第7話
「ネームレス様、調子はいかがでしょうかの?」
「うむ、悪くない」
ヨームから城内の案内をされ、友人となったその次の朝。朝食を食べ終え、借りた本でも読もうかと椅子についたその時、王が何人かの兵士を連れながら直接俺の部屋に尋ねてきた。
「それはよかったのですじゃ。昨日は案内によこしたヨームの話し相手になってくれたとか」
「ああ、彼女と俺の趣向はそこそこ合致するようだ。良い友人ができた」
「そうでしたか、そうでしたか。あの子も昨日はずっと楽しそうでした。祖父として喜ばしいです。寄贈してくださった本の件に重ねて、お礼を申し上げます」
王は俺に向かって頭を下げた。ふむ、同格の扱いをしてくれとは言ったものの王はこの態度を貫くつもりでいるようだ。いっそヨームみたいに気軽な態度でいてくれた方が気楽なのだが、そこらは無理強いしない方がいいだろう。そろそろ話を先に進めるか。
「それで王よ、要件はなんだ?」
「様子見を兼ねて、ご報告をと。ネームレス様の特訓のお手伝いをするための準備が整い、予定も組むことができましたのじゃ」
「そうか! 一日で準備してくれたのだな」
「これからはこの者が中心としてネームレス様の指南を致しますのでな。……前へ」
それなりに歳を重ねた、服装などにより普通の兵士なんかより格が上だと一目でわかる男が現れ、俺に向かって深々とお辞儀をした。これからこの男が俺を強くしてくれるのだろう。雰囲気だけなら十分ある。楽しみだ。
「名はなんという?」
「ハッ! 私めはドーハ城騎士団最高指揮官 兼 最上指南役のモクド・クゥーと申す者! 今後約一ヶ月に渡りネームレス様の武術の指南をさせていただくのであります!」
「そうか、よろしく頼む。ところで王よ、事前の連絡を欠いて済まないが、俺は魔法の練習もしたい。できればそのための時間と人材も欲しいのだが」
「そうじゃったか、それは丁度よかった。念のために予定の案を複数立ておいたのですじゃ。そのため魔法の指南に長けた者もこの場に呼んでおります。このお二人です」
王がそう言うと、ローブを羽織った若く、目の色も顔もよく似た女性二人がモクドのとなりに出てきた。双子というやつだろう。目の位置が左右反対なため、それで皆、判別をつけてるのだろうか。
二人ともモクドと比べて浅めにお辞儀をし、自分の名を名乗り始めた。
「アタシはダージィ・アルゥ。そしてこっちは」
「……ゴージィ・アルゥ」
「アタシ達姉妹のうち、ゴージィは魔法の開発や解明が得意で、アタシは実践が得意。ネームレス様の世界の魔法がまだどんなものかわからないけれど、一応、アタシ達二人体制で指南していきますよ」
「うむ、頼んだぞ」
どのような訓練をこの者達が指南してくれるかはまだ未知である。モクドと比べてかなり若い女であるが故に熟練した雰囲気はないが、王が直々に指名した者達だ。期待はしておこう。
王は三人に先に下がっているように言った。三人とも王に向かって軽く礼をしてから、おそらく、それぞれの持ち場へと向かっていった。
「では今から一時間後に、モクドの武術指導から始めましょうぞ。魔法の指導付きじゃから……予定表の三番を」
「はっ。ネームレス様、これが貴方様の一日の予定であります。どうかご確認を。時間と場所が書かれております。また今後都合により変更になる可能性もありますので、ご了承下さい」
「承知した」
兵士から渡された予定表を受け取る。休憩の時間なども予定に組まれているようだ。俺にはそんなもの必要ないだろうが、そこは指南する側のためであると考えるべきだな。それにこの時間の間にヨームと話をすることができる。本を読むことも可能だ。総合的に見て特に文句はない。
「ではこのように進めてくれ」
「了解しました。では、再度申し上げますが、一時間後にモクドの元へ向かってくだされ。ワシはこれで失礼します」
