第16話
「ヨーム……」
手紙は、なんてことはない、おそらく至って普通の内容なのだろう。魔人を呼び出した者としての感謝の言葉と、友人としての俺を気遣った言葉、そして永遠の別れの言葉が綴られていた。
全部ちゃんとヨームの字で書かれていた。あの世界は『執筆魔法』なる文章を書く魔法だってあるのに。ずっと孤独だと感じ、それすらこえて何も感じなくなり始めていた俺の胸の奥が熱くなるのを感じた。そして一つの考えがよぎった。
……俺が魔王として生きていく明確な目標がないのなら、その目標を、再びあの世界に行くことにすれば良い。どうにかして、魔法の研究をして、マナ魔法と魔力魔法を掛け合わせ、新たな魔法を作り続け、ヨームが生きているうちにあの世界へ、もう一度だけ。
いや、なんならあの世界でなくともいいのだ。俺と話し合ってくれる、そんな存在がいそうな世界へ旅立てれば_________
「な……なんだこれはァ!?」
強く、強く考えた。強く決心した。
そうしたら意識したわけでもないのに勝手に俺の周りに黒い輝きが満ちてきていた。こんな魔法、魔力魔法にあっただろうか、マナ魔法にあっただろうか。あの世界から持ってきた本も、この世界の魔法の本も全て読み尽くしてしまった脳内を探っても全くわからない。
黒い輝きはだんだん強くなっていく。そして……俺の体は、あのヨームの魔法のように透け始めていた。正確にいうならば、ヨームの魔法のソードダークネス版……だろうか。そんな印象を受ける。
俺は訳が分からぬままその光に包まれていったが、心の中では大いに期待していた。もしかしたら、と。そして俺の目の前は真っ暗になった。
◆◆◆
だんだんと暗闇が晴れてくる。すでに肌で感じ取る感覚が、俺がいた地下室とは全くの別物であった。
いや、暗闇が晴れたのに暗い。そして冷たい。違う、冷たいだけじゃない。俺がいるのは……水の中だ。
「ぐおっぶあぁあああ、ごぼぼぼ……」
口や鼻の中に大量の水が入り込んでくる。きつい塩味。水がしょっぱい……?
わかったぞ、本で読んだ覚えがある。これは海。海水というやつだ。俺はどうやら海がある場所に出てきたらしい。とりあえず海面へ上がってみることにした。
水の中では人と同じように、魔王すら呼吸ができないが、人よりは長く生きることだけはできる。とりあえず手からマナ魔法の風属性を噴出させ、上昇。
数十秒ほど上へ移動し続けただろうか、やっと顔を外に出すことができた。見えるのは、水のみ。どの方角を向いても水だけであった。
ともかく、俺は別の世界へ移動できて嬉しい。きっと、これこそが俺の魔王としての力なんだろう! ヨームからもらった名前を変更などするつもりはないが、もし再び名付けられるとしたら『移動の魔王ワープ』といったところだろうか! ……いや、ないな。エッツラ王のネーミングセンス並みにない。反省しなくては。
しかし……よく考えたらこの状況自体、素直に喜んで良いものなのだろうか。俺は川でならまだしも、海での泳ぎ方などしらない。同じでいいのか? それに武器も何も持っていないため、野生の魔物や魔獣のようなものに遭遇したらいささか不利である。どうしようか……。
「……ん? なんだ?」
なにかが俺の元へ接近してくる気配を感じた。なんだ、魔獣のようなものが現れたら嫌だなんて考えてたら早速出てくるのか。しかし、どこにも姿が見えない……いや、程なく見えた。ものすごい水飛沫を上げながら灰色の何かが前方でこちらに向かって走ってきている。
このままこの場にいれば衝突は免れない。俺はとりあえずモトの記憶を頼りに川を泳ぐ時の泳ぎ方で、物体より南の方向へ逃げることにした。……普通に泳げた。なんだ、これで良かったのか。
