第22話

 目が覚めた。

 一体どのくらい眠っていたのだろうか。今いるのはベッドの上……俺は寝かされているようだ。体を起こしてみると、俺の脚に誰かが突っ伏しているのがわかった。黒くてほどよく長い髪に、一房だけ金色が混じっているのが確認できる。



「おい、ヨーム」

「……ふぁ……ネームレスくん……?」

「起こして悪いな。俺はどのくらい眠っていた?」



 ヨームは質問に答えず、俺の顔を寝ぼけた顔で眺めている。顔の前で手を振ってやると、ようやく気がついたように大きく目を開いた。そして唐突に俺に向かって飛びついてきた。



「ネームレスくんっ!」

「うおお、なんだ、どうした……」

「一週間も目を覚さなかったから心配でっ……!」

「そうか、そんなに経ったのか」



 とはいえ奥の手を使用したのだから当然か。むしろ勇者と戦った後にぶっつけ本番で使用したのにもかかわらず、こうして無事に帰ってこれたのだ。かなり良い結果と言えるだろう。

 しばらくしてヨームは冷静になったのか、少し恥ずかしそうにしながら俺の体から離れた。



「と、とりあえずおじいちゃん呼んでくるね」

「ああ、そうしてくれ」



 部屋を出て行ったヨームは、数分でエッツラ王を連れて戻ってきた。



「お目覚めになられたのですな……! 体の調子は如何じゃろうか」

「食事を取れば今日含め二日ほどで万全となるだろうな」

「ならばさっそく食事を用意させましょう。もちろん野菜たっぷりで」

「頼む。食事が運ばれてくるまでの間に、この一週間の出来事を教えてほしい」

「承知しました」



 エッツラ王はメイドを呼び、俺のための食事を大量に用意しつつ、俺が目覚めたことを城中に伝えるよう頼んだ。メイドが去ってから二人は俺が眠っている間にあったことを話し始める。


 まず、人族は最低でも百年、正式に魔族へ攻めることはないと人族の宰相共が公言したらしい。理由は王も勇者も一気に失って人族側全土が混乱状態に陥っているためだ。まあ俺のせいだな。エッツラ王も俺がいる限り人族が勝負を仕掛けてくることはないと踏んでいるようだ。


 また、魔族はこの混乱に乗じて人族へ復讐、侵略するのが当然なのだろうがエッツラ王とヨームはそうするつもりはないらしい。俺がやり返した分で充分なのだと。たださすがに人族を信用はできないため今まで見えない壁が作られていた場所に、巨大で分厚い壁を建設する予定とのことだ。



「本当に攻め入らなくていいのか? エッツラ王よ、わかっていると思うがお前達の……」

「ええ、ええ、わかっておりますとも。しかし彼らと同じことをしようとしても仕方ありますまい。亡くなった者が戻ってくるわけでもないのじゃ……」



 勇者に斬られた奴らが全員きちんと治療できたのかは知らんが、少なくともヨームの両親と赤ずきんが人族に殺されている。お人好しも限度がある、そう言おうと思ったが俺は言葉を飲み込んだ。


 エッツラ王が感情を押し込んでいるのがわかったからだ。あの種族と同じ程度に堕ちたくない、など理由は様々あるのだろうが一番の被害を理解している者が苦悶の中でそう判断したのならば、俺はこれ以上、口を出す必要もないだろう。



「……お、おじいちゃん?」

「ヨーム。心配はいらんぞ。ワシは大丈夫じゃ」



 そう言ってエッツラ王はヨームの頭を撫でた。どうやらヨームには本当のことを話していないみたいだ。人族を攻めようとしないのもヨームのためなのかもしれないな。



「……まぁ、とりあえず俺が生きている間はもう人族と魔族で戦争など起きないだろう」

「本当に、本当に感謝しております、ネームレス様。なんとお礼していいやら……」

「俺からしてみれば、再び訪ねてみたら偶然お前達が困っていたから、助けてやっただけのことだが」

「そう、そうだよネームレスくん。どうしてこっちに来れたの? 私、失敗した?」

「そういえば教えてやると約束していたな」



 二人に、俺の能力が別世界へ行くことのできる能力だったと教えてやった。エッツラ王とヨームにはすでに俺の世界の魔王が各々違う特殊能力を持っていることは話してある。これだけで通じるだろう。

