第10話
「モクド。やはり俺に任せてみないか?」
そう告げるとモクドは少し嬉しそうにこちらを振り返った。
「まさか妙案が!?」
「本当かネームレスサマ! だとしたらすげぇぜ?」
「まあそんなところだ。とりあえず外に出るぞ」
俺達は城内から外に出る。なるべく高い場所に登ればツノシシとやらの正確な場所もわかるだろう。この城は両端に見張りのための塔が付いている。その屋根に登れば十分、街も見渡せるだろうか。
「城から出たけど、こっからどうすんだ!」
「俺の体のどっかにしがみつけ。あそこに登る」
「あそこって……監視塔でありますか? ここから?」
「その通りだ。いくぞ」
二人は半信半疑といった様子で俺の両肩につかまった。二人がしっかり俺の体をつかんでいることを確認してから、塔に向かって走り、目の前に着いたと同時に、壁を、足がめり込むように踏み抜いた。
そして一歩前へ進む。二歩目も同じ。壁に足をめり込ませて進む。これを繰り返して行うことで上へ前進して行き、すぐに頂上までたどり着いた。
「まさか壁を駆け上がるとは」
「で、どうすんだネームレスサマ」
「まずはここからツノシシとやらの居場所を確認する……」
やはり、ここまで登れば町とやらの様子もよくわかる。町の東端で白い突起を頭から生やした毛むくじゃらの生物が暴れまわり、次々とその区画を荒らし回っているのが。……俺の二倍以上あるとあって並みの建物よりも身体が大きい。
「ツノシシとは毛が生えた豚に一本のツノが生えているあの生き物のことだな?」
「それであります。魔法無しでここから見えるのでありますか!」
「ああ、流石に遠いがな。だが行けそうだ。ここから思い切り飛んでツノシシのいる場所を目指す」
「飛ぶ……!? ここからかよっ……」
「そうだ」
高いところに登ったのはなにも様子を見るためだけではない。ここから思い切り飛び上がることで、魔王の脚の力を持ってすれば届くのではないかと考えたのだ。……だが実際登ってみて、跳ぶための勢いがここではつけにくいことに気がついた。やはり少し頼ることにしよう。
「オンド、お前は移動の魔法が使えるんだろう?」
「あ、ああ」
「俺はここからあそこに向かって飛び上がる。お前は俺の背中に再び捕まり、ツノシシとやらの真上に来るよう軌道と飛距離の調整を願いたい。できるか。完全にお前の感覚に任せることになるが」
「……やってやるよ」
「ではオンドは俺の背中に掴まれ。くれぐれも落ちるなよ。モンドは俺とオンドでツノシシ退治に向かったことを皆に報告してくれ。そこの小窓から塔を下れるだろうか?」
「承知したのであります!」
「……ではいくぞ、オンド」
「ああ!」
俺はオンドを背負った。そして塔の屋根の淵から反対の淵へ走り、良い頃合いで本気を出して両膝をおもいきり曲げ、伸ばし、城下町がある方角へと跳躍した。
「うおあああああああああああ!」
「うるさいぞオンド! ……やはり跳ぶだけでは足りないか。 お前の魔法で少しずつ前進させてくれ」
「わ、わわわ、わかったああああ!」
距離を確認するために町の方を眺めていたが、途切れたように背景が前に進んだ。ほほー、こうなるのか。移動魔法は面白いな。この調子なら大丈夫そうだ。
「いいぞオンド、こんな感じで調節してくれ」
「あ、ああ……うっ」
「どうした?」
「いや……これ……思ってたより気持ち悪……ぅおぁあああああああああ!」
「ああ、下降に入ったか」
勢いよく飛んだ分、下降も勢いが良い。そうだ、このままオンドの調整でヤツの真上まできたら、今まで誰にも当たったことがない渾身の打ち下ろしをかましてやろう。
そろそろ目的の場所へ着きそうだ。気持ち悪いだとか言っておきながらオンドも良い感じに調整を続けてくれている。よし、対象に衝突する頃合いだな。忠告しておくか。
「オンド、このままツノシシの真上に降りるが、その衝撃はお前では耐えられないだろう。おそらくな。ヤツと俺がぶつかる瞬間に魔法でも使って安全な方法で降りろ」
「わ、わかったぁ……」
「では行くぞ!」
俺は両手を合わせ、振り下ろす準備をする。もうあと数秒で激突するだろう。このままいけばちょうどヤツの頭上、しかも幸運なことにいま、何かを目の前にして止まっているようだ。……みているのは町の住民か。子供と母親のようだ。都合がいい。そのまま止まっていてもらおう。
