第20話
気絶したイフォーの両足に刃を当て、引き抜く。これでイフォーはもう逃げる事はままならない。そしてすぐさま止血するために左肩、両脚の切断面を軽めの火の魔法で焼いてしまった。その瞬間、イフォーは痛みで目を覚ます。
「ぐ、ぐあ……あ!?」
「よく脚を斬った時に起きなかったな」
「な、何をしているっ!? ぼ……僕の手と足は……?」
「すまんが、暴れられたら困るのでな」
「……やめろ。……これ以上何をする気だ」
先ほどまでとは一変し、恐怖に顔を歪めるイフォー。死にたくない、と続けざまに小声で喚いているが一言それを口にするたび声は薄れていき、ついには唇を動かすだけとなった。俺はイフォーの四肢のうち唯一残った右腕を掴み、背負いこむ。
マナ魔法には自白魔法なるものがあり、相手から強制的に情報を引き出すという。なかなか酷な魔法があるものだ。俺はその魔法がまだ使えんからな。城内で使える者を探さなければ。
「ね、ネームレス様ァ!」
「む。エッツラ王か」
「今そちらにゆきますぞ!」
「は?」
エッツラ王が俺が開けた壁の穴から顔をのぞかせてきたかと思えば、そこから飛び降りてしまった。あの老体であの階層から飛ぶのは流石に無謀が過ぎる。
イフォーを投げ捨て慌てて王を救いに行ったが、それは無駄であることをすぐに悟らされた。王は足から風の魔法を噴出させ、うまく落下しているのだ。彼はふんわりと地面に着地した。
「お、驚いたぞ」
「ご心配ありがとうございます」
慌てて投げ捨ててしまったイフォーを拾いに戻る。敵とはいえ雑すぎる扱いをしてしまった。奴は投げられた衝撃で頭を打ち、気絶しているようだ。再び抱え込み、エッツラ王のもとまで連れて行く。
「勇者だ。なんとか勝てた」
「本当に、ありがとうございます。マナの収集に滞りがなくなったので様子を見てみれば、すでに再び勇者を倒した後だったとは」
「うむ。だがこいつはまだ生きている。今は気絶しているだけだ。煮るなり焼くなり、好きにするといい。自白魔法とやらで情報を引き出すのが一番だと思うが」
「そのようですな」
「そうだ、ひとまずこれを見てくれ」
俺はこの本体であろうイフォーの眼帯を取り去り、エッツラ王に見せるために瞼を軽くこじ開けた。まだこの本体の眼帯は残ったままだったからな。俺の目とは違う色合いの赤い眼が顔から覗いている。
「な、なんと!?」
「驚いただろう。しかしこいつは人族なのだ。勇者の剣を扱えているのは知っての通りだ。……どういうことかわかるか?」
「知っております。しかし、これは魔族の間でしか知られていなかったはず……」
エッツラ王曰く、魔族の目というのは人族へ移植することができるらしい。魔族の人間の死体から目と脳の一部を取り出し、それを口にする。そうすると人族は摂取した魔族の目と同じものが片目に発現し、同じ力も使えるようになる。
人族は基本魔族より魔集力が劣っているが、こうして得た力による魔法だけは元の魔族と同程度まで扱えるのだそうだ。
「人が人の目や脳を食すのか。気持ちが悪いな。俺でもしようと思わないぞそんなこと」
「しかし、この男はどこかでそれを知って、同胞の死体を入手し実行したのでしょう。こうしてできた人族のことを、真族と呼びます。魔族の間のみに伝わる古い伝承によれば、もともと魔族と人族は一つであり、真族こそが我々本来の姿だったとか……」
両目が碧くマナに優遇されている人族と、片目が変色しておりマナの扱いは長けている魔族で別れた理由は諸説あるらしい。説がありすぎてエッツラ王でもどれが真実が把握できないほどだそうだ。
ちなみに真族と魔族の間にも見た目でわかる違いがあるとエッツラ王は言った。実は、魔族は髪の毛の一部が片目の色と同じになるのだ。しかし真族は目だけで、魔族のようにはならないらしい。たしかにヨーム達は一房だけ髪の毛の色が変わっているが、イフォーは目だけが赤い。
「……む? そうじゃネームレス様。もう一度、勇者の瞼を開いていただいてよろしいですかな?」
「ああ、何か気がついたのか?」
「少々確認したいことがございまして」
「わかった」
エッツラ王の頼み通り、俺は再びイフォーの瞼をこじ開けた。王はその目を覗き込むように顔を近づける。しばらくして彼は口をあんぐりと開け、よろよろと数歩、後ずさりをした。