魔王の力を振り絞って気配のする方向から逸れて逃げつづける。いや、逃げ続けていたはずだった。最悪なことに、向こうも俺のことを認知して追ってきているのだ。振り返れば先ほどよりも近い距離で鉄色の塊がみえる。魔王の力を持ってしても向こうのほうが早い。
……こうなったら戦うか? 戦うしかないのか? 多分ここは俺の世界ともヨームの世界とも違うだろう。どんな力を持つかわからない相手と戦えるのか。
やがて目の前に波を立てながら現れたのは、大きな鉄でできた魚だった。なんという魚だろうかこれ。しかもなぜ鉄でできているのだろう。船とはまた違うようだ。すでに逃げることは観念した俺は波に飲まれながら奴をみる。鉄でできているだけあって、生気が感じられない。
「・-・ ---・ ・・ ・・-- ・- -・-・・ -・・-・ ・・-- -・・・ -・-- ・-・-・ 」
し、喋った。何を言っているかわからないが、口も開かないまま確かに喋っている。魚が。……まあ俺の世界でも馬の顔を持った人間がいたりするから似たようなものだろうか。
ヨームの世界に紛れ込む前の俺だったらただ単に慌てるだけだっただろう。しかし、今は違う。あの言葉を理解する・させる魔法……正確には『言語魔法』というらしいが、俺もそれを思い出作りのために習得しているのだ。良かった、習得しておいて。
自分の手のひらから緑色の淡い光がでる。まずは鉄のクジラに向かって手をかざし、そのあと自分にその手を当てる。相手と自分の記憶の中にある文章や単語を連動させる仕組みらしい。これでこの世界の言葉は理解できるようになったはずだ。
【人型の謎の生物、発光。行動理解不能。しかし、感じられるエネルギーより強大な力を有している可能性、大。また、敵となる可能性、大】
話せるようになったと思ったらなぜそう認識されるんだ。俺は別にいきなり襲いかかるような血の気の多い魔王ではないのに。
「……勝手に敵にするんじゃない。何者なんだお前は!」
【ボクはP・NK-0、ボクはP・NK-0。通称ピノキオ、ホエールモード。未知の生物を撃墜をする。ノーズミサイル、展開】
魚の顔の鼻の部分が開いた。何かしようとしているのは明らかだ。撃墜するとはっきりと言ったしな。……くそ、まさか対話すらしようとしないとは思わなかった。
両方の開いた鼻の穴からはそれぞれ切り倒された丸太のような模様をした、先端が尖っている筒状のなにかが見え始めている。あれがノーズミサイルというやつだろうか。……ミサイルとは、なんだ。
「発射」
「……おおお」
二本のノーズミサイルとやらが俺に向かって飛んでくる。やはり丸太のような模様こそしているものの、材質は鉄か何かのようだ。後方から出る炎を推進力としてこちらに向かってきている。当たったら大変なことになりそうだが……。
とりあえずノーズミサイルは俺の目の前で着水した。その瞬間、爆音とともに俺の視界が白色に覆われる。全身に走る、ヨームの世界の勇者の爆発魔法とは比較にならないほどの衝撃。この俺がたった二発の謎の物体によって多大なダメージを受けた? なんなんだこれは。
しばらくして爆発による眩みもなくなってきた。その視界に映ったものは海面。浮遊感もする。どうやら今の爆発でかなり上空に飛ばされてしまったようだ。
【対象の耐久力、想定以上。ノーズミサイル、再展開】
「また撃つつもりか!?」
海という俺にとって慣れぬ場所で、あれほどの威力の攻撃を再び撃たれるのはまずい。まともに受けたら致命傷になりかねんが、この状況だと回避することもできないではないか。たしかに誰かと話せればよいとは考えたが、こんなのは望んでいないぞ! どうにもまともな会話ができそうな相手でもないしな。
……もう一度、あの転移を使えないだろうか。どこでもいい、この危機さえ脱出できればどこへでも。先程と同じように強く、強く念じてみた。そうしたら再び身体の周りに黒い発光物が漂い始める。来たぞ、これで助かる!
