第19話

「とりあえず五人でなぶり殺しにしよう」



 真ん中の二刀を持ったイフォーは指が指を鳴らすと、残り四人のイフォーが俺に向かって手のひらを向けてきた。



「「「「第十一項目魔法バインド・イレブン!」」」」



 全く同じ声、同じセリフが四重で響く。奴らの手のひらから出てきたのは何十本かある鉄の鎖。それら四人分が身構えようとしていた俺に襲いかかってくる。そして俺の腕、脚、腹、首はそれらに縛りつけられ身動きが取れなくなった。

 鎖を出した四人は、その手のひらを地面にかざした。どうやらこの魔法は縛ったあとに地面に打ち込むことで手元から離し、維持することができるようだ。



「次だ」

「「「「第十二項目魔法アイス・トゥエルブ」」」」



 放たれた氷結の魔法は拘束している鎖ごと俺の体を飲み込み、この練習場につなぎとめるよう氷漬けにしてきた。まだ鎖だけならすぐにも引きちぎれそうだったが、これでしばらくは抵抗ができなくなってしまった。小癪な。



「よし、それじゃあ始めようか。……魔王ネームレス。僕の本当の本気を見せてあげるよ。僕の分身一体程度に勝ったことが、どれほど小さなものだったか思い知らせるためにね」



 ということは俺が決闘場で戦ったのも分身だったのか? 殺される可能性もあるからそうしたのだろうが。……いちいち疑問に思っていても仕方がない。こいつには問いただせばいいだけのこと。ここから脱せればの話だが。

 二刀持ちの本体だと思われるイフォーが、両方の剣を地面に突き刺し腕を組んだ。残り四人のイフォーは一人ずつそいつの左右の肩、脇腹に触れていく。



「第二十二項目魔法ハード・トゥェンティセカンド」

「「「「第十一項目魔法ハード・イレブン」」」」



 マナによる補助魔法は自分以外からなら重ねがけできるとは知らなかった。マナ魔法と魔力魔法で二重がけできることは優位だと思っていたのだがな……。分身を使って五人分か。軽く超えられてしまった。



「第二十四項目魔法クイック・トゥェンティフォー」

「「「「第十二項目魔法クイック・トゥェルブ」」」」

「第二十六項目魔法パワー・トゥェンティシックス」

「「「「第十三項目魔法パワー・サーティーン」」」」



 よく聞けば本体と思わしきイフォーだけ他のイフォーより二倍の強さの魔法を唱えているではないか。分身となると自身の持つ力がいくらか弱くなるのだろうか。先ほどのくらった剣戟も決闘場の時よりいくらか練度が上がっていた気がしたし、恐らくそうなのだろう。

 しかしまあ、悠長に魔法を唱えていてくれたからな、そろそろ氷と鎖の両方を内側から砕くことができそうだ。少し時間がかかってしまったが、これくらいで捕らえられるほど魔王の力は甘くはない。……よし、いける。



「う……うおおおおお、うらああああああああ!」

「なっ……!?」

「あの拘束から出られるだと!?」

「ふぅ。さて、これからが本番か?」



 む……よく見たら二刀のイフォーが地面に突き刺した剣ごといなくなっている。まさか。



「死ね」

「ぐおおお!」



 俺の背中に強い衝撃が走った。勢いよく前に押し出される。後ろに回り込まれ斬られたようだ。身体に傷自体はつかなかったが、悶えたくなるほどの痛み……補助魔法の重複による効果が洒落にならん。



「……今ので傷がつかないだって?」

「嫌になるね、どれほど頑丈なんだか」

「でも効きはしたようだ」

「くっ……ギガンディフェンド、第七項目魔法ハード・セブンス!」



 防御の補助の重ねがけ。これで多少はマシになるといいが。この状態で敵から攻撃を食らったことはないからな、どの程度防げるようになるかはわからない。

 


「連続で浴びせてやる。……はぁあああ!」



 二刀のイフォーが再び斬りつけてきた。集中していたら動きがギリギリ見える、そんなスピード差だ。俺も自分の勇者の剣を引き抜いて応戦したかったが、そんは暇はない。故に相手の頭部への打ち下ろしの攻撃を両手を腕で受けるしかなかった。


 腕全体にジンとした痛みが響く。だが、なるほど、補助魔法のおかげで悶えるほどではなくなった。余裕とはいかないがかなりマシになっただろう。涼しいフリをするくらいはできる。