「赤い目、まさかとは思ったが……そのまさかだったとは……」
「何があった?」
「この勇者の持つ魔族の目が、ワシの義息……つまり、ヨームの父親のものなのですじゃ……!」
「判別がつくのか?」
「知識さえあれば。指紋が人によって違うようなものじゃからな」
「シモンがわからんが、まあいい。とりあえず勇者の目が、元次期国王であった者の目で間違いないのだな?」
「ええ、たしかに」
次期魔王ことヨームの父親は、ヨームの母親の病気を治すために薬を求めて旅をし、命を落としたと教えられた記憶がある。それが色々あって勇者の元にたどり着いたわけか。いや、もしかしたら人族達がヨームの父親自体に何かしたんじゃないか。まあ、どれもこれも自白させれば済む話だが。
「とりあえず自白魔法を使える者の手が空いているといいな。下手をすればまだ俺が取り逃がした分身がいるかもしれん。警戒のためにも情報は早く手に入れなければ」
「なるほど、目の魔法を活用して勇者はネームレス様と戦ったわけですな。苦戦したでしょう。この目の元の持ち主は分裂魔法の天才じゃった。……こうなればワシが自白させた方が早いですな」
「なんだ、できるのか王よ。では頼んだ。なるべく俺は漏らさず聞き、記憶に留めるようにしよう」
イフォーを地面に降ろすと、エッツラ王はその首を片手でがっしりと強く掴んだ。そして手のひらからミルク色の光が発せられる。これが自白魔法のようだ。
この状態で訊きたいことを問いかければ、対象は答えてくれるらしい。また、制限時間やどれほど情報を引き出せるかは魔法の使用者によるエッツラ王は言ったが……彼はこの魔法を唱える際、はっきりと『第八十七項目魔法』と言っていた。87……ま、まあ、それだけ強力だったらなんでも聞き出せるだろう。
「まずはなにを聞こうかの……」
「その目を手に入れた経緯なんてどうだ。その次に何を企んでいるのか聞けば良いだろう」
「ではそれでいきましょう」
エッツラ王がよりマナをこめつつ、イフォーに目をどうやって手に入れたか問いかけた。気絶したままのイフォーは喉というよりは脳から絞り出すように声を出し、少しずつ喋り始める。
現在、二十五歳であるイフォーが九歳の頃のある日。すでに勇者として選ばれていたイフォーの前に、人族の現国王であるトゥサークが魔族の死体を持ってきた。そしてある計画のため魔族の死体の目をイフォーに移植し魔族特有の魔法を使えるようにしたいと言い出したらしい。当時子供であったイフォーであるが、どうやら二つ返事で了承したようだ。抵抗感とかはなかったのだろうか。
そうしてトゥサーク王達はイフォーに目を移し替えようとしたが失敗。なんども試みて、なんども失敗した。その失敗が積み重なった結果、イフォーの片目は見えなくなった。
度重なる失敗に激しく怒りを覚えたトゥサーク王を鎮めようと考えたイフォーは、敵である魔族の死体を屈辱的な目に合わせるということを思いついた。そしてトゥサーク王の目の前で死体の心臓をえぐり取り、口に含み、笑いながら咀嚼してみせたのだという。
その途端、急に見えなくなった眼球が激しく痛みだした。しばらくしてその痛みが引くと、目が魔族のものになっていたらしい。視力は失ったままだったようだが。
心臓も人族に魔族の力が移る鍵となる部位であったことはエッツラ王も知らなかったようで、イフォーからそのことが告げられた時に目を丸くした。つまり人族は偶然、真族になる方法を見つけ出したわけだ。
続けて人族がどうやって魔族の死体を手に入れたのかも聞いてみた。生きている魔族や人族は決闘場にある見えない壁をお互いに超えられないことになっているはずだとエッツラ王は呟く。
イフォーも詳細は知らないらしいのだが、魔法で魔獣を操作することで、事前に嘘の情報でおびき寄せた魔族を殺したのだとトゥサーク王から聞かされているようだ。生きている人間以外なら見えない壁は効果がないらしい。つまり、ヨームの父親を殺したのは……。
「ヨームになんと言えばいいか。まさかあの男がワシの義息の、ヨームの父親の仇だったとは。いや、内容からして娘の病気もあるいは……」
「王よ。その、赤ずきんを失ったばっかりのヨームに伝えるべきではないと俺は思う。酷ではあるが、必要な酷だ」
