第8話
やがて休憩が終わり、俺はモクドに部屋の中心まで来るように言われた。しかしオンドがいない。よく見渡してみると彼はこの部屋にいくつかの荷物を運んできているようであった。この訓練で使う備品だろうか。車輪のついたソリのようなものにそれらは詰め込まれている。
「では休憩前に予告した通り、今からネームレス様の得物を決めたいと思うのであります」
「そうだな、やはり武器が必要だ」
「なにか希望はありましょうか」
俺が今後扱ってみたい武器か。今ここで決めた武器がこれから俺の魔王としての活動にも確実に関わってくるだろうな。となるとやはり、勇者やオンドが使っていた剣に憧れる。
まあ、他の武器の使い手を単純にみたことがないからかもしれないが。それに過去の魔王たちの大半も刃物の武器を持つならば剣であった。これだけで理由は十分だろう。
「うむ、俺は剣がいい」
「ネームレス様のあの怪力ならば斧や槌も良いと思いますが、剣も無難で悪くはないでありますな」
「親父は大体の武器教えることができるが、俺は教えられるのは剣だけだ。そう考えるとネームレスサマの希望通りがいいと思うぜ」
「ならばそうしましょう。私めも剣は教えやすい。まずは体格にあった剣を選ぶため、身長を測るのであります」
「承知した」
モクドはオンドが運んできた車輪付きソリの中からレンガのようなものを取り出した。それを俺の足元に一つおく。
「ではこの石に合わせて足を揃え、背筋を伸ばすのであります」
言われた通りにすると、しばらくそのままの体勢でいるように言われた。モクドとオンドはレンガのようなものを次々と積み上げていく。台を使いながらそれらが二十個ほどになったところで二人は作業をやめた。積み上げられたレンガの高さが俺の背の高さに近くなっている。
「だいたい身長石が髪を含めないで十九個と三分の一でありますな……」
「見たらわかるが、やっぱたけぇな……」
「その結果がどのくらいのものかわからぬが、確かに俺は低くはないな」
「比較対象として、オンドは身長石十七個半でありますぞ。身長石一個でもだいぶ身長に差があるのであります」
「ちなみに俺は丁度、この国の平均くらいだ」
なるほど。様々なものが平均に合わせて作られているのか、実はヨームに城の案内をしてもらっている時、何度も部屋の出入り口で頭をぶつけそうになった。身長が高いことで外見に威圧感が生まれるのは俺にとっていいことではあるのだがな……。
「身長が高い奴向けの剣ばかり持ってきて正解だったぜ」
「そうであるな。とりあえず一本握ってみるのであります、ネームレス様」
「ふむ」
俺はモクドから鉄製の長剣を一本受け取った。とても軽い。正直、食事用のフォークやナイフを持っているのと感覚が変わらない。初心者用だから軽めなのだろうか。
「なあ、これはかなり軽いのだが、実戦用の剣はどのような重さなんだ?」
「ほぼ、実戦用の剣と変わりないのでありますが」
「つーか、身長石十九個に合わせた剣なんて普通の剣よりも重い方だろ」
「やっぱり怪力が感覚を狂わせてるのでありますかね?」
「ああ、そうなのか。そういうことならば仕方ないな。少し広い場所で振り回してみてもいいか?」
「そうでありますな、馴染み具合を確かめて頂きたい」
俺は部屋内の二人から少し離れた場所に立つ。どう振り回していいかもわからないので、とりあえず勇者やオンドがしてきた突きでも見様見真似でやってみようと思い、剣を握って前に突き出してみた。
その瞬間、柄から刀身がすっぽ抜けてしまう。あっさり抜けた刀身はそのまま真っ直ぐ進んで行き、壁に突き刺さった。
「……なんか壊してしまった。すまない」
「はぁ、なんだありゃ」
「力が強すぎて剣が耐えきれなかったのでありますな」
「偶然、老朽化したものを選んだとも考えられる。もう一本だけ振ってみてくれねぇか、ネームレスサマ」
「うむ」
オンドから先ほどの剣と同じ長さのものを受け取る。突きで刀身が飛んで行ってしまったのだから、今度は上下に振ってみるべきだろう。俺はまた見様見真似で上から下へ剣を振り下ろす。案の定、柄から刀身がすっぽ抜け、壁にさっくりと突き刺さった。
