48.ついにラスボス戦が始まるという時の話

 かつて神を追い落とした、六母と呼ばれる生命の創り手。

 その加護を得て強大な力を持った、六人の異界の勇者。

 彼らと(たぶんボードゲームか何かで)戦う神の使徒達が、今、聖堂の前に集っていた。


 平日の真昼間だ。異世界人は常識がないから、平気でこんな日を指定する。

 にも関わらず皆、よくもまあ、こんな危険なわりに何の得もなさそうなチームに参加してくれたものだと思う。

 このメンバーが集まるまでにも、紆余曲折があったのだ。


***


「異世界の勇者様は、加護を与えた“母”の産んだ、全ての生き物の力を自在に操るんだって」


 なんか自慢してた、と、チームの監督役を名乗り出た妻は言う。

 あらゆる獣の母、あらゆる鳥の母、あらゆる魚の母、あらゆる虫の母、あらゆる草木そうもくの母、あらゆるあやかしの母。神がかつて創り、追い出された世界の、すべての生命を生み育んだ存在。


「ええー……虎とか鮫とか怖すぎるんだけど」

「それよりあやかしでしょ。妖って何なの? ろくろ首とか?」

「虫も地味に怖いよね。何処までが虫のカテゴリなのかわかんないし。クマムシとか」


 聖央都総合事業所セントセントラルジェネラルセンター内の喫茶店で世界の命運を担うかもしれない論争を繰り広げている僕ら夫婦。その周囲のテーブルでは、教団の信徒や、単にコーヒーを飲みに来ただけの一般市民らが、いつもと変わらぬ日常を送っている。

 平和。この平和を守るために、僕達は最善を尽くさねばならないのだ。先方は僕、というか神をピンポイントで殺しに来ただけっぽいから、まあ正直、この人達の平和は損なわれることもないんだろうけれど、そこはあれだ。僕の内心だけででも、世界の命運くらい巻き込まないと、こう、そう、やってられない。


「クマムシって怖くはなくない?」

「キノコは草? 虫?」

「いやー、草じゃない?」


 当の僕らの会話も、平和と言えば平和な気がするけれど。


「お待たせしましたシュ、レインちゃん」


 その、この世界の命運を担う可能性もないではない会談の場に、新たな参加者が現れた。


「お義姉ねえさま! ご無沙汰してますー!」

「お忙しいところすみません、義姉ねえさん」


 義姉である。


「お義姉さまも微妙なところですが、義姉さんはやめてくれませんかね」

「だってお義姉さまじゃないですかー」

「義姉さんじゃないですか」

「語義として正しければ許されるのなら、この世の差別用語の半分は正当化されます」


 真面目な顔で適当なことを言いながら、義姉は妻の隣の席に腰かけた。


 宗教法人・真なる神を祀る会、総指導者のマドレーヌ=テステューさんは数年前にわが妻レインの兄、カール=ミューリとの婚姻を結び、マドレーヌ=ミューリとなった。

 「女神」と呼ばれた彼女のご先祖様が起こした教団《女神の涙》の教祖は、傍系から養子を取ることはあってもほぼ世襲制で、代々の教祖は嫁や婿を取っていたそうだ。けれど、その《女神の涙》も今はない。歴史に幕を下ろす意味も込めて、嫁入りという形を採ったらしい。

 十年以上も「テステューさん」と呼んでいた相手の苗字が変わり、どう呼んだものかと悩んでいた僕は結局、妻の用いた呼称を参考にすることとしたのだ。のだけれど、呼ばれる当人からは受けが良くない。


「まるで私の義姉と呼ばれるのが差別みたいな言いぐさですねー」

「言葉の綾ですよ」


 頬を膨らませてみせる妻に義姉は慈しみの笑顔を向け、流れるような動作で喫茶店員に注文を告げた。良い年をして公共の場で頬を膨らませるのは如何なものか、とも思うのだけれど、楽しそうだし別にいいか。

 本題に入ろう。


「それで、集まりました?」


 僕は総指導者に尋ねる。

 勇者との決戦に向けた人員の確保。というか紹介。それが義姉に頼んでいた内容で、この集まりはその進捗確認だった。


「はい、一応……こちらは一人ですね」

「おお、流石ですね」

「うちの娘なんですが」


 眉をしかめて、言う。


 んん。


「ガルボちゃん、いくつでしたっけ」

「今年保育園に入りました」

「サニー。うちもお祝い贈ったでしょ」

「うん、そこまでは覚えてたんだけど」


 そりゃ義姪の歳くらい覚えてるよ。

 春にお祝い贈ってから、また五年十年経ったのかな、って思ったんだよ。


「本人が聞かなくて」


 義姪のガルボちゃんは義姉の第一子であり、うちの子達のイトコということになる。息子の一つ下で、娘の二つ上。近所に住んでいるのでたまにうちにも遊びに来るし、年齢のわりにははきはき喋る子だ。

 っていっても、三才でしょ。娘に甘い、とかそういう問題じゃないよね。危険はないって体でも、実際相手はテロリストだからね。

 そこから少々議論は紛糾したんだけど、実際にラスボス集団との対話を行った妻の、


「危ないのは獣の人だけみたいだから、やりたいならやらせてあげてもいいんじゃない?」


 という意見により、保護者付きでの参加が認められることとなった。保護者の義姉が参加すればいいと思うんだけど、まあそれはいいや。異文化コミュニケーションも情操教育の一貫だ。うちの息子はビビりだから、まず出ないだろうけどなぁ。


