第9話

「じゃあ、まずは……マナを集める方法から教える……?」

「いや、その前にこの世界の最低レベルの魔法をいくつか前で撃ってみてくれないか。手本にしたい」

「でかいのをドカンと一発撃つのではなく? アタシはその方が快感があって……」

「ダージィ、これ、ネームレス様のため……。ダージィのためじゃない……」

「う、そうでした」



 ダージィはこの世界の基礎に該当する六属性の魔法を実演してみせてくれた。火属性のものはファイア、水属性はアクア、風属性はウィンド、土属性はアース。そして雷属性のエレクトと氷属性のアイス。

 俺の世界では氷属性は、発動に基礎となる五属性の魔法より発動するのに一手間が必要なのだが、この世界では基礎の扱いなのだな。



「どうでした?」

「魔法の発動そのものは似ているな。だがこの世界の魔法は全て手のひらから出すのか?」

「全てではありませんが、大体その通り。じゃあさっそくマナ集めの仕方……」

「うーん、やっぱり、流れ的にこの世界の魔法の原理から教えた方がいいんじゃないかなぁ?」

「……どうしましょう、ネームレス様」

「そうだな、ダージィの言うようにしてくれ」

「ではそうしましょう……ちょっと、説明長くなりますよ?」



 姉妹は椅子を用意して俺を座らせると、マナというものの仕組みと魔法について教えてくれた。

 まず、この世界の魔法に必要な『マナ』は空気中に漂っているものであり、この世界の住人はそれらを呼吸と同じ要領で己の体に取り込み、蓄積しているようだ。


 この世界の魔法も、俺の世界の魔法陣のように決まった形がある。マナを体内でそれらに成形し、その成形したものを体外に放出した瞬間に魔法が発動する。出す場所は体のどこからでもいいらしいが、一番格好がつく手のひらからで落ち着いているようだ。

 成形されたマナは『文字』がイメージとして近いらしい。何種類かある決まった形を組み合わせることで、文字から単語や文章となるように、成形されたマナも魔法となるのだ。魔法の種類が多そうなのはそのためだな。


 この、<決まった形を作って発動する>という共通点があるため、アルゥ姉妹は俺の世界の魔法が自分たちにも使えるかもしれないと考えたわけだ。

 ちなみに身体が特殊な構造でないと形成できない魔法もある。その特殊な身体こそが魔族の目にあたる。そのために人族には不可能な魔法を使えるらしい。



「とりあえず、今はここまで!」

「なるほど、だいたいわかった」

「そう……? それならよかった。じゃあマナを集めることができるかどうか試してみましょうか……」

「過去の魔人に成し得た者はいるのか?」

「それはちょっと……姫様に聞いた方が、早いかな?」

「そうか。まあできなければ今度は魔力で代用できるか試すまで。とりあえずやってみよう」

「ん……」



 ダージィ曰く、まず、空気中にマナが溢れていることを意識するらしい。見えない物を意識するのは難しいそうだと述べたら、きちんと一定時間だけ可視化する魔法が開発されており、実際に皆その魔法をかけてもらってから練習するのだと言われた。そうでもしないと視認するだけでも十年くらいかかるのだとか。


 さっそくその魔法を受けてみると、空気のそこら中に桃色や水色の小さな光の粒のようなものが見えるようになった。なお、色自体に特に意味はないようだ。

 次にそれらを全身から吸引するようなイメージをする。先に説明された通り呼吸に近い要領のため、特に口がマナを一番取り込みやすい部位。ダージィとゴージィが深呼吸をすると、たしかに大量の光の粒が彼女たちの体内に入っていった。これでマナが体に蓄積されたことになるらしい。


 この世界の人々は人族も魔族も、自然な呼吸にこの過程を組み込むようにしている。人族で遅くて五歳、魔族だと立つよりも早く皆そこまで必ず出来るようにするのだそうだ。

 さっそく俺もマナを集めてみた。しっかりと意識すればきちんとこちらに寄ってくる。そして体内に取り込むことに成功した。



「お、おお、できたぞ! できっ……ゲホ、ゲホゴホッ、ゲホッ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「むせた……? それとも、魔力とマナは両立できない……?」

