第18話

 ……流石にだめかと思ったが、今、オンドの手がピクリと動いた。



「あんな状態でも生きているものなのだな」

「ネームレス様っ……!」

「わかっている、今やる」



 オンドの腹に突き刺さっている剣を抜き、壁から降ろしてやってから回復魔法をかけた。その後にアルゥ姉妹も助けてやる。

 この三人だけ他の者より受けた傷が大きいため、斬られる前にいくらか抵抗した可能性がある。

 話を聞くため番兵とモクドに三人を起こしておくように言い、俺は他の負傷した者達を治療してやった。この大広間で倒れている全員を回復し終えた頃にオンドが目を覚ました。



「く、クソが……!」

「あまり喋るんじゃないオンド」

「だが、親父、俺はやられちまったんだ……あのクソ野郎に……!」

「体の調子はどうだ」

「ネ、ネームレスサマ!?」

「俺がいる経緯は今訊くなよ。手短にこの事態を話せ」

「あ、ああ……」



 オンドはこの大広間で何があったかを話した。どういう経緯かは知らんが、ゴージィと外へ出かけようとしていて大広間まで来ていたオンドは件の勇者のような者と遭遇。その場にいた者へ襲いかかってきたため近くにいた兵士や、アルゥ姉妹と共に応戦したそうだ。しかし結果は惨敗。体に力が全く入らなかったそうだ。


 俺がこの世界の勇者と対峙した際の、魔族側の観客席の様子を思い出す。マナを全く摂取できないと魔族は魔法が出せないだけでなく体調もすぐれなくなる。

 しかしそこまでマナが不足してしまうのは勇者の剣の力を使った場合くらいで、普通の人族が側に居る程度では魔集力が下がるのみのはずだが……。



「そうだ、ゴージィは!?」

「お前と一緒に回復させておいた」

「そ、そっか……。よかった。なぁ聞いてくれネームレスサマ。ゴージィは斬られる前に、あの勇者が本物であるかのように言っていた」

「アルゥ姉妹はマナを探ることに関しても魔族の中でトップレベル。彼女が言ったのなら間違いありませんな」

「……本当に本物の勇者ということか」



 としても普通、牢からそんな簡単に逃げられるようなものなのだろうか。しかも俺はエッツラ王に注意をするよう言っておいた筈だ。

 それにそもそも、人族も魔族も互いに互いを傷つけ合うことは契約書とやらによりできなかった記憶がある。ならば、なぜ人族の勇者はここまで魔族を傷つけることができるんだ? 

 そしてこの大広間からヨーム達の部屋へ向かうのに大して時間はかからない。……いよいよマズイな。



「とりあえず俺はヨームと王の部屋へ行く。モクドとオンドよ、アルゥ姉妹を叩き起こし、まだ俺が治療していない負傷者を探して回復させろ。番兵も四人を手伝え。いいな?」

「ネームレス様お一人で向かうつもりですか?」

「なんなら俺もいくぜ!?」

「いや、俺は体調管理をマナに委ねていないからな、一人で行った方がいい」



 そういうわけで、この場をオンドとモクド、そしていままでついてこさせた番兵に任せ、俺はヨームと王の部屋へ向かった。そこらに多く転がっている負傷者を治療しながら急ぐ。

 本当は一直線に彼女の元へ向かいたいが、そのために死にそうな者を無視したら後でなんと言われるか分からない。きっと酷く悲しそうな顔をし、そのことで長く苦悩するだろう。そういう娘だ。


 やがて俺はヨームの部屋の前へと辿り着いた。ここの番をしていたであろう兵士が斬られ、薄い呼吸で朦朧としている。部屋の戸は開きっぱなしだ。……どうやら遅かったようだ。



「ぎっ……うっ……がっ……!」

「やめるんじゃ、後生じゃから、やめてくれ……ワシはどうなってもいい、ワシ、ワシを痛めつけてくれ! ヨームの分も全部請け負うから、頼むから……ヨームを離してくれ……もうっ……もう……!」



 誰のものかわからない声にならない苦痛の声と、エッツラ王の悲痛な叫びが混じって聞こえてきた。ここからでは部屋内の様子が見えない。俺はヨームの部屋へ突入した。


 ……久しぶりにこの世界に来て、こんな事件に巻き込まれて幾ばくか混乱していた俺の頭を、さらに惑わせるような光景が広がっている。


 窓際には大量の血液が付着しており、上半身と下半身が分かれている赤い頭巾を被った人間の肉片。

 ベッドの前には薄茶色の長い髪を揺らしながら楽しげに足踏みをしている眼帯をした男。

 その足元には、手足を拘束され顔を踏み潰されている少女。

 クローゼットの横には同じく手足を拘束され頭を地面に擦り付けながら眼帯の男に乞いている老人。

 


