第6話
「お昼ご飯、ご一緒しませんか?」
「構わないぞ」
朝食同様に姫が昼食を運んできた。今度は二人分だ。さっそく訪ねてきてくれたというわけだ。俺は、姫との城内見学が終わったのち、すぐに一般の書庫から借りてきた読みかけの本を閉じる。姫は向かい合わせになるように昼食を置き、窓側に椅子を置いて腰をかけた。俺も彼女の前に椅子を持ってきて座った。
昼食は魚のフライを中心としたものだ。野菜をフライしたものもある。様子を見るに姫と比べて俺の方が野菜の割合が多い。料理人が俺の好みに合わせてくれたのだろう。
「そうだ、あのあとすぐお爺様に、ネームレス様からいただいた本を渡したんです」
「どうだった?」
「すっごく喜んでた! あんなに喜んでるお爺様を最後に見たのは勇者が来ると決まるより前です!」
それなら良かったが。この調子ならあの本はしっかりと他の魔人達の遺物と同じようにこの世界で未来永劫引き継がれていくのだろう。
「お爺様はさっそくあの本の翻訳してから、宝物庫にて保管すると言っていました」
「そうだ、もしかしたらこの世界の者でもあの本に書かれている魔法を扱うことができるかもしれないぞ? マナとやらをこちらの魔力の代わりに使えば……」
「たしかに! じゃあ後々試してみようかな」
もしそれができれば、逆に俺がこの世界のマナによる魔法とやらを習得することができるかもしれない。自分の世界にない魔法を扱うというのは中々ロマンがある。
そういえば姫と数時間過ごして少々気になっていたことがあるのだが、このタイミングで訊いてしまおうか。
「ところで姫よ。お前自身に対して一つ尋ねたいことがあるのだが」
「は、はい、なんでしょう」
「結構頻繁に口調がブレるよな。どちらの方が喋りやすいんだ?」
「なっ……!」
自覚していなかったのか、姫は軽く赤面する。王族らしい丁寧な言葉遣いと、見た目の年相応の若者らしい言葉遣いがよく混じる。おそらくだが年相応の口調の方が彼女本来のものなのだろう。気が抜けた時に出てきていた印象がある。
「も、申し訳ありませんっ……! その、普段敬った言葉遣いというのは使っていなくて。き、きちんとマナーの教育を受けてきてはいるのですよ! で、でも慣れている言葉遣いがどうしても出てきてしまっているようで……」
「まあ、王族だものな。姫より位が高い者など祖父である国王しかいない。そうなるのも仕方あるまい」
つまり、この城に勤めている者や国民達にも普段は楽な口調で話しているのだろう。そして国王にも姫からみたら単に祖父であるため、その口調で話す。
結果的に魔族全体に対して敬った言葉遣いをしなくなったのだな。俺も誰かに敬語を使うなど考えられないし、別に良いのではないだろうか。
「本当にごめんなさい……。その、それにネームレス様、見た目は厳ついけどなんだか私と年齢が近そうな気がしたからつい……」
「構わない。なに、俺とそちらで互いに対等な関係でいようと言ってあるだろう。同格なのだから姫の話やすいように話せばいい。違うか? 無理して話が滞る方が俺にとっては問題だ。まあ、年齢についてはわからないが」
「そ、そうですか? ……それならその、普段の言葉遣いに……しよう、かな?」
「うむ。なんならネームレス様ではなくネームレスと呼び捨てでもいいんじゃないか。いや、そこは好きなように呼べばいいが」
「そ、そういうことならネームレス……。うーん、ネームレスくん! よし。ネームレスくんも私のこと、姫じゃなくて名前で呼んでくれてもいいと思うな?」
声は恐る恐ると言った様子なのに言うことは言うじゃないか。慣れの速さといい根の精神はかなり強いのだろう。呼び捨てではなく「君」付けなのも含めてな。
しかし互いの名前を軽く呼び合うとなるとこれはもう友人なのではないか。……無論、俺は生まれたばかりだから友人は一人としていない。これはチャンスかもしれないぞ。
