44.神の啓示を受けた話
「最愛なる家族よ。目を覚ましなさい」
神は告げた。
僕は抵抗は無意味だと判断し、状況の認識に努めることとする。
所は「純白の部屋の中」、目の前にいるのは穏やかな笑みを湛えた「白髪の老人」。
十四歳の時に思い出した、生まれる前の場面と、寸分違わぬ光景がそこにある。
二十年以上ぶりなのに、当時と「寸分違わぬ光景」だと認識できるのは、薄れたはずの記憶を現実が再現しているからなのか、それとも、曖昧なディティールを無視して「寸分違わぬ光景」だという概念をただ夢の中で思い描いているからなのか。
夢が夢であるかの判断に、頬を抓るのは悪手だ。ただ遠くを見れば良い。普段より視力が良かったり、遠くにある物がありえないほど細かく解像できたら、それは夢だ。
その判断基準によれば、これは夢ではないようだった。
さて、それでは何と挨拶したものか。
ここで下手に「ご無沙汰してます」なんて言ったら、「神は常にその子らと共にあります」とか言って、異端扱いされて消し飛ばされるかもしれない。流石にそんなことはないとは思うんだけど、神様ほど信用できない相手なんて、自分自身くらいのものだろう。自分自身が保証した神様の安全性なんて、毛の先程も信じられない。
「どうも」
仕方なく、僕は曖昧で汎用性の高い挨拶を送ることとした。
「最愛なる家族よ。汝の働きは天界より常に見守っています。よくやっているようですね」
神は告げた。
褒められた。まぁ実際、自分でも何だかんだよくやってる方だとは思うけどなぁ。
「ありがとうございます」
会釈して、また考える。
単純な信者数もそうだけど、異教徒を改宗させたり、神を心から信じていなかった既存の
何かご褒美でももらえるのかな。無いだろうな。
「我が化身よ。我は此度、汝に知らせねばならないことがあり、こうして汝を呼び寄せました」
神は告げた。
ほら、無かったでしょ。知ってたし。
「近く、汝の下にラスボスが現れることでしょう」
神は告げた。
んん。
いやいやいやいや。
なんでこの年でラスボスなんかに会わなきゃなんないんだよ。
何、僕そいつに殺されるの決まってるわけ? また生き返るのかも知れないけど。
そもそも「ラスボス」って何だよ。もうちょい表現考えろよ。自分の立場と見た目年齢考えろよ。
薄っぺらいわ。そんなだから信仰も薄れるんだよ。
というような思いを、全て飲み込み、
「僕まだ二十三だし、これから山も谷もある予定なんですけど」
とだけ、僕は抗議した。
「その後の山や谷など、些細な揺らぎに過ぎません。これから訪れる試練は、この世界の命運に関わるものです」
神は告げた。
何で僕が、なんて考えを容易く否定できる程度には、僕も神の化身をやってきた。
神の化身の業務内容は布教だけれど、雑用やお使いくらいは頼まれたっておかしくない。長らく宗教シーンの最前線で暮らしてきて、僕以外の(本物の)神の化身や、それに類するものの噂は聞いたこともないから、他に神様の手駒になるような者がいないんだろう。同じ星にいる僕からの近距離通信は受信できても、天界に住まう神の声が聞けるような神官は、現代には存在しない。というか、僕自身、神に植え付けられた記憶を再生することはあっても、直接神の声を聞いたのは生まれ直して初めてだ。
ので、僕にそんな話を振ってきたこと自体には、特に疑問もない。
とはいえだ。
「そんな一大事なら、神様が対応したら良いんじゃないですかね」
神の化身とはいえ、僕は普通の人間だ。世界規模の話なら、神様の方でどうにかして欲しい。
「その試練は、神の力では既に及ばない事柄なのです」
神は告げた。
「だったら僕の力じゃもっと無理だと思うんですけど」
僕は極めて論理的な返答を行った。
「人の子の強さとは絆の力。今まで得た人々との繋がりを以って立ち向かいなさい。さすれば、きっと道は開けることでしょう」
神は告げた。
何だか聞こえは良いけど中身のないこと言いやがる、と僕が眉根に皺を寄せた所で、視界は暗転し、そのまま意識を失った。
***
目が覚めるとそこは自宅の寝室で、隣で妻が寝息を立てていた。
その寝息は時折ランダムにリズムを乱し、ガッ、と引っかかるようないびきを立てる。
どうやら狸寝入りではないらしいことを確認し、僕は安心して、改めて眠りについた。
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