「そうですな……。とりあえず今年中に話すことではありますまい。次、訊きましょう」
「ああ。何か計画があるとはっきり言っていたしな」
改めてエッツラ王はイフォーに、なにを企んでいるのか、これからなにをするのかを訊いた。先ほどより言いづらそうな仕草を見せながらも、イフォーは言葉を連ねていく。
結論から言えば、どうやら人族らは魔族の制圧を考えているらしい。そもそも勇者と魔人が代理で戦うのは、魔族を襲いたい人族と、それから身を守りたい魔族が戦争を行うことによって互いに被るであろう被害を最小限に抑えるためであり、イフォーが話したその目的は昔ながらのものと言える。
しかし、今代はさらに事情が違う。人族にとって魔族を襲うことで得られるものは資源や土地だけではなくなった。魔族の心臓を食えば人族も特殊な魔法を使える。人族は長年、魔族の魔法を羨ましがっていたらしい。つまり、人族は魔族の持つ文字通り全てを手に入れ、この世界を「魔族の力を持った人族」で統一しようとしているわけだ。
そして今日が、それを実行する日だったのだ。
決闘で敗れた勇者はこの魔族側の城内でしばらくの間拘束される。その決まりを逆手に取った。イフォーの目による魔法は分身だけではない。分身した身体は他の身体のそばに瞬時に移動させることができるという。エッツラ王曰く、本来そんなことができるのは分身魔法を鍛えに鍛えた次期魔王だけ。やはり間違いなくイフォーの目はヨームの父親のもののようだ。
そしてイフォーがこの城に潜入した目的は二つ。一つは城内から暴れまわり、魔族を混乱させること。そしてもう一つは契約書の破壊。魔族にとって魔人に見せられないほど重要な物が眠っているという、黄色い部屋に入っていた代物がどうやらその契約書だったらしい。
契約書は大昔に魔族と人族の王によって膨大なマナが込められて作られた、お互いの種族間における破れない決まりごとを連ねたもの。勇者と魔人の戦い、そのルールや決闘場を境にした見えない壁の存在もその契約書によって定められている。
つまり契約書さえ破壊してしまえば、人族と魔族は直接、戦争ができるようになる。そして人族と魔族が戦争を始めればそれだけで、マナの吸収が優先される人族の勝つ確率が高くなるのだ。
とんでもないことを考えたものだ。トゥサーク王め。俺と、この世界を荒らさないという約束をしておきながら、自身はこの世界を混乱に陥れようとしている。そして実際に奴らの思惑通り、城は大混乱起こし、契約書は破れているわけだ。
「まさか、もうすでにトゥサーク王は戦争を起こそうとしていおるのか!?」
「その通……り。もう、大軍を引き連れて……王様は、こちらに向かってきて……いる。魔族が滅び、人族に吸収されるのも……時間の……問題。マナ枯渇病を引き起こす魔蟲や強力な魔獣の開発。僕達はずっと、この日のために準備してきた……」
「なんということじゃ……!」
「魔獣の開発? まさか数ヶ月前に街を襲ったツノシシはお前らが作ったのか? 詳しくきかせろ」
「たぶん。……そういえば、王様は試験的に魔族に何回かにわたって開発した魔獣をけしかけてみるって……言ってたっけ。……あ、あと……マナ枯渇病を起こす魔蟲は……十七年前に完成させていて……それで魔族の王妃を暗殺したんだって自慢してくれて……」
「っ……!」
エッツラ王からとてつもなく強大な何かを感じる。いや、実際に地面が揺れ動いている。勇者による俺の質問への回答のせいだ。エッツラ王の先程の予想通り、王妃までトゥサーク王の手によって殺されていたとは。
王の怒りが爆発した……それどころの話ではないだろう。勇者の喉へ当てている手に、老人とは思えないような力が込められてるのがわかる。
「貴様ら……! 貴様らッ……!」
「うっ……ぐっ……」
「わしは、ワシは許さん、絶対にッ……!」
「がはっ……」
「よくも、よくも、ワシの大事な娘を! 大事な跡取りを! よくもッ」
俺が知ってるエッツラ王とは別人だ。まあ、当然だろう。俺も普通に人間であって、彼と同じ立場なら怒りを抑えれる自信はない。
ふと、こちらへ駆けてくる足音が聞こえた。そちらに顔を向けると、鎧が一文字に切り裂かれている兵士が俺たちの方へ向かってきているのがわかった。
