第5話
宝物庫の内部には色の違う扉が五つあった。それぞれの部屋に置いてある物の内容によって変えているようだ。何が置いてあるかは明記されていない。中を見ないとわからないだろう。
姫は真ん中の黄色い扉から見て右側にある、緑色と紫色の扉の間に立った。
「では、この紫色と緑色の部屋を見ていただきますね」
「ああ。ところで他の三部屋はなんなんだ? 少し気になる。教えても大丈夫なものなら、先に教えてくれ」
「赤い部屋がこの城の金庫、青い部屋が宝と呼ばれる程価値がある美術品や工芸品など色々なものを保管している場所、黄色い部屋が魔族にとって重要な物を管理している部屋です」
「そうか、案外普通だったな」
「他に何が入っていると思ってたんですか?」
「他の世界から呼んだ者達から集めた、この世界には本来存在しない貴重な物とか」
「ふふふ、なるほど」
なぜか姫はニヤリとした。となると俺に見せてくれるという残り二つの部屋どちらかがそうなのか……?
姫は右端の紫色の扉の取っ手に手をかけた。こちらから見せてくれるようだ。中を覗くと木箱や壺と言った容れ物のみがずらりと置いてあった。一見すると宝物らしきものはない。
「この部屋はなんだ?」
「いくつか蓋を開けて中身を見てみてください」
「ああ……」
一番近くにあった壺の蓋を開けてみる。中には金貨状に形取られた黄金が大量に入れられていた。光を反射する眩しさで目がくらみそうだ。その隣にあった木箱も開けてみた。中には金の延べ棒がぎっしり詰まっている。さらにその隣の小さめの箱、そこには宝石の類が……。
「おい、金庫は赤い部屋じゃなかったのか」
「ここは金庫じゃないのです」
「じゃあなんだ?」
「全て、魔人様に勇者討伐の報酬として渡すことになっている……いわば報酬かな。前の魔人様が居なくなってからコツコツと何十年もかけて貯めていて……」
「つまりこの部屋にあるものは全て、俺が勇者を倒したら貰えるものということか」
「そういうことです」
なるほど、確かに普通に魔人として呼ばれた者ならこういった報酬も必要だろう。姫はこの宝物庫も見せることになっていると言っていたか、こうして事前に報酬を提示し確実に仕事をしてもらうようにしているのかもしれないな。……だが。
「今まで呼んだ全ての魔人様に元の世界で何が価値があるのか代々問うことになっているのですが、その中でも圧倒的に多かったのが金、その次が宝石だったのです」
「なるほど、どの世界でも共通の価値を持っている物を用意したわけだな」
「その通り!」
「たしかに金と宝石はこちらの世界でも大いに価値がある代物だ。しかし俺はこれらを受け取るわけにはいかない」
「え?」
姫はきょとんとした。しかしすぐに何かに気がついたような素振りをみせる。表情がころころ変わって面白い。
「そ、そうですよね! たしかにネームレス様はすでに一城の主。このくらいの報酬なんて……」
「いや、たぶん俺が戻っても人間共に金銀財宝の類は根こそぎ持っていかれている。また城自体分解され、建築材料などとして再利用されているだろうな」
「じゃあやっぱり、これは必要なんじゃ……?」
必要が必要でないかではないのだ。受け取るわけにはいかないが、察せというのも無理な話か。俺なりの理由をきちんと話す必要があるな。無駄に姫を戸惑わせるのも悪い。
「簡単な話だ。俺はすでに報酬に代わるものを受け取ると約束している。これ以上は行き過ぎた礼だと考えたまでだ。昨日言っただろう、互いに対等でいようと」
「えっと、その報酬の代わりってもしかしてこの世界に来ることで偶然命拾いしたことと、勇者が来るまでこちらが訓練に付き合うこと……?」
「その通りだ。あとは一ヶ月分の衣食住や世話もだな」
姫は再びきょとんとした。俺の発言にこんないちいち反応していたら顔の肉が疲れるのではないだろうか。しばらく呆然としていた姫はしばらく経ってからようやく言葉を返してきた。
「えっと、やっぱりネームレス様って変わってる……」
「魔王が強欲だと誰が決めた? 俺は、こういう魔王なのだ。何かおかしいか?」
「いや、べ、別に!」