「ママぁあああああ!」
「どうか……どうかこの子だけは……!」
「まって、な、なんかきたああああああ!?」
「ブモオオオオオ!!」
「あの化け物、親子を狙ってやがるのか!?」
「そうだな、降りるぞ」
「ちょっ……まっ……! クソが!」
オンドが魔法で親子を別の場所へ移動させた。距離的におそらくはオンドがツノシシにぶつかる前にできる最後の魔法ではないだろうか。すでに自身に危険な状況が迫っているというのに……人間はこういう部分があるよな。仕方ない、攻撃方法の変更だ。
俺は腕を上げるのをやめ、オンドを掴んで真上へ放り投げる。ツノシシにはかわり片足を伸ばし、蹴りをお見舞いしてやることにした。直後に俺の足裏とツノシシの頭部が接触した。なかなか良いなこれ。魔王キックとでも名付けようか。
「ブッ、ブヒィィィイイイイイイイイイイイィィイイイイイイィィイイイイィイイイ!」
酷く苦しそうな声を上げ、ヤツの巨体が地面にめり込んだ。衝撃で地面に亀裂が走り、張り巡らせてあった石畳が吹き飛んでいく。
俺自身、少し足が痺れるが、それ以外はなんともない。今度は先程上へ放り投げたオンドを救わなければならない。死なれたら俺が強くなれないからな。
俺はそのままツノシシを踏み台に軽く飛び上がって彼を掴み、抱き上げることで、落下の衝撃をなくしてやった。
「無茶をする」
「無茶はどっちだ馬鹿やろ……」
「俺か? 俺はできる範疇のことをしたまでだ」
「お、おおおおおおおおおお!」
「すげえええええええ!」
この町の住民がいつのまにか少しずつ集まってきている。なるほど、瞬間移動の他にも透明化などでやり過ごしたりした者がいたか。誰もかれも死にそうな思いをしていたようだ。街も壊滅状態であるし、兵士の報告通りだったな。
「もうダメかと思った!」
「うわあああん、ママぁ!」
「よかった、よかったぁ……!」
「空から降ってきたよな、この人たち!?」
「城の騎士様……でいいんだよな、一人は」
町民達は口々に喜びあっている。城の外には俺のことが出回ってないのか、俺について疑問に思っているものもいるようだ。
オンドがいつまでも抱くなといいながら俺から離れ、自力で立ち上がった。彼の元に町民が寄ってくる。
「騎士様! ありがとうございます!」
「息子も私も助かりました!」
「あ? ああ……あんたら礼ならアイツにいいな。あれは今回の魔人サマだ」
「なんと!? 魔人様でしたか!」
「魔人様……にしては禍々しいような……」
「そりゃあ、まあ、そこは仕方ねぇんだよ。うん。とにかくそういうことだから」
禍々しい見た目をしているか……。良い響きだ。オンドもはっきりと俺が魔王だといって仕舞えば良いのだが、まあ、城の連中の反応を見る限り町民はもっと混乱する可能性があるから言えぬか。そもそも魔王が何かわかっていればの話だが。
「ん……なぁ、おい」
「どうした?」
「あの化け物、まだ動いてないか!?」
「なに?」
町民の一人が地面に埋まったツノシシを指差してそういった。俺もオンドもそちらを振り返る。ツノシシはその者の言う通り、たしかに動いていた。それどころかゆっくりと亀裂の中から這い出てこようとしている。
「あ、あんな攻撃食らってまだ生きてるの!?」
「うわああああ、逃げろおおおおお!」
「ふむ、さすがはあの巨体。想定よりかなり頑丈だ」
「身体の大きさだけじゃねぇ、たぶん、マナの吸収量も半端じゃないんだ、アイツは。マナは溜め込める量、つまり魔集力次第で当人の身体機能も上げるからな」
「なるほどな」
こう話している間にもツノシシは身悶えつづけ、やがて全身が地上にあらわれる。フラフラとした足取りをしているが、全く大人しくなっていないようだ。仕返しがしたいのか俺のことをしっかひと目で捉え続けている。
「とりあえず、殺せるまで戦うしかないな」
「ああ、俺はマナを溜めるから、あとは頼んだぞ」
「うむ」
「ブヒィイイイイイイ!」
ツノシシは突進してきた。鋭利なものをこちらに向けて突進してくるその様は、今まで食らってきた刺突を思い出させてくる。ええい、なんだか腹がたってきたぞ。
ただ、いままで相手にしてきた人間共と違って動きは全く洗礼されていない。そのうえ巨体なので、俺でも簡単にツノを抑えて止めることができる。
「ブヒン」