「こんなもんでいいかな? さて、これで最後の一発」

「ぎあっ……!」

「ヨーム!」



 眼帯の男は、血で全てが朱色に染まっている、俺が持っているものと同じ型の剣を引き抜き、顔を踏んでいるその少女の腹に剣をおもいきり突き刺した。柄が食い込みそうなほど押し込んでいる。

 男が剣から手を離し少女の顔から足をどかすと、少女は痙攣を始めた。男は笑いながら突き刺した剣の柄を再び掴み、勢いよく引き抜いた。



「……うそ、これでもまだ生きてるの。魔族、特に魔集力が優れている王族はとんでもなくしぶといって噂は本当だったね」

「ヨーム……あ、ああああ、あああああ……!」

「でも放置すればさすがに死ぬか。そのあとハリツケにして国民に見せつけだ! さてこの世界の魔王様、次は貴方のば______」



 気がつけば俺は敵に向かって飛びかかっていた。今までにないくらい正確に、ヤツの頭を勢い良く蹴り抜く。魔王キックだ。

 おもいきり飛んで行った敵は顔面から壁に飛び込み、その壁には血しぶきや中身が広がった。この魔王が殺すつもりで蹴ったのだ。確実に死んだであろう。



「……あ……は……あ?」

「……遅かった、すまない」

「だ……は? ね、ネームレス様……じゃと……?」

「そうだ。……とりあえずヨームからなんとかしよう」



 自分がなぜここにいるかを話すより先に、ヨームをどうにかしなければならないだろう。俺は未だ床で痙攣を続けている顔のなくなった彼女を抱きかかえ、今残っている魔力を全て使うつもりで、マナ、魔力、両方の回復魔法をかけてやった。


 結局魔力を使い切る前に彼女の痙攣は収まり、肩から腹へ斜めに付けられた傷跡、先ほど貫かれた傷跡、顔の状態が元に戻った。欠損はどこにもないと見える。呼吸も安定した。当然だ、この俺が全力で治療したのだから。綺麗な顔は綺麗に戻った。

 意識を失っているヨームをベッドに放り、今度はエッツラ王に歩み寄った。



「王はそれほど傷を負っていないのか」

「本当に、本当にネームレス様……か?」

「ああ、本当に俺だ」

「なぜ、なぜじゃ? なぜネームレス様も勇者もここにいる? 何が起こっておるんじゃ……?」

「……勇者はわからんが、俺がここにいる理由は落ち着いたら話してやろう。さて、一応回復したぞ」

「……ヨーム!」



 拘束を解いてやると、エッツラ王はベッドに横たわっているヨームの元へ駆けた。そして震える手で彼女を抱きしめる。

 その瞬間、ヨームは目を覚ました。瞼が開き、碧い目と黄金の目が現れる。たしか目も潰れていたが、ちゃんと治ったようだ。



「おじいちゃん、私は……?」

「お、おおお、おおおお」

「……え、なにこれ、なんでこんな……えっ?」

「久しぶりだな、ヨーム」

「ね、ネームレスくんっ!? どうして……」

「それは追い追い」



 ここにきてから最も聞いた言葉が「どうして」「なぜ」かもしれんな。仕方ないが。

 ヨームはまだ俺がいることに頭が追いついていない呆然とした表情で王に抱きしめられながら辺りを見回す。そして、赤ずきんが真っ二つになって横たわっている窓際と、勇者が突き刺さっている壁を見た。



「……そうだ! 私……」

「赤ずきんは……魔族のようにマナで生命維持しているわけじゃないからな……」



 そう、赤ずきんは確実に手遅れであった。魔族が上半身と下半身を二つに分けられても、今までの様子を見るにまだなんとかなった可能性はある。しかし人族はダメだ。呼吸も痙攣もしていない。


