47.決戦の方法についてラスボスと協議した話
緑の黒髪、という表現はあるけれど、本当に緑色の髪をした人は、生まれて死んで生まれて初めて見た。緑と言っても目に痛い鮮やかなグリーンではなく、椿の葉のような濃緑色。
いや、よく考えたら染めてる人は見たことある気もするんだけども、眉毛どころか睫毛まで緑色だし、これたぶん地毛なんだろうな。
あ、よく見たらホクロから毛が生えてる。緑だ。
そんな緑髪の青年が、緑縁の眼鏡をくいっと直し、
「では、星取り戦形式ということで」
と神妙な顔で頷いた。
この眼鏡の緑髪がブレイン役で、その隣に座るもう一人の緑髪の少年がリーダー的な役割を担当しているようだ。こちらの緑髪にはテラテラとした光沢があり、緑というより、角度によってプリズムのように色が変わるようだ。ソファに並んで座っていても、隣の緑髪とはまるで違って見える。世の中には妙な髪色の人間がいるものだね。
光沢のある緑髪の少年は眼鏡の青年が何か言う度に、ふむ、なるほど、そうですね、と神妙な顔で相槌を打っていた。
「はい。ただし先程も言いました通り、一人でも死傷者を出したら、その時点で加害者側の敗北。こちらの法に従って、適正な刑罰は受けて頂きますよ」
籐のテーブルを挟んだ向かいのソファに座るうちの妻は、うんざりしている内心を押しとどめ、神妙な顔で頷いてみせている。
今日は先日みたいな板金鎧や、時代錯誤な黒いローブなんかも着ておらず、髪色以外は、その辺にいそうな青少年の一団に見えた。とてもじゃないけど、凶悪なテロリストの集団には見えない。一名ほどずいぶんと暴虐な人もいるけれど、それでも年相応の悪ガキだ。髪色以外は。
緑髪の人達の背後では、真っ白なショートヘアに青い野球帽を被った小柄な少女が「かーっ、ペッ!」と痰唾を吐き、赤髪の女の人に拳骨を落とされていた。いや……反抗期か何か知らないけれど、家の中に痰吐くとか本気でやめて欲しいんだけど。こいつさっき破壊光線撃ってた奴だよな。怖いから直接は言えないけど。
それを横目に、どろりと濁ったように蠢く紫髪の少女が、申し訳なさげに眉を寄せ、こちらを向いて頭を下げた。何か髪がうねうね動いているけれど、まぁそれは良い。そういう人も世の中にはいるんだろう。
僕が「いや、ごめんとかじゃなくて、そいつ人間社会でまともな生活送れるの?」という意味を込めた視線を返すと、紫髪の少女は痰唾の脇にしゃがみ込み、おもむろに取り出したハンカチを水で濡らし、床に落ちた塊を拭い始める。なお、水は少女の口から出た。
いや、魔法なのか何なのか知らないけど、それはそれでなんか汚いんだけど。
赤髪の女の人は、紫髪の少女にもきっちり拳骨を落とし、白髪と一緒にソファの陰に引きずって行った。緑髪の二人が座るソファの後ろから、小さな声での説教が聞こえる。残されたのは、中途半端にびしょびしょに濡れた、痰唾付きのカーペットだ。
そう。あの白髪、よりにもよってカーペットの上に吐きやがったのだ。せめてフローリングに……いや、フローリングでも嫌は嫌だけど……板の隙間に入ると残るし……。
突然我が家に現れたこの集団が何なのかといえば、そう、彼らこそが、ラスボスなのだった。
神託でラスボスとか言われた時は正直「何言ってんだこいつ」とも思ったんだけれど、それは紛うことなきラスボス、ラスボスとして不足のない、本気のラスボスだった。
異界の勇者。それがこのラスボス達の素性なのだそうだ。
二日前に近所で盛大なテロ活動を起こした彼らは、機動隊と聖騎士団の活躍によってどうにか撃退された。その抗争の間、機動隊からさんざんテロリスト呼ばわりされている間に、彼らは気が付いたらしい。
自分達のしていることは、ただのテロ活動だと。
やる前に気付けとは思うんだけど、まぁそれは済んだことだから仕方ない。
丸一日近所の山に姿を隠していた彼らは相談の結果、ひとまず平和的に、神の化身である僕と交渉を行うため、我が家を再び訪れたとのことらしい。
家に風穴開けられても困るから中には通して、話を聞いていたわけなんだけど。
曰く、彼らの言うところの「旧き神」――彼らにとっては僕で、僕にとってはうちの神様だ――が彼らの住んでいた世界を徐々に生命の住めない砂漠に変えているから、とりあえず世界を渡って神殺しに来たよ、ということらしい。
どうも聞いた感じ、先方は
『 第一の世界を創り賜うた神は、天と地を創った後に、「光あれ」と言った。すると光が在った。
光の次に、あらゆる獣の母、あらゆる鳥の母、あらゆる魚の母、あらゆる虫の母、あらゆる草木(そうもく)の母、あらゆる妖(あやかし)の母を創った。
獣の母は猫を産み、馬を産み、人を産み、その他あらゆる獣を産んだ。
鳥の母は鳩を産み、鷹を産み、鷺を産み、その他あらゆる鳥を産んだ。
魚の母は鰯を産み、鯰を産み、鮫を産み、その他あらゆる魚を産んだ。
虫の母、草木の母、妖の母もまた、それぞれの子を産んだ。
神は生まれた全ての生命を慈しんだが、神の孫らは、神の在ったことに気付くことすらなく、自身らを産んだ母のみを崇めた。
母らは我が子可愛さに心を曇らせ、その愛と崇敬を一身に受ける悦びに、世界から神が忘れ去られることを許容した。
