第14話
「そしてこの方が、此度、我ら魔族を救ってくださった魔人、いや、魔王! ネームレス様である!」
「「「おおおおおおおおおおお!!」」」
祭り当日。俺は予想通り城の目立つ場所に立たされ、ヨームとエッツラ王によって民衆に紹介された。
闘技場の観客席にいた人数よりもここから見える人間の数の方が多い。特に俺は喋ることはないみたいだが、少し前にヨームが昨日覚えたであろう台詞を長々と唱えていて大変そうだった。
「ふぅ、これでいいか?」
「ありがと、ネームレスくん!」
「急に申し訳ない。しかし皆、巨大ツノシシの件もあって魔王と聞いてもすぐにネームレス様のことを信用してくれましたな。あとはめいいっぱい祭りを楽しんでくだされ」
「そうさせてもらおう」
完全に労力と時間ばかりがかかる無駄な行為なはずなのだが、たしかに楽しめと言われたら楽しめる気がするのは何故だろう。不思議である。
王族としての仕事があるため、ヨームはあと数十分は自由の身になれないそうだ。ならばその間に単身街に繰り出して、うまそうな果実汁でも売ってる店でも物色してこようか。
「よう、ネームレスサマ。演説見事だったぜ」
「お疲れ様であります、ネームレス様」
「モクドとオンドか。俺は演説などしていないのだがな」
「まあまあ、そんな細かいこと言うなって」
剣術親子に遭遇した。モクドの隣におり、彼と一緒になってお辞儀をしてきた女性は妻だろうか。オンドと同じ目の色をしている。ふむ、せっかくだし彼らに教えてもらったことが勝利に役立ったと報告してみるか。喜ぶだろう。
「二人とも、礼を言おう。二人が剣術を教えてくれたからこそ、その剣術において相手に不備があった箇所をつき、勝つことができた」
「あの転ばせるのは俺たちのお陰で思いついたってことか?」
「その通りだ」
正直、あれを思いつかなければもっと勇者を倒すのに時間がかかっていたことだろう。技量はあちらの方が上だったからな。
「ははっ、聞いたか母さん」
「ええ、ええ、聞きましたとも」
やはりこの女性はモクドの妻だったか。オンドの嬉しそうな報告に、彼女も顔を綻ばせている。しかしオンドはすぐに真顔になり、なぜか申し訳なさそうな口調で言葉を続けた。
「だけどよ、実は……俺たちは俺たちで、勇者に敵うほどの実力をつけてやれなくて悪かったって謝ろうと思ってたんだが……」
「その通りであります。誠に申し訳ない」
「なに、気にするな。そもそも一ヶ月かそこらで長く剣術を鍛えてきた相手と戦おうとすること自体が無謀だからな。その点に関して二人に非は全くないぞ」
実際に俺は基礎を叩き込むことはできた。今回、技術自体が役に立たなかったとしても帰ったあとに自分で練習できるだけの技量はついた。元々は俺の目的はそれだったため、この二人に教わったことは、無駄にはけっしてならない。
「そうだ親父、母さん。俺、ちょっとネームレスサマと話があるから、二人で祭り行ってこいよ」
「ん? そうか。無礼のないようにな」
「じゃあ行ってくるわね」
オンドが二人を退散させ、俺と二人きりになった。話したいこととはなんだろうか。昨日からやけに俺に話をしたがる者が多い。
「なぁ……ネームレスサマ。姫様とはどうなんだ?」
「どう、とはなんだ」
「ほら、いつも楽しそうに話してるし……」
そういえばこいつはヨームに恋慕していたのだったか。つまりあれか、嫉妬心というやつか。俺は別に彼女に恋慕しているわけではないということを教えてやればいいのだろうな? それともゴージィのことを勧めてみるか? ……そこまで俺がする必要はないな。
「普通に友人だが、それ以上にお前はなにか求めているのか?」
「あ、いや、ならいいんだ。実は子供の頃、魔人について如何わしい話を耳にしたことあって、気になってさ」
「如何わしい話?」
オンドの話では、過去の魔人の何人かが勇者討伐の報酬に呼び出した本人や大量の女の身体を求めたことがあったらしい。俺は何人か魔人の記録は読んでみたがそれでもほんの一部。そのような者の話はまだ読んだことがないが、ありえない話ではないだろう。皆、俺と違って普通の人間なわけだしな。
いや、魔王の中にもわざわざ人間の女の形をした魔物を作って侍らせていた奴がいたな。性欲に準じた行動とは、まだ生まれて間もない俺からしたら全くもって時間の無駄。考えられないことだ。
つまりオンドは、ヨームが俺の部屋に何度も出入りすることで、そのような行為を迫られてるのではないかと考えていたようだ。故に始めはあえて無礼な態度をとっていたらしい。
「悪かったよ。ネームレスサマはそんな人じゃないよな……」
「まあな、別に無礼な態度などは気にならなかったが」
「……これ、ネームレスサマは元の世界に帰ることを見越して暴露するんだけどさ……内緒だぞ? 実は俺、姫様のことが好きなんだ」
「既に知っている」
「え、うそ」
「本当だ」
「……なんで? ……なんで?」
