第15話
帰ってきたという謎の開放感と、感じないはずの疲労感。それらが一気に流れ込んできたせいでしばらく動けないでいたが、やっと今になって一歩前へ進むことができた。
この目の前の広場……これはおそらく魔王城跡。そして俺がいるのは魔王城の入り口の目の前といったところか。合ってるかどうかは地図もないのでわからんが。
だとすれば、まぁ、予想以上に人間どもはやってくれたものだ。瓦礫の一つすらないではないか。どこにも、なーんにもないのだ。徹底しているとも言えるな。もちろん魔物を生み出す装置なんてあるはずもない。あんなの真っ先に破壊されるに決まっている。
さて、どうするか。今は幸い昼間のようだ。後数時間はやれることがあるだろう。となれば、とりあえずは地下室を探すべきだな。俺はどこかからか人間が襲ってこないか十分に気を張り巡らせながら魔王城跡地に足を踏み入れる。……俺の城がないのが、本当に虚しい。敗北したのだから仕方のないことだが。
俺は頭の中に城の構図を思い浮かばせながら地下室があった場所を目指した。そして、すんなりと見つけてしまった。
とても目立つ地下行きの階段だけが破壊すらされずにポツンと残されている。異様な光景だ。魔王以外には発見できなければ認知もできないというのは本当だったか。
中は真っ暗なようだ。一ヶ月の間に灯りが切れてしまったか。魔力を与えれば地下の部屋が勝手に光を灯してくれるため、さっそく壁に手をつき魔力を送った。するとすぐに全体が明るくなった。それを頼りにそのまま進んでいく。
階段を降り、地下の一室、本棚が置いてあった部屋にたどり着く。何も変化がない。乗り込まれ荒らされた形跡もない。しっかりと全ての本が仕舞われ、俺が整頓したままになっている。となりの、俺が生まれた部屋も同様であった。
よし、これだけ残っているならばなんとかなるだろう。魔王として活躍するのは難しいかもしらんが、生きていくことは可能だ。そしてそのうち力を蓄え、相当に強くなり、人間どもの国を乗っ取って支配下に置く、という方法もなくはない。……なぜかそんなことを考えるとヨーム達から言われた『優しい』などといった単語が胸を突くが。
ひとまず俺は物が棺以外置いていない、生まれた部屋で貰ってきた物を広げてみることにした。百冊くらいはあるであろう本、全二十五種ほどのこの世界にはない食用植物の種、そしてクワや肥料などの農具に……名称は良くわからんがとにかく工具。……大量だ。通りで中々の重さがあったわけだ。
何から手をつけたらいいかと考え、まずはやはり家だろうという結論が出た。寒さや熱さなどは特に感じないが、雨が煩わしい。だから家が欲しい。これから取り掛かれる気力は十分にある。だがまずは何事も知識が必要なため、本を読み込むことにした。
本も本当に色々ある。獣の狩り方と皮や肉の加工の方法の本まで入っているではないか。とりあえず建築に関する本を選び、読んだ。ひたすら読んだ。なんだか生まれてきてすぐのことを思い出す。結局俺の原点は本を読むことなのだ。
全て暗記するほど読み込むころには、次の日の朝になっていた。まだまだ俺の体力は大丈夫そうだ。さっそく、必要な材木を取ってくることから始めることにした。
◆◆◆
家が完成した。俺はかなり手先が器用なのかもしれん。我ながらうまくできた。かかった日数は、寝ずに動き続けて五日間だ。小屋と家の中間くらいの大きさか。
俺ほどの身長の者が、寝て起きて朝食を作ったりすることができるほどはある。なんなら木製の風呂と便所もあるしな。家具だってしっかりと作った。小さい物置小屋も。さらにこの家の真ん中の床を動かせば地下室まで行けてしまうのだ。
この森は家の材料になるものが豊富にあったため、終始材料には困らなかった。木材を基本としたこの小屋、なんだか優しい感じがして俺は好きだ。ここが、今日から俺の城なのだ! 自分で暮らすための建物を作った魔王など過去にいない! 素晴らしいではないか。
……次に必要なのは食料の確保だ。ここ五日間は途中で見つけた木の実や川で泳いでいた魚を獲って食べていたが、本当はちゃんとした野菜や果物を食べたい。故に次は耕作をすることにした。すでに向こうの世界でやり方の本は読んできたが、もう一度読み込む。
とりあえず必要なものは把握した。まず、そこらへんの木を再び採ってきて加工し、柵を作った。俺という魔王がいた形跡があるからか、ここら辺に野生の魔物も野生の動物も多くはいないため必要なさそうではあるが。
できた柵を俺の怪力で無理やり地面に差し込んでいく。こういった作業は魔王だから楽だ。魔王は土木作業にとても向いているようだ。……今後、こんな知識を他の魔王が使うことあるのだろうか?