「なぁ姫……じゃなくてヨームよ。互いに名前で呼び合うのなら友人という間柄にしてしまった方が早いのではないだろうか」
「友達……! 対等な立場の友達! ぜ、ぜひ!」
予想以上に食いついてきた。本を渡した時のことといい嬉しいという感情が非常にわかりやすいなこの娘は。
「なんだ、姫はこの世界でずっと過ごしているのに友達がいないのか?」
「ち、違う。友達はいるけどみんな『ヨーム姫』や『姫様』って呼ぶし、会話にもほぼ必ず敬語を使われちゃうから。本当の意味で対等な会話に憧れてたの。普通に話せるのは今までおじいちゃんだけ」
「そうか、俺もヨームがはじめての友人になるのだがな」
「……! そっか! じゃあよろしくネームレスくんっ」
「ああ、よろしくな」
友達作りの仕方はこれで合っているのか。ま、きっかけなんてどうだっていいか。しかし友人とは何をすればいいのだろう。なんとなく仲良くすればいいと言うのは漠然と理解しているのだが、その仲良くの内容が頭の中に浮かんでこない。
「せっかく友達になったから、こうやって私が部屋を尋ねるの、稽古が始まる前だけじゃなくて、時間がありそうな夜とか……定期的にでもいいかな?」
「いいぞ。ただ友人として話すネタはあまりないぞ?」
「だいじょうぶ、私が用意するから」
それならば助かるのだが。
そういえば先ほど、俺とヨームの見た目の年齢が近いと言っていたな。……俺は一体どう言った見た目をしているのだろう。目の前にいるヨーム同様に普通の人間に近い容姿をしているのは理解しているのだが、そこまでしかわかっていない。
「じゃあさっそくだがヨーム。俺はどんな見た目をしているんだ?」
「え、見た目? それなら鏡を見れば……」
「この部屋に鏡はあるのか?」
城を歩き回っている間はヨームの後ろを歩き回るのに集中していたから、何かに自分の姿が反射されていたとしても意識の範疇になかった。もうちょっと注意深く歩くべきだったな。
「たしか、大きな鏡がどこかに……」
「立ち歩く必要があるなら昼食を済ませた後にしよう」
「うん、わかった」
さてとりあえず、今この場は俺が友人と食事している初めての現場となる。過去の魔王にも対等な友人が存在していた者はいた。いや、ほぼ全ての魔王だったか? だがこんな早く魔物以外の友人を見つけたのは俺が初めてかもな。その点だけは俺は幸福やもしれん。
俺とヨームで食事を終えてから後片付けを頼むためにメイドの一人を呼んだ。赤ずきんが来た。
「失礼します。食器をお下げしに来ました。ところで姫様、やはり今日はネームレス様とご一緒にお食事をされていたんですね?」
「そうなの! そうだネームレスくん。実は私にとって赤ずきんちゃんってこのお城の中で一番仲がいい子なんだよ。ネームレスくんの担当を名乗り上げてくれたのも、私と貴方のやり取りが上手く進むよう援助するためなの」
「姫様、昨日よりネームレス様への対応が違いますね?」
「うん、聞いて赤ずきんちゃん。私、ネームレスくんと友達になったの!」
「そうなんですか!」
ヨームは嬉しそうに赤ずきんに報告をしている。それを聞いている赤ずきんもまた嬉しそうだ。この二人が話しているところを初めて見たことになるが、なるほど、相当仲が良いというのは事実のようだ。
「たしかにネームレス様は見た目は少々いかついですが、根はとてもよい方ですものね。どうか姫様をよろしくお願いします」
「いや、この城にいる間は俺がよろしくされる側だな」
「ふふ、そうだね」
根はいい奴……な。魔王としてそれはどうなのか。いや、魔王が悪の存在であると定められているわけではないが、どちらかというとその傾向にある。
歴代の魔王達もそれぞれ悪の所業を自慢げに記していたものだ。俺もそうしたいなと考えていたが……いや、俺は俺だな。無理する必要はない。
「……あ、いけない。私ももう少しお二人とお話ししたいところですが、お仕事がありますのでこれにて」
「そうだ、この部屋のドレッサーってどこにあったかわかる? 壁のどこかに埋め込んでいたような気がするんだけど」
「鏡ですか?」
「実はネームレスくん、自分の姿を見たことがないらしくて」
「そうなんですか! ご使用されることはないと勝手に思いこみ、お教えしておりませんでした……ごめんなさい」
「まあ構わん。とりあえず教えてくれ」
「はい」
赤ずきんはベッドの横あたりまで歩いてゆく。ベッドの左側はクローゼットで右側はなにもなくる空間がポツンと広がっている。彼女が足を止めたのはそのなにもない空間の方だ。
赤ずきんは壁についてる突起を掴むと、それを引っ張り出した。そうして彼女と同じくらいの大きさの鏡が出現する。壁の突起は単なる模様だと思い込んでいたんだがな。
「これですね」
「なるほど、そうなっていたのか」
「では私はこれで」
「まって赤ずきんちゃん。お茶の時間になったら、一式を持ってここに来て。三人で一緒にお茶の時間にしない?」
「はいっ! 是非!」
赤ずきんははにかみながら部屋から食器を持って出て行った。ヨームの要望通り、三時ごろになったらまたここに来るのだろう。
とりあえず鏡を見てみよう。自分の姿の確認だ。俺は赤ずきんが出してくれた鏡の前に立った。ヨームはその斜め後ろで顔をのぞかせている。
「どう?」
「どうと言われてもな」
ふむ、記録に残されていた従来通りの魔王の姿だ。少し青みがかかった灰色……要するに白銅色の肌。白い髪と眉、深めの赤い目。そして足元から首元までほぼ全身を走る太くて黒い線状の模様。
包帯が巻かれていたり腹部に風穴が空いた跡があるため、模様が全てしっかり見えているわけではないが、きちんと、容姿の特徴自体は他の魔王と相違ないといえる。
「うーん、ネームレスくんはそのツンツンした髪型も含めて、容姿は優れてる方だと思うよ」
「そうか、それはモトが良かったんだな。俺はそこらへんどうでもよかったのだが」
「……モト?」
「ああ、俺達魔王は何もないところから生まれてくるわけじゃない」
「そうなんだ、詳しく教えて?」
「いいだろう」
俺はこちらの世界の魔王がどう生まれてくるかをヨームに教えた。
まず俺たち魔王城やその他備品の一部は世界中のどこか、人があまりいない開けた場所に生えてくるようになっている。また、人間共に城を跡形もなく破壊されたとしても次の代には構造が同じな城がどこかで再び出現する。
世代ごとにそうして一新されるため全てが新品であるのだが、魔王共有の書庫とそこにある書物、そしてその書庫の隣室のみは引き継がれる。この二部屋は人間には絶対に見つけることができないようになっているらしい。
その、書庫の隣室に置いてある棺の中から俺たちは生まれてくる。魔王城が出現しきった後、世界のどこかで死に、尚且つ埋葬されることのなかった若者の死体を棺の中へ移動させ、俺の体にあるような黒い紋様を刻み込み、その他服装などの処理をして魔王として仕上げるようだ。
「なんだか、まるでお城自体が遺体からネームレスくんを作ったって感じがする」
「城によって作られた……。その通りかもしれないな」
「一体、誰が、何のためにそこまでするんだろう。魔王ってネームレスくんの世界では他の世界と同じように厄介者っていう扱いなんでしょ?」
「誰の意思かはわかる。どうやら魔王城の出現は俺たちの世界そのものの仕業らしい。……だが、目的は我々の基盤を作ったともいえる二代目の魔王、ジーニアスですら解き明かすことができなかった謎だ。一つの強大な敵を作り、人間の文明を発展させるのが目的だと彼は予想していたが」
「二代目の魔王、ジーニアス?」
「ああ、いま説明したことすべてを解明し、俺たち後世のために記録してくれたモノスゴい魔王だ」
俺が尊敬する魔王の一人でもある。俺は、最強の魔王が俺の一つ前ならば、最高の魔王はジーニアスだと考えている。例えば魔王共有書庫の仕組みなども彼が編み出したものであるとされているのだ。なんと素晴らしい。
「そっか……。あ、だからネームレスくん、生まれたばかりなのに普通に知識はあるんだね」
「そうだな、ある程度は記憶もその死体から受け継ぐようだ」
「それなら、生前はどんな人だったの?」
「……うーん、そこらの普通の若者だった気がするぞ。特に変わったことのない。死因はよくわからないが、年齢は十八ほどだったようだ」
「そっか、年齢が近いっていうのは当たってたね! 私、十六歳だから」
「ふむ、ちょうど兄妹みたいだな」
「そーかな?」
しかし、ヨームが十六歳か。かなり小柄であるが故にもう少し下の年齢だと思っていたぞ。
俺のこの身体はかなり身長が高いのだろうが、それを踏まえても姫は体が小さく見える。立って話をすると姫が俺の顔を見上げているので辛そうだ。
「とりあえず俺の出自についてはこのくらいだ」
「じゃあ、今度は私達のことについて教えるよ。知りたいことはある?」
「なぜ左右で目の色が違うんだ? 兵士供もヨームも、片方は青色だがもう片方は人それぞれだ」
血が繋がっていても目の色は違うようだ。ヨームは片方が黄金のような色であるのに対し、エッツラ王は黄緑色である。紫色の者もいれば、灰色、赤色の者もいた。
そういえば拾われたという赤ずきんは両目とも同じ色であったな。
「私達は人族にはない特殊な魔法が使えるって、教えたよね?」
「ああ、魔人を他の世界から召喚したり、一定の場所だけ時間を止めたりだったか」
「魔族の特別な魔法は一人一種なの。この目はその使える魔法を表してるんだよ。ちなみに人族はみんな両目が青いよ」
「ほう、ではエッツラ王の魔法はなんだ? なぜ身内で色が違う?」
「それはおじい様が王家に嫁いで来た側だからかな。私の目は特別で、女にしか受け継がれないから。普通だったら子供は祖父母世代までの誰かの目と同じになるんだよ」
「そうか、なら違う家系なのに目は同じという人物もいるのだな」
「うん、むしろその方が一つの血筋で代々続いてるものより多いかな」
「ほう! となるとどんな目の種類があるのか気になるな」
「じゃあ少し教えてあげる」
ヨームによれば、例えばエッツラ王の魔法は再生。彼は魔族の中でも魔集力が非常に優れているため壊れたものをあっという間に直してしまうらしい。
他にも紫色は移動能力、瞬時に場所を移動できる。灰色は時間の停止、赤色なら分裂、白色は透明化、薄水色なら物体のすり抜けといった具合だ。他にも多くの種類がある。これらがどれだけ引き出せるかは個人の魔集力によるそうだ。
これだけ強力そうな力を有していながらマナとやらの優先度のせいで人族に敵わないとは、なんとも悲しい話である。……決して弱く劣等な種族ではないことはわかった。
一通り話し終えたヨームは少し寂しげな表情を浮かべた。
「私は、その、一度魔人を呼び出しちゃったら、その魔人を帰還させる以外にもう特別な魔法は使えないの。実質無いのと同じ。だから……ちょっとみんなが羨ましい」
「そうか……」
となると、俺が敵対するかもしれない存在だとわかった時は内心、俺が予想してきた以上に絶望したことだろう。たった一度のチャンスだったのだから。その後、嬉々として俺と関わってくるのも、失った自分の大事な能力を惜しんでいるためかもしれない。
「俺は黄金色に近いその美しい目、煌びやかで好みだがな」
「えっ……! そ、そうかなぁ」
「とにかく、ヨーム。お前の能力が無駄ではなかったと感じさせるような活躍をしてやる」
「ありがとう!」
その後ヨームは王から呼び出され、赤ずきんとの茶の時間まで席を外すこととなった。彼女が部屋を去る間際、今後も俺とヨームが二人のみで顔を合わせる時、お互いの世界についての話を少しずつしようと約束をした。
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