第21話
俺と魔術師は決闘場の前までやってきた。聞いた話通り、たしかにここらを囲っていた不思議な壁がなくなっているようだ。警備兵達が確かめるように、同時に慌てたようにその壁があったはずの場所を右往左往している様子が伺える。
「ご苦労、お前は警備兵達を連れて城まで戻れ」
「わ、私もせめて魔族のために一緒に……!」
「すまんが、奥の手を使うと敵味方が判別できない場合があってな。気持ちはわかるが、俺を信じろ」
「……そ、そうですか。わかりました」
俺は一人で決闘場の周囲を歩いていく。
そろそろ壁があった場所を超える頃だが……難なく通過することができてしまった。そのまま進み、決闘場の人族側の入り口を見てみた。特に魔族側と作り自体は変わりがないようだ。飾られているものなどは違うが。
俺の素の視力と聴力をもってしてもここからではまだ人族の軍勢が見えない。もっと前に進む必要がありそうだ。俺は便利かもしれないと覚えておいた視力魔法で視力を、聴力魔法で聴力も強化しその状態で人族の土地を踏んでいく。
やがて強化した状態で、武器を大量に持ち、多くの肥大化した魔獣を引き連れた人族の軍が目に入るところまで来た。ここまで半時間は歩いただろうか。本当にこの大人数で弱った魔族を蹂躙するつもりのようだ。……ここら辺で待機しておくとしよう。
「……ん、なんだ? 誰かいるぞ!?」
「は? んな馬鹿な……あ、ほんとだ!」
「なんだ? 魔族か?」
待機を初めて三十分。ついに相手の見張り役が俺に気がついたようだ。こちらは強化した聴力である程度相手の一部が話していることがわかる。相手の兵士の中には、この戦争のどさくさに紛れて稼ぎしようとしている者、性欲を満たそうとしている者、面倒くさがっている者、まともなやる気のある者……様々だ。
滅ぼそうとしている相手にも自分たちと同じように生活、家族、感情があると思ってみたりはしないのだろうか。……しないのだろうな、俺もしないからな。
この広い原っぱにたった一人で佇んでいる俺という存在に違和感を感じたのか、軍勢の中から一個隊が先行して駆け出してくる。他の者達より早い魔獣に乗っているのだろう。思っていたよりも早く俺の側へやってきた。そして俺のはっきりとした姿を見るなり、全員、だらしなく口を開けた。そしてそれぞれ、好き勝手なことを喋り始める。
「た、たしか……ま、魔王……オネムネム……?」
「い、いやぁ、そんなはずないっすよ! だってイフォー様の連絡ではたしかに魔族の姫が魔人を帰還させたって……」
「なんだ、じゃあ幻術魔法か」
「ビビらせるための案山子っすよ! ほら、下衆共が対抗できるとしたら唯一、魔人しかいないですし! しかし、こんな早く手を打ってくるとは、どこから情報が漏れたのか……」
「……なに、俺を偽物だと思っているのか?」
あえて声をかけてやった。殺しても良かったのだが、驚いた表情を見てみたかったためだ。案の定、奴らは目を見開き、目線を俺へ固定させている。
「は……はは……?」
「おい、お前ら。トゥサーク王に伝えろ。勇者イフォーは分身含め倒してしまった、これより先に向かうのならば、俺が相手してやる……とな」
「ひ、ひぃ!」
足を地面に叩きつけ、大きなひび割れを作ってみせた。偵察隊はそれを見るなり方向を反転させ、軍勢の元へ戻っていく。
それからしばらく待つと、偵察隊より何倍もの大人数、軍勢の何割かと言える大軍がこちらへ押し寄せてきた。先頭にはトゥサーク王ではなく、なんだか他の兵士達より豪華な装備を身につけ、ガタイの良い魔獣に乗った人物がいる。
何千人……いや、何万人か? 下手をすれば何十万人という兵士がその偉そうな人物に倣って並ぶ。偉そうな人物が俺の目の前で足となる魔獣を止めさせ、そこから降りた。