 イフォーはもう一本の剣で俺の脇腹をめがけて打ってきた。その剣は先ほど爆発魔法を含ませた方だ。俺は横に転がってその攻撃を避けた。より頑丈になっているとはいえ避けられる攻撃は避けたほうがいいだろう。

 


「ふっ、やっ、はっ」

「うっ、ぐっ……ふんっ!」



 すぐさま立ち上がると、先に宣言してきた通りに二本の剣をうまく操って続けざまに攻撃をしてきた。

 一方で俺はまだ大半を食らってしまうものの、だんだん被害が少なそうな身体の部位で受けられるようになってきている。目がヤツの速さに慣れてきたのだろうか、それとも、一人での剣の練習が実を結んだか? まあ、どちらでもいいか。


 とはいえ受け続けるだけではこいつを倒して情報を吐かせることができん。そろそろ俺も攻撃に転じるとしよう。



「くっ……第八項目魔法パワー・エイス、ギガンエキサイト!」

「くるか!」



 俺はイフォーが攻撃してくる瞬間に合わせて、大振りで力をこめてパンチを打った。だが反撃が来ると瞬時にやつは悟っていたようで、勇者の剣二本を重ねてその刃で受けられてしまう。

 バリン、という音がした。どうやら今の一撃は重ねられたうち表側の勇者の剣を折ることができたようだ。



「ちぃ……!」

「さて、俺も剣を使うとするとするか」



 やっと俺は鞘から自分の勇者の剣を引き抜けた。よし、あの日の試合をより鮮明に思い出し出させてやるとしよう。例の技でな。



「ソードダークネス」

「……!」



 俺は剣に魔力を溜め、投擲した。久しぶりに敵に向かって撃つ黒い雷撃の剣はあの戦いの時よりも勢いよく飛んでいく。魔力魔法が上級まで使えるようになってからこの技の威力も上がったのだ。また、俺自身の速度・力をできる限り上昇させているのも勢い付いている要因の一つだろう。


 そのままソードダークネスは城の方まで飛んでいき、壁の手前で失速。そしてその壁に突き刺さって動きを止めた。鍛錬しているうちにソードダークネスはこのように、必要な分だけに威力の調節できると判明したのだ。おかげで無駄に物を破壊せずに済むようになった。



「お、お前っ……! よくも僕を!」

「二人しか殺せなかったか」



 今のソードダークネスで狙ったのは主たるイフォーではない。俺とこいつが戦っている間にコソコソ互いに補助魔法を掛け合って参戦の準備を整えていた分身体のイフォーに向かって撃ったのだ。

 まあ、すでにできるだけの全補助魔法を受けていた二人には回避されてしまったがな。こうして分身体を殺していけば単純に戦力も減るし、隙を見てヨーム達の元に向かわれるということもないだろう。



「……だが剣を手放したのは悪手だったな。やれ!」

「勇者の剣よ、我が手に!」



 分身体のイフォーの一人が手を挙げ、俺が飛ばした勇者の剣を呼んだ。しかし、俺の勇者の剣は元の持ち主の言葉に反応しない。うんともすんとも言わないのだ。

 


「な、なんで……」

「剣よ、来い」



 今度は俺がそう呟くと、城の壁に突き刺さっていた俺の勇者の剣は柄をこちらに向けながらまっすぐ飛んできた。用意してやった手の中にすんなりとおさまってくれる。



「な、なぜだ! その一本だって、僕が分裂させたもの! なんで魔王なんか、それも別世界の奴を所有者として認めているんだ!」

「別世界に移動したことによって、そういうのが全部書き換えられたのだと俺は思っている」

「そんなことが……」

「まあ、憶測に過ぎないがな」



 正直、イフォーの一人が剣を呼んだ時はひやりとしたが。もう完全にこいつは俺のものになったようだ。ならばもう勇者の剣などではない、今後は魔王の剣と呼んでやろう。



「よ、予想外だったけど、いいさ。勇者の剣なんていくらでも増やせる。こんな感じでね」



 イフォーは折れた剣をそこらへんに捨て、空いた手に新しく同じものを生成した。そしてイフォー達全員、それぞれ構える。

 本体らしきイフォー以外からの攻撃はさほどダメージを食らわないだろうが煩わしいことには変わりはない。



「いくぞネームレス! はあああああ!」

「はああああ!」

「はあああ!」



 二刀のイフォーが目の前から消え、別のイフォーが目の前に現れる。それと同時に左肩、臀部、首元に痛みが走った。いや、痛いと認識した次の瞬間には新しい痛みが発生している。全身滅多打ちといったところか。好き勝手してくれる。

