第13話

「ネームレスくん!」

「ふむ、なんとか勝ったぞ」



 外に出ると、先回りしていたのかヨームとエッツラ王を始め皆が出迎えてくれていた。ひと山越えたからか、誰もが安堵の表情を浮かべている。いの一番に駆け寄ってきたヨームは勇者によってつけられた火傷跡や傷跡に目線を向けてきた。



「大丈夫……じゃ、なさそうだね」

「そんなことはないぞ。明日には治っているだろう」

「本当に? ……ごめんね、私たち、まだ向こうに人族がたくさんいるから回復魔法も十分に使えないんだけど」

「問題ない。なんならここから城まで歩いて帰ることができる」



 全て冗談や安心させるために言っているわけではないのだが、ヨームは心配するのをやめてくれない。普通に立って歩けてるのを目の当たりにしているはずなのだが。まあ、心配自体は別に悪いことではないから構わんが。



「それにしても本当に貰ってきたんだね、それ」

「勇者の剣か? いいだろう、これは持ち帰るつもりだ」

「私達としてもそれを別世界に持ち去ってくれるのは嬉しいよ」

「そうか。それより勇者はどうした? もう捕らえたのか」

「多分今頃、騎士達が拘束してると思う」



 勇者は俺と戦う前に、この世界の魔王も倒すと言っていた。となると、あの勇者は自分が勝った場合の選択である財産を明け渡すか勇者が暴れるかのうち、後者を選ぼうとしていたのだと思う。

 勇者が魔族の領土で暴れてなにをしようとしていたのかわからないが、なんとなく魔族にとってあの男は危険人物だ。しっかりと捕らえておかなければならないだろう。王に忠告しておくか。



「そういえば王よ、なぜだか知らんがあの勇者は勝った場合、魔族の国で暴れるつもりだったようだぞ? 何か目的があったに違いない。厳重に捕縛しておいた方が良いと思うぞ」

「そうでしたか? うーむ、本来なら勇者の待遇も良いものにしなければなりませぬが……ネームレス様がそう言うなら少し対応を変えてみましょうかの」

「その方が良いだろう」

「さ、まだ色々話しはあると思いますが、ひとまず城へ帰りましょうぞ」



 ちょうど手枷と足枷をされた状態の勇者が騎士達によって担架で運ばれてきた。拘束がきちんとされていることを確認してから俺たちは城へと戻った。


 城へ戻ってからは必要ないと言っているのに、大勢の回復魔法の使い手によって俺の傷が癒される。その後、王から今日一日は安静にしているよう言われた。明日は勝利の祝いの祭りを行うので、住民総出でその準備をするらしい。下手にうろついて邪魔しても悪いので言われた通り部屋にこもって本を読むことにした。


 ベッドに横になり、読みかけの本を開いたところで、部屋の戸が優しく叩かれる。この叩き方はヨームだ。俺は入るように言った。



「お邪魔するね」

「ああ。俺は構わないが……ヨームは祭りの手伝いをしなくていいのか?」

「魔人様のケアも呼び出した本人の仕事の一つなんだよ」

「そんなものか」

「といっても本当は話をしにきたんだけど」



 ヨームは近くの椅子を持ち、ベッドの隣まで運んできてそれに座った。服装がいつもと同じような軽めなものになっている。今日は特別な日であるため朝から豪華で動きにくそうな服装をしていたのだが、着替えたようだ。まあ、軽めといっても王族が着るようなものなので比較的動きにくそうなのは変わらないが。



「お疲れ様。そしてありがとう、ネームレスくん」

「約束は果たした。この命が救われた分の働きはできたと思いたい」

「十分だよ! それでネームレスくんが元の世界に帰る日程の相談は、明後日しようと思うんだけど、いいかな?」

「了解した。……どうかしたか、ヨーム」



 ヨームの気分か、機嫌のどちらかがあまり優れていないように見える。顔を軽くうつむかせ虚ろな目で俺を見ているのだ。思えば城に戻って来る前からあまり元気がなかった。悲しいことがあった、などではないはずなのだが。



「いや……なんでも、ないよ」

「嘘をつけ。いつものような元気はどうした。友人である俺に話せないことがあるのか」

「……ん」

「話してくれなければ、俺も気分が悪くなるのだが」

「……実は、ネームレスくんに言いたいことがあるんだけど聞いてくれる?」

「そうなのか、もちろんだ」



 なにか俺がこの世界にとって問題となる行動でもしていたのだろうか。いや、そう言う雰囲気ではないな。どちらかというと、言いにくい願いを言おうとしているような感じだ、たぶん。女の心内は全く分からん、故に憶測でしかないが。