「相手の希望はあります?」

「魚の人が良いそうです」

「ああ、義姉さんのとこ魚介系ですもんね。ウニとかホヤとか」

「十何年も前の話をいつまでも……」


 何はともあれ、これで一枠埋まった。


「私も知り合いに声かけてみたけど、鳥の相手は何とかなりそう。結構すごい人だよ」

「レインは顔広いし、人徳あるよね。ほぼ同じ環境で生まれ育った僕は何なんだろうなぁ」

「主の方はどのような?」

「知り合いに片っ端から紹介お願いしてるんですが、あんまり感触良くないですね。僕も余ったとこに入るつもりですけど」


 そんなところで会議のネタは出尽くし、ママ友との関係性に関する愚痴で盛り上がる義姉妹に曖昧な相槌を打ちながら、のんびりとした時間を過ごした。


***


 かくして現在に至る。


「がんばりましょう、シュー叔父さま!」


 魚の勇者に抗すべく、魚型の帽子をかぶって参戦するのはうちの義姪、ガルボ=ミューリだ。僕の名前をシューだと思っていることを除けば、齢三つにして随分しっかりしたお子さんである。

 なお、相手となる魚の勇者は現在少し離れた広場で、鯖色の髪を振り乱し、呼吸困難にのたうっている。

 どうも、陸上こういう場所は苦手なのだそうだ。

 肺魚のパワーとかなかったのかな。これだから進化論のない世界は駄目だね。


「歌で世界を救う。ハッ、最高のジョークだぜ」


 鳥の勇者に対してこちらが用意したのは、ロックバンド・ダチのボーカリスト、ケンジさんだ。

 うん、初対面だ。しかも音楽畑の人だ。音楽畑の人って怖くない? 妙に自信満々のイメージあるし、トークの何処に地雷があるのかわかんないし。

 妻が昔からダチのファンだったんだけど、いつのまにか逆に、うちの教団の信者になっていたらしい。芸能人は自分の居場所に信じられる確かな基準がないから宗教に走るらしいよ。テレビで言ってた。

 妻は「あっちがバードならこっちはシンガーソングライターでしょ!」とか言ってたけど、何だろう、カラオケ対決でもするのかな。特に勝負のルールとか決まってないし、怪我とかしなさそうなの選んでもらえばいいや。


「いつか、こうして化身さんのお役に立てる日を待ってたんす!」


 草木の勇者に立ち向かうのは、大学でもお世話になった教授の、元ゼミ生で僕とも何度か交流のあった政治家ユリアン=ルルドさんの、奥さんで十数年前に一度だけ顔を会わせたことのあるエレーヌ=ルルドさんという方だ。

 教授の伝で今回の話に参加してもらうことになったんだけど、ご本人曰く、「植物を枯らすことにかけては自信ありまんす!」とのことで、夫のユリアンさんも太鼓判を押していた。嫌な太鼓判だとは思う。なお、ユリアンさんと教授は、お仕事の都合で今日は応援にも来られないらしい。

 以前近所に住んでいた義姉とは近所付き合いもあったようで、義姪を交えて楽しげに会話を弾ませており、なんというか、正直ホッとした。


「世界を救いたい……ゲロゲロ!」


 虫の勇者に挑むのは、「死にたいゲロゲロ」でお馴染みのコメディアン、ラナ=モンディだ。

 知り合いのテレビ局の人に今回の話をしたところ、なんかそういう番組の企画で参加してくれることになったらしい。局からは、ハンディカメラを持った若手ディレクターの人が一人だけ来ているようだ。海外の奇祭ロケレベルの扱いだな。実際、狙われてるのは僕の命だけで、世界とか全然かかってないんだけど。

 この人もあれだ、十数年前に一度共演したことがあるんだけど、打ち上げの時は先方が寝込んでいたらしく、まともに話したことはない。

 テレビの人が勇者側に確認を取って、一応カエルは虫の範疇だってことになったそうだ。この人、カエルでもないけどなぁ。

 うちの息子はラナ=モンディがテレビに映ると泣いてチャンネルを替えるので、今日息子が留守番をしているのにはそういった理由がある。


「ゲヒヒヒ……姐御のためだ、この力、存分にお使いくだせえ」


 妖の勇者を迎え撃つのは、ミスター・シェパードさん。

 この人は本当に知らない。名前すら今日初めて聞いた。

 誰?って思った。え、マジで誰。って。

 本人曰く、僕の手品の姉弟子の、同業者の人らしい。完全精神感応テレパシーで姉弟子に確認も取ったから、まぁ間違いもないんだろう。要は手品師なんだけど、僕、手品の練習はまだやってるけど、業界のことはそんな知らないんだよな。「仕事はないけど腕は確かでしたよ」とは姉弟子の評だ。師匠と姉弟子に人材紹介は頼んだけど、事前に連絡欲しかったなぁ。

 なお、師匠と姉弟子はそれぞれお仕事の都合で今日は欠席とのことだった。

 うーん……いや、そりゃみんな忙しいよね。この年でまともな職にも就いてない僕が、どっちかと言えばおかしい側なのはわかるんだけど。


 で、最後に残った獣の勇者が、僕の担当だ。

 学生時代の友人とかは一人も来なかった。みんな仕事だ。


 そう。義姪以外は見事に、僕自身とあんまり繋がりのない人や、全然繋がりのない人が集まってしまったのだ。

 紹介。知り合いの知り合い。そういう企画。

 僕一人では、絶対に集められなかった面々。そりゃ全然知らない人までいるもんな。


 これが人の絆の力。たぶん、そういうことなのだろう。

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