「うむ、わざわざご苦労だった」
王達は皆、部屋の前から去っていった。
これから一時間か。本でも読んで待つとしよう。
◆◆◆
俺はモクドがいる屋内訓練所の第一室へ来た。それなりの広さがある部屋の中心には彼、そしてその隣に王からの紹介の時にはいなかった青年が立っている。
「来てくださいましたな、ネームレス様」
「ああ。して、その青年は誰だ」
「この者はオンド・クゥー。私めの息子であります。ネームレス様には最終的に勇者を相手にするため、常に戦う相手がいる想定で訓練していただきたく。……自慢ではありませぬが、息子はこの城内でも最上級の剣の腕前。不足はないかと」
城内でも強い方の剣士と実践を兼ねながら鍛える、たしかにはやく戦いのコツが学べそうだ。それにこの青年、年齢はあのアルゥ姉妹とそう変わらないぐらいだが、自分の腕に並々ならぬ自信があるように見える。良いものだ。
「なるほどな、わかった。よろしく頼むオンドとやら。俺はネームレスだ」
「……ふん」
オンドという青年は腕を組んだまま、挨拶も返さず目線だけを俺に向けた。蔑んでいる目線だ。明らかに、この城で出会った人物の中で最も態度が粗悪である。
とはいえ、もともと丁重な扱いなど願っていないため俺は別に構わないのだが、モクドは焦ったように彼に話しかけた。
「ばっ……! なんだお前その態度は!? あれだけ改めておけと言ったじゃないか!」
「今の俺より弱いかもしれない魔人なんて、姫の能力を無駄に使わせただけの木偶の坊だろ。そんな奴になんで強い俺が敬意を払わなきゃいけないんだ、親父」
「この方は魔人というだけではない。魔王でもあるんだぞ! 機嫌を損ねて帰還してしまう危険性があるだけではない、もし敵対してきたら……」
「いつもの親父らしくねぇーな。クソかっこ悪いぜ」
「このっ……!」
ふむ、オンドとやらの言い分はもっともだ。この城の者達はやけに魔人を崇めるような態度を取ろうとするが、この者は違う。となれば手心などは加えずに掛かってきてくれる良い塩梅の練習相手となってくれるだろう。
「気にしないでくれモクド。こういう者と一緒に鍛錬する方が本番に近い緊張感なども期待できる。むしろこの方が良い」
「さ、左様でありますか?」
「ははっ。ほら親父、魔人サマもそう言ってんだ。さっさと始めて、ちゃっちゃとやろうぜ」
「はぁ……。ならば始めましょうか。まずはネームレス様の現在の強さを見極めさせてほしいのであります」
「承知した」
今後の指導内容を模擬戦で測るようだ。俺とオンドが数分の間に魔法無しで自由に戦う。その様子をモクドが見るようだ。
モクドは互いに深手を負わない程度に戦ってほしいと言ったが、オンドがそれでは勇者と戦う予定の相手の見極めには不十分だと意見した。俺もそのオンドの意見に賛成し、結局一定の時間が経つか、どちらかが動けなくなるか、あるいはモクドの判断で制止した時点で終了ということになった。
オンドは俺に攻撃を加えてみたくてこの提案をしたのだろう。俺もそれが狙いで提案を受け入れた。勇者以外の実力がある者にどれほど俺の腕力が通じるかを試してみたいというのもある。無論、協力者であるが故に殺さぬように気をつけなければいけないが。
「ではネームレス様、得物はどう致しましょうか。片手剣や両手剣、槍、ナイフ、弓、斧、杖といったものがありますぞ」
「武器か? 俺はまだ武器を扱ったことがない。そもそも触る暇すらなかった。故に素手でいかせてもらう」
「舐めてんなぁ……」
「機嫌を悪くしたか? すまないな、悪気はないのだ」
「ね、ネームレス様、あの馬鹿の言うことはお気になさらずに! では防具は……」
「防具こそ、よりいらぬ。俺にとっては邪魔なだけだ」
「……チッ。んじゃ、俺もいらねぇわ親父」