とにかく上から見て小屋が城があったはずの土地の北東側に来るように配置し、魔王城だった場所の四分の一を耕作地と設定した。
次に地面の小石や雑草を抜く作業。これも楽だった。普通の人間ならおそらく休まず、飲まず食わずでやって何ヶ月かかかりそうなところを肉体強化のマナ魔法など複数の魔法を使うことで一日で終わらせた。
そして地面を耕す作業。これも丸一日で終わった。そして、これが終わった時点で俺はあることに気がついた。俺は魔王で怪力だからこれだけ仕事を早く終わらせられるだけでない、と。おそらくモトは農家なのだと。そうでなければ説明がつかないほどスムーズに体が動く。本で読んだ内容以上のことができている。きっと、そうなのだ。
次に農地の区分けをして種や肥料をまいていく作業。これは他の作業より少し大変だった。説明書を見ながら一種一種違った植え方をしなければならないからだ。結局、面倒になって二十五種のうち五種ほどしか育てないことにした。気分によって育てるものを変えていくことにしたのだ。幸い全種類、種は大量にもらっているため広い農地を種で埋め尽くすことはできた。
今回は選んだのは『カバ』というカブに似た根菜と、名前そのまま『イエロートマト』、『甘芋』という皮が紫色、中は黄色で炊くとホクホクした味わいになる甘い芋、『グロインオレンジ』という血の色に似た果肉のオレンジがなる木に、『エネルギメロン』という果汁がシュワシュワと弾けるメロン。だいたい、直接火を通すか、生で、それ単品で美味しく食べられるものをばかりだ。
しかし、あの世界の肥料というのはすごい。付いてきた説明の内容によると、最初に地面に蒔いた植物以外の植物を一定期間と範囲内でその土地に生えなくさせる。そして育てる対象である植物は含ませたマナによりすくすくと育つという。しかも、この肥料は魔法によって作られているものなので、その魔法さえ覚えれば俺でも作成可能ときた。なんと素晴らしいのだろうか。
翌日、畑を見てみるとすでに全ての植物が芽を出していた。……正直夜に適切な季節でないものまで植えてしまったと気がつき、失敗したと軽く凹んでいたところなのだが、なんと、季節感すらあの肥料は無視してしまったようだ。これは楽しみである。
ここまで生活の下地が整えば、あと、やることは決まっている。毛皮で布団を作りたかったり、衣類を用意したかったりするが、それはまあ、おいおいでいいだろう。特訓だ。俺がやるべきなのは特訓なのだ。強くならなければならない。
柵の外に出てまず魔王城だった土地の残り四分の三をきれいに掃除する。人間どもにはここだけは感謝だ。本当に何一つ残っていないからな。それを二日かけて行ったらあとは本を読み、ひたすら読み、理解できたものから実践して覚えていくようにする。
それから毎日の日程はだいたい一定だった。一日二十四時間のうち、六時間が食事や睡眠や農作業、もう六時間が剣の鍛錬、五時間ずつ魔力魔法とマナ魔法の練習、残り二時間が読書であった。どれか一つを早く切り上げ生活に必要なものをそろえたりもしたが、だいたいこんな感じだった。しかし、この森の中から離れることだけは決してなかった。
剣の鍛錬では、モクドたちに教えられたことを半分以上の時間をかけて反復しながら残りの時間で新しいことを試みるといったことをした。やはり、俺にとってツノシシの剣より元勇者の剣の方が扱いやすかった。
ちなみにこの勇者の剣、貰い受けてから変わったことが多々ある。世界そのものを移動したからか、それとも俺自身が魔力を注ぎ込んでみたからか「手元から離れていても呼べば飛んでくる機能」が俺でも使えたのだ。
つまり元勇者の剣が持ち主を俺だと認識してくれたことになる。ということで、これはすっかり俺の愛剣だ。ソードダークネスを魔力の限り無限に使い放題なのだから素晴らしい。あの技によって壊れもしないしな。
あと……あのマナを支配する機能もある。一応な。俺も新しい持ち主となったので魔力かマナを送れば起動させることができるみたいだが、使うことはまずないだろう。
使用してない間はこの剣の柄にはめ込まれている宝石がただの石のように黒灰色のまま。使用すれば水晶のように輝き出すのだがな。まあ、魔王としては黒のままの方が雰囲気に合うし、問題ない。
一方、魔法の練習方法はひたすら覚えてひたすら試すことを繰り返している。そして余裕があれば応用を思考錯誤してみるといった感じだ。マナ魔法も魔力魔法も変わらない。
そしてひとつ驚くべきことがあった。
俺は冗談のつもりでまず、マナ魔法を教わった時にダージィ達が俺にかけた「マナを可視化する魔法」を自分でも使えるように覚えたのだ。無意味だとしても思い出にはなるからな。
そしたら……どうだろうか。ここは俺の世界、魔王の世界であるはずなのに、マナが、あの世界と変わらないほどそこら中に溢れているのが見えたではないか。いや……下手したら他人に使われていない分、あの世界より豊富かもしれない。