「生意気だな、お前は」
俺はツノシシをきた方向へ投げ返す。なるほど重い。魔王にとって重いとはこのくらいの重量なのか。しかしただ投げ飛ばす程度ではあの蹴りを耐えた奴には甘かったようで、今度はすんなりと立ち上がってくる。
「ブヒ、ブヒヒヒ、ブヒィイイイイイイ!」
「また来るか? 何度でも投げ飛ばして……うん?」
「ブッヒイイイイイイイイ!」
明らかに様子がおかしい。奴の体毛が全て逆立っていく。小さな火花もいくらか見え始めた。バチバチとはじけるような音も聞こえてくる。やがて全身が光り始め、一本のツノ全体が雷を帯びたようになった。
「オンド、これは?」
「……魔獣は魔法を使える奴もいる」
「よりによってあの見た目で、電撃の魔法を纏うか」
おそらくあの状態で再び突き刺してこようとしてくるだろう。体の大きさこそまるで違うものの、今度も仕掛けてこようとする攻撃があの勇者と似過ぎていて……いちいち癪に触る奴だ。あの勇者が俺の目の前に立っているように錯覚してしまう。
いいだろう、そっちがその気なら俺も同じ攻撃をしてやる。ちょうどよく手元には部屋に持ち帰ろうとしていた木の剣があるからな。これで脳天突き刺してくれるわ。
「ブモオオオオオオオオオオオオ!」
準備ができたのか、ツノシシはツノを立てこちらに突進してきた。俺も剣を構える。こいつの死をもって嫌な記憶を消し去ることにしよう。八つ当たりというやつかもしれないが、お前をあの勇者に見立てて刺殺してやる。この恨みをぶつけてやるのだッ……!
「ブッヒッモオオオオッ!!」
「俺を舐めるな」
木の剣を立て、ツノシシに向かって走る。突き殺さんと、全力をかけて。……だがしかし、この場は足元の状態が悪かった。俺は瓦礫や地面のひび割れが多くあることを忘れてしまっていたのだ。故に地面にできていた大きめの亀裂に足を取られてしまう。
「あっ」
「「「あっ……」」」
おもいきり体勢を崩し、身体が前に倒れ始めた。その拍子に手の力が緩み、木の剣が手からすっぽ抜けてしまう。
その、剣が俺から離れる直前の瞬間だった。なぜか木の剣が腕を伝って俺の魔力を多めに吸い取り、大きな破裂音を鳴らしたのだ。しかも、何か黒いバチバチしたものも見え始める。
「ぐっ。なん……?」
ついに俺の前身は地面とぶつかる。だがそんなことは気にならない。俺は異変が起こり、まっすぐ飛んでいく木の剣を目で捉え続けている。
木の剣は、手から抜けた勢いでツノシシに向かって飛んでいく途中、黒く弾けるナニカを増幅させていった。黒いものは炎や光とはまた違う、まるで稲妻ようにほとばしっているように見える。
なんだかその様子を見るに、俺にトドメを刺したあの勇者の技にとても似ているような気がした。
そんな黒い稲妻は流れるように直進してゆき、ついにツノシシ目前まできた。が、正面には当たらず、ギリギリで横を通っていった。狙って投げたものではないから当たらなくとも仕方がない。
だが、それは当たっていないのにも関わらずツノシシの側面をかなり抉っていっていっていた。そしてツノシシの全身を通り過ぎた木の剣は自身の威力で燃え尽きてしまったのか、少し進んだ先で黒い稲妻もろとも消失してしまった。
側面を抉られたツノシシはぴったりと動かなくなっていた。おそらく今までのダメージと合わせて限界だったのだと思われる。
「……ネームレスサマ、今のなんて技なんだ?」
「俺が知りたい」
俺はあんな技はしらない。俺のレパートリーの中にはない。だが、今あの技が吸い取っていった魔力はそれなりの量だった。どういう原理で発動したかは知らないが、これが自由に使えるようになればこの世界の勇者との戦いも有利に進められるのではないだろうか。検討してみる価値はある。
それから俺たちは城へ戻り、超巨大魔獣のツノシシを倒したことを報告した。ツノシシが暴れてボロボロになった街や俺が飛び上がる際に破壊してしまった塔の壁と屋根は修復部隊が頑張って直した。
俺は別にどうなろうと良かったのだが、町民達から死者や重傷者が出なかったらしい。あの規模の魔獣が現れてこの程度で済んだのはとても運の良いことだという。後にヨームが嬉しそうにそう報告してきたので、友人として頷いておいた。
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