「とにかくここにある物は受け取らない。そう、ドーハ王にも伝えておいてくれ」
「わかりました。おじいちゃん、なんて言うかな……。とりあえず次の部屋を次の部屋へ向かいましょう」
紫色の扉から部屋を出て、隣の緑の部屋へ移る。その部屋の中にあったものは、何に使うかわからないようなものばかりが一個ずつ入った十数個のガラス張りの箱と、文章が書かれている紙が貼り付けられた同じ数だけの台座であった。つまり、ガラス張りの箱の中にあるよくわからんもの達が宝なのだろう。
「この部屋、なんの部屋かわかりますか?」
「俺がさっき答えてしまったんじゃないか? 他の世界の者達が置いていったものだろう」
「その通り!」
「あの時、姫は軽く笑ったからな、まさかとは思ったのだ」
地下の地下の書庫にあった魔人達を記した本の題名の数に対して、明らかにここに置いてある物は少ない。単純に物を残していく魔人が少数派なのだろう。
どれもこれも普通に見ればガラクタだ。実際、本人にとっては大したものでないものをここに遺物として残していった奴もいるだろう。だが姫達、魔族らにとっては確かに大したお宝なのだ。
「ふむ……本当に俺が元いた世界と、ここだけではない、数多の別世界があるのだな。理解はしていたつもりだったが、現物を見せられるとまた違う」
「でしょう? だからここを一番見せたかったんです! たくさんの歴史が感じられるから私が一番好きな部屋。まあ滅多に入れないんですけどね」
「どれ、端から一つずつ見ていくか。台座に貼り付けれている紙は品物の説明か」
「その通りです」
まず最初に置かれていたものは一つの壺だ。名称は「ソーマの酒」。今から二千年以上前のものらしい。三人目くらいの魔人が置いていったもののようだ。
なぜか壺自体に誰も飲むことがないよう現地の言葉で注意書きがされているため、この世界でも、律儀に今まで誰一人飲んだことがないようだ。いや、どっちみち年数的にもう酒として飲めないんじゃないか?
「……二千年前の酒って大丈夫なのか? 品質的に」
「それは大丈夫です。魔族の中には時間を止められる魔法を使える人がいて、その魔法を使える職人さんが、マナをたくさん込めて作った箱の中はその効果が働き続けるんです」
「つまりここにある箱全てがそれか。もはや箱自体が宝だといってもいいかもしれないな」
それなら中の酒は受け取った当時のままなのか。限られた範囲が精一杯とはいえ時間を止めてるが故に保存状態とか考えなくていいのはすごいな。これほどの力を持っていて人族より劣っているというのが信じられん。
次の箱に入っていたのは、異様に綺麗な銀貨だ。名称は「星の銀貨」。たしかに星のように瞬いている。これを置いていった少女曰くお星様から受け取ったらしい。なんとも突飛な話だが、その世界ではあり得るのだろう。
今度は箱があった。箱の中に箱だ。その箱は光沢のある黒塗りの本体を基礎に真珠に似た輝く模様が貼り付けられている。また真ん中には赤く太い糸が通されている。工芸品として超一級。まさに宝物というのにふさわしい。
絶対に開けるなと渡してきた本人に言われているので、やはり律儀にこの国の者は一度たりとも開けようとしていないようだ。名称は「玉手箱」。
その隣は一つの豆粒だ。名称は「ジャックの魔法の豆」。ジャックと言う名の者が置いていった代物で、自分の家の庭で栽培している植物から取れた豆らしい。一つしか渡してくれなかったので育てず宝物として保管しているようだ。
少し趣向を変えて逆側の端の宝物を先に見てみる。銀色の枠にガラスが貼ってある一枚の板だ。どこがどう貴重でどう使うものなのか検討もつかないが、渡してきた若い男はかなり大事そうにしていたらしい。まさに別世界の代物というべきだろう。名称は「スマートフォン」というようだ。
その他にも銀製の斧や頭を締め付ける輪っかなどがある。
そんな変わったものばかりの遺物の中でも、最も異様なのが「馬鹿には見えない服」だ。元いた世界では王様だという男が帰る前にニヤニヤしながら渡してきたそうだ。