 ヨームはゆっくりと口を開いた。



「ネームレスくんって、元の世界に戻ったら、向こうの世界の勇者とまた戦うんだよね?」

「直ぐにではないがな、まあ、今までの魔王と同じように戦って滅びる。それが魔王としてやるべきことだ。その間にどれほどの功績を残せるかが問題だな。この一ヶ月の間に何度か話しただろう」

「やっぱり、滅びるって……死ぬってことだよね?」

「当然だろう」



 二、三度は俺の元の世界での役割についてヨームに話した。今更確認しなくともわかっているはずだ。



「死ぬの、怖くないの?」

「人より薄れてはいるものの、恐怖を感じないわけではない。だが、滅びるべき時に滅びるのであれば、魔王として全うしたと言える」

「……そっか。でもね、ネームレスくんを帰還させるのは私なんだよ。私は、仲良くなったネームレスくんを死ぬとわかってて送り返したくない」

「なるほど、言いにくかったことはそれか」

「……うん」



 人とは余計なことを考えるものだ。命を救ってもらった恩と、この友人のために奮闘した俺の言えることではないが。しかし、俺を帰還させないのならばどうしたいというのだろうか。



「お爺様も、みんなも、きっとそう言うよ」

「この世界に残って俺はなにをする? 居候か」

「……そうなる」

「この魔王に人の世話になり続けろというのか」

「やだよね……ごめんなさい」

「別に怒ってはいない。だが、人にはやるべきことがあるだろう? お前達が魔人を呼び出すために王族となったように、俺にも向こうでやるべきことがあるのだ。気持ちだけ受け取っておこう」

「……うん」



 と言っても、戻ったところでなにをするかは決まっていない。大層にやるべきことなどと言ったがな。ただ、この世界でヨーム達に世話になって平和に暮らしていくよりも、俺にとっては魔王として君臨するほうが魅力的に思えてしまうのだ。どちらが傍目で見れば幸せかは理解している。しかしこれも魔王として命を受けた性なのだろう。


 それに、まだ俺は自分の本当の能力を見つけていない。魔王城にあった魔物を生み出す装置がどんな行く末を迎えたか、地下の本棚は発見されてやいないかがどうしても気になる。覚えている魔力魔法も初級魔法のみじゃ虚しい。


 そして何より、この俺が体験したこの世界での出来事を後世の魔王のために書き残したいのだ。マナ魔法は必ず役に立つ。それだけでも俺が存在した意味はあるのではないだろうか。



「じ、じゃあさ、要らないって言ってたけど、せめて財宝は受け取っていってよ! ネームレスくんが向こうの世界でも長く生きられるような手伝いだけはさせて!」

「しかしな……始めに言った通り、世話が報酬みたいな……」

「友達として!」

「情ということか……。そういうことなら本をもらおうか」

「本……?」

「ああ、本だ。なにも今までの魔人の記録や、再版が不可能なものを寄越せというのではない。普通に手に入れらることができる本でいい。この世界の本が欲しい」



 貰うとしたらそうだな、まずはこの世界の魔法の全てがわかるものと、それら練習するためのものだろうか。これらは必須だ。

 あとは個人的に魔王城の代わりとなる住処を自分で建てるための建築技術の本、剣術指南の本といったところか。ヨームにしっかりとそう伝えた。



「なるほど……ほんとに、それだけでいいの?」

「まあ、そんなところだ……。あ、いや、もし良いならば野菜の種も欲しい。俺の世界にないものを中心にな。なんとなくどの野菜が無いかは目星がついている」

「わかった、じゃあお爺様にそう言っておく」



 ヨームは腑に落ちていないようだが、ここまでが俺が受け入れられる施しだ。……彼女を安心させるために、冗談の一つでも飛ばしてやろうか。友人というのが出来なければこんなこと絶対考えなかったぞ。



「なぁ、ヨーム。魔王は滅ぼされなければ長生きであることは話したはずだ。なら、俺は数百年生きてやろう。そして次の魔人として再び呼ぶがいい。そしたらまた、協力してやろう。どうだ? まだ奥の手も見せていないしな!」

「その頃は私がギリギリ死んじゃってるよ。魔族は人族より寿命が長いけど、せいぜい二倍くらいだから。……というより、奥の手? ネームレスくんそんなのがあったの?」

「なに、話してなかったか? では今から話そうか」

「うん、ききたい」



 魔王の奥の手。それは変身体。第二形態と呼んでいた者もいるらしい。今、俺は肌の色こそ死人のようであるが人型ではある。しかし変身体となると巨大な身体を持った異形の怪物となるのだ。その巨体故に破壊力などが増す。魔法の発動も強力になるようだ。


