42.結局駄目だった話
「結局駄目でした」
「結局駄目でしたか……」
結局駄目だった。
「まさか相手が水族館大好き人間だったとは……私にも予想できませんでした」
“真なる神を祀る会”を告発すべく、異端である聖母論争の証拠を探しに来た
こちらを尾行していた担当聖騎士がまさかの水族館大好き人間であったがために、先方は水族達に夢中になり、肝心の監視業務がまるで捗らず。
臨時の聖騎士対策班として付き合ってもらったメディチ司祭が「結局駄目でした」との報告を終えてテステューさんの執務室を辞した後、僕と部屋の主とのんびり紅茶を嗜んでいた。
そこへ先方から教団の方に連絡があり、結果、後日改めて公式にこちらへ異端審問に来ることにされてしまったのだった。
渉外課から念話の転送を受け、どうにかのらりくらりと回避を目論んでいた最高責任者のテステューさんだけれど、
「すみません、結局駄目でした」
「結局駄目でしたか」
と結局駄目で、日程擦り合わせの結果、来訪の日取りは三日後と決まったらしい。「たまたまこちらに来る用事があったので」とか何とか言ってたみたいなんだけど、こっちは事情も状況も知ってるからなぁ。
で、名目としては教義について禅問答?みたいなことをしたいから、神の化身――僕のことだ――を呼んでくれと言われ、隣にいた僕が渋々ハンドサインでOKを出し、場が設けられることも決まったわけだ。
「教義を戦わせるって言われても、僕の教義ってそのまま神の意思だからなぁ」
聖典の内容はテキストでもアナログデータでも全篇頭の中に入っているし、解釈だって書いた本人である神様から埋め込まれた物だ。
厄介なことに書いた後に考えが変わったらしい部分もあるんだけど、それは逐一注釈が入っている。過去の化身や、大昔に存在した「神の声が聞ける神官」から受けた質問や矛盾点の指摘も、全て
要するに、現時点で最も正しい聖典解釈は僕の脳内にあるってことだ。
「向こうがどれだけ聖典を理解してるかがわからないから、下手に相手の解釈と違うこと言うと、噛み付かれそうで嫌なんですけど」
往々にして、妙な独自解釈をする人に限って、自分の解釈が否定されるとムキになるんだよなぁ。
「そこはほら、
「テステューさんて異教徒の扱いが雑ですよねぇ」
というか、誤った解釈なんか広めたら、どうせまた八つ裂きとかにされるんじゃないの、とも思う。
「一応、こっちの聖典解釈にも興味あるみたいなこと頭の中で言ってましたんで、怒らせない程度に、無難に無難にやってみますよ」
うんざりした心持ちで、そのように決めた。
***
「それで今日、何かそれっぽいローブとか着てたんだ」
妻にその旨を説明したのは当日朝のことで、妻はおかしそうに肩を揺らしながら、そんな相槌を返す。
「こういうのは威厳が必要だからね」
僕は神妙な顔付きで頷いて見せる。
「ということで、夜逃げするなら早めに準備しといた方がいいよ」
「サニーは私を何だと思ってんの?」
妻は見るからに不機嫌そうに、顔を顰めて見せる。
「信頼できる愛妻」
特に冗談も思いつかなかったので、普通に返すと。
「……あら、ありがとう」
ん。
珍しく一瞬返事に詰まった愛妻。
に、僕の方も、顔に驚きが出ていたんだろう。
「ちゃんと、逃げた方が良くなったタイミングで逃げるよ」
妻はそう笑って、本棚の下のクローゼットを開き、中に収められた二人分の防災リュックと、一人分の航空チケットを見せてくれた。
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