「こりゃあダメだな。つーか一度振っただけでこうなるんだから、他の武器も大概同じだろ」
「力の込め方を変えてもおそらくは、しばらく持つようになる程度でありましょう」
「やはり素手の方がいいか?」
「いや。勇者は代々、アイツら専用の剣を使う。頑丈とはいえネームレスサマも傷を負わないわけじゃねぇから、素手じゃ圧倒的に不利だ」
やはり素手のみでは限界があるか。魔法を主軸に戦うようにするという手段もなくはないが、おそらく初級魔法ではまず倒せない相手だろうしな。どうしたものか。
素人の俺は考えるのをやめてモクドに一任した方がいいのかもしれない、そう思っていたら彼が一声あげた。
「そうだ、オンド。たしかまだ倉庫に練習用の一本削りの木の剣があったよな?」
「一本削りの? ああ、昔試しに導入してみたやつな。あんまり評判良くなくて倉庫行きになったが……」
「あれならネームレス様の力でも刀身が抜けることはないだろう」
「はは、そりゃそうだ。抜ける抜けないじゃねぇ、最初からくっついてる。ちょっと取ってくるぜ」
「しばらくお待ちして欲しいのであります、ネームレス様」
「うむ」
なるほど、刀身が抜けてしまうなら最初から一つになっているものを、ということか。それなら確かに俺の手が滑りでもしない限り壁に向かって飛んでいかないだろう。
しばらくしてオンドが三本ほど長めの木の剣を抱えて戻ってきた。
「あったあった、奥の方に隠れてて取り出しにくかったけど、ちゃんと残ってたぜ」
「よし、ではこれで練習するのであります! ネームレス様」
「あれだな、王様経由で腕の立つ鍛冶屋に頼んで、柄と刀身が一つになってるきちんとした材質の剣を複数本作って貰う必要があるな。木の剣じゃ戦えないだろうし」
「であるな。ではここから先は、私がネームレス様に基礎を教えるから、その間にオンドは王様に頼んでおいてくれ」
「雑用多いなぁ……」
オンドは再び部屋から出て行った。俺は一本削りの木の剣のうち一つを手に取り、振ってみる。当然だがすっぽ抜けてしまうことはない。これならまともな練習ができそうだ。
「では、一から、基礎から始めるのであります」
「改めてよろしく頼む」
「ではまず、足を____________」
◆◆◆
三時間の訓練を終え、俺は自分の部屋へ戻ってきた。
疲れという存在の認知はモトの記憶からである。故にどんなものかは理解している。その疲れを魔王であるがために感じないのはやはりこれから稽古を続けていくにあたって有効に働いてくれるだろう。いまから丸一日素振りを続けても平気な気がする。
ベッドの上で先程までしていた訓練を脳内で振り返っていたら、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ネームレスくん、昼食、一緒しよ?」
「ヨームか。いいぞ」
ヨームがまた二人分の昼食を運んできた。昨日から机や椅子の場所を動かしていないため、そのまま席につける。今日の品目はパイ包み焼きのようだ。
「モクドさんとの訓練、どうだった?」
「うむ、良かったぞ」
「そっか!」
そういえばヨームの身長は一体どれほどなのだろうか。俺は身長石とやら十九個分だったが、ヨームは俺より二つ分は低いように思える。ちょっと聞いてみるか。
「なぁ、ヨーム。俺は今日、この世界の身長石とやらで身長を測ったが、だいたい十九個と三分の一だったそうだ」
「やっぱりすごく高い……ネームレスくん、何度も入り口に頭をぶつけそうになってたものね」
「ところでヨームは幾つなんだ?」
「うっ……それは……」
ヨームは目をそらした。言うのが嫌なのだろうか。ならば仕方ない。無理強いは良くないからな。
「言いたくないのなら構わないが」
「いや、その、秘密にしてるわけじゃないんだけど、そう見えないって驚かれたり、小さすぎるって目線向けられたりするのがちょっと。で、でも馬鹿にしないなら教えてあげるよ! 友達だもの」
「別に馬鹿にはしないが?」
「そう? なら……十四個と十分の七だよ」
