45.それから五年の月日が流れた後の話
「神様の時間感覚じゃ誤差の範囲スよね」
そう言って、対面の若者はへらへらと笑った。
年は一つしか違わないし、僕もまだ若者だけど。
「自分は九十代で死ぬと予言した神の化身が八十四歳で没したとか、大昔神の化身の生年が、“当人の生年を元にした紀年法”で言うと紀元前四年以前になるとか、第二の世界じゃ珍しくもなかったからね」
最早薄れつつある前世の記憶を連想しつつ、引いたばかりの西を切る。
「それロン。自風のみ」
妻のカス手に最後の親番を流され、僕の三着でこの三人麻雀は終局した。
麻雀は
これとか百四十五巻『競技用紙飛行機の章』とか、切り取る系は基本駄目でしょ。過去には本当に原典切り取って処刑された神官もいたらしいし。
まあ、今回使ったのは、僕が神の奇跡で
僕、イーサン=アンセットは神の化身であり、妻であるレイン=アンセットの扶養家族である。
用事があって久々に訪ねてきた大学時代の後輩、国立チュイエレオル大学天与聖典サークルの創始者にして、現在はいまいち何をやっているのか解らない、ウィルバー君だ。
長い付き合いになるのに名字は未だに知らないけれど、別にそれが重大な伏線になっているとか、壮大な裏設定があるとか、そんなことはないだろう。
僕が大学二年の時からだから、えぇと、八年も交流のある相手か。そんな相手に、今更「そういえば名字何?」とか聞かれたら、普通にショックじゃないかな。たぶんレインは普通に知っているだろうから、必要があれば聞けば良いよね。
そのウィルバー君が何故我が家に遊びに来ているのかと言えば、話は五年前に遡る。
「近く、汝の下にラスボスが現れることでしょう」
神は僕にそう告げた。
当時、諸々のゴタゴタがようやく片付いたばかりだった僕は、その言葉をもう少し格式ある感じに言い換えて信頼できる数名に伝え、来るべき時へ備えることとした。
ラスボスとだけ言われても情報の精度が低すぎるし、とりあえず手近なところで警備員を増員したり、公の面では教団全面協力で政府主導の避難訓練を行ったり、私的なことでは我が家の備蓄食料や防災グッズを総点検したり。
急に「ラスボスが来ますから皆さん気を付けてください!」なんて言って人々を混乱させるのも何だから、対外的には単なる防災の呼び掛けをするに止めたんだけれど、仮にもかつて大震災を予言した僕だ。うちの教団がそういうんだから、また何か起こるんじゃないか……と結局人心は惑い、居酒屋では終末論が叫ばれ、意味不明な泡沫宗教が勃興しては潰え、レインが七割出資した防災グッズ製造販売会社の株が爆上がりした。
のだけれど、それから数ヶ月経っても、一年経っても、まるでラスボスからの音沙汰がない。
神のお告げもあれ以来ないし、あれよあれよと言う間に時は流れ、僕は子宝に恵まれ、上の子は幼稚園の年中組に、下の子は掴まり立ちが出来るようになってしまった。
上の子が男の子で、下の子が女の子なんだけど、最近息子はお兄ちゃんぶって妹の世話を焼こうと奮闘しており、微笑ましくもあるし、主夫の身としてはなかなか頼もしい。
世話と言っても、泣き出した所をあやしたり、玩具の使い方を教えて上げたり、寝ている所に毛布を掛けてあげたりするくらいなんだけど、存外これが助かっている。妹の面倒を見ている時は、息子の方も大人しくなるし。
今は安全のために実家で預かって貰ってるんだけど、隣家に住むレインの両親も僕の実家に入り浸り、息子と娘は四人の祖父母にたいそう甘やかされて暮らしているらしい。
何の話をしてたんだっけ。
「しかし、本物の百四十四巻を切り抜いて麻雀が出来る日が来るとは、先輩サマサマっスね」
「え、あんたこれ嬉しいの?」
天与聖典全百五十巻の内、たった二巻だけ厚紙で創られた百四十四巻(もう一巻は当然百四十五巻だ)から切り抜かれたカードを集めてしみじみする後輩に、妻が怪訝な視線を向ける。
「そりゃこんなの、超絶激レア体験っスもん。千年も前なら、五体を胴から切り離されて、四つに割った頭をボールに両腕両脚をマレットにして、年老いた両親と妻と息子の四人が大広場で無理矢理クロッケーさせられるくらいの大罪っスよ」
「グロっ、宗教怖っ! 近寄りたくないわー!」
「だいじょぶっス、ちゃんと二百年後に“自らの命も省みず神の意向に殉じた神官の鑑”として列聖されたんで」
「紙飛行機の守護聖人の人でしょ? ところで今何か大丈夫要素あった?」
「実はっスね、へへ、その時の右脚の骨とされる品が最近手に入ったんスよ!」
「うっわ……今すぐ帰って、純粋に気持ち悪い!」
「勘弁してくださいよ、今外なんか出たら死んじゃいますって」
珍しくわりと本気で嫌がる妻に、珍しくわりと本気で慌てる後輩を見て、ああそうだ、と思い出した。
そうそう。ラスボスね。ラスボス。
今、我が家の周り、そのラスボスに囲まれてるんだよなぁ。
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