「い、いや、むせただけのようだ。しっかりと魔力以外の力の何かがこの体に残っている感覚がある」

「すごい……! 歴史的瞬間、ワタシ嬉しい……!」

「アタシも嬉しい!」



 もしかしたらと考え、魔力の回復にマナが使えないか試してみたが無理だった。そのせいでむせた。そこまで都合の良いものではないようだ。

 しかし、なんとなくだが、マナを魔力の代わりに使うことはできるし、魔力をマナの代わりに使うことはできる気がする。例えるならば、石炭と木炭は素材自体全く別物だが、用途が一緒の場合もあるだろう。……ちょうどそんな感じだ。



「じゃあさっそく、アタシ達の魔法を!」

「まて、その前に二人に良いものを見せてやろう」

「なんでしょうか?」

「……?」

「体内に二つの魔法の源を両立させられた俺だからこそかもしれないが、マナで魔力の代用をする感覚がたった今掴めたのだ。ゴージィ、お前の考えの一つを実現させてやる」

「……ほほぅ……!」

「スゥゥゥゥゥ……フレイム!」



 たっぷりと空気中のマナを吸ってから、すぐにその身体に貯めたそれを魔力による魔法と全く同じ要領で体外へ放出させ、指定した場所で魔法陣を描かせる。そして描かれた魔法陣はそれに対応した効果である、炎の初級魔法を噴出した。

 威力は最低レベルのものだが、成功だ。これで、少なくともマナは魔力の代わりになりうることが証明されたのだ! 万が一魔力切れを起こしたりした時に使えるかもしれない。

 


「どうだ!」

「おお……!」

「す、すごいすごい! できた!」

「自身でも想定より上手くいったぞ。威力は低いがな。では二人とも、この世界の魔法を教えてくれ」

「わかりました!」

「……任せてください」



 心持ちが高くなり、さっそく二人の指導のもとマナの魔法の練習を始めた。

 ……が、あまり上手くはいかなかった。その原因はすぐにわかった。

 魔力による体外で魔法陣を形成する感覚と、マナによる体内で魔法を形成する感覚が想像以上に異なるのだ。似たような内容ではあるが、魔法を形成する場所が違うだけでだいぶ違った。

 結局、マナによる魔法をなんとか俺が発動しようと粘ったところで時間が来てしまった。

 


「もっと、ワタシが教えるの上手ければ、成功したのかも……」

「アタシも、もっとわかりやすいように実演すれば……」

「いや、二人に落ち度はない。それに、この先なんとかなりそうな気がするのだ」



 感覚が異なるというだけで、俺がマナによる魔法の習得が不可能でないことは試行するたびに理解できた。それに元々、初日で基礎を覚えてしまおうとするなど無茶な話だ。なんにせよ、今後の己の努力次第でどうとでとなりそうな気がする。



「それにしても、ネームレス様には、いいものたくさん見せてもらった……」

「そうそう、アタシ達教える側なのにね!」

「ふむ、まあ俺は魔王だからな。凄いのは当然だ! ふはははははは!」



 とにかくこうして訓練が終わったため、俺は部屋へ戻るために第十魔法室を出た。続けてゴージィも出てくる。そのまま特に彼女を気にすることなくその場を後にしようと思っていたが、ゴージィは俺に要件があったようで、モジモジとした態度をとりながら話しかけてきた。



「あっ、あの……!」

「どうした?」

「午前中の、あの……地響きってネームレス様が……?」

「ああ、俺の実力を測るための模擬試合中にな。力の抑えを低く見積もりすぎてな。それがどうかしたか?」

「その場には……あの、オンドも居たって……」

「そのオンドが俺の対戦相手だったぞ」

「……! オンドは、大丈夫なのですか……?」



 目を潤ませ、身を乗り出してくる。昼食後に眠たそうにしていた彼女とはえらく違う熱のこもり方だ。特別、親しい友人なのだろうか。ならば昼食の時間の間に直接聞けばよかったと思うのだが、暇がなかったのか?