 ……なぜその能力が発現したかは言わないでおこう。ヨーム達と会えなくて寂しかったからだなんて、な。魔王なのに恥ずかしすぎる。



「別世界に……移動?」

「自由に、じゃろうか?」

「ああ、一度の移動で魔力を四割も使ってしまうが、その範囲内なら自由に移動できる。試しに俺の世界とこの世界以外にも行ってみたしな」

「ど、どど、どんなところじゃった!?」

「教えてネームレスくんっ!」

「お、おお……」


 

 俺は鉄でできた魚が鼻から爆発物を撃ち出してくる世界と、子供だらけの世界について話した。どうやらこの話に二人ともえらく興奮しているようだ。ヨームなんて目を見開きすぎて金色の目がさらに光り輝いているようにみえる。エッツラ王もエッツラ王で、孫と一緒になってそこまで……。



「そんなに興奮することか? 昔から別世界と接触してきたんじゃなかったのか。お前らにとっては珍しい事でもあるまい」

「私達はこちらから呼び出すだけ。誰も別の世界に行ったことがないの」

「故に昔からワシら一族は別の世界に行くことが夢だったのじゃ……!」

「そうなのか」



 よく考えたら魔人が持ってきた土産をいちいち大切そうに保管する程だもんな。たしかに憧れが強いようだ。……まさかだと思うが、別世界に連れて行けなんて言い出したりは……。



「ネームレスくん、厚かましいのは承知だけど……っ」

「だめだ」

「全部言ってないよ!?」

「どうせどこか連れていけと言うんだろう。だめだ」

「なんでぇ!?」



 やっぱりそうくるか。諦めさせるにはしっかりと理由を述べてやるしかあるまい。



「……お前達は俺をどういう目的で呼んだ?」

「人族と魔人として戦ってもらうため……」

「そうだろ? つまり魔族は他者に依存しないと戦えない。鉄の魚の世界や、俺の世界の魔物のように、人間を襲ってくる存在などどこにでもいる。大量に魔力を消費して連れて行ってやった先の世界で、子守りまでしなきゃいけないのか? 冗談じゃない。命を救ってもらった恩は今回の件ですっかり返しきったと言っても過言ではないしな」

「うぅ……」



 二人ともあからさまにしょげた。少し言いすぎただろうか。否、こちらが言い過ぎだというのなら、二人は俺に要求しすぎなのだ。本当に、魔王だと名乗ったときに怯えていたというのに。……口が聞きやすい関係になったともとれるか?

 しばらくして、首を項垂れていたヨームが俺の方をじっと見据えてきた。なにかを訴えたいようだ。



「……もし」

「うん? なんだヨーム」

「もし私が強かったら、ネームレスくんは私達を他の世界に連れて行ってくれる?」

「そうだな、正直なところ魔力の消費はそこまで気にする事でもない。ヨームが俺に楽に勝てるくらい強かったら、友人として考えてやらんこともない」

「ならばワシが……!」

「提案してきたのはヨームだ、王よ」



 実際のところマナ魔法を百項目まで使ってみせたエッツラ王ならば俺の世界でも問題なく、いや、相当な強者として戦えるだろう。もしかしたら俺にも勝てるかも知れん。だが、それだと意味がないのだ。

 魔法が強かったとしても老体で動ける範囲には限度があるしな。

王を連れて行くことになったら、ヨームもついてくるだろうし、結局子守をすることには変わらなくなってしまう。

 それに、ヨームはやる気だ。俺の提案を聞いてから表情が変わった。



「わかった。私がネームレスくんと戦って勝てばいいんだね?」

「ふはははは! できればの話だがな!」

「やるよ、私。ネームレスくんと戦う」

「そうか。では俺が万全の状態になったら相手をしてやる。先ほど言った通り明後日だな」

「ね、ネームレス様……」

「なんだ、ヨームのことが心配か? なに、殺さぬよう上手く手を抜いてやる」

「いや……あー、ええまあ。そうですな……」



 なんだろう、エッツラ王が何か言いたげだが。孫のことが心配なのとはまた違う様子に見える。気のせいか? とりあえず戦うことになったのは仕方がない。ヨームがいい出したのだから。殺さぬようにはするが、それ以下に手を抜いてやるつもりはない。たとえ一番の友人だったとしてもだ。

 そんなこと考えていると、廊下からこの部屋の戸をノックする音が聞こえた。

 