む、正直オンドには防具をきちんとつけていてほしいが、それを正直に言えば彼の気分を逆なですることになりそうだ。不安だがお互い防具無しということにしよう。
モクドはオンドの発言に明らかにいらだった様子でいる。そして俺にこう言った。
「魔人様。私めの目の前だとしても、あの愚息に加減などいりませぬ。どうなっても自業自得であります」
「そうか?」
「その通りだ、魔人サマ。ほら、ルール説明も終わっただろ? 俺は剣、魔人は素手。お互いに防具無し。これでいいんだろうが」
「……というわけで、始めさせてもらいうのであります。おいオンド、死んでも文句は言うなよ」
「おうよ」
俺とオンドは互いに一定の距離をとり、そこで構える。お互いに防具はなし。俺は上半身になにも身につけず下半身のみ衣類を、オンドは通常の訓練時に着る制服を身につけている。
俺は徒手による正しい構えすら知らないため、とりあえず棒立ちになっておく。オンドはきちんと剣を構えているようだ。鍛錬をしっかり積んでいるのだろう、素人の俺目線ではあるが、隙が全くない。
「……では見合って。はじめぇぇぇぇぇええぃ!!」
離れた場所で手を挙げていたモクドが、その手を下ろした。これが模擬戦始まりの合図だ。
オンドは俺に向かって一気に距離を詰めてくる。気がつけば奴は俺に剣が届きそうな範囲にいた。なにやら手を振った軌跡が見えたような気がしたその瞬間、俺の肩から脇腹にかけて軽い痛みが走った。
「むっ……」
「ふむ……」
なるほど、流れるように斬られてしまった。まぁまぁ痛い。皮膚は破れていないが。
オンドはなぜか不満そうな表情を浮かべながら、剣を振るう。……まあ、俺にはよく見えないが、きっと振るっているのだろう。
深手にはならないとは言え身体中に次々と痛みが蔓延っていく。とりあえず攻撃を避けるため後退するが、その動きを読まれているのかどこにどう逃げても必ず斬撃を食らってしまう。剣の腕が立つ者と素人が戦えばこうなるのはわかりきっていたことだろう。
とりあえず俺からも攻撃しなければモクドが実力を見極めることができないと考え、拳を作り、オンドに向かって殴りつけた。オンドはスッと余裕な様子で回避し、その間に俺を何度も斬りつける。
それからしばらく素人なりの攻撃と回避を試みたが、攻撃は当たらず、回避は失敗するというなんとも言えない状況を繰り返すこととなった。全身に痛みが広がっていく一方だ。
「弱すぎる……弱すぎるよお前」
「ふはははは! 弱くなければ指南など受けようとはしないだろう」
「弱いけど……腹立つくらい硬ぇな。それに……」
今度は蹴りを繰り出してみた。オンドはそれを後ろに空中回転しつつ回避し、着地、その勢いのまま剣を立て突っ込んできた。俺の胸部に剣が突き刺さる。心臓にこそ到達していないが痛い。
少々剣を突き立てられると言う状況はあの日のことを思い出して嫌な気分になるな……。しかし今注目すべきはオンドの腕前だ。勇者でもなんでもない者が、魔王の身体に剣を軽くでも突き刺すとは。城内で最上級の実力というのは本当のようだ。
「いいぞ、オンドよ! もっと本気を出してくれ!」
「……本気ね。うーん、本気ねぇ……」
なぜかオンドは怪訝そうな顔をした。俺の胸部から剣を引き抜き、再び斬りかかる。先ほどの痛みはすぐに引いた。体力的にもまだまだいけそうだ。
「くそっ」
「ふむ、ふむふむ」
「………ちぃ」
やはりなぜか苛立ってきているようだが、あいも変わらず隙はない。攻撃が荒っぽくなったなどということもない。むしろ時間が経つごとに手数が増してきている。やはり良い腕だ。
ところで俺は一つ閃いたことがある。蹴りを繰り出した時、オンドは突きで攻撃してきた。そして俺の胸に突き刺した後、剣を抜くまでに少しだけ時間が他の動作よりかかっていたような気がするのだ。それは隙、ということになり得るのではないだろうか。
彼が俺の蹴りに合わせてまた突きをしてきてくれるかわからないが、この一方的な試合を変えるためにも試してみる価値はあるだろう。俺はオンドに向かって蹴りを出した。
「バカが!」
なんと、オンドは狙い通り再び剣を突き立ててきた。先ほどと同じように俺の胸部に突き刺さり、鈍い痛みが走る。しかしそれに堪え、彼が剣を抜こうとしている間に、両手拳を頭上で合わせ、それをおもいっきり振り下ろした。そういえば俺の世界の勇者にも同じ攻撃をした覚えがある。
「うおおおっ!?」
やはりこの程度、隙でもなんでもなかったようだ。オンドは他の攻撃の時よりやや大振りではあったものの、難なく俺の打ち下ろしを回避した。
打ち下ろし攻撃は当てる対象がなくなったため空振りし、地面にそのまま激突する。これも勇者の時と同じだ。しかし今回は一つ違ったことがある。地面から鈍く重く乾いた大きな音がしたのだ。ズドンと、いった感じだろうか。
「なぁ!?」
「これは……!」
地面に衝撃を与えた箇所が深く凹み、床全体に大きな亀裂が入った。埃や土埃は部屋全体が見えなくなるほど舞っている。
ふはははは、どうやら俺は力の加減を間違えてしまったみたいだな。ならば攻撃が当たらなくてよかった。やはり、本人が良いといったとは言え、父親の前で息子を手にかけるのは今の俺には少し心が痛むような気がするからな。
「あー、聞こえるか、モクド。すまない、部屋を壊してしまったようだ」
「はぁ………。い、いや、気にしないでください! 今、緑色の目の修復部隊を呼んでくるのであります!」
「模擬戦はどうする?」
「無論、中止であります!」
それはそうか。モクドはその修復部隊を呼びに行き、壊れた部屋内には俺とオンドのみとなってしまった。彼の様子を確認してみよう。
「オンド、回避したように見えたが、一応大丈夫だったか」
「……大丈夫だ。ネームレスサマ」
「しかしやはり強かったなお前は。俺は手も足も出なかったぞ」
「手も足も、出なかった……ね」
オンドは軽くため息をつくと、俺のそばまで自分からやってきた。そして俺の体を眺め始める。
「既に俺が与えた傷が治ってるんだな」
「そうだな。魔王は治癒力も優れているからな」
「……クソが。アンタの、この腹と背中にある傷跡を付けたのは一体どんな馬鹿力をもった野郎だったんだ? 俺の身長の倍はある大男か?」
「いや、見た目的にヨームと同じくらいの年齢の少年だったぞ。たぶん。そういえば身長も近かったような」
「……少年ね。にしてもヨームって……んな風に姫様のことを……」
オンドは複数のことに関して言いたげであったが、結局なにも言わないで壁の端まで行き、それ以降黙ってしまった。それからすぐにモクドと修復部隊とやらが到着する。黄緑色の目をした修復部隊は部屋を見るなり、あんぐり口を開いた者が多かった。
修復する部隊とだけあって俺が壊してしまった部屋はすぐに元どおりになる。とても便利なものだ。
「念のためにお聞きするのでありますが、肉体強化の魔法などは使用されてませんよね?」
修復部隊が去った後、モクドがそう尋ねてきた。
「ああ、魔法禁止だと言ったからな。そもそも習得していない。まあ、魔王は最初から力が強いのだ」
「なるほど……。とりあえずひと試合してお疲れになったでしょう。このハプニングから気持ちを落ち着かせることも兼ねて数分だけ休憩とするのであります」
「俺は疲れていないが、そういうことなら分かった」
「その休憩が終わったら、そうでありますな、まず得物を決めることから始めましょう」
「承知した」
モクドは休憩に入るとすぐにオンドの元へ向かった。二人で何かを話し混んでいる。俺の特訓方法などの打ち合わせだろうか。ふむ、ならば期待して待っていようではないか。
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