 俺は後でヨームが悲しまないよう、通りがかった場所に倒れていた者は助けてきた。しかしその結果間に合わず、ヨームの大事な友人の一人が帰らぬ者となってしまった。

 ……どうするのが正解だったのだろう。俺にはわからない。それとも、もっと早くこの世界に来ていれば良かったか? こんなこと予見できるわけでもないが。


 ヨームは目から大粒の涙を流し、エッツラ王から離れると、赤ずきんの上半身の前に立ち、それを抱き上げた。



「赤ずきん……あか、あ、ああああああああああ、うわあああああああああああ!」

「……俺はどうしたらいいかわからない。下半身と上半身をくっつけることはできるかもしれんが」

「……せめて、そうしてやりましょう」



 エッツラ王は赤ずきんの下半身を臓物がこぼれないよう丁寧に比較的広い空間へと連れて行くと、ヨームに上半身をうまく合わせるようにいった。

 ヨームは泣きながらエッツラ王の言う通りに赤ずきんの上半身を、綺麗に下半身に合わせる。そして、エッツラ王は赤ずきんの死体に手をかざしながら、魔法を放った。彼のもつ黄緑色の目の、再生魔法だ。

 赤ずきんの身体は上下完璧にくっついた。



「この子は、あの勇者の最初の剣戟からヨームを守ってくれましたのじゃ」

「……そうか。実に、家臣として立派ではないか」

「そうですのぅ……」



 身体は元に戻った赤ずきんの冷たそうな手を握り、再びヨームは声をあげて泣き出す。

 ……さて、これからどうしようか。この惨状の片付けをしなければならないか? そして被害を把握しつつ、勇者がなぜ脱獄できたか、なぜ魔族に攻撃できたかを調べあげる必要があるだろう。


 勇者自身は俺が殺してしまったため、本人に問うことはできなくなった。人族共を問いただせば何か出てくるだろうか? 勇者の剣を返上し、向こうの王とのこの世界を荒らさないという約束を破る必要があるかもしれん。まあ、破ったところでなんとも思わんが。



「どういうことだ!」

「む、なんだ?」



 突然、後方で声がした。足音もする。考えるにこの部屋の番をしていた兵達が目を覚ましたのだろうか。……いや、あの兵達はヨームの事を気にするあまり回復してやるのを忘れていた。起き上がれるはずがない。となると、被害を逃れた誰かが様子を見に来たのだろう。


 ……そう、思っていた。今の俺たちから見て後ろ、そう、入り口の方に目線を向けるまでは。

 そこにいたのは俺がたった今殺したはずの男であった。後ろで縛った薄茶色の長い髪、眼帯、勇者の剣。どれもこれもそのままそっくりだ。

 驚きの声はこの部屋の惨状についてではなく、勇者の目線からして、俺に対してのもののようだった。片目を見開き、軽く口を開けている。



「……なぜ生きている、勇者イフォー」

「な、なんでお前がここにいる、魔王ネームレス!」

「俺の質問に先に答えてほしいものだな」



 俺が蹴ったはずの勇者の死体に目線を向けてみた。壁にやつの血液こそ付いているものの、肉体自体はいつのまにか消えていた。これはどういった魔法なのだろうか。タネがわからん。

 ……だが、むしろ好都合。こいつを捕らえて色々吐かせてやろう。生きている理由やこの場にいる理由だけでない。ききたいことは山ほどある。本当は再び殺してやりたいが。



「くそ、死んだ感覚がしたから様子を見に駆けつけてみれば、こんなことになっているなんて……! ぐちゃぐちゃにして殺したはずの姫も生きてるじゃないか!」

「……質問に答えてくれないのか」

「ふざけるな、計画を邪魔しやがって! せっかくここまで来たのに……! 邪魔なんだよ、僕は魔族を滅ぼすんだ。滅ぼすんだよ! そこをどけよ!」

「なら俺を倒せばいいだろう」

「ああ、殺してやるさ! 今ここで!」

「いいや、外でやろう」



 ヨームとエッツラ王を戦いに巻き込んでこいつの目標を達成されたりしたら癪だからな。この部屋の前の廊下の窓からは兵士たちの訓練所が見える。イフォーを俺ごとあそこまで移動させたい。戦いやすそうだ。

 そのために上級の魔力魔法、ギガンアクセルと第八項目のマナ魔法、クイック・エイスを唱え、自身に同時に付与した。どちらも速度を上げる魔法だ。そして俺は全速力でイフォーに向かって突撃する。


 いくらこいつが剣術の技量に優れていたとしても、補助魔法を二重掛けした、俺の不意打ちに近い突撃をかわし切ることは困難。故に奇襲ら成功。俺はそのままの勢いでイフォーごと廊下の壁を突き破り、城の外に飛び出た。