オンドは自分の頭に手を当て抱え込んだ。ふむ、今の発言は何かまずかったのだろうか。俺にはよくわからないが。
「……そんなわかりやすいかなぁ」
「別に俺が理解したわけではない。……お前に恋慕しているという別の女性から聞いただけだ」
「えっ!? 誰!?」
「人に秘密にしろと言っておいて、別の者の情報は知りたがるのか?」
「うっ……でも知りたい……」
「本人に勇気があればそのうち言い寄ってくるだろう」
そう、そこの物陰にちょうどダージィとゴージィがいるのだ。二人ともこちらをじっとみている。ダージィに関してはモクドを眺めているゴージィをさらに眺めている状態か。本当に人間とは余計なことが好きだな。子孫を残すために仕方のないことなのか。ただモトの記憶が理解はできなくないと告げてきている。
しかしせっかくの機会だ。どうだろう、一つ俺も恋慕というのを学んでみるか。別段、俺はヨームに対しそういった情が湧かないが、オンドからは彼女がどう見えているのか知れば、良い情報になるかもしれない。
「お前はヨームのどこが好きなんだ」
「えっ? あ、ああ、俺はあの、金色の円らな瞳とか……年齢に対して低く守りたくなるような身長、幼めで無垢なのに美人であることがわかる顔立ちとかかな? 性格は無邪気で、でも知的で……」
「要約するとあれか、お前は幼い少女が趣味なのだな?」
「は、はぁ!? ちげーし! そんな変態じゃねーし! だってあれだ、姫様、おっぱ……御胸はその身長に反してかなり大きいから! そのギャップもいいから!」
「……別にそこまで聞いていないのだがな」
胸が大きいことは気がつかなかったが、それは俺が気にしていなかったためだろう。あとは特にどうってことない事実を述べただけだ。魅力的な部分に注目することくらい俺にもできる。だがそうではないのだろうな。
「はぁ……はぁ……と、とにかく言うなよ、誰にもな。男と男の約束だ!」
「……うむ。まあ、約束しておいてやる」
「じ、じゃあな! どうせ姫様は仕事からと戻ってきてもネームレスサマとト・モ・ダ・チとして一緒に祭りを回りたがるだろうし、俺は親父たちの跡を追うぜ」
「ああ……」
慌ただしい男だ。これが青春なのか。……まだあの双子が俺のことを見ているな。というか話しかけてきて欲しそうな雰囲気すら漂わせている。仕方ない、赴いてやろう。
「おい……いいのかゴージィ。奴の元へ行かなくて」
「ネ……ネームレス様……わ、ワタシ、まだ無理……!」
「無理と言っているとずっと叶わないと思うが?」
「ほら、ネームレス様いいこと言ったよ?」
「まだ、勇気が……だって、姫様に比べたら……」
ヨームと比べたらなんだと言うのだろうか。オンドは割と自分のことを好いてくれている相手に対して気にしている様子でもあったし、正直な気持ちを伝えればなびきそうな気がしなくもないと思うのだが。まあ、やはり俺が首を突っ込んで良い話ではないな。あとは本人たちに任せれば良いのだ。
「俺には気持ちがわからん話だからな、あとは好きにするがいい。せいぜい、頑張るのだな」
「うー……」
「さ、ゴージィ。アタシと姉妹仲良く二人でねっとり祭りを回ろ?」
「ねっとり……? ねっとりって……?」
「いいからいいから」
ダージィがゴージィの腕をぐいぐい引っ張って行ってしまった。去り際のダージィの様子からして、少しゴージィが心配だが。
こうしてまた一人に戻ったので、城の外に出て目的のものを買ってこようと動き出したところ、こちらに駆けてくる足音が。どうやらヨームが仕事を終えやってきたようだ。思っていたより早い。
「ネームレスくん! 一緒にお祭りいこう!」
「早かったな」
「頑張ったんだよ!」
「そうか、まあ構わないが。しかし一城の姫が外に出て人だかりなど出来たりしないか?」
「それはネームレスくんも一緒じゃない? 大丈夫、この世界には変装魔法あるし」
「そうだったか。なら大丈夫だな」
俺の世界ではわざわざ変装にはそういうアイテムを買わなきゃいけなかった記憶がある。こちらは魔法で済むなんて実に便利だな。
というわけで俺とヨームは見た目を変えた。俺の肌がちゃんと肌色なのである。驚きだ。
「じゃあいこう」
「ああ。……俺は果実を売ってる店を見たい」
「野菜好きだもんね、そうしようか」
俺たちは街へ繰り出した。……今後、俺はこうして誰かと祭りなどに参加ができるのだろうか。残りの人……いや、魔王生。永久に孤独ということも十分にあり得るのだ。今日のことは記憶にとどめておくようにしよう。なるべく、忘れないようにしなければな。
◆◆◆
「……本当に、もう帰るの?」
「滞在期間が長くなればなるほど帰りにくくなる、そんな予感がしたと一昨日も昨日も言ったはずだ」
「そっか……」
ヨームは見るからにうなだれた。俺が勇者に勝利してから早五日。俺はこうしてなぜか大量になった荷物をまとめ、ヨームが俺を召喚したという部屋にいる。俺とヨームとエッツラ王の三人のみで。