【発射!】
またノーズミサイルとやらが飛んできた。海面へ落下する俺に向かって迫ってくる。まて、この身体が消えるより、向こうの攻撃の方が早いのではないか……? そう思わせるほどの速度差。
だがその前に俺は顔面から海水に突っ込んだ。どうやら落下が一番早かったようだ。背中にはまだあの爆発物が迫ってきている感覚がある。音も聞こえる。俺は少しでも逃げるために水中へ潜ろうとした。ただ俺は潜ることに対しての練度は泳ぐよりも著しく低いようだ。水面を叩くだけになっている。
潜ることは諦め、ノーズミサイルとやらがどれほど迫っているかを確認するため仰向けになった。俺の目の前にすでにそれは来ていた。だめだ、ぶつかる。本能からしてそう判断したのと同時に、俺の目の前は真っ暗になった。
……衝撃を伴わない暗転。どうやら転移の発動が間に合ってくれたみたいだ。ふ、ふははは! ふはははは! 命拾いしたぞ……俺。こればかりはヒヤリとした。なんだったんだこの世界は。
◆◆◆
しばらくして再び、あの謎の魚の世界に来た時と同じように視界を覆っていた暗闇が晴れてきた。
慌てていたとはいえ、また移動先をどこでもいいと考えてしまったが、次はどんな世界へ来たのだろうか。そもそも場所の指定はできるのか? ……なんにせよ、俺でも過ごしやすそうな世界だったら一週間ほど滞在してみたいが。
少し薄暗いな。周りにみえるのは木の根っこか……? どうやら四方八方、地面から天井まで全てが木で覆われているようだ。不思議な場所に来たものだ。
俺はとりあえず前に進んでみることにした。どうにも多くの人の気配がするのだ。その方に向かうとしよう。その者たちの住処だったとしたら勝手に侵入する形になったことを詫び、ここが何処か訊けばいいのだ。もし先ほどの魚のように話もろくに聞かず急に襲ってくる輩だったら……まあ、その時はそれなりの対処をしよう。
やがて曲がり角の一つに、明るく灯っている箇所が見えてきた。人の声も聞こえてくる。俺はそこまでゆっくりと近づき、角に身を隠してその先の様子を見る。
廊下らしき道と同様に、多くの木の根に囲まれた部屋。その中には大量の子供がいた。保護者らしき大人は誰一人としていない。全て子供だ、少なく見積もって六十人ほどだろうか。
子供の他にも何か光の粒に羽根が生えたような何かが飛び回っており、それらを子供達は追いかけ回したり、世話をしてもらっていたりしているようだった。
「☆♪♡★☆☆!?」
「♪♪●◆☆♪♪!」
「ぬっ!」
後ろから声が聞こえた為振り返ってみた。俺のことを指差している、部屋内にいる子達よりいくらか年上だと思われる子供三人と二つの光の粒がいた。近づかれているのに気がつかなかったか。……そしてやはり言葉がわからぬ。言語魔法を再び使用した。
「なんだー! おまえはー!」
「しんにゅーしゃーかー?」
「おじちゃん、だーれ?」
「お……俺は怪しい者では……」
いや、怪しくないはずがないだろう。俺の肌の色や紋様は普通ではないのだ。服はびしょ濡れだしな。となると迷子、そう、迷子といったほうが子供達にも伝わりやすくていいのではないだろうか。
「うそー、めちゃあやしー!」
「す、すまない、実は迷子なのだ……。ここに迷い込んでしまったのだ」
「えー、オトナでもマイゴになるのぉ?」
「だせー!」
「ふ、ふはは……」
この者らが大声で喋るので、部屋の中にいる子供達も俺に気が付いてしまったようだ。大勢でこちらに寄ってきている。うーむ……普通は俺を見れば恐怖心がまず湧くものだと思うが、好奇心旺盛な年頃というやつだから仕方ないのか?