 元いた場所は城の二階だった。その二階から地面へと落下していく。この一連の行動で瀕死まで持っていけていればいいが、それを超えて死なれてしまっては困る。

 そのため地面と衝突する前にイフォーの首を掴み上げた。俺が両足で地面に上手く着地することで掴み上げられているイフォーは地面にぶつからず、宙ぶらりんな状態となる。



「ぐ……あ……が……」

「死なぬように手加減してやったんだ、感謝しろ」

「……こ……ころし……て、や……る!」

「やれるものならやってみるがいい。俺は一度、お前に勝っているんだ」



 とはいえ、あの勝利はこいつの慢心によるものだ。同じように油断してくれる可能性の方が低いだろう。しかしあの日より俺は一段階、いや、二段階は強くなっている。普通に戦っても勝てるかもしれん。そもそも首をつかんでいる時点で勝負は決まったようなものだろうが。

 俺はイフォーを地面に投げつけ、素早く胸元あたりに乗りかかった。この体勢なら口だけは使えるだろう。

 イフォーは俺を片目で睨み付けると唾を吐きかけてきた。



「はっ……お前は……僕には絶対に……勝てない……っ!」

「諦めないのはいいことだがな、状況の把握くらいは……ん?」



 イフォーのつけている眼帯が少しずれている。それだけなら気にすることはなかったのだが、ずれによってできた隙間から、今まで隠されていた方の目が赤に輝いているのが見えたような気がした。

 ほぼ、なんとなくの感覚でイフォーの眼帯に手をかけ、外そうとする。するとイフォーは腰から下をジタバタさせ、もがき始めたのだ。



「やめろ、僕の眼帯に触れるな!」

「そんなに慌てるものなのか? ……なおさら気になるな」

「やめろっ、やめろっっ! ……ゔっ!?」



 あまりに暴れるので脇腹を殴って黙らせる。そして眼帯を引きちぎった。

 俺はこいつと初対面の時、眼帯している理由を過去に目失ったためであったり、単にデキモノを隠すためであったりであると思っていたのだが、真実はまるで違った。


 ……赤い。目が赤いのだ。その目はたしかに、魔族特有の特殊な魔法を使える目。こいつはこれを隠していたんだ。だが、この世界の本を読んで、(この世界の)勇者は人族しかなれない、ということを俺は知っている。ならばこれは一体なんなのだろう。訳がわからん。


 それに赤い目を持っているということは……そう、『分裂魔法』が使えるのではなかったか。一つのものを二つ、三つと増やしたり、自分の分身を作成できる魔法だ。

 ……自分の分身を作ることができる。まさか。



「いつまで僕の分身の身体にのっかってるんだい? 魔王ネームレス」



 後ろを振り返ると、いつのまにかまた別のイフォーがいた。眼帯をしたままの顔で、眼帯を外させたイフォーに乗っている俺を見下ろしている。そして手に持っている勇者の剣を横に構え、なにかマナ魔法を付与しようとしている。



「もう二ヶ月前のことで忘れかけてたけど、たしか、これが比較的効くんだったよね? 第十八項目魔法ブラスト・エイティーン」



 新しく現れた方のイフォーは爆発魔法を付与した勇者の剣を振った。その剣速は明らかに俺と決闘場で対峙した時のものより早く、正確。イフォーの秘密を知って若干思考が鈍り、反応が遅れてしまった俺の背を叩きつける。


 俺自身の硬さで斬られこそしなかったものの、爆発によって、眼帯を外したイフォーの上から退かざるを得なくなってしまった。

 新しい方のイフォーは倒れているイフォーを立ち上がらせる。これで実質2対1というわけか。……気に食わんが、こいつ、実力はたしかにある。そんなのを二人同時相手となるとそれなりにきつい。



「その顔、まさか僕が一人しか分身を作れないと思ってるわけじゃないよね?」



 イフォーは勇者の剣で自分の肩を軽く叩きながらそう言った。



「……なんだと?」

「お前のせいで計画に大きな、大きなズレが生じた。想定外だった。早く終わるはずだった。あと一歩だった。なんでここにいる?  どうやってまたこの世界に来た? ……まあいいさ。僕はいま、魔族を滅ぼすこと以上にお前に死んで欲しいと思っているんだ。言っただろう、殺してやるって」



 眼帯を外していない方のイフォーの全身が赤く発光した。その瞬間、新たにそれぞれ勇者の剣を一本ずつ携えた勇者イフォーが三人現れる。

 そして魔法を使ったイフォーは最後に現れたイフォーから剣を受け取り、両手に勇者の剣を装備した状態となった。

 二刀の勇者を真ん中に、他のイフォー達四人が左右に二人ずつ立ち並ぶ。……計五人。真ん中のイフォーは俺に右手の剣の先を向けてきた。



「さあ」

「「「「有言実行だ」」」」

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