イフォーに斬られたが、俺の魔法か今も城内でまわってる者達によってうまく回復してもらったのだろう。ともかく、どうやら彼は酷く慌てているようだ。汗が滝のように流れている。
「おい、どうした?」
「ほ、ほんとうにネームレス様がいらっしゃる!? そ、そんなことより大変ですっ! ……って、ひ、ひぃ!?」
やってきた兵士はマナが溢れでているエッツラ王を見て悲鳴をあげた。それも仕方あるまい。手に握ってあるのは勇者の首であるわけだしな。
「あー、王は取り込み中だ。俺が代わりに話を聞こう」
「えっ……あ、はっ! 決闘場付近で警備をしている視力魔法を持つ者から連絡です! な、なんと人族側から兵士と魔獣の大群が……しか、しかも、壁が消されているようで……!」
「やはりそうなるか。あいつらが決闘場に着くまでどのくらいの時間がかかりそうだ?」
「わ、わかりません! しかし、そう時間はかからないかと……どどど、どうしましょう!? 城内も何やら混乱していますし、やっと王様を見つけたと思ったらものすごいお怒りになられていて何がなんやら……!」
「まあ、落ち着け」
本格的に魔族を滅ぼしにきたようだな。この状況、今すぐ軍を率いて人族と対峙するのは無謀に等しいだろう。完全に奴らの作戦通りだ。かと言って抵抗しなければ魔族は間違いなく全滅させられる。なにせ心臓自体が目的なのだから。
俺はどうすればいい? いや、答えは簡単だ。もともと俺……魔王は世界を一つ自分の手中に収めるために生まれてきた存在。俺一人で人族と開発されたという魔獣を全て相手にすればいい。
やはりどれだけ返しても、この命を救ってくれたという恩、俺に再び伝説を残すチャンスをくれたという恩は返しきれない。そして俺がこの絶妙なタイミングで再びこの世界にやってきたという運命。面白い、この流れにのってやろう。
「……俺が行く」
「ね、ネームレス様が指揮をとられるのですか!」
「違う、俺一人で行くと言っているんだ。俺を誰だと思っている?」
「ま、魔王……」
「そう、俺は魔王だ。できないことなどない」
「し、しかし……!」
「……ん?」
地面の揺れが収まった。エッツラ王が勇者の首に込めていた力を緩め、俺の方を見ている。どうやら今の話、全てきちんと聞こえていたようだ。彼はゆっくりと俺に問いかけた。
「ネームレス様、本当にお一人で向かわれるおつもりですか?」
「当然だ。なに、俺には奥の手がある」
「……本当に、お恥ずかしながら我々は今、ネームレス様に頼るしかありません。……どうか、どうかよろしくお願いします」
「しっかりと仇もとってきてやる」
「……はいっ」
「おい、兵士。決闘場まで移動魔法が使える者をここへ呼べ。すぐに向かう」
「は、はっ!」
兵士は慌てて城内へと戻っていった。
エッツラ王が勇者の首から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。彼は怒りを通り越し、落ち着いた表情で俺を視界に捉えている。言葉に出していないが、その目線で語りたい内容は大体わかる。
「ネームレス様、ワシはこのくらいしかできません。失礼します。……第百項目魔法ヒール・ハンドレッド。第百項目魔法パワー・ハンドレッド。第百項目魔法クイック・ハンドレッド。第百項目魔法ハード・ハンドレッド」
マナ魔法最高レベルの魔法を苦もなく連続してエッツラ王は唱えた。俺の体に、力が溢れるのがわかる。俺の魔力魔法とマナ魔法による重ねがけなど比べ物にならないくらいだ。
この状態なら、今の俺でも過去の魔王の誰かと戦って勝てる可能性すらあるな。こんな力をエッツラ王が持っていたとは……。ああ、間違いなくたしかに、彼はこの世界の魔王だ。
「ふははは、なぜ人族が魔族を下に見ているかわからんな!」
「……そうですかな?」
「これなら負ける要素がない。なにせ、奴らは魔王を二人同時に相手することになったからだ」
「それは言えてますな!」
「さて……来るか」
俺とエッツラ王の側に、アルゥ姉妹の部下と思われる魔術師が瞬時に現れた。紫色の目。たしかに移動魔法の使い手のようだ。では、向かうとしよう。人族を倒しに。
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