私を救ったもの 1

 正義感の強い女の子の告発により、ときおり私へのイジメを先生が叱る事があったが、叱られるぐらいでイジメる子ども達が心から変わることはなく、私にとって先生や学校が救いになることはなかった。


 先生や学校も救いにならず、家族にもイジメられている事を話す事が出来なかった私は日記を書き始めた。

 はじめは「アンネの日記」の影響を受けて日記に名前などをつけて手紙の形式で書き始めた。しかしすぐにそんな少女的な書き方では気持ちが追いつかなくなった。

「なんで?」「どうして?」「つらい」「もういや!」「あいつら…」「にくい」

日に日に文字と一緒に乱雑に乱暴になっていく言葉。そして「死にたい…」

 それでも私は死ななかった。

「死にたい」と本気で思っていた時もあった。自分が自殺をしたなら男の子たちも後悔し、悲しみ嘆くのではないかと思った。もしくは自殺することで怨念となって彼らに復讐ができるのではないかと思った。

 しかしやはり「幸せな末っ子」は自殺などできないと思ったし、やはり死は怖いものだった。

「死にたい」と思いながら、それができない私はその矛盾を解消すべく、考え方を変えた。

"自分が自殺しても、彼らは後悔することや泣く事などはないに違いない。私が死んでも彼等は笑って生き続ける。そして私の事など忘れて大人になるのだ"

 死んでなどいられないと無理矢理に自分に言い聞かせ、私は全ての苦しみを日記に書いて解消し整理した。


 やがて中学に進学したころに読んだ小説に私は助けられた。私はその小説を読んだ後、しばらくして雑誌の投稿欄に詩を送った。

 正確には覚えていないが、実家の倉庫に眠っている日記にも綴ったその詩はこんな内容だと思った。



私は自分を不幸だと思っている人は

きらいです。

自分を不幸だと思っている人は

自分勝手でわがままで

自分を不幸だと思っている人は

自分だけが不幸だと思っている。

周りをみたら自分より恵まれない人は

たくさんいるのに

私は自分を不幸だと思っている人は

きらいです


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