「本当に、本物の魔人にして別世界の魔王、ネームレスなのか……」
「そうだと言っている。で、さっきの俺の言葉はトゥサーク王まで届いたか?」
「一応。……信じられないが、あの目のことまで知っているのならば事実なのだろう。まさかイフォーがやられてしまうとは。精神は未熟だったが強さは本物だった」
「まあ、強かったと言っておこう。……それで、お前は誰だ?」
「ワガハイはムダン。トゥサーク騎士団第一部隊の騎士団長をしている。……魔王、お前がここにいる理由を教えろ」
「俺は偶然、運命の流れでここにいるだけだ」
「……そうか」
「もう一度忠告しよう。お前らが魔族を滅ぼしたいというのなら、この俺を倒して先に進むがいい」
「我らが王は……そのつもりだ!」
ムダンと名乗る男は俺に向かって剣を振った。イフォーと良い勝負だろう、かなりの腕前をしている。だがエッツラ王によって強化された俺に対して、勇者でもない者の攻撃など効かぬ。
相手の剣が俺に触れる前に、俺はムダンという男を殴り飛ばした。ムダンは衝撃で空中へ跳ね上がり、そのまま軍勢の中へと消えていく。その瞬間、人族の兵士どもが一斉に武器を構え、大声をあげた。
「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」
「なるほど、今のが開戦の合図となったか」
目に見えていた数万、数十万のの兵士、魔獣、そして空を飛ぶよくわからない虫の大群が俺に向かって襲いかかってきた。あの蟲がヨームの母親を殺した魔蟲というやつらだろうか。友の心が晴れるかわからんが、積極的に潰していくとしよう。
……さて、とりあえずこれだけの多くの敵を相手に奥の手を出し惜しみする必要はないだろう。そろそろ使ってしまおうではないか。なに、自我がなくなるかもしれず、効果が切れたあともしばらく寝込むだけだ。大した問題……ではあるが、仕方ないだろう。
奥の手を使うには、己の情動に任せてポーズを構え、こう叫ぶのだ。
「へんしん……!」
瞬間、俺の視界は暗黒に包まれた。ちょうど、俺の別世界へ移動する能力を使った時のように。ここから先の感覚、姿、形、強化される内容……様々なものが魔王ごとに違う。俺の場合はどうなるか見当もつかない。だが、普段の容姿からかなりかけ離れたものになることは確実だ。
そして気がつけばどのくらいの時が過ぎたかわからなくなった。一瞬だったような、あるいは一日過ぎたようなそんな感覚だ。眠っていたとも言えるかもしれない。闇に包まれた視界、それがだんだんと晴れていく。そして完全に晴れた俺の視界、その先に映るものは……青空だった。
空中にいるような感覚ではない。地に足は付いている。これはつまり、そう、過去の魔王たちが何人かが文献で残していた覚えがある。超巨大化だ。視線を下に移すと、そこには蛆虫程度の大きさの人間共が揃いも揃って俺のことを見上げていた。
「な……なんだこりゃ……」
「は、はは……ば、バケモノじゃねーか!」
「あんなのと戦うのか、俺たちは……」
だいたい俺の今の大きさは、ドーハ城と同じかそれより少し高いぐらいだろう。すこし動くだけでも何十人と死者が出そうだ。まあ、そのために変身したのだが。
喜ぶべきなのは俺の自我が残っていることだ。巨大化できて尚且つ自我が残っているというのは大きい利点だろう。さて、まずはどうしてやろうか。……体になんだか邪魔な飾りなども生み出されているが、使い方がわからん。とりあえずこの軍勢に拳を振り下ろしてみよう。
「うわああああああ!」
「ぎゃあ!」
「ぐあああ!」
土埃をあげ、大量の人間を巻き上げ、地面が抉れた。たった一撃で人族の軍勢に甚大な被害を与えたようだ、この、俺が。強力な補助魔法がかかっているとはいえ凄まじい。
兵士たちの命令で、後方から俺に向かってマナ魔法が放たれた。全て俺に被弾したが痛みすら感じない。この様子だと相手からの攻撃は気にせずに暴れまわれそうだ。唯一気にするべきなのは、この奥の手が解除される制限時間くらいか。まあ、まだ余裕はある。
俺は次に右足を振り回してみた。蹴ったわけではない、振っただけだ。それだけなのだが、たくさんの人間が吹き飛ばされていく。風圧だけで敵を倒せるというのも面白いものだ。
となれば今度は魔法だ。奥の手は身体だけでなく魔力も強化される。試しに土魔法、ギガンランドの魔法陣を今できる限りの大きさで本来作れる倍の量、十個を同時に地面に作成した。それぞれ魔法陣の大きさは見た感じで普段の10倍、いや、もっとあるだろうか。
実際に魔法が発動し、地面から魔法陣と同じ幅の土塊が勢いよくせり出してきた。魔法陣の内側や周囲にあったものは巻き込まれ、打ち上げられる。……魔法をこうして撃っているだけで、全滅させられそうだ。
兵士や魔獣の中には逃げ出す者も出てきた。逃げるならば追わない。いちいち気にしていたら制限時間が来てしまう。
今度はこの空中に舞っているうるさい蟲どもを焼却してやるとしよう。先程からブンブンと俺に効果のない攻撃を執拗に当ててきて煩わしいのだ。俺は蟲が滞空している範囲に魔法陣を広げた。火属性の上級魔法、ギガンフレイム。こいつらに限っては全滅するよう、繰り返し繰り返し魔法を放ってやった。やがて、俺が目で確認できる限りのすべての個体が消え去る。
ふと、人間どもの方に視線を落とすと、見覚えのある顔を発見できた。トゥサーク王だ。……こいつが、エッツラ王とヨームの家族の仇。俺は兵士どもを蹴散らし、気がつけば奴の目の前に立っていた。トゥサーク王は恐怖で顔を歪めながら、俺のことを見上げている。
<久しいな、トゥサーク王よ。我のことは覚えているな?>
この身体で初めて声を出してみたが、勝手に一人称が変わってしまった。それになんだか顔や口から発しているのではないようだ。こもっているような感じがする。まあ、気にするほどのことでもないか。
「……なんで、なんでこの世界にいるんだ! なんでなんだ!」
<簡単に言えば、我はこの世界と俺の世界を自由に行き来できるようになった。つまりだ、今後、魔族には常に我がついている>
「……!」
トゥサーク王はあからさまに顔を青ざめさせた。周りにいるであろう家臣たちも数人が逃げる準備をしている。このまま逃げ帰ってくれれば、俺という恐怖のお陰で魔族が人族に襲われなくなるだろう。
しかし、期待とは違ってトゥサーク王は自身の顔を一発軽く鞭打してから顔を振り、声をどもらせながら俺にこう言ってきた。
「ひ、ひひひ……! お、おお、お前、約束を忘れていないだろうな!」
<約束……?>
「勇者の剣をやる代わりに、こ、ここ、この世界を荒らさないという約束だ!」
<ああ、そのことか。もちろん覚えているぞ。まあ、その約束した本人がこのように世界の半分を荒らそうとしていていたのは驚いたがな>
「は、ははは、それは違うぞ! 統一だ、世界を統一しようとしているんだ! 邪魔者を排除して……!」
<魔族からなにもかも奪いたいだけなのではないか? 土地も資源も、能力も>
「ど、どこでそれを……」
<だから、聞いただろう。我はイフォーに勝利した。そして、この世界には自白魔法という便利なものがあるな>
「ぐ……そういうことか……」
しかしまあ、俺の恩人達、そして友人をよくも邪魔者と言ってくれたものだ。頭にくるな。そうだ、最後に再確認しようではないか。トゥサーク王が本当にヨームの両親を殺めたのかどうか。この答え次第で……俺がこれからこの場でどうするかを決めよう。
<トゥサーク王、我は一つ聞きたい。次期魔王とその妃を魔獣や魔蟲とやらを使って殺めた、あるいは殺めるよう命令したのはお前か?>
「えっ、あっ! イフォーめ、そんなことまで……」
<答えをいえ。正しい、答えをな>
「……ち、ちち、違うぞ! そう、こいつだ! こいつがやったらいいんじゃないかな~~と提案してきたから、それに乗ったんだ!」
「お、王様ぁ!?」
トゥサーク王は自分の隣にいた家臣の一人を指差してそう言った。どっちにしろこいつが関与していたことは事実らしい。それにその家臣やその他の者の様子を見るに奴の言ったことは事実ではないようだ。俺は屈んでトゥサーク王をつまみあげ、手のひらに乗せた。
「わ、わわ、わ、な、なんだ!?」
<我がお前に恨みがあるわけではないがな、俺の恩人は恨みがあるようだ。故に殺す。悪く思うな>
「は、はぁ!? せ、世界を荒らさないって……荒らさないって言ったじゃん!!」
<世界自体は荒らさないぞ。むしろ、荒らそうとしていた者を排除しようとしている。約束は忠実に守っているな>
「そんな、そんな理屈が通るか! お、おいやめろ、やめろ!」
<……まあ、どっちにしろ、残りの兵士達の士気を折るなら頭をやるのが一番だしな>
「えっ」
俺は手のひらと手のひらを合わせる。そしてすぐに手のひらを開けてみると、手には小さな血だまりが出来ていた。さて、逃げ惑ったり叫んだり、いまだに攻撃を続けたりしていた兵士どももみんな黙ったな。これでいい。……そろそろこの奥の手の時間も尽きるころだし、仕上げと行こうか。
<おい、お前ら。そう、今は亡きトゥサーク王の直属の部下……らしきお前らだ>
「は、ははは、はひ! はひ、なんでしょうか! ま、まま、魔人ネームレス様!」
「何なりと、何なりとお申し付けくださいませ! しかし命だけは、命だけはどうか!」
<落ち着け……と言っても無理か。とりあえず先ほどの話は聞いていたよな? 今後も俺が魔族に着くという話だ>
「き、聞いておりましたとも! もちろんですとも!」
<ならば話は早い。意味することはわかるな? 今すぐ全軍撤退させろ。そして今後二度と魔族に手を出すな。滅されたくなければな>
もし、奥の手を使って俺の自我が残っていたのなら最初からこうするつもりでいた。それこそこの人数を全て殺してしまえば世界を荒らさないという約束を破ることになってしまうからだ。
いくらあの愚かな王が相手だったとしても、約束は守らなければな。……まあ、単純にこれだけ相手にするのが面倒くさいだけだが。
「は、はい、はい! そうします、そうさせていただきます!」
「もちろんです、もう、もう二度とそちらの領地に踏み込んだりはしません! な、なんなら人や土地、富も与えましょう!」
<いや、構わん。ただ、これは覚えていてくれ>
「は、はひ……!」
<題名のない魔王ネームレス、その存在と恐怖を>
さて、そろそろ頃合いだな。目の前で元の小ささに戻って仕舞えば今までの脅しは意味がなくなってしまう。去るとしよう。
俺は立ち上がり、人族の軍勢から少しだけ離れてから上空へ思い切り飛び上がった。今の力ならばかなりの距離を飛ぶことができるはずだ。そして思っていた通り、雲を突き抜け天空に出た。
しばらくの対空後、俺の体は斜め前に向かって落下を始める。この体が雲の下に降りたその瞬間、唐突に目の前が真っ暗になった。おそらくこの巨体から青年の身体へと戻るのだろう。実際に縮んでいっているような感覚と落下している感覚の二つがある。奇妙な気分だ。
右も左も前も後ろも上も下もわからないまましばらく時間がすぎると、体に強い衝撃が走って落下している感覚も消えた。……思考と感覚が消えていく……まるで俺が初めてこの世界にきたあの日のように。
やがて、俺の意識は途絶えた。
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