どう見てもそこに存在しないが、それは俺が馬鹿だからなのだろうか。……本をかなり読んでいそうな姫にも見えていないようだし、最初から存在しないのだろう。まあ一つくらいこういうのがあってもいいか。
……とまあ、このような流れで大雑把に数十個ある宝物を一通り見てみた。全体的に装飾品が多めだったな。正直、かなり面白かった。
「素晴らしいな」
「良さがわかっていただけてよかったです! ふふ、どうやら私達は魔人様を召喚するたびこの部屋を見せびらかせているようで」
「気持ちはわかる。見せることによりその者も何か残したくなるかもしれないしな。実のところ、俺も何か渡したい気持ちに駆られているのだが」
「え、いいの!? もし、もしあるなら是非!」
今までずっと奥ゆかしい様子だったが、これに関しては遠慮する気は無いようだ。姫の目の色が変わっている。いや、最初から左右で目の色は違うのだが。
……しかし俺に渡せるものは何かあっただろうか。うむ、偶然持ってきていた書類のうちから渡しても影響なさそうなものは……ああ、そういえば丁度いいのがあるな。
「これはどうだろうか」
「本ですか!」
「ああ、俺の世界の初級魔法を獲得するための本だ。題名は『初心者のための初級魔法 第18版』。実は昨晩の間に三回も繰り返して読んでしまってな、内容を記憶してしまったため、もう必要ないのだ。だが客観的に見て、他の世界の言葉で書いてある、その世界の魔法を知れる本というのは……自分で言うのもなんだが大変貴重なんじゃないか?」
「わぁ! ありがとうございます!!」
おお、ものすごく喜んでくれている。俺が手渡した本を大事そうに胸に抱え、今にもスキップを始めそうだ。ここまで喜んでくれるなら渡してよかったというものだ。
……まあ先代魔王が残した本だから、俺の世界では百年以上前の代物なのだが。しかもこういった本はそれぞれの代で当時の最新のものを次世代のために用意し、古いものは捨てていく。つまりこれはいつか捨てる予定だったもの。その有効活用でもあるわけだ。うむ、いいことだな。
「未来永劫大事にします、きっとおじいちゃんも大喜びします!」
「そうか」
そういえばこれ以降、見せたい場所はあるのだろうか。城の見学の終点はたしかここだったはずだ。となると少々名残惜しいな。
「なあ、姫よ。これで城内見学は終わりか?」
「え、あ、はい! ここが最後ですよ。……どうでした?」
「期待していた以上に大変良い体験となった。礼を言おう」
「よかった!」
姫のおかげでだいぶ時間を潰せたが、元から暇だった一日というのは長い。俺の時間感覚が正しければまだようやく昼時になったくらいだろう。
うむ、こういう時間がある時に、知る限りの自身の身の上話をすることで、この者達が後々俺のことを本としてまとめる際に少し楽になるというものだ。
今後一ヶ月間ともに生活する上で利便なこともあるかもしれないしな。ついでに俺が姫たち魔族についてもっと把握しておくのも必要だろうか。
つまり、もっと会話する時間を設けるというわけだ。交流は大切だろう。
「姫よ、昼食の後に予定はあるか?」
「私の? えっと、魔法の練習が……あ、でももしネームレス様が私に用事があるのなら、そちらを最優先とすることになりますが」
「いやなに、特訓が始まれば俺はそちらにのめり込むことになりそうだからな。この暇なうちに知っている限りの俺自身のことについて話しておこうと思ってな。そうすれば後に内容をまとめる際に楽だろう?」
「たしかに」
「良ければ後で俺が借りている部屋に来てくれないか? あとそちらの事情についても俺はもう少し知っておく必要があると思うのだ。まあ、要するに自己紹介の延長だな」
「わかりました、ではそうしましょう!」
これで午後も暇をせずに過ごせそうだ。俺にとって、姫とはこの一日しか顔を合わせていないことになるが、どうしてなかなか会話が弾む。
彼女が話をするのが巧いのか、それとも、俺が偶然彼女が気にいるような反応をしているのかわからないが。どちらにせよ協力者とは関係が良好である方がいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます