしそれは、邪魔だなと思ったものが消えることで成立していくのだ。競合他社がどんどん滅亡して、僕の会社は業界で寡占状態になっていく。邪魔だなと思ったおじさんはバタバタと倒れて道を開けてくれる。勝手にプリンを食べやがってウザいなと思った恋人は消えてしまった。まぁ、女はさっちゃんがいれば問題ないか。それにしてもまわりから人がいなくなりすぎる。なんだか人生おかしくなり始めたのはこの
うーん、さっちゃん、きみは幸せを呼ぶから
「え? ちがうよ? わたしはしあわせの字のさちこじゃないよ、殺すの
■
これは道徳の問題だが、あなたならこのままさっちゃんと付き合いつづけますか?
ラッキー・ガール・ストライク あめのちあさひ @loser_asahi
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