神は第一の世界に居場所を失い、第二の世界を創造した。 』
要するに、神様はその世界で自分の創った中間管理職にクーデター食らって追い出されたって話なんだけど、彼らの伝承でも大体そんな感じだった。
天地を産んだ創世神は、世界のあらゆる存在は自分の物だとして生命を産んだ母なる神達に暴政を敷き、母神とその子たるあらゆる生物に追われて逃げ出した。生命の母を「神」扱いしてたり、生命の母が創世神に創られたってくだりをスルーしている辺りが微妙に違うのかな。
で、その創世神は世界と母神、そしてあらゆる生命を恨み、時折世界に大災害をもたらすようになり、今回はそれが世界規模の砂漠化現象だったよ、とのことらしいんだけど。
ないない。絶対ない。
追い出された時の話とかは、聖典でも読んだし、転生の時に神から植えつけられた記憶でも知ってるけど、あの神様めちゃくちゃ怯えてたからね。何とか客観的に、平静に描写しようとしてるのに、トラウマが行間から漏れ出してるんだよ。二度とあんな世界近付かないって書いてたし、心の底から思ってるよ。わざわざ災害なんか起こしにいくわけないじゃん。
という旨のことを、なんかこう上手いこと説明した所、まぁあれだね。全然信じてくれなかったね。
なんかまた破壊光線撃たれそうになったね。あいつ怖いんだけど。
や、正直こいつらみんな怖いけど。そりゃ神様もびびるわ。
勇者はそれぞれ六母(先方が言うには「六母神」)に選ばれて加護を受け、人智を超える力を得たとのことで、今日家に来たのが、緑髪が二人と、白髪、赤髪、紫髪の五人。勇者はもう一人いるらしいんだけど、こういう場所は苦手らしく、今回は顔を出さなかったらしい。
うーん。僕だってこういう場、得意なわけじゃないんだけど。勝手に押しかけられたんだけど。
「はい、では今日はこれまでということで」
レインがぽん、と手を打ち、首脳会談が閉会する。
「では一週間後、よろしくお願いします」
「絶対に負けませんから!」
眼鏡の緑髪が誓約書を丸めて鞄に突っ込み、テラテラした緑髪が元気よく立ち上がる。
二人の緑髪は残る三人に声をかけ、未だ執拗にガンを飛ばす白髪を引きずって帰っていった。
玄関のドアを閉める。
会談場所であったリビングルームへと戻ると、夫婦そろって、深い溜め息をつく。
「つかれたー」
「お疲れ様」
ソファの背もたれに音を立てて倒れこむ妻の肩をもみながら、労いの言葉をかける。
それはまぁ、レインは僕の疲れなんか比にならないほど疲れていることだろう。
僕の疲労なんてせいぜい、と考えた所で思い出し、洗面台から絞った雑巾を持ってきて、カーペットを拭く。
雑巾を片付けて手を洗い、部屋に戻った。
「で、結局どうなったの?」
「まさか、何も聞いてなかったの?」
レインは大げさに顔をしかめて見せ、僕は鷹揚に頷いて見せた。
「一週間後。それぞれ六人の代表者を出して、団体戦で戦います」
「何それ死ぬんだけど」
「死にません。そういうルールです。殺したら殺した方が負けです」
「殺されて勝っても嬉しくないんだけど……」
「ルールがあろうがなかろうが、向こうがその気になったら、こっちは普通に死ぬからねー」
妻のあんまりな物言いに、僕は素直に納得した。
「で、勝ち星の多い方が勝ちです」
「え? 六人でしょ? 勝ち抜き戦じゃないの?」
「はい、彼らは思いの外バカでした。眼鏡のくせに。そこで私が引き分けの場合は代表一人ずつ出しての最終戦を提案し、そのようになりました」
レインはどうも、相当精神的に参っているらしい。
僕ももう少し、会談の方を手伝えば良かったと、今更ながらに後悔する。でも後ろの連中を放置するわけにもいかなかったしなぁ。
「で、その六人ってどうするの。僕は流石に出なきゃなんないとして、レインは絶対出ないでしょ?」
「うん」
「あと五人もこんな意味不明な行事に付き合わせたくないんだけど。友達減るでしょ」
下手したら死ぬしなぁ。
「まーあれよ、向こうの人も、こちらが平和的解決を望むなら、暴力には訴えないーとか言ってたしね。色んな人に声かけてみて、やりたいって人の中から選べばいいんじゃない?」
「そんな奇特な人いるかなぁ」
「サニー顔広いし、何とかなるでしょ」
「顔の広さならレインの方が上だと思うけど」
「あ、テレビでCM流せば? 鳥に強い人募集中、魚に強い人募集中、破壊光線に強い人募集中! みたいな」
「破壊光線に強い人なんかいないよ……光属性でも熱で蒸発するし、火属性でも放射線で破壊されるでしょ」
妻の隣に腰かけると、膝の上に倒れ込んでくる。僕もその上に倒れ込んだ。
「面倒臭いなぁ」
「ねー」
それから三十分ばかりそのままの体勢で過ごし、ひとしきり陰鬱な気分を味わった上で、僕とレインはそれぞれの伝手を当たって、団体戦のメンバーを集めることとした。
一週間で集まるもんかなと思っていたんだけれど、案外集まるもんなんだね。
これが絆の力か、などと遠い目で頷きながら、僕は、決戦に臨むメンバーを見渡していた。
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