「なんてことはない、彼の方が上手だ。俺の攻撃は空振り、地面に当たった。地面は割れて凹んでしまったが、それ以上の被害はない。地面も修復されたしな」

「あ、それで地響き……。よかった。ごめんなさい……変なこと聞いて」

「まあ、構わんが」

「で、では……ワタシはこれで。また明日……!」



 ゴージィはそそくさと去っていった。そして、まるでゴージィがいなくなったことを見計らったようにダージィが出てきた。彼女は聞いてもいないのに語りかけてくる。



「ゴージィ、オンドのこと好きなんですよ」

「ああ、そういうことか」

「オンドは姫様のことが好きなんですけどね」

「複雑だな……。そうだ、俺の世界では双子は好みが似るという説が存在するが、お前はオンドのことはどうなんだ」

「こっちでもありますよ、それ。確かにその通りなんですけど、男の好みは合わなかったみたいです。アタシはむしろ、ゴージィみたいなのが恋愛対象ですから」

「……は? 姉妹としての好意ではなく?」

「秘密ですよ?」



 ダージィは微笑みながらゴージィと同じ歩き方で去っていった。魔法の文化の違いなんかよりもよっぽど今の発言の方が理解し難いのだが。ゴージィがオンドへ、オンドがヨームへ恋慕しているのはまあ良いとして、ダージィがゴージィへ? 自分にそっくりで血の繋がっている同性の存在を? この世界はそういうのもアリなのか? だめだ、頭痛くなってきた。このことについては忘れよう。ヨームにも相談すべきじゃないな……。まったくもって人は面倒だ。



◆◆◆



 気がついたら朝になっていた。昨日、俺はアルゥ姉妹と別れてから図書室に行き、この世界の剣術の基礎と魔法の基礎の本を借りてきた。

 

 そしてそれから一晩中、そこらの棒で剣術の構えや素振りの練習をしながら、回復など何かを破壊するわけではない種類の魔法で体内でのマナの構築を復習していた。一日くらいなら眠気は感じない。なに、俺自身一週間はもった。魔王の中には一ヶ月も睡眠をとらなかった者も数人記録されている。要するにこのくらいは問題ないのである。


 俺はそのまま赤ずきんが運んできた朝食を食べ、体を清めてから服を着替え、予定通りにモクドの元へ行き剣術の訓練を受けた。しばらくは基礎訓練のためオンドは一緒じゃないそうだ。

 前半は昨日に続き基礎からよくよく指南をうけ、後半は地道な反復練習をこなした。その途中で、モクドは俺の様子を見て何かに気がついたようで指導をしてきた。



「ネームレス様、もしや昨晩、自主鍛錬などをしたのでありますかな?」

「わかるか? 魔王は数日は眠らなくても大丈夫だからな、教示本を借りて一晩中行っていた」

「それはもちろん、兵士たちを指南して長いでありますから。良いことではありますが、休むときは休んで欲しいのでありますぞ。本番に備えて」

「そうか? だがそれでは俺は足りぬのだ」

「なにも自主鍛錬をしてはいけないというわけではないのであります。他者より頑丈でも、せめて数時間は休んでいただかなければ」

「そこまでいうのならそうしよう」



 こういうことは指南してくれている者に従った方が良いだろう。今日から二時間は眠りにつくことにしよう。加えて、読書をもう一時間増やすのもいいかもしれない。

 そして、時が過ぎ気がつけばこの日の分の訓練は終わっていた。こうなるとやはり足りなく感じる。悩ましいものだ。



「今日はここまでであります。昼食後、昨日同様アルゥ姉妹の元に行くのであります」

「了解した。そうだ、この木の剣は持ち出してもいいか? ちゃんと睡眠は取ると約束するが、やはり鍛錬はしたい」

「わかりました、良いのであります」

「助かる」



 モクドと別れ自分の部屋へ戻ろうとしたその時、激しく慌てふためくような大勢の足音がこの城の入り口付近から聞こえた。モクドにもしっかり聞こえたようで、その音がする方向に顔を向けている。



「……なんだ?」

「わからないのであります。少々、様子を……」

「超巨大魔獣が出たんだぞおおおおおおおおお!!」



 男の叫び声が聞こえ、それと同時に何人かの女性の悲鳴も鳴り響く。超巨大魔獣とはなにか問おうとモクドの方を向いてみると、彼はかなり大きなため息をついていた。やはりなにか困るようなものらしい。