「ネームレス様。お食事、お持ちしました」

「む、来たか。入ってくれ」



 どうやら料理が運ばれてきたようだ。台車に大量の料理を乗せたメイド達が次々と入ってくる。食事の時間はゆっくりと過ごさねば。今回も一応は野菜をたっぷりにしてもらったが、向こうの世界では自家栽培した植物ばかりを食べていたため、久しく口に入れる肉類や魚類が楽しみである。



「悪いが場所や時間の打ち合わせはまた後でだ」

「わかった。……それじゃあネームレスくん、一週間ぶりの食事、ゆっくり楽しんでね」

「ああ」



 ヨームとエッツラ王が部屋から出て行こうとした。それとすれ違いに最後のメイドが入ってくる。赤い頭巾を首から下げた金髪のメイドだ。 ……は? 



「おい、これはどういうことだ!」

「え? ネームレスくんどうかした?」



 思わず大声をあげると、ヨームが立ち止まって心配そうな顔でこちらを振り向いた。そして自分の隣に立っている少女に、親しげに話しかけられる。



「食事になにか良くないものでも入っていたのでしょうかね? ヨーム様」

「たぶんそうだと思う……」

「違う! 違う! ヨーム、今お前が話している相手は誰だ!」

「誰って、赤ずきんちゃんだよ?」

「な、なぜ赤ずきんがここにいる!?」

「あっ……! 話してなかったね!」



 ヨームは赤ずきんの手を握り、俺の前まで連れてきた。呼吸もしているし、血色も悪くない。たしかに生きている赤ずきんのようだ。

 だが、俺はしっかりとこの目で真っ二つになった赤ずきんを確認したのだ。人族であるが故に魔族のように生命力があるわけではない彼女は死んでしまっていた。目の前にいるのが本物ならば、あれはなんだったというのだろう。



「……実は、ネームレスくんが勇者と戦っていたあのとき、魔法が使えるようになってから私、赤ずきんちゃんの遺体に回復魔法をずっとかけ続けていたの」

「まさかそれで蘇ったのか!?」

「ううん、全然。でも私、昔の魔人の一人が亡くなったばかりの人の遺体に軽く電撃を浴びせたことで息を吹きかえさせた記録があったことを思い出して……」

「実行したのか」

「うん、そしたらこの通り」

「そ、その……心配してくださってありがとうございます、ネームレス様」

「あ、ああ……」



 電撃を浴びせただけで人が蘇るなど嘘みたいな話だ。いや、世界は他にたくさんある。そういう技術だってたしかに存在するのだろう。それをヨームが手探りでやって運良く成功したのだ。

 思えば我々魔王の中にも電撃で金物を操ることができる者がいた。それと同じような原理だろうか。


 ……だとしてもなんか腑におちない。もしかして赤ずきんは特別な何かを持っているんじゃないか? 例えば本当は人族でなくて、両眼の色が限りなく近いだけの魔族だったとかな。

 唐突に、ヨームより先に去って行ったはずのエッツラ王が戸の向こうから何かを言いたげにひょっこりと顔をのぞかせてきた。



「ちなみに、赤ずきんが蘇ったことで、今回の件でこちら側の死者は誰一人としておらんかったことになったのです。なにもかもネームレス様のおかげじゃ」

「ほ……ほう、それはよかったではないか」

「ネームレス様に、王様に、ヨーム様。私には命の恩人がたくさん居て大変ですよ」

「えへへ、赤ずきんちゃん!」

「ヨーム様っ……!」



 ヨームが赤ずきんを抱きしめ、赤ずきんはそれを抱きしめ返した。あの空間だけ空気が違うように見える。しかしまあ、俺の目の前で堂々と。



「いちゃつくのは別室でしてくれないか。他のメイド達も困っている」

「いえいえ……」

「見ていて微笑ましいですわ」

「非常に和みます」

「そ、そうか」



 一人のメイド曰く、あの事件以来赤ずきんとヨームが遭遇するといつもこんな感じらしい。仲がいいことは良いことなのだがな。さっき俺に抱きついてきたのもこれの影響か?



「それじゃあネームレスくん、ゆっくりご飯食べてね」

「おかわりを所望するならば、なんなりと注文してくだされ」

「ああ。ご馳走になる」

「じゃあみんな行こう」

「失礼しました」



 ヨームがエッツラ王とメイド達を引きつれてこの部屋から出て行った。ふぅ、騒がしかった。長時間からの起き抜けにあの騒がしさはきついな。……でも、寂しくはないぞ。

 俺は山盛りのサラダを口へ運んだ。

 

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