 ……そろそろ俺も補助以外の魔法を使うとするか。



「ギガンサンダーッッ!!」

「離れろっ!」

「くるぞ!」



 イフォー達は同じタイミングで後ろに下がった。しかし、俺の唱えた魔法は発動しない。いや、正しくは発動しているのだがまだ効果出ていないだけだ。



「……ハッタリか?」

「いや、ハッタリなんかじ……ぐあああああああ!」

「が、ぐがあああああああ!」

「なっ、なにがどうして……ぐうああああ!?」



 三人の身体を中心に雷撃がほとばしる。こいつらは全員、後ろに下がった時、俺が張り巡らせた魔法陣をくぐってしまった。だからこうなったのだ。


 俺の世界の魔法、魔力魔法は敵に魔法陣を潜らせることで効果を発揮させるという方法もある。マナ魔法と比べたらわかるが、魔力魔法に足りないのは即効性だ。これは即効性を出すために過去の魔法使い達が編み出した戦法である。魔法陣を潜った対象の内側からその魔法が発動するのだ。攻撃型付与と呼ばれている。


 自身や武器への付与と勝手が近いため、編み出された当初は自分にこの攻撃型付与をしてしまうという事故が多発したらしい。実のところ俺も練習中に二、三度やらかしてしまった。だが本番で成功すればいいのだ。

 魔法名をわざと大声で唱えて回避行動をさせ、その回避行動により彼らから見て後方、囲むよう設置した攻撃型付与の魔法陣を潜らせる。……ふははは、俺の作戦勝ちだ。

 

 

「ぐ……あ……」

「ぎぃ……」



 イフォーが二人倒れこみ、動かなくなってしまった。肉を焼いた匂いが蔓延する。だが二刀のイフォーは辛うじて耐えてくれたようだ。本体に死なれたら尋問ができなくなるからな。好都合だ。

 その残り一人となったイフォーは手に持っていた両方の勇者の剣を地面に突き刺し、体をあずけている。



「はぁ……はぁ……なんだ……いまのは……」

「俺の世界の魔法だが?」

「くそっ……第二十五項目魔法ヒール・トウェンティファイブ……はぁ。くそが……」


 

 ダメージは抜けきっていないようだが、今の回復魔法で動けるくらいにはなったようだ。イフォーは剣に預けていた体を辛そうに起こし、一本だけ地面から抜いた。俺に向けてその勇者の剣を構えるが、表情にはひどく疲れが見える。

 ……それも当然だ。今のダメージに加え、自分を五人に分身させ、その分身と一緒に全員で補助魔法を連発する。こんなことを短時間で繰り返したのだ。疲れないはずがない。



「そろそろ終わりのようだな?」

「ま、まだだ……僕はお前を殺す、もう一度姫や王も嬲り殺す! 魔族全員ぶっ殺してやるんだ! 僕の人生をかけて準備してきたんだよ。こんなところで……終わってたまるか! うおおおおおお!」



 イフォーは手に持っている勇者の剣をマナを注入しながらなぞり始めた。腕が剣の腹を何往復もしている。……どうやら様々な魔法を手当たり次第に勇者の剣に注入しているようだ。もはや剣の腹の色がとんでもないことになっている。次の一撃に全てをかけるというのか。



「はぁ……はぁ……これで、これでお前が、終わりだああああああ!」



 イフォーは腰を深く下げ、突進のように俺に向かって突っ込んできた。補助魔法は消えていない。凄まじい速さだ。だが、あまりにも直線的だ。流石の俺でもどこに向かってくるかがすぐにわかった。

 俺は勇者が動き始めたと同時に、魔王の剣を前に突き出しておいた。イフォーはその突き出した剣に自ら突き刺さる。



「ぎ、ぐがっ!?」

「ほう、肩に刺さったか……ん?」



 俺の方が手が長い。リーチがあるというやつだろう。故にイフォーの攻撃は届かないと思っていたが、距離感覚を誤ってしまったようだ。剣の先端が腹に軽く突き刺さっている。刺された部分から血が流れてきていた。


 大したダメージではないが、防御魔法までかけたこの俺の体に最後の最後で明確な傷を負わせたのだ。単純な動きをせざるおえないほど疲労した状態で助かった。もっと早く同じことをやられていたら……また腹に大穴を開けられていたことだろう。



「ふ……」

「う……ぁ……」



 俺は奴の肩に突き刺さっている魔王の剣を、斬るように振り抜く。左肩より先が胴体から離れた。それと同時に白目を剥き、勇者の剣から手を離し、イフォーは倒れ込んだ。

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