つまり俺よりだいたいあの石、四個分は低いということか。俺が予想していたよりかなり低い。
……身長が低いことはわかっていたが、顔と体のバランスが絶妙なせいかそこまでには見えないんだよな。驚かれるとはそのためだろう。たしかに不思議な気持ちになる。
「赤ずきんちゃんも私より十分の六個高いんだ。並ばなきゃわからないとは言われるけどさ……」
「同じくらいだと思っていたが、それなりに差があるのだな。まあまだ十六歳ならば成長していくだろう、気に病む必要はないな?」
「そー……だよね?」
となると身長に対して体重は……。いや、まて、体重を訊くのはいけないと頭の中で鳴り響いているぞ。モトの記憶によるもののようだ。女は訊いてはいけないことが多いみたいだ。そのうち一つを訊けば最後、対象との友好関係が一段階薄れてしまう。今後、こういった話はなるべくしないでおこう。ならば、今は話題を変えるまで。
「そうだヨーム。俺の一つ前の魔王について語ってもいいか? 本来ならば順番的に俺の世界の情勢から教えるべきなのだろうが」
「うん、もちろん! 話しやすいことから教えてくれればいいよ」
「そうか、では先代の魔王アルティメットについて教えよう。彼は歴代の魔王で最強格であったと俺は認識している。彼自身もそう自認していたようだ」
「最強……! どんな魔王だったの?」
「俺たちの名前や二つ名はその能力や経歴、立ち振る舞いで決められるが、先代は名前通り凄まじかった……」
先代の魔王、アルティメットは魔王の特性として自然現象を操ることができた。それ以外にもいくつか能力はあったようだが、一番特徴的なのはそれだ。
天候を操作したり、火山を噴火させたり、魔力を使わなくても甚大な被害を人間達に与えた。特に特徴的だったのは自然発火であり、なんの動作も予兆もなく街一つを消し去るほどの炎を一瞬にして出現させることなどら容易だったらしい。まさに究極と言えるだろう。
以上のことをヨームに話すと、彼女はうんうんと頷いた。
「たしかにそんな攻撃がいくらでもできるのは強力だよね。でもネームレスくんの時代が来ているってことは、その魔王も人間の勇者に倒されたってことなんでしょ?」
「その通りだ。どうやら勇者はアルティメットの能力とタメを張るほどの天変地異を起こす魔法を編み出したらしい」
「それって、今の時代もその魔法が残ってるってことなんじゃない?」
たしかにヨームの言う通り、魔法だけ残っている可能性もある。そうすれば俺なんてひとたまりもないだろう。だがそれほどのものが誰でも習得できるとは思えないからな、元の世界に戻っても頭の片隅に置いておく程度の認識でいいのではないかと思う。なにより俺のモトの方の記憶にはそんなものは存在しない。
ただあの勇者はまだ奥の手が残っているような感じがした。それが先代を真似た魔法でなかったとしても、何か対抗手段を考えればいけない。……俺の能力が判明していればもう少し楽な話なのだが。
「たしかにあると仮定して、戻った後のために何か対策を考えなければな」
「それなら、私達のこの世界の魔法がそっちでも使えれば幾分かはマシになりそうだと思うな。どうだろ? 次の時間にアルゥ姉妹に教わって……」
「……まずは覚えられるかどうかだが、試してみる価値はあるよな、やはり」
少なくとも文字や言葉の認識を増幅させる魔法などは元の世界にはない。こういった特別なものを覚えるだけでも他の魔王と差別化ができるだろう。
なんなら、俺以降の魔王のためにここで学んだ魔法を記すのもいい。どの魔王も試すことすらできなかったことだ。ふははは、そう考えると少し心が躍動したぞ。
◆◆◆
昼食時を終えてヨームと別れてから、俺はすぐにアルゥ姉妹が待機しているという屋内訓練所の第十魔法室へ訪れた。第十以降の訓練室は全て何かの魔法がかかっているのか、扉前でも十分感じられるほど不思議な雰囲気が漂っている。
第十室の淵でアルゥ姉妹が二人並んで椅子に座っている。どうやらダージィの方は眠りについているようだ。……いや、ゴージィだったか?