「と、いうかオマエ、オトナじゃん!」
「まあ見た目なら子供ではないが……」
「オトナはこのセカイにいちゃダメなんだよー? みんなずっとコドモじゃなくっちゃ! パンさまにほーこくしなきゃだよ!」
「ぼく、ほーこくしてくる!」
「あー、オマエだけほめられようたってそうはいかないぞ!」
パン様とやらがこの場所を仕切っているようだな。しかし、この世界自体に大人が存在してはいけないとはどういうことだろうか。なにかその、パン様とやらを呼ばれたらかなり厄介なことになる気がする。なんとか子供達の興味を他に向けて時間稼ぎをしなければ。
「な、なあ、お前たち」
「なんだオトナ! オトナはばっちいから、パンさまのチカラでコドモにするまでしゃべっちゃダメってきまりなんだぞ!」
「その前にここが何処か知りたいのだ。ここはどこなんだ?」
「ここ? ここはネバーランドだよ?」
「あ、こら、オトナとしゃべっちゃダメだって! クチがくさるよ!」
「でもこのヒト、こまってそうだし……」
なるほど、ここはネバーランドという世界で、パン様とやらは大人を嫌っており、さらに大人を子供にする力をもっているというのか。予感の通り厄介なやつではないか。ここにいる子供達も、一体何人が元は大人だったのだろう。
……そういえば光の粒のが一体減っているような気がするぞ。まさか……。
「ん……? あ、ぼくたちがもたもたしてるから妖精さんがほーこくしにいったみたいだよ」
「えー、オレがほめられようとおもったのに!」
「……あー、すまない。俺は少し用事を思い出した」
「そうなの?」
「ああ。だから……その……さらばだ! 第八項目魔法クイック・エイス!」
「あ!! にげた!!」
この俺が速度上昇魔法を使った上で逃げれば子供達では追いつけまい。
俺は逃げた、ひたすら逃げた。面倒ごとになる前に。子供になってしまうなど嫌だ。体格が縮めば力を存分に発揮することができなくなる。
無我夢中で木で覆われた道を訳もわからず走っていると、この体躯の俺ですら一人入れそうな木の根っこの隙間を見つけた。こんな場所にこんな隙間などあったら子供達が落ちたりして危ないだろうに。それともここで遊ぶのだろうか?
とりあえず俺はそこに隠れることにした。魔王が子供から逃げ隠れするなど、なんと情けない。とはいえ子供相手に凶暴な行為を働くわけにもいかない。……こういうところがヨーム達に優しいなどと言われてしまうのだろうな?
まあよい。とにかくもう少しこの世界のことを知りたいところではあるが、帰るとしよう。場所の指定ができるかどうかを試す良い機会だろう。
俺の魔王としての能力と、ヨームの特殊な魔法は移動させる対象が違うものの根本はよく似ていると考える。……たしかヨームのは俺を呼んだ時点で失敗だったな。となると俺の能力も失敗する可能性があるか? いや、いやいや、俺は魔王だ。成功すると思う。たぶん。
さっそく俺はあの移動の力を使おうと全身に力をためた。……しかし、なにも起きなかった!
なぜだ、と、原因を探ってみればどうやら俺の魔力が大幅に減少しているようだ。一度の移動に四割は魔力を持っていかれてしまうらしい。
俺の二割でも俺の世界の人間と比較すれば途方も無い魔力量であるため気がつかなかったが。そういえばヨームも別世界へ干渉するには時間をかけて溜めた膨大なマナが必要だと言っていたな。……回復するまで待つしかないか。
「どこだ! どこへいったオトナ!」
「みつけてパンさまに子供にしてもらわなくっちゃ!」
ドタドタと歩き回る音とやかましい声が聞こえる。どうやら近くまで来ているようだ。俺はとりあえずこの木の根の隙間を塞ぐように土属性の魔力魔法を唱えた。ここは薄暗いため、とりあえず土で身を隠しておけば影と同化して見つかりにくいだろう。たぶん。
そして俺は魔力回復のために眠りにつくことにした。あと三割ほど回復したら目を覚まし、移動しよう。その間に見つからなければいいが。そもそも子供達の騒ぎ声があって眠れるのだろうか……。
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