祭りが終わった次の日、俺は明日には帰りたいと申し出た。理由は今ヨームに説明したように、居すぎると帰りにくくなるような、そんな予感がしたからだ。それはあまりにも早すぎる、ちゃんと一日かけてお別れがしたいからと皆が言ったため、その翌々日である今日になったというわけだ。
「まあ、たしかに今生の別れではある。もし機会があったとしてもお互い生きてるうちではないだろう」
「うん……」
「そんなに凹むなヨーム。お前には他にも友人はいるだろう。きっとその者達が支えてくれる」
「……うん」
きっと、彼女が寂しげにしているのはそういうことではないのだろうが、こう言うしかないのだ。俺とヨーム達の別れに対する感覚はだいぶズレている。
一度死んだことがある者とそうでない者の違いかもしれんな。言うほどモトのことは覚えてないが。そういえば大切なことがいくつかあったな。忘れる前にそれらを確認しておくか。
「そういえば俺のことはしっかりと記録したか?」
「それはとったよ、大丈夫。結構長い本になっちゃった」
「そこまで記録することあったか? まあよい。その本の題名は?」
「あ……まだ決めてない……ごめんなさい」
「ふははははは! まあ、それはそれでいいのかもしれんな」
とはいえ俺も元の世界に戻って、自分の記録をしようとしたところで題名は決まっていない。能力も決まってないから表紙も詳しく書けないしな。ただ、もう名前はある。名前がないというのが名前だ。……ならば今後俺は、こう名乗るとしよう。
「……魔王は本来の名前以外に二つ名も決めなければならない。こうなったら俺は今後、『題名のない魔王』を二つ名として名乗るとしよう。どうだ、題名のない魔王ネームレス……なかなかいい感じではないか?」
「ほんとにいいの? おじいちゃんのあのカッコ悪いのより少しマシにするために慌てて考えた名前と、それと同じような二つ名で?」
「え? ワシが考えたのカッコ悪い……!?」
「今からでも改名出来るんじゃない?」
「いや、すでに愛着がある。それに、初の友人からもらった大切な名前だしな」
「そっか!」
ヨームは嬉しそうに、だが同時に寂しさも含んだ笑みを浮かべた。さて、頃合いだろうか? ……あ、荷物の内容について聞いてなかったな。この大量の荷物についても聞いておくか。明らかに俺が頼んだ品物で収まる量じゃないからな。
「ところで、この大量の荷物。こうして持たされたわけだが。本と植物の種以外になにが入っているんだ?」
「えっと、農具とかかな。家を自分で建てるって言ってたから、工具品もあるよ」
「そこまでしなくていいのだが」
「そうはいかないよ! 長生きして、また私達の子孫に魔人として呼び出されるんでしょ?」
「……まあな」
ならば、ありがたく受け取っておくか。実は今、そういえば本だけではダメだったな……などと考えがよぎったところだ。我ながらうっかりしていた。結局報酬は要らないと言っておきながら多くのものをもらってしまったな。
これで別れ際の会話としてはもう十分だろう。聞きたい事は聞いた、話したい事は話した。やりたい事は多分やれた。
「……以上だ。別れの言葉は昨日散々聞いた。もう、帰るぞ」
「……帰るんだ。帰っちゃうんだね。……うんっ……じゃあねっ……じゃあ……ね」
ヨームは目から大粒の涙を流しながらそう言った。俺は、ついまた、彼女の頭に手を置いてしまう。やはり撫でやすい位置にあるのが問題なのだろう。まあ、今は、慰めるという意味もあるが。
「泣くな。このくらいの別れ、今後もあるかもしれんぞ?」
「うん、ごめんなさいっ……」
「謝らなくていい。……エッツラ王も、さらばだ。息災であるのだぞ」
「はい。本当に、本当にありがとうございました。死ぬまで一生この事は忘れませぬ……!」
「そうか、俺もだ。じゃあ、ヨーム。頼んだ」
「……じゃあね、ネームレスくん」
「ああ」
ヨームは涙をぬぐい、その金色の瞳と手のひらを俺に向けた。ありったけのマナが注がれたのがわかる。俺の体は勇者に身体を貫かれた直後のように、ヨームの目と同じ色に光り出した。ゆっくりと身体が透け出す。手に持っている物も全て一緒の状態だ。
「さらばだ……!」
視界が光に包まれた。ヨームもエッツラ王ももう見えない。そして、身体が浮いていくような感覚が発生する。そのかわり二人の気配が完全になくなった。
その後、しばらくふわふわとした浮遊感に包まれていたが、やがて砂か小石が足裏に触れたような気がした。試しに足元を見てみると、確かにそれは地面であった。
目の前に広がっていたのは森と謎の広場。ただ、なぜかひどく懐かしい感じがする。……ここは俺がいた世界。俺が邪悪な魔王として君臨しているはずの世界。間違いない。俺は帰ってきたのだ。
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