「モクド、超巨大魔獣とはなんだ」

「簡単に説明しますと、魔獣はマナの吸収ができるようになった動物であります。魔法も使える個体もおります。そしてマナをより溜め込んだが魔獣ほど元の動物から考えられないほど大きく頑丈に育つのであります」

「……つまり、超巨大な魔獣というのは」

「強力な魔法が使えて力も強い厄介者であります。最近、たびたび出現するのであります」



 俺の世界でいう魔物か。俺の世界でも、魔力を持たない動物と魔力を持つ魔物に別れている。もっと言えば魔王の息がかかった、魔王配下の魔物もいるが。

 まあ、とにかく魔獣の認識は魔物と似たようなものでいいだろうか。しかし超巨大とは……興味があるな。どんなものか見に行ってみるか。



「モクド、俺は見にいく」

「ネームレス様、それは危険……と言いたいところでありますが、ネームレス様なら大丈夫でありましょうな」

「人と違って動物であるが故に、ただ単に力任せな暴れ方をするのだろう? それなら俺が討伐してやってもいい。それとも保護か?」

「凶暴化した魔獣は討伐対象であります。魔獣の皮からは良いアイテムが作成できますから。そうでありますな、状況次第ではお任せしたいのであります」

「うむ」



 俺とモクドはとりあえず騒がしい城の入り口へ向かった。そこにはメイドや兵士たちとは違う服装をした中年から老人の男女が五人ほど、兵士たちになにかを説明しながらあたふたしていた。

 彼らの話を聞いていた兵士の一人が俺たちの方に向かってくる。



「これはモクド様! 実は城下町から森に一番近い東二番出入り口に、囲いを突き破って超巨大魔獣が現れたそうで!」

「なに、突き破ってだと!? そんなことができるなんて……一体身長石何個分の大きさなんだ」

「そ、それが、縦に五十一個分、横に九十七個分……! 測量魔法をもつ街の測量屋が見たのでそれで間違いないらしいのです! また、元の動物はツノシシとのこと!」

「なんという……」



 現れたという超巨大魔獣の大きさはだいたい縦に俺が二人半、横に俺が四人半か。かなり大きいな。ツノシシがどんな動物かはわからないが、やはり興味が尽きん。



「おい親父、なんの騒ぎだ!」

「お、オンド殿!」

「オンド、東二番出入り口に身長石五十一個分の魔獣ツノシシが出現したらしい。……お前の移動魔法ですぐにでも向かおう」

「はぁ!? なんだそりゃ!」



 いつのまにかオンドまで来ていたのか。俺たちのように騒ぎが聞こえてきたのだな。それで、オンドは目の色は紫色。魔族として使える魔法は瞬時に場所を移動できるものだな。たしかにそのような魔法を使用できるのならすぐに現場へ向かえそうかものだが。



「俺は魔法を専門に鍛えてるわけじゃねぇから運べるのは自分含めて二人が限度だ! 飛距離だって本職ほどじゃねぇ! しかも東二番って、そこそこの距離あるじゃねぇか!」

「だがこうして移動魔法部隊を呼んだり、自体を説明している間にも被害は広がっていくぞ……! 報告はこの兵士たちに任せ、まず私たちだけでも向かわねば」

「そうしてぇけどよ……! おいあんた、現状どうなんだ!」

「はっ、町民達の話では一般の移動魔法を扱える者が危険な立場の者から救助しているためなんとか死者はおりませんが、建物は次々倒壊していっていると……」

「その者達のマナが尽きて死傷者が出るのも時間の問題だな……」



 どうやら一刻を争う事態だと判明したようだ。先程は魔獣が来たと知っても慌てていなかったモクドが、いまや冷や汗を流している。

 うむ、俺が全力を出せばもしかしたら死傷者を出す前に間に合うかもしれんな。念のため移動魔法と掛け合せれば……。試してみるか。

 

 どっちみち超巨大魔獣は俺が倒してみるつもりでいたのだ、対象の元へ辿り着くのが早くとも遅くとも一緒。だが早く行かなかったことにより、救えるものを救わなかったと責められ、雰囲気が悪くなるよりはマシだろう。

 町民のことなどどうでもよいのだが、やってやろうではないか。

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