「来たね、ネームレス様。ほら、ゴージィ起きて」
「……むぅ、もう来たの?」
「ネームレス様は時間通りだよ」
「……そう、ふぁぁ」
どうやら眠っていたのはゴージィだったようだ。目が覚め切っていないのかまだ虚ろな目をしている。ダージィは彼女を放っておいて俺の前まで来た。
「ではネームレス様、魔法の訓練をしましょうか」
「よろしく頼む」
「すいません、ゴージィったらご飯を食べたらすぐ眠たくなる癖があって」
「そうか、まあ今から起きてくれれば問題はない」
「だって、ゴージィ」
「……寛容なお言葉に……感謝?」
「うん、感謝しなきゃね」
ゴージィは一度大きなあくびをしてからダージィ同様に俺のそばまで来た。双子というのは本当に似るものだな。やはり、魔族としての目の色も同じなのだ。
「じゃあ……まず……ネームレス様の、世界の魔法を、今使えるやつ全部見せて欲しい……です」
「実はアタシ達、既にネームレス様から頂いた本の翻訳された複製を王様から渡されました。ネームレス様の武術の稽古の間に、大体、どんなものかは把握済みですよ」
「そうか。だがその本によって魔法を撃ち出す方法は記憶しているものの、実際に撃つのは今が初めてだ。規模や威力すら文面でしか把握していない。もしかしたら二人に危険が及ぶかもしれないが」
「そこらは大丈夫、アタシ達はこの城随一の魔法使いですから」
「……ですから! あ、その前に……この部屋の説明を……」
「そうか、ではそれを聞いたら実行しよう」
どうやらこの部屋は魔法で暴れてもすぐに修復できるよう黄緑色の目の修復魔法が常にかかっている状態らしい。宝物庫にあった透明な箱と同じような方法で施されているようだ。
この部屋内にはタイルの床が貼られた箇所と煉瓦の床が敷かれた箇所があり、タイルが人の待機場所、煉瓦が魔法が被弾場所と分けられている。煉瓦の床の方が三倍ほど広い。俺はこれからタイルの床にある目印から煉瓦の方に向かって魔法を撃てばいいらしい。
「じゃあ基本の五属性から、どうぞ」
「……フレイム!」
ダージィの合図の後に初歩の初歩、基礎中の基礎といえる火属性、初級魔法のフレイムを出すことを意識した。すると、赤い魔法陣が目の前に現れ、そこから炎が噴出される。ぶっつけ本番だったがなんとかうまくいったみたいだ。
身体中に血液のように巡っている『魔力』を体外に放出し、頭の中で指定した場所で、指定した形に固まらせたものが魔法陣となる。そしてそこから魔法が噴出される。早い話が魔法の噴出口だ。これが魔法を発動する基本的な方法である。……と本に書かれていた。
また、体外から放出した魔力を固める時に、その固め方で魔法が変わる。魔法の段階が上がるほど必要な魔力が多くなり、魔法陣の形成も複雑になるのだ。
「ふわぁ……書いてあった威力と全然違う……」
「魔王だからな。普通に放ったつもりでもこうなってしまう。記載されているのは普通の人間用だ。人間の威力にするにはわざと弱める必要があるが、俺にはまだうまくできない」
「そうでしたかぁ」
各魔法には最低限必要な魔力が決まっており、下回ると魔法陣を作れない。逆に上回ることは可能で、多い分だけ本来のものより効果が高くなる。ただ、上位の魔法……例えば初級魔法と中級魔法に同じ魔力を注ぐと質が高い中級魔法の方がより良い効果が出る。
故に今のフレイムが強力になったのは俺が調節できていないためだといえよう。魔王は特になにも考えずに魔法を放つと、人間が放つ同魔法の一つ上の段階と同等の威力になるらしい。
ちなみに魔法陣は、魔力で形成された魔法の噴出口であるため、多く魔力をつぎ込んでサイズを大きくし、拡大することも可能なようだ。歴代の魔王の何人かは街一つ飲み込むほどの魔法陣を作り出したことがあるようだ。
「でも今くらいならこの部屋は大丈夫なので、ウォーターとハリケーン、ランドまで続けて出してみましょう」
「了解した」
俺は残り三種の魔法をフレイムと同じ要領で続けて放った。特にそれらもフレイムと変わりは無く、魔王が調節無しではなった初級魔法そのままの威力であった。サンダーを放つ時だけ少し嫌な記憶を思い出したくらいか。勇者は究極級まで扱えていたな。
「ふんふん……なるほどね」
「じゃあネームレス様、次は肉体強化系の魔法を試してみましょう。まず速度を上げるアクセルというものから」
「わかった」
アクセルと唱えると、俺の頭上に魔法陣が現れ、頭から足に向かって通り抜けていった。これで俺に速度上昇の効果が付与されたことになる。魔法の噴出と違い、魔法の付与はこのように対象物を魔法陣が通り抜けていくことで効果が発動するのだ。……あの勇者はこれが得意だと言っていたか。
それ以降、俺は双子の指示通りの順番で本に書かれていた魔法全てを試した。やはりどれもまだ調節はできなかったが、本を読み込んでおいたおかげか発動自体は成功した。
……初級魔法に関してはあとは威力の調節、発動場所の正確な指定、複数同時発動を練習すればものにできたと言えそうだ。初級とはいえ、魔力をかなり注いだ状態のものを何十発も同時に撃てればそれなりの脅威になるだろう。
「どうだ、これで全てだが」
「そうですね、アタシ達の世界の魔法と似たようなものが多くありました。フレイムやウォーターのようなものは特に似てます」
「……これ、たぶん……マナを代用して……ワタシ達でも再現可能……。知ったら王様、すごく喜ぶ。仕組み、理解できた」
「ということは、ゴージィ?」
「ネームレス様も……ワタシ達の魔法、使えます。……たぶん」
そうか、この城の魔法を代表している二人が言うのだからそうなのだろう。期待していた通りの流れで俺はとても嬉しく思う。
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