 だがその変身体にはいくつかリスクがある。一定時間で解除されてしまうこと、暴走して理性を失うタイプの魔王とそうでない魔王がおり一度使用するまでそれがわからないこと、そして変身の解除をしたら数日は寝込んだままになることなどだ。


 しかもなぜかわからぬが、だいたい勇者との戦闘の際に変身体となった魔王は、その戦いで必ず滅ぼされている。一説では化け物の姿となったことで勇者側も気持ち的に殺しやすくなるためらしいが。真偽はわからぬ。



「ネームレスくんが本気を出したら化け物に……」

「俺は元々化け物みたいなものだろうが」

「そうなのかもしれないけど……」

「どっちみち今回使わなかったんだ。もうしばらく長いこと使う機会は現れないだろう」

「そうだね。……ん?」



 この部屋の戸が再び叩かれた。その後、赤ずきんの声が聞こえる。どうやら用があるのは俺ではなくヨームの方のようだ。ヨームは椅子から降りて戸の前まで行き、赤ずきんを迎えた。



「どうしたの赤ずきんちゃん」

「姫様、王様がお呼びですよ!」

「どーして?」

「明日、国民たちの前で行う演説の台本が完成したため、目を通しておいてほしいと。ネームレス様とのお話が終わったなら王様の元へ向かってください」

「ちょうど一区切りついたところだろう。行くがいい」

「んー……わかった。行くね。じゃあねネームレスくん」

「ああ」



 ヨームは部屋から去っていった。赤ずきんのみが残る。なぜか微笑みながら、彼女は自分から俺に向けて声をかけてきた。



「ネームレス様、この一ヶ月、ずっと姫様と仲良くしてくださってありがとうございます。姫様、『ヨーム』と名前で呼んでくれる友人ができてとても嬉しいようです。私も主従関係以上に姫様とは仲良くさせてもらってるから……毎日のように喜んでる姫様を見てたら私も嬉しくなっちゃって」

「……なら、赤ずきんもヨームのことを名前で呼べば良いのではないか?」

「そ、そんなことできませんよぅ!」

「彼女ならむしろ喜ぶだろう? 無理ならば敬称は外さなくても良いのだ」

「あ、それなら既に二人きりの時に」

「なんだ、そうだったか」

「……あの、ネームレス様?」

「なんだ?」



 赤ずきんも先ほどのヨームと同じような表情で口をもごもごし始めた。この城の少女たちは話しにくいことがあるとこんな態度になる決まりでもあるのだろうか。それとも、ヨームと赤ずきんが特別仲が良いため似てしまったのだろうか。とりあえず、無礼なことでも気にしないから早く言うように催促してやった。



「あ、はい。では……。ネームレス様って魔王と最初聞いて怖かったんですけど、この一ヶ月お世話させていただいて……実際はかなりお優しい方だなって思ったんです」

「は? 俺が? なんで?」

「だ、だってヨーム様の話し相手になって下さいましたし、私の仕事に関しても『無理するな』とか『できる範囲でいいぞ』とかおっしゃって。巨大な魔獣が現れた時も真っ先に駆けつけて……」

「それはあれだ、おそらく元の人間の性格なんだろう」



 魔王にもいろんな性格のタイプがいるからな。絆を尊重し人間からも好かれた魔王もいれば、残虐の限りを尽くす魔王、淡々と必要な数だけ侵略し余計なことはしなかった魔王など。俺は比較的優しめなタイプなのだろう。たぶんな。



「そのようなお話は姫様からいくらか聞いています。なので、どうしても気になるんです。元の世界に戻ったら……本当に人間に対して殺戮を繰り広げるつもりなんですか?」

「それもヨームから聞いたのか」

「いえ、これは……偶然、部屋の前を通りかかった時に耳にしました」

「……ま、必要ならば、だな。必要でないか不可能ならばやらない。まあ土壇場でどうなるかはわからん。俺は俺自身をまだ把握しきれていないからな」

「そ、そうですか! ごめんなさい、変なこと聞いて! どうしてもネームレス様が無意味に人を殺して回るというイメージができなかったものですから」

「なに、構わん」



 そう言うと赤ずきんはホッとしたような表情を浮かべた。そしてその後、彼女は俺に何か注文はないか訪ねてきた。俺はヨームに植物の種を頼んだこともあって、耕作などに関する本を持ってくるよう頼むことにした。


 今日は残り一日、それらの本を記憶するように読み込むことにしよう。明日は祭りとやらだが……魔人として俺も人前に出されたりしそうな気がしてきた。心の準備だけをしておこう。

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