もしかしたらあの世界とこの世界はどこかで直接的につながっているのではないか。最初はそう考えたが、本を読んでいくうちに本当の答えに近いものを独自で導き出せた。
マナは特別なものではないのだ。マナは元々空気中に含まれるなんらかの単なる物質。つまりマナが異常なのではなく、それらを魔法に変換、できるものに変換する『魔集力』およびその技術が異常なのである。これはすごい発見だと思うのだが、いかんせん、それを伝える相手がいない。虚しいものだ。
とにかくこのようなメニューの取り決めや発見、工夫を試みつつ俺は毎日を過ごした。毎日、毎日、毎日、一人で、話す相手がおらず、一人で。
俺に構ってくる人間も、魔物もいない。自分で魔物を作れもしない。誰も俺を気にしない。話しかけても笑いかけてもくれない。
……ヨーム、俺は孤独だ。あの時は孤独など余裕だと思っていた。だがダメだ、友と話す時間、あれはかけがえのないものだったのだ。
思えば過去の魔王達も、真っ先に知力を持った魔物を生み出していた。最初は一人で生きていくんだと力んでいた者も、生まれてから一年以内に書記の魔物だけは作っていた。友を抱える魔王が多かったのも、そういうことだったのだ。
魔王は皆、強い。確かに力は強いがモトの記憶を持つ元人間。孤独にはうち勝てなかったのだ。勇者なんかよりも孤独の方が恐ろしい。残らないかという誘いを跳ね除け、みんなと離れてしまった今更、それに気がついても遅いというのに。
◆◆◆
とうとう、この世界に帰ってきて、日にちの感覚が正しければ二ヶ月が経過した。あの世界にいた日数よりも長くなったのだ。寂しさや孤独であるという気持ちはそれなりに薄れたが、どこか心にぽっかりと穴が空いた気がしてならない。おそらく一山こえて次の段階に進んだんだろう。
農作業の方は順調だ。作物は実り、毎日美味しく果物や野菜を食すことができている。水も肥料もマナ魔法で補えるため作業も楽だ。大量の美味しい野菜のおかげで体力自体は万全な状態であると言える。
剣術は……見てくれる人がいないのでなんとも言えないが、まあ二ヶ月頑張ったなりに上手くなったと思う。あちらの勇者と戦った時の俺よりは確実に強いはずだ。剣を振る時に余計な動作がかなり絞られてきている。
そして魔法。魔法は目に見えて発達した。まず魔力魔法は上級まで扱えるようになった。同時に撃てる魔法はどの強さでも同時に十発、魔法を出せる範囲もあの頃より五倍は伸びただろうか。
もともと魔王は魔法を扱いやすいようにできているため、当然といえば当然なのだが、向こうの世界で初級だけで奮闘してきたのも二ヶ月でここまで習得してきた要因の一つなのかもしれない。
マナ魔法は第八項目まで扱えるようになった。そして、扱える魔法の種類が格段に増えた。正直、種類だけを見たら魔力魔法よりマナ魔法の方が便利に思えてしまう。戦闘だったら優劣はつけられないのだがな……。
そして魔法に関しての何よりの収穫は、マナ魔法による身体強化と魔力魔法による身体強化が重複できると判明したことだろう。本来ならばどちらの身体強化魔法も同じものを重ね掛けすることができないのだが、魔法の種別自体を変えるとできてしまった。
これが分かった日には速度が上昇する魔法を自分に二度掛けし走り回ってみたりした。なんと強力か。
そんなこんなで今、俺はひょんな思いつきで本棚を新しく作り、あの世界の本をそこにまとめている。
こうして一日のうち最低一回はあの世界の思い出に浸らないと、なんだか、もう勇者に倒されてもいいや……なんて魔王らしくない気分になってしまうのだ。
本を全て綺麗に整頓できたところで、この世界に戻ってくる時に荷物を入れていた麻袋を棺部屋の端に放ってしまっており、ずーっとそのままにしていたことに気がついた。特にもう残ってるものないと考えていたため放置していた。
とりあえず何かの収納に使えるだろうと考え、それを回収しようとした。そして袋の底を掴んで逆さまに向けてしまったその拍子に、袋の口からひらひらと一枚の紙が落ちてきたのだ。説明書等ですら本としてまとめられており、このような薄い紙は今までなかった。だから気がつかなかった。
その紙にはヨームの字で『ネームレスくんへ』などと書かれていた。ヨームから、俺への手紙だ。
俺は一瞬我を忘れたように、慌ててその手紙を拾い上げた。そして袋の中をのぞいてみる。
どうやら内容物はこの手紙で最後のようだ。空になった袋を部屋の端に再び放り、俺はヨームからの手紙を開く。俺の初めての友人からの言葉。ゆっくりと噛みしめるように、今までのどの文